恋慕4
「あれ、この匂いは……
キリエが香水つけるなんて珍しいね?」
「そ、そうか……?
私だって女なんだ たまにはお洒落くらいするさ」
「これから仕事なんだよね?
お洒落する必要ある?」
見れば彼女の全身は最先端のファッションで固められており、
たまのお洒落にしては気合いが入りすぎているようにも感じる。
「あ、本当はデート?
……なあんちゃってね」
ほんの冗談のつもりで放った一言にキリエは顔を赤らめ、
後ずさりしながら両手を激しく横に振って否定した。
間違いない。デートだ。
「も〜、それならそうと早く言ってよ〜!
ボクたち長いつき合いじゃないか〜!」
肘でグリグリと小突かれ、キリエはどう反論すべきか困っている。
その反応だけで充分。タチアナはそれ以上の追及はせず、
親友のささやかな幸せが成就するように助言を与えた。
「その服は返品しなよ
店員のおすすめを買わされたんだろうけどさ、
キリエの性格には合ってないよ
そんな派手な柄、キリエ自身も落ち着かないだろ?
相手に内面を知ってもらいたいなら、自分らしい服を選ぶべきだよ
もしそれで服装にケチをつけてくるような男なら、
そんなの女の表面しか見ようとしないクズだからやめときなよ」
キリエは戸惑った。
タチアナとは親衛騎士団における同い年の最年少コンビで、
自分と同じく男っ気の無い環境に身を置いてきたはずだ。
今の彼女とは、どういうわけか経験値に差があるように思えてならない。
それはさておき、彼女の指摘は的中している。
店員に言われるがまま買い揃えたコーディネイトだ。
自分らしくないし、派手な柄は落ち着かない。
さすがは相棒、理解力が高い。
「とりあえずいつも通りの格好を装いつつ、
ワンポイントで着崩していこうよ
ちょっとしたアクセサリーなんかがあるとベターだね
それは気づかれなくてもいい むしろ、さり気なさが大事なんだ
決して自分からアピールしてはいけないよ」
なんだろう、怖い。
そんな技術をいつ、どこで覚えたんだ。
だが参考にはなる。なっていると思う。
キリエは結局、タチアナに言われるがまま着替え直した。
しかし、彼女には言いそびれたことがある。
デートなどではなく、本当に仕事なのだと。
あの夜以降、キリエはよく銀騎士団本部に呼び出されるようになった。
毎日のように問題を起こす老人たちの相手をするのは正直しんどく、
この1年、ほとんどミモザ団長1人で激務をこなしていたという事実に
頭が下がる思いであった。
そしてもう1人、自由騎士フィンも応援に駆り出された。
人当たりの良い彼はここでも好青年ぶりを発揮し、
支離滅裂な苦情を喚く銀騎士団員の話を笑顔でいなし、
毒を吐き出させて落ち着かせるなどの活躍をしていた。
何を思ってこの2人を手伝わせているのか、団長の魂胆が透けて見える。
ありがたいことだが、仕事で来ているのだ。浮かれてはならない。
「あれ、キリエさん
なんだか雰囲気が違うような……?
あ、そうか 髪留めが新しいんだ
綺麗ですね、よく似合ってますよ」
彼には速攻で気づかれた。
自分からアピールした覚えは無い。
だが、無意識に見せびらかせていたのだろうか。
それとも彼の洞察力が鋭いのか……おそらく後者だろう。
「その色、俺も好きなんですよ」
浮かれてはならない。
──夜になり、本日の業務が終了した。
団長にはまだ仕事が残っており、手伝いを申し出たが拒否された。
私は一時的に親衛騎士団から貸し出された身であり、
その契約内容には時間外労働に関する細かい規約があるらしく、
余程の緊急事態でもない限り残業はさせられないそうだ。
今がその緊急事態なのではないかと思う。
他ならぬ銀騎士団員自身が問題を起こし、
その存在意義を疑問視されているのが現状だ。
王国復興のために集まってくれた彼らには申し訳ないが、
正直、実家に帰っておとなしくしていてほしい人員ばかりだ。
何も問題が起きそうにない監視員の仕事でさえ碌にこなせない。
余計なやる気を出して広場を歩き回った結果、複数の石像が倒され、
バラバラになったパーツが誰のものかわからなくなったり、
それを持ち去り、人目のつかない場所に捨てる事例が多発している。
なので老人たちが妙なことをしないか監視員を置くようになり、
そのせいで若者の労働力が無意味に消費され、復興に遅れが生じる。
やらかした団員は除名すべきだが、彼らの家族が反対するのだ。
戻ってきてほしくないのだろう。その気持ちは理解できる。
又、優秀な団員への嫌がらせも横行しているようだ。
有能な者を難易度の高い現場に回すのは当然の判断で、
それで給料に差が出るのは当然の結果と言えよう。
しかし、彼らは認めない。
自分よりいい思いをしている者が許せないのだ。
彼らに上を目指す意志は無く、足を引っ張ることしか考えていない。
この組織は解体した方がいい。
それが私の感想だ。
「……正直、解体するべきだと思います
あの騎士団は問題だらけですよ」
帰り道にて、背に乗せた彼が呟く。
どうやら彼も同じ感想を抱いていたらしい。
浮かれてはならない。
浮かれてはならない。




