残されし者7
『大地よ、穿て……!』
耳の尖った少女が呪文を唱えると地面が隆起し、
石の針へと変化してストーンビーストの胴体を貫いた。
円錐状の凶器で空中に固定された獲物は足場を失い、
悲痛な鳴き声を上げながら4本の脚を空回りさせた。
『火炎よ、爆ぜろ……!』
少女の両手から2つの火球が発射され、
左右対称に弧を描きながら標的に向かう。
それらは身動きの取れない巨獣に直撃し、
同時に2つの爆発を起こして鳴き声は止んだ。
「あああああ〜〜〜!!
なぁーにやってんだよぉーー!!」
──わたしは突然の大声に飛び上がるほど驚き、
手にした戦斧を落としそうになった。
声の主には見覚えがある。
魔法使い不在の女3人という奇妙なパーティーで活動し、
キャンプで配給される食料を多めに要求して注意されていた、
食い意地の張った竜人の冒険者アリサだ。
あのパーティーは荷物が少なすぎる。
あいつらは冒険者の仕事を舐めている。
魔法も使えず、頭も悪い欠陥竜人が石化してない。
あいつらに結界なんて張れるわけがない。
もし使い手がいたところで、あの仕掛けに気がつくとは思えない。
竜人は魔法耐性が高いという噂は、どうやら本当のようだ。
「いきなり大声を出さないでください
わたしはただ、狩りをしてるだけですよ
あなたも冒険者なら見ればわかるでしょう?」
わかるわけないか。劣等竜人だし。
「もしかして獲物を横取りしようとしてますか?
それはやめておいた方がいいですよ?
いくらあなたの魔法耐性が高かろうと、
わたしの魔力はその上を行きます」
「そうじゃねえよ……
横取りなんざ考えちゃいねえよ!」
どうだか。随分とまあ、悔しそうな顔しちゃって。
「つうか、おめえは誰なんだよ!?
あん時キャンプで見かけなかったぞ!?
どうやって呪いを防いだんだよ!?
なんでストーンビーストが復活してんだよ!?」
「はあ……質問は一つずつにしてくれませんかねえ
……まあいいでしょう、わたしの名前はサロメ
雑用係なので、ほとんどテントの中にいました
わたしは呪いを無力化する結界を張れるんです
獲物が早く復活したのは、おそらく前回の討伐者が
魔法の力を使わずにトドメを刺したからでしょうね
物理攻撃で魔物を倒すと再構築が早まるのは常識ですよ
尤も、この迷宮で魔法を使わない愚か者が存在するとは
にわかには信じられませんけどね」
わたしの丁寧な返答を、少ない頭で理解できただろうか。
口を半開きにして、なんとも間抜けな面を晒してくれる。
もう一度説明してあげてやる必要があるだろうか。
これだから低能どもの相手は世話が焼ける。
「アリサ! 無事だったか!
……って、その子がテントの主か!
俺は兵士のフィン!
こちらは親衛騎士団団長のパメラ様だ!」
おや、兵士と騎士……なるほど、あの城の結界か。
盾がボコボコだけど、まさかそれで石の雨を防いだの?
馬鹿じゃないの?あんなの魔法で処理すればいいじゃない。
この愚か者たちを止める人は誰もいなかったの?
「はじめまして、わたしは冒険者のサロメ
大体予想はつきますけど、調査で参られたのでしょう?
見ての通り、生存者はこのわたしだけです
解除薬の材料ならわたしが供給できると思いますので、
他に用が無いのなら速やかに立ち去った方が賢明ですよ」
狩りの邪魔ですから。
「いや、まだ訊きたいことがある
君はなぜ魔女の呪いを……ん?
この音はまさか……まだいるのか!?」
奥の通路から2匹目……いや、本日10匹目の獲物の足音が近づいてくる。
ほらほら、早くどかないと巻き込まれちゃいますよ〜。
『大地よ、穿て……!』
揺れる地面。慌てて避ける3人。
逃げ場を失った獲物。
『火炎よ、爆ぜろ……!』
標的を撃破。散らばる石片。
またもや収穫は無し。
「……さて、今日はこれくらいにしておきましょう
アリサさん、勝手にわたしの縄張りを荒らさないでくださいね
冒険者同士のルールは守っておいた方が後々面倒事になりませんよ
尤も、あなたにあの魔物をどうこうできるとは思えませんが……」
「あぁん!?
あんだとてめえ……!
ルール守ってねえのはおめえだろうが!!
魔法使う前に教えろやボケがっ!!」
「はて、なんのことでしょう?
立ち去った方がいい、と警告はしましたよ?
ああ、理解できる頭が無かったんですね
これは誠に申し訳ございませんでした
わたしには魔法を使えない弱者の気持ちなどわからないもので……」
「なんなんだよおめえはよお!!」
「冒険者のサロメです
……あれ? 言いませんでしたっけ?
あなたには難しい名前でしたかね?
竜人という種族は知性が高いと聞いてましたが、
案外大したことありませんね」
「〜〜〜っ!!!」
理性を失った野蛮人がわたしに襲い掛かる。
それを止めようとした人間とリザードマンは振り払われ、
固く握った拳を振り上げながら一気に距離を詰めてくる。
わたしちゃん史上、最大のピ〜ンチ!……なんてね。
『疾風よ、舞え……!』
呪いの霧さえも退けた風のバリア。
その風を攻撃に転用すれば、いかなる者も近づけはしない。
──通常ならば。
強烈な向かい風でアリサの勢いは半減したが、
ぶちかますには半分の力で充分だった。
直角に曲げた腕の内側がサロメの喉元を捉える。
「ごふうううぅぅっ!!!」
サロメは石の床へと沈み、舌を出しながら失神した。
「……っしゃあぁぁ!!」
アリサは振り返らず、勝利の雄叫びを上げた。