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第八話 希望の光

遂に弟アルフレッドの医者が見つかりますよ

がんばれお兄ちゃん

クリスは一気に無表情というより蔑んだ目で見て来たため、俺は急いで弁明する。一応、みんなにも言っておくと本当にうんこは金の原石なんだよ?まあ、こういうわけだ。野菜のおじさん他、農作物を売りに来る農家の馬糞を引き取る。その際、それまでかかっていた処分代の半額を頂くわけだ。そして、糞が一定量に溜まったら今度は糞専門の引き取り業者を雇う。その糞を館が所有する広大な土地のどっかに置いてもらう。それに藁や何やらを混ぜて肥料にする。馬糞と言うのは牛や豚と違い、糞の含水量が少ないため発酵が進みやすく、肥料として申し分ない性能を持つ代物になるのだ。そして、肥料化した馬糞を今度は農家に売りつける。売りつける際に、また販売業者を仲介させることにより差し引きプラマイゼロかプラス位にするという手筈だ。俺の手元に残る金と言うのは別に多くなくていいので、人件費に多く割けるのが利点だ。この人件費に多くを割いたおかげで、運搬業者は直ぐに見つけることができた。






「坊ちゃまは街に出た時にこんなことを考えていたのですか?」

「まあね、人、物、金があって初めて動けるからね。需要と供給を見つけてあげただけだよ」





それっぽいことを言って俺は満足だが、存外にクリスは俺を尊敬の眼差しで見てくれているようだ。とにかくこれで資金の面は大丈夫そうだ。俺はこの事業のおかげで少しばかりの利益を上げることにする。もちろん、そのような金銭を持つ行為は王族として禁止されているらしいため、利益のほとんどをクリスに預けることにしたのだが。クリスは少しずつだが着実に溜まっていく資金を目に、ため息と若干の喜びを孕んでいるようだった。そして、俺の目標金額に達したその日に、俺は動くこととなる。





「今日から店調べを再開する」

「はい坊ちゃま。ですが、これまでの運搬業者や農家の方からの情報提供でかなりの店を調べることができたと思いますが?」





クリスは尤もな質問をしてくれるが、本来の目的は優秀な医者を探すことだ。これまで収集した情報は主に食べ物や食品、工芸品を扱う店ばかりで、医療にかかる人間はかなり少なかった。さらに言えば、重複する店種の情報が混在するため、どこに何があるかをはっきりと見分ける必要があるのだ。俺は穴あきの地図から医者を探すことにした。





「歯科医に眼科医に内科医、外科医、耳鼻科と医者にもさまざまある。その中でも言語聴覚士を探し当てなきゃいけない。とにかくこれには自分の目と肌で確かめないといけない。なんたって可愛い弟のためだからな」





クリスはにこりと可愛く微笑むとしっかりと俺の後に付いてきてくれた。俺は一軒一軒に足を運び、店主と話をした。これまでに稼いだお金を少しちらつかせるだけで簡単に情報を曝け出さしてくれた。やはり世の中は金なのだ。そして、7軒目の医者は外科医だったのだがここで少し問題が起きた。口コミによると結構腕がいい医者なのだとか。だが、俺が見た感じとてもそうは見えなかった。というのも、俺が金を見せびらかす