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そして少女は斧を振るう  作者: 木こる
『竜と人と』編
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約束2

ミモザは親衛騎士団副団長の任を解かれた。


何かの罰というわけではなく、その逆だ。

海賊討伐の一件で大いに活躍した彼女は、

王女をはじめとした王国の上層部にその功績を認められ、

念願の“自分の騎士団”を結成する権利を授かったのだ。


引き続き親衛騎士団の一員として王女には付き従うものの、

新しい騎士団の仕事に集中したいという本人の希望により、

副団長の座は1つ歳下のカチュアに引き継がれた。


これでやっと忙しい日々から解放され、昼間から酒が飲めそうだ。

面倒な雑務なんぞ部下に押しつければいい。

もちろん手柄は騎士団長であるミモザの物だ。


誰にも文句は言わせない。

この権利を獲得するために彼女は頑張ったのだ。


今でこそウナギはただの魚という認識が周知されているが、

あの時は未知の怪物として命の危険を脅かす存在であった。

その“闇の獣”に遭遇するリスクを踏まえた上で、

彼女はパメラを乗せて無人島までの遠泳を実行し、

海賊の本拠地まで運ぶという大役を成し遂げたのだ。


実際に無人島に上陸したのは1度だけだが、

報告書では『何往復もして人員を送り込んだ』ことになっている。


ミモザの活躍を盛りつつ、不思議なカバンの存在を秘密にするためである。



「……随分と嬉しそうだな

 まあ、気持ちはわからんでもないが」


パメラの声に、ミモザはハッと我に返った。

無意識にニマニマしていたようで頬肉が痛い。


「いや、ほら、これでアタシも騎士団長になるわけだし、

 アンタと対等な立場になれるんだな〜って思うとつい、ね

 それに、これからは大きな責任を持つ者として、

 より一層国民の皆様のために働けることが嬉しくてね〜」


心にも無い言葉だ。

ミモザ自身、我ながら随分と白々しく思ったが

どうもパメラはそんな彼女の言葉に感心しているようで、

なんだか騙している気分になり、少しだけ申し訳なさが込み上げた。


「面倒臭がりのお前が、そこまでやる気を出してくれて嬉しいよ

 口では働きたくないと言いつつも、やはりお前も騎士なのだな

 少々不安だったが、これなら安心して“銀騎士団”を任せられるよ」


「いや、そんなの当然よ〜

 ……って、“銀騎士団”?

 え、何? もう名前決まってんの?」


てっきり全部自分で仕切っていいのかと思いきや、

どうも既に名前は決定しているらしい。

まあ、既存の騎士団と鎧や旗のデザインが被らないように、

上層部の方で色々と準備した結果なのだろう。

そういう細々(こまごま)とした調整を先に済ませてくれて、むしろありがたい。


「実は、新しい騎士団を結成しようという話は

 海賊騒ぎの前から持ち上がってはいたんだ

 だが、それを率いる人材をどうするかで難航してな……

 そんな時、お前が『自分の騎士団を持ちたい』と名乗り出てくれて、

 こちらとしても上手く話をまとめることができて助かったぞ」


「へえ〜、なんかよくわかんないけど色々あったんだね」


「ああ、それで……

 実はもう銀騎士団の初期メンバーとして、

 300名ほどの人員を確保してあるんだ」


「さ、300人……!?」


突然の3桁に戸惑うしかない。

親衛騎士団は6名。石化から復活した黒騎士団は30名。

数だけ見れば、王国で最大の騎士団を任せられることになる。


それだけの人数がいればサボり放題だ。


「それだけじゃない

 入団希望者はまだ1000人以上いて、

 審査待ちの状態が続いているんだ」


「1000……!!」


耳を疑う数字だ。

それはもうパメラと肩を並べるどころか、

遥かに追い越す立場になれる数字だろう。


まあ、べつにパメラと競おうと思ったことは無いが、少し嬉しい。


「……実は銀騎士団の結成を祝して、

 食堂にその団員たちを集めているんだ

 もちろん来るよな? 今日の主役はお前なんだ」


「そんなの、行くに決まってるじゃない……!

 アンタも朝までつき合ってもらうわよー!」


ミモザは舞い上がっていた。




──ミモザは眉をしかめた。


「やあ、姉ちゃんが俺たちの団長さんかい?

 こりゃ随分とべっぴんさんだ!」

「あんた、結婚はしてないのかい?

 だったらうちの孫を紹介したげるよ」

「おいおい婆さん、お宅のお孫さんなら去年結婚しただろう」

「半年前に離婚したんだよ! あんたの孫とね!」

「おや、姉ちゃんが俺たちの団長さんかい?

