第48話 絶体絶命大ピンチ!
「クロード、ねえ起きてよ、起きてってば!」
ピリアはその小さな手――小動物形態のままなので正確には前足だが――で目の前に横たわる少年の頬をペチペチと叩く。
しかし、その少年ことクロードはピリアの呼びかけに反応しない、ただ静かに寝息を立てているだけだ。
ピリアとクロードが転移させられたのは細長い通路のような場所であった、クロードはその中央付近で俯せに倒れており、ピリアはその前に立っている。
だがピリアがいくら揺すってもクロードは目を覚まさない、まるで深い眠りについてしまったかのようだ……。
ピリアにはこの現象には心当たりがあった。転移装置というものは慣れないものが使うと気分が悪くなったりと、場合によっては気絶してしまうこともある。
どうやらクロードは転移は初体験、しかもあまり転移との相性が良くないようだ。
「ダメだねこれは……無理に起こすのもよくないかも知れないし、起きるのを待つしかないか……」
ピリアはため息を吐き周囲に視線を巡らせる。幸い今のところ敵の姿はない。
「それにしても、なんでこうなっちゃうかなぁ……。ボクはリューヤと一緒が良かったよ」
せめてシルヴィと一緒だったらとピリアは考える。とにかくピリアはクロードと二人きりという状況は出来るだけ避けたかったのである。
その理由はクロードのあの力である。二人きりの状態でクロードがあの力を発揮する姿を見せられてしまったらまた妙な気分にさせられてしまうかもしれない、ピリアはそれを恐れていた。
(今のクロードにはあの時のどきどきは全然感じないんだけどなぁ……)
戦っているわけでもない通常時、しかも気絶中ということを差し引いても今のクロードはピリアにはさえない少年にしか見えない。
しかしあの力を発動されたら最後、全身の細胞が活性化するような感覚に陥り、感情が高ぶり抵抗できなくなってしまうのである。
リューヤには惚れたかなどとからかわれたりもしたが、やはりピリアはあれはそう言う類のものではないと感じていた。
もし、『クロード』のことが――恋愛的な意味で――好きになったのならば、今のクロードに対しても少しくらいはときめきめいた感情を抱くはずだ、だがピリアは今のクロードに特別な感情を抱いてはいなかった。
仮に自分が恋のような感情を抱いているのだとしたら、それは『あの力』に対してであるとピリアは考えていた。
比喩的な表現として『力』に恋い焦がれるというのはあるだろうが、それを本気の恋だと考えるのには違うだろう。
そんな感情をごちゃ混ぜにした状態でクロードに向き合うのは彼に対して失礼だと思うし、自分もそれでは納得できない。ただ単に変な気分になるだけなのだから。
「大体ボクはリューヤのことが好きなんだって……」
ピリアがそうはっきりと断言できるのは、どんな姿、どんな状態のリューヤに対してでも等しく好意を抱ける自信があるからである。
「……あ、一つだけ、リューヤの嫌いな部分見つけた……」
ピリアはふと思い出した、リューヤの嫌いなところ、それは……。
「本気で好きだって言ってるのに、信じてくれないところ……」
あの男はピリアの自分に対する感情は父や兄に対するそれのようなものだと頑なに信じ込んでいるのだ。
「ボクが色んな意味で子供過ぎるのがいけないんだろうけど……」
精神年齢は幼いし、人間バージョンの年齢も12~3歳くらいにしか見えない、ピリアはそう自己分析する。
だが、だからといってこの想いは決して偽りではないし偽れるようなものでもない。
「あ、でもこの間人間の姿でリューヤの上に跨った時にはちょーっとだけ照れた顔してたかな?」
ピリアはリューヤが自分に対して照れた顔を見せてくれたのを思い出し、少しだけ嬉しくなる。
「こうなったらもっと積極的にアピールしてみようかな……? たとえば裸でベッドに潜り込むとか……」
などとピリアがとんでもない考えを抱き始めたその時である、ガコンと大きな音がしたかと思うと通路が傾き出した。
「な、何!?」
徐々にずり落ちていくピリアと未だに気絶したままのクロード。
混乱するピリアの耳に今度はウィン……という何かが開くような音が聞こえてきた。
音の出所にピリアが目を向けると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
滑り台状になった通路の突き当り、今まさにピリアとクロードがずり落ちていこうとするそのすぐ目の前に突然開いた出入り口が待ち構えていた。
そしてなんとその先には真っ赤に燃え盛るマグマが激しい音をたてて煮え滾っていたのだ!
「じょ、冗談じゃないよ~!」
ピリアはなんとか床の継ぎ目に指を差し入れこれ以上ずり落ちないように自分の身体を支える。
ホッと一息ついたのもつかの間、重大なことに気づいてしまった。
そうクロードである。彼は未だ絶賛気絶中だ、意識があればピリアと同じように身体を支えることができたかもしれないが、今の状態の彼がそんなことをできるはずもない。
ピリアは慌てて手を伸ばす、しかし今の自分は小さな小さなリス、クロードの身体を手で支えることなどできるはずもない……。
クロードがずり落ちる! 思った瞬間ピリアは自分に課していた約束事をあっさりと放棄した。
カッ! ピリアの身体が光に包まれその光の中で一瞬にしてその姿が変化する。
リスに似た小動物の姿から、銀髪の美しい少女の姿へと……。そしてクロードの腕をがっしりと掴む。
ガクンと17歳の少年の体重が腕にかかりピリアは歯を食いしばりその重さに耐える。
ギリギリ、という音が聞こえるのではないかと思えるほどの荷重だった、しかしその甲斐あってかクロードの落下は止まった。
「それはいいけどぉぉぉぉぉ!!」
ピリアは絶叫する。実のところあまり状況は好転していない、とりあえずクロードの落下を防ぎはしたものの、通路はすでにほぼ垂直に切り立っている、ピリアはなんとか床――もう壁と言った方がいいか――の継ぎ目に指とつま先でへばりついているような状況だ。
当然マグマへと通じる扉は開いたままだ、少しでも腕の力を緩めればクロードもろとも落ちてしまいかねない。
(か、完全に、詰んだ……)
人間バージョンのピリアはその見た目に反して力や体力は下手な大人の男性よりは上なのだが、さすがに重量60キロ近い人間を抱えながら、しかも指先だけで身体を支えるのは酷な話だ。
「ん、んあ……なんだよでかい声出して、せっかくいい夢を見てたってのに……」
と、ここにきてようやくクロードが目を覚ます。
(遅いよバカ! もう完全に詰んでるっつーの!!)
心の中であらん限りの罵声を浴びせるピリア、声に出さなかったのは歯を食いしばるのをやめたら、その瞬間にクロードもろとも落ちてしまうからだ。
しかしそんなピリアの心中など知る由もないクロードは呑気に欠伸などしている。
そしてようやく自分の置かれた状況に気づいたのか、その顔を一気に青ざめさせ騒ぎだした。
「どわっ、なんじゃこりゃぁぁぁ!? なんでこんな状況に!?!? てか君はあの時の! ってんなこと言ってる場合じゃなくて!!」
そしてクロードは何やらもぞもぞと動き出した。
(暴れんなっつーの! バカ、バカ、クロードのおバカ!!)
ピリアは心の中で毒づく、だがクロードはそんなピリアの気も知らずに動き続ける。そして……。
(あ)
汗のせいだろうか、あるいはもう握力が限界だったのだろうか。ピリアの指が壁の継ぎ目から滑る……。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ピリアとクロードは仲良くマグマへと落下していくのだった。
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