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2 出会い

2 出会い


良い青色だ...


まだ荒い呼吸を整えながら玲乃は空を眺め、率直にそう感じた。


今日のレースはキツかった...ギリギリ勝てたな。


「玲乃!おめでとう!!また10000mベスト更新じゃん!!インカレ優勝狙えるよ!!」

マネージャーの朱里がスタンドの上から浮かれた声で玲乃に声をかける。


あぁ、ありがとう!


玲乃は大学で陸上競技部に所属していた。専門は長距離種目、それほど強い大学ではないがそれでも本気で全国で戦いたい、そういう姿勢で取り組んでいた。

その取り組みが結果に結びついたのか、最近は学生でもトップレベルの記録を出せるようになってきた。朱里の「インカレ優勝狙える」は言い過ぎであるが。

「さすがはうちのエース様だな!インカレもだが駅伝までその調子で頼むぞ!」

チームメイトの悠もどこかお茶らけた雰囲気を言葉に乗せながらも笑顔で玲乃の肩を叩く。


まぁ、そのエース様に任せとけって!


玲乃はこの空気が好きだった。全力を尽くし、結果を出し、認められる。

まだまだここで走っていたい。異世界などに行っている場合ではない。

ん?異世界??


「さ、そろそろ行きなさい。」

足を伸ばして座っていた玲乃は競技役員に声を掛けられる。


あぁ、はい


「さあ、起きて、起きて。」


はい、すみません。


「起きて、起きて、起きて......」


分かったよ、今起きるって...


...............






「起きてよ!ねぇ起きて!!」

「ハッ!」

耳を打つ少女の声に玲乃は飛び起きようとした。しかし

 ガツッ!!

「あうっ?!」

「い゛っ?!」

思いっきり頭をぶつける、予想だにしなかった衝撃に悶絶する。

そして玲乃を起こそうとしていた相手も同様額を抑えて悶絶している。

「あの本当にごめ...え?」

玲乃は詳しいことはわからないが、とりあえず頭をぶつけてしまったことを謝ろうとした。

だが、目に映る幻想的な光景にその言葉は途中で止まってしまう。

そこには白い砂浜にたたずむ、透き通るような白い肌に空をそのまま海に落としたかのような美しい色彩の髪を持つ少女がいた。

玲乃は三方を断崖に囲まれた入り江にいた。空に輝く太陽とターコイズブルーの海を背にたたずむ少女の姿は、このどこか閉鎖的な入り江を冒しがたい聖域のように感じさせた。

その美しさや雰囲気だけなら玲乃が放心することはなかったであろう。しかしそれ以上に玲乃の心に衝撃を与えるような特徴が一つ。


「人、魚...?」

そう、玲乃に声をかけていたその少女の下半身、本来二本の足が生えているはずの場所にはヒレがついていた。

「なによもうッ!痛いわね!」

少女は両手を握りしめながらぷんすか怒り、玲乃を悪し様に罵る。まあそのほとんどが「ばーかばーか」といったような子供じみたものであったが。だがその声は玲乃の耳には届いていなかった。

それは少女の美しさ、入り江の雰囲気にのまれたから、というのも理由の一つではある。しかし何より尾ひれをもつ少女の姿が、自分が異世界に来てしまったのだということを確信させたからである。

どうやったら帰れるのか、帰れるとしていつになるのか、帰るには何をしたらいいのか、...どう生きていけばいいのか

そんな不安が際限なく湧いてくる。神の前では息巻いていたが、改めて現実を突きつけられた今何をどうしていいのかまるで分からない。

思わず涙があふれる。


(ハハ...本当に来ちゃったよ異世界...)

どこか諦念を感じさせる笑みを浮かべながら痛感する。


「ちょ、泣かないで!言いすぎちゃったかな...ねぇごめんって。あ、おなか減ってる?お魚食べる?」

玲乃のどこか壊れそうな危うさを察したのか、いやただ涙を目にしたからだろう、少女は慌てて玲乃を慰める。

「あぁごめん何でもないよ...」

玲乃は涙を拭って作り笑いを浮かべる。

(こんなちっちゃい子に気遣わせちまった...情けねえ、しっかりしろよ俺)

「そうなの?じゃあお話しましょ?君が起きるの待ってたのよ。」

少女は怪訝な顔を浮かべていたが、玲乃の笑顔を確認するとそう声を弾ませる。

「君どこから来たの?名前は?陸の上の暮らしってどんな感じ?それでそれで...」

少女は矢継ぎ早に質問を重ねる。もはやお話というより尋問かのような勢いだ。

「ちょ、ちょっと待って。まずはお互いに自己紹介からしない?」

玲乃はたまらず濁流のような少女の問いかけにストップをかける。

「俺は玲乃っていうんだ。お嬢ちゃんは?」

「レノ、レノね...」

反芻するように少女は玲乃の名前をつぶやく。そして

「あたしはメルティー・ムーよ。」

どうだ、と言わんばかりに両手を腰に当てながら自分の名前を告げるメルティー。

「にしても、『お嬢ちゃん』ってずいぶんおませさんなのね。」

メルティーは言いながら弟を可愛がるような目で玲乃を見る。

「いや、おませさんって。俺はメルティーより結構年上だと思うよ?」

玲乃はそう言いながら立ち上がる。

(あれ...なんか違和感...?)

