略奪者2
また一つ、犯罪組織が壊滅した。
結果だけ見ればそれは快挙なのだろうが、
一歩間違えばこちらが悪党だと言われてもおかしくない状況だった。
モブ兵士のJは物語る。
黒騎士団による緊急召集。
深夜の出来事であった。
何がなんだかわからないうちに隊を組まされ、
100以上の小隊が一斉に歓楽街へと散らばり、
怪しい人物を確保せよとの曖昧な命令に従ったのだ。
その結果、石化治療薬の偽物を流通している業者を捕らえることに成功し、
なし崩し的に彼らのアジトを突き止め、大量の証拠を押さえられたのだ。
何もかもが当てずっぽうな一連の作戦。
賢人と称えられるパメラ団長にはおよそ似つかわしくない。
おそらくは彼女の忠臣が入れ知恵をし、それに従った結果がこれなのだろう。
ともあれ、この一斉摘発により偽薬の流通は抑えられるだろう。
「……パメラ、一体どういうことですか?
この件に関しては、もっと慎重に動く手筈だったでしょう……!」
王女の指摘は尤もだ。
犯罪組織を泳がせ、確たる証拠を押さえてから動くのが道理だ。
だがパメラはその道理を外れ、独断専行したのだ。
正直、道理などどうでもいい。
この時のパメラは捨鉢であった。
今の彼女にとって、悪の存在は救いだった。
無条件に叩いてもよい邪悪な存在。
それを滅ぼして何が悪い。大義はこちらにある。
「パメラ、最近のあなたはどうかしています!
きっと働きすぎて疲れているのでしょう!
少しは休み、自分の体を労わるべきです!」
どの口が言う。
最近どうかしているのはフレデリカ王女も同じだ。
多忙の原因の一端は彼女にあるのだ。
国が潤い始めて気が緩んだのか、公務で手を抜くようになり、
その後始末を私たちに丸投げするだけに留まらず、
貴族の少年たちを庭園に呼び出しては殴り合わせ、
それを眺めながら紅茶を嗜むのが日課となった。
更には先日、またセシルに理不尽な命令を下したらしい。
いい加減にしろと言いたい。
言いたいが、おそらくこの現象は一時的なものだろう。
今まで苦労してきた反動が表に出てしまっただけかもしれない。
幼い頃に母が石になり、兄は解呪の手がかりを学びに海外留学し、
遊んでばかりの父に代わって国の舵取りを行なってきたのだ。
十代半ばの少女にとって、それがどれだけ重荷だったか察するに余りある。
心の平安を保つため、少しくらい羽目を外してもいいのではないか。
まあ、これ以上エスカレートするようであればさすがに止めるが。
説教が終わり、王女は庭園へ向かう馬車に乗り込んだ。
例の悪趣味な日課をこなすためだろう。何が楽しいんだか。
「あ、団長だ!
お久しぶりですね!
黒騎士団の快挙、聞きましたよ!
たった一晩で500人も捕まえるなんて、
やっぱり団長はすごいな〜!」
この元気な声はタチアナか。
たしかにここ最近は親衛騎士団の方に顔を出していなかった。
黒騎士団の仕事が忙しかったのは事実だが、それ以外にも理由がある。
タチアナがここにいるということは、いるのだろう。彼女が。
最年少コンビの片割れ……キリエが。
ああ、振り向きたくない。
私は額に手を当て、顔を覆うようにして……いや、実際に覆っていた。
彼女とは視線を合わせずに歩き始めた。
「すまないが、まだ仕事があるんだ
その……取り調べとか、色々な……」
「そうなんですか〜、大変ですね
ボクたちにも何か手伝えることがあったら、
遠慮無く言ってくださいね!」
「ああ、その時は頼む……」
ボク『たち』。
やはり、そこにいる。
目を瞑っていても彼女の気配を感じる。
──貴族街の居酒屋にて、パメラはカウンター席で沈んでいた。
手元には強めのカクテルが一杯。それをグイッと飲み干す。
「もう一杯だ」
「お客様、飲み過ぎですよ」
鋭い眼光で睨まれ、店長は渋々と酒を注いだ。
先日訪れたアンディ王子たちもそうだが、
格式の高いこの店でそんな飲み方はやめてほしい。
だが、そういう法律があるわけではない。
店長は客の言う通りにするしかなかった。
「パメラ様、お店の人が困っているじゃないですか
もうそのへんでやめておいた方がよろしいかと」
テーブル席の客から注意を受け、パメラは一瞬ムッとする。
聞こえなかったフリをしてやり過ごそうかとも考えたが、
この状態の自分に話しかけられる度胸の持ち主には興味が湧いた。
兎人族のネリ。
アンディ王子の侍女で、面と向かって会話したことは無い。
見れば彼女は黒いドレスに身を包んでおり、
陶器のような曲線美の持ち主であることが判明し、
メイド服の下はこうなっていたのかと驚かされる。
彼女はお高いワインと上物の葉巻を楽しんでいたようで、
大人の女としての妖艶さ、格の違いを見せつけられているような気がして、
ただ酔っ払うためだけに安酒を呷っていた自分が恥ずかしくなる。
「何かお悩みのようですね
もしよければ聞きましょうか? まあ、聞くだけですが」
「いや、結構だ
これは私自身の問題なんだ
誰にも話したくないし、聞かれたくもない」
「そうですか、わかりました
では、気が変わりましたらいつでもどうぞ
私は明日もこの席に居りますので」
そう言い残し、彼女は会計を済ませて店を出た。
「……もう一杯だ」