 こりゃ随分とべっぴんさんだ!」


食堂には白髪で腰の曲がった者らが集まっており、

テーブルには煮物などの柔らかい料理が配膳され、

彼らは同じ話題を繰り返し、その度に同じ反応を見せた。


見渡す限り若者は1人もいない。

彼らは皆、高齢者だった。


「パメラ、これは一体……?」


「これからお前が率いる銀騎士団の団員たちだ

 彼らは王国復興のために何かできることは無いかと、

 大陸中から駆けつけて入団を志願してくれたんだ

 だが仕事を与えようにも重労働はさせられないし、

 遠路遥々来てくれた彼らを追い返すのも忍びない

 そんな彼らでも可能な仕事を探し、斡旋する組織が必要だった

 それが銀騎士団……お前が責任を持って働ける場所だ」



ああ、パメラの魂胆が見えた。


彼女は最初から見抜いていたのだ。

面倒な仕事は全部部下に押しつけて、サボろうとしていたことを。


若者ならともかく、老人に仕事を丸投げするわけにはいかない。

ミモザは自分本位な女ではあるが、常識的な優しさは持ち合わせている。


そこを突かれたのだ。



「もしかしてアタシ、ハメられた……?」











──この大陸へ来てから3度目の春、

ハルドモルド港には3人の少女の姿があった。


アリサ。ユッカ。コノハ。


彼女たちは今、新たな冒険の舞台へ向かおうとしている。


錬金術の至宝、“賢者の石”を作るために必要な、

究極の霊薬の材料になる“千年竜の角”を求めて。


錬金術士(あのひと)の話では、ベシカ王国の国宝として保管されていたけど

 3年くらい前に盗み出されて以来、行方不明らしいよ

 まずは現地に行って詳しい情報を集めないとね」


「その国ってどこにあるのー?」


「こっからずっと北……まあ、地図の上の方だ

 片道だけで3ヶ月はかかるって船長が言ってたっけな

 こりゃ長い旅になりそうだぜ」


往復するだけでも最低半年。

向こうでどれくらい活動するかにもよるが、

まず確実に1年以上は費やすことになるだろう。


そのベシカという国だって、国宝を盗まれて何もしないわけがない。

取り返すために大勢の人員が捜索に駆り出されたはずだ。

それでも見つけ出せなかった物を、これから探そうというのだ。


きっと一筋縄ではいかないだろう。

犯人がただのコソ泥ならまだしも、盗賊団だとしたら戦いは避けられない。

今も盗んだ本人の手元にあるとは考えにくい。既に売り払われただろう。

買い手がコレクターならば美術品として大事に保管されているだろうが、

宗教儀式などの使用目的だったら、もう現物が残っていないかもしれない。

この旅は空振りに終わる可能性も大いにあり得るのだ。


それでも少女たちは北を目指す。


上手く行けば、全ての石化被害者の復活を見届けられるのだ。

諦める手は無い。希望には縋るべきだ。

それがどんなに小さく、か細い光だとしても。



「しかし、本当に君たちだけでいいのか?

 王国から何人か同行者を募ったんだけど……」


フィンの後ろには数百名の兵士が佇んでおり、何人どころではない。

これでは兵団のようで、どうにも落ち着かない。

それに今回の旅は不確定な要素が多く、

大事な労働力を国外へ連れ出すのは得策でないように思えた。


「まあ、君たちがそれでいいと言うのなら構わないが……

 とにかく旅の無事を祈るよ」


「おう、任せとけ!」


2人は固い握手を交わし、ユッカとコノハも彼との挨拶を済ませた。


続いて差し出された手にアリサが応じると、

その手の主パメラは心の内を打ち明けた。


「旅の無事、か……

 アリサ……今度こそ無事に帰ってきてもらいたいものだ

 お前はいつも死にかけの状態で戻ってくるからな

 もう姫様や私たちに心配をかけさせないでほしい

 ……と、つい小言のようになってしまった すまない」


「オレも怪我したくてしたわけじゃねえけどな……

 まあ気をつけるぜ 痛い思いはもうたくさんだ」


よく見ればアリサの胸甲やその他諸々の部位が新調されている。

ジークの忠告に従い、今までよりも頑丈な防具一式を作らせたのだ。

ユッカとコノハも同様に装備がグレードアップしており、

これなら少しは安心して見送ることができそうだ。



「アリサ様……

 必ず無事に帰ってくると約束してください

 どうか無茶だけはなさらぬよう、お願いいたします」


フレデリカが瞳を潤ませながら詰め寄る。

一国の王女にそんな顔をされると反応に困る。

これが今生の別れというわけでもなかろうに、少し大袈裟に思える。



「ああ、約束な

 オレたちは絶対無事に帰ってくるから、

 それまでみんなも元気でいてくれよな!」



「それじゃ、いってきまーす!」



「例のアイテムを持って帰ると断言はできませんが、

 やれるだけのことはやってみようと思います

 ……それでは皆さん、お世話になりました」



3人の乗り込んだ船が汽笛を上げ、陸を離れてゆく。

王族に騎士、医師に錬金術士、冒険者や素材回収班など、

実に多くの者たちがその旅立ちを見守っていた。


思えば随分と有名になったものだ。

荒稼ぎするつもりでふらりと立ち寄ったこの大陸に

気がつけば3年も居座り、かけがえのないものを手に入れた。


彼らの期待を裏切りたくはない。だけど無茶はしない。

今回はなるべく怪我しない。まあ努力はしよう。



アリサはフウッと一息つくと、光の差す方へと体を向けた。


輝く水平線。

海鳥の鳴き声。

頬を撫でる潮風。

海を汚すエルフ。




そして、少女たちの冒険が始まった──!

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