「いやレノはどう見てもあたしと同じくらいかそれ以下じゃない?」

そんなメルティーの言葉を耳に流しながら手足を見て顔を触る。

(明らかに小さい?!)

慌てて潮だまりの反射で顔を確認すると...

「わ、若返ってるぅ?!?!?!」


玲乃の叫びが入り江に響いた。








しばらくして落ち着いた玲乃はメルティーとお話という名の情報交換をすることにした。玲乃は砂浜に流れ着いていた倒木に腰掛け、メルティーは下半身を海につけて向かい合う。

玲乃はその話の中でここがユゥ大陸の沿岸部、ガラン王国の領地であるということが分かった。ここから近い街の位置を聞いたが陸に上がったことのないメルティーにはわからないらしい。ちなみに日本のことを聞いてみたが、

「二ホン?何それ?おいしいの?」

といった反応でやはり異世界に来たということで間違いないらしい。もしかしたら日本を知らない地球のどこかにある国なのかもしれないが可能性は低そうだ。

(あれ、そういえば何で異世界の人間と話が通じているんだ...?)

...考え出すとキリがないので考えるのをやめた。話せるのだからそれでいいだろう、と自分を納得させる。


メルティーについてだが、どうやら人魚ということで間違いないらしい。しかし、「人魚」というのは玲乃のような人族からの呼び名で自分たちでは「ムー族」を自称しているそうだ。

メルティーからは陸ってどんな風になっているのか、どういう暮らしなのか聞かれたが、いかんせん玲乃は現代日本からやってきた存在である。この異世界ソロウにおける陸については正直全く知らないと答えるほかない。

そのため、少々逡巡したが自分の経緯を説明して現代日本、メルティー目線でいうところの「異世界」からやってきたことを伝える。この世界で異端扱いされるかという危惧もあったが...

「えぇー、すっごい!!」

そんなことはなく、メルティーは日本での暮らしや科学の話に喜んで食いついた。

玲乃も気をよくし、面白可笑しくそれらの話をメルティーに話した。

玲乃の話がひと段落するとメルティーも海の中の暮らしを玲乃に話して聞かせる。海の中にもムー族の国があると。宮殿や街があり栄えているという話を玲乃に聞かせてくれた。

「まあちょっと今は廃れてきてるんだけどね...」

どこか悲しそうな、寂しそうな顔でメルティーはそっとつぶやく。

「そうなんだ...でも自分が居たところもそうだったよ。」

メルティーによるとムー族の国は昔よりかなり人口が減少しているらしい。

(日本も人口ガンガン減ってるよなぁ...)

「それでもよかったら今度遊び来てよー。」

メルティーは先ほど浮かべた表情をコロリと変え玲乃を明るく誘う。

「いや俺そんな息できんよ。」




お互いに話題が尽きることがなく、気づけば入り江には夕陽が差し込んでいた。


「姫様ッ!」

突如穏やかな雰囲気に包まれていた入り江に鋭い声が響く。玲乃とメルティーは反射的に海の方へ注意を向ける。

そこで顔を上げた玲乃が目にしたのは自分に向かって迫りくるバレーボール大程の水球であった。

「レノッ!危ないッ!」

メルティーがそう叫ぶ時にはすでに遅く、水球は玲乃の顔面に到達していた。水球は玲乃の眼前で収縮し、次の瞬間爆発したかのように弾けた。

「ぶッッッ!?」

衝撃をもろに食らった玲乃は仰け反るように吹き飛ばされる。

「ちょっと!!何やってるの!!」

「姫様、人族と関わるなとあれほど...さあ帰りますよ。」

顔を真っ赤にして怒るメルティーに対して、玲乃に水球を放ったであろう、鎧を身にまとい三叉槍を携えたムー族の女性が有無を言わさぬ様子でメルティーに声をかける。

「いやッ!離してッ!レノ大丈夫?!」

メルティーは自分を海へと引きずり込もうとする。あたかも入水心中から逃れるかのように。

「レノッ!レノーッ!!」

しかし抵抗虚しく二人は海へと消えていった。


そんな様子を、衝撃で揺れる視界に収めながら...玲乃は意識を手放した。






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