歴史の分岐点
1553年 1月 甲斐国 躑躅ヶ崎館 武田三郎信之
こっち(戦国時代)に来てからおよそ1週間ほどたっただろうか。それほどの時間があればおおよそ今の自分の状態や身が分かってきた。私は、史実ではこの年死ぬはずの武田信玄の三男 武田(西保)三郎 信之に憑依していた。ふとした時にこの現世を慮るときもあったが前世で自分が誰であったかも忘れてしまっては知識のおさらいにしかならなかった。
そんなこんなでぐーだらぐーだら過ごしていると部屋の襖が開いた。
「 三郎様、御加減いかがですかな 」
この飄々としながらも鍛え抜かれた体をもつ青年は、金丸平三郎正直と申す者で金丸虎泰殿の嫡男であり武田24将に列せられる勇将土屋昌続や武田の忠臣であり田野での片手千人斬りが有名な土屋昌恒の兄であるのだが、あまり歴史には出てこない。なぜなら史実では武田信廉の被官である落合某に職務の中で恨みを買ってしまい母の仇として殺されてしまうのであるが
「うん、大丈夫だよ。それより父上に会いたいのだが確認してきてもらえる?」
「 畏まりました。してご用件は? 」
「 体調が回復をしたのでご挨拶に伺いたいと 」
そう言いかけた途端廊下から複数人の足音が聞こえた。
「 その必要はないぞ 」
武田の副将である武田信繁を始めとしてその裏から何人も顔を出してきた。
「 兄上、三郎相当顔色がいいですね。これだったら村上攻めに連れてってもいいのではないですか。 」
私自身初陣を迎えるのは嬉しいのだが村上攻めに知識が難色を示した。
(だめだ、此処で北進するというか村上を長尾に逃してしまうと意味のない泥沼の戦になってしまう。)
「 父上、これ以上は北進を止めるべきだと思います 」
この言葉に難色をしめすのは、武田家のものだとしたら当然であった。
戦国最強と謳われる武将 武田晴信に2度泥を付けた男がいた。その名も”村上義清”此の男は信濃統一を目指す武田にとって最大の障壁として立ちふさがっており2度の敗戦で晴信自身数多の家臣を失っていた。いくつか例を挙げるとするならば晴信の傅役であり武田の最高役職である「両職」を務めた板垣駿河守信方。その信方と共に両職を務めた甘利備前守虎泰を上田原で失いその後に行われた砥石城攻めでは、武田軍が攻めあぐね退却する際に村上義清の奇襲を受け武田が誇る武辺者横田高松が討ち取られていた(砥石崩れ)。しかし、真田幸綱の活躍もあり葛尾城及びその支城だけに追い込んでいたのだ。父上達は、積年の恨みが晴らせるとしか思ってないだろう。しかしだ、史実では確かに大名家としての村上氏は滅亡させる事が出来た。しかし、村上義清が越後国に逃げ込んだことにより5度に渡る戦国最強の戦闘狂上杉謙信との戦のトリガーが引かれてしまった。皆様ご存じ川中島の戦いは、4戦目であった。実際は天文22年(1553年)から永禄7年(1564年)の間休戦を挟みながらも戦っていた。ここに費やした人材・時間・資源を西に向けていたらと考えた時、川中島で得られるものとどちらが大きいか結果を知っていれば明白なことであった。
「 三郎、今貴様が言ってる言葉の意味が分かってるのか 」
冷や汗が噴き出してくる。これが武田晴信なのかと押しつぶされそうな重圧の中、俺はしゃべり続ける。
「 平三郎地図を持っきてくれ。父上損得勘定をしましょう 」
地図を広げながら父に疑問を問いかけた。簡単なトロッコ問題で父の考えを図ろうとした
「 例え話ですが憎い奴を殺せる可能性があるが領民たちを疲弊させ利が少ない方を取るか。それとも、憎い奴は殺せないが領民達は余裕が出来毎日の飯に困らず好きなように暮らせるようになるか父上はどちらをお選びになられまするか 」
「 答えは聞くまでもなく簡単、後者だ 」待ってましたとばかりに私は、説明しはじめた。
「 父上、村上を滅ぼすのは簡単でしょう。しかし葛尾以北を抑えると長尾としては喉元に刀を突きつけられるのと同じです。躑躅ヶ崎に例えると河内を抑えられているようなものです。そんな状態では越後の民達は枕を高くして寝れず景虎も危機感を募らすでしょう。なればこそ死に物狂いで越山してくるでしょうな越後の兵は略奪し女子供を越後へ連れ帰り奴隷にするとの噂でございまする。それらと戦うのは義の戦なれど奴は将軍に好かれておるがゆえ質が悪い、それならば手を結び西に目を向け美濃を得た方が武田の利になりまする 」
それを聞いた者は一つの案として十分であると感じ入りながら主君の意見を待った。
「 三郎、その策だれの入れ知恵だ?お主だけで考えられるはずがない 」
そう問われても自分で考えた策であるからこそ黙るしかなかった。 父上は、様子を見て顔が引きつりながらも思案を続けた。
その後父上は一言も話さず思案顔のまま去っていった。
後日評定に呼ばれ、俺の体調が回復し政務に戻ること。村上と長尾との和睦を行う方針が発表された。
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