恋慕1
「平和って退屈ですね……」
フレデリカ王女の発言に、親衛騎士団副団長カチュアは眉をしかめた。
「何を仰っているのですか、姫様!
今まさに、2人の男が姫様を巡って争っているではありませんか!」
言う通り、王家の庭園にて2人の少年が殴り合い、顔を腫らしている。
ヘンリーとエドワード。どちらも上流貴族の御曹司だ。
しかしパンチが強くて腫れているのではない。
泣き腫らしているのだ。
血の代わりには鼻水が飛び交い、
そこに貴族の気品など微塵も感じられなかった。
「カチュア、滅多なことを言うものではありませんよ
あの2人はわたくしを巡って争っているのではなく、
ただ『どちらが強いか』を証明したいだけなのです」
「「 えっ 」」
両雄の動きが止まる。
思い返せば、たしかに初めはそうだったかもしれない。
王女の前でカッコいいところを見せようとして、
どちらがより男らしいかを言い合っていたのは覚えている。
2人とも手を出すつもりなんて無かったのに、
いつの間にやら王女がその場を取り仕切り、
なぜか拳による対決へと発展したのだ。
「どうしたのですか?
手が止まっていますよ?」
王女の言葉を合図に、再び無益な殴り合いが始まる。
課せられたルールは3つ。
武器の使用は禁止。
顔を狙うこと。
目潰しや噛みつきなどの危険行為は禁止。
相手の攻撃を避けてはならない。
相手の攻撃を防いではならない。
順番に殴ること。
途中で降りてはならない。
どちらかが気絶するまで続けること。
2人の少年は、共に同じ思いだった。
『もうやめたい』と。
「──姫様
そろそろ会議のお時間ですので、お戯れは程々に願います」
親衛騎士団団長パメラ。
少年たちにとって、彼女は救世主だった。
「仕方ありませんね……
ではこの勝負、今回は引き分けということに致しましょう
お2人共、また“競争”をする時は声をかけてくださいね
ではわたくしはこれにて失礼いたします ごきげんよう」
「は、はい ごきげんよう……」
「ごきげんよう、王女殿下……」
王女が立ち去るのを見届け、2人はほぼ同時に地面へと身を投げ出した。
彼らの仲はあまり良くはなかったが、この件を機にお互いを理解し合い、
固い友情で結ばれることになるのだが、それはまた別のお話である。
アリサが旅立ってから1年が過ぎた。
彼女たちは盗賊団の足取りを追って更に北の大陸へと渡り、
ドワーフの国で埋蔵金を巡って一悶着を起こしたり、
ピクシーの里で誘拐事件を解決したりと、元気にやっているようだ。
そんな彼女たちの冒険話を聞く度にフレデリカは心を躍らせ、
同時にここでの平和な暮らしに退屈を覚えるのであった。
石の迷宮は素材の生産工場と化しており、
月に1回の魔力供給日以外は日晩問わず稼働し続け、
それに伴い石化治療薬の作成効率も向上した。
ウナギの人気は衰えず、養殖事業も軌道に乗ってきており、
シバタの宣伝効果も相まってミルドール王国の財源は順調に潤っている。
そう、順調。全てが上手く行っている。
あとはアリサたちの帰りを待つだけだ。
だが、フレデリカは刺激に飢えていた。
「お兄様、禁断の書の解読はお進みになりましたか?」
ミルデオン城の書斎は、もはや解読専用の部屋と化していた。
そこに元からあった書物は全て他の部屋に移され、
棚には大量のメモが束になって収められている。
机の上はもちろん壁にもメモだらけで、とても落ち着けた空間ではない。
「いやあ、ご覧の通りさっぱりだよ
……あ〜、ヒントをくれる“妖精さん”がいればいいのにな〜!」
「おいおい、アンディ
そんな虫のいい話はねーよ
地道にやるっきゃねーだろ」
妖精さんとは、アンディ王子たちが書斎にいない時に解読を手伝い、
彼らの筆跡を模倣してヒントを残してくれた存在である。
その正体は、竜人の少年リュータローで間違いない。
しかし、本人が名乗り出ないのには何か理由があるのだろうと察し、
アンディとグレンは追及せず、彼の秘密を守った。
きっと目立つのを避けるために頭の良さを隠しているのだろう。
それに、彼には他にやりたいことができたのだ。
否、以前から胸に秘めていたが、仲間の少年少女の面倒を見るために
自分の夢を語らずに過ごしていた。
そんな彼の思いを汲んでか、背中を押したのは他でもない仲間たちだった。
リュータローの夢。
それは料理人になることだ。
彼は今、アル・ジュカ共和国に戻り、恩人の元で修行をしている。
「……それで、これまでに解読した中で
何か面白そうな魔法はありましたか?」
「う〜ん、面白そうな魔法ねえ……
基本的に危険なものしか扱ってないからなあ
悪いけど期待には応えられそうにないよ」
「そうですか……
では失礼いたします」
そう言うとフレデリカはさっさと書斎から出ていった。
「お前の妹ちゃん、なんだか最近元気ねーよな
やっぱアリサたちから言霊が来なくなって不安なのかね
もうちょい多めに呪符を持たせるべきだったか……」
呪符は1回の通信で1枚消費する仕様で、
先月からパッタリと連絡が途絶えている。
おそらくもう使い切ってしまったのだろう。
「まあ、彼女たちなら大丈夫だと思うけどね
きっと目的の物を持って無事に帰ってくるよ、うん」
「そりゃ俺も疑っちゃいねーが、今は妹ちゃんの話をしてんだよ
もう少し兄貴として気遣ってやれねーのか」
「そう言われてもなあ……
僕、あの子にあんまり興味湧かないんだよねぇ」
「クズが」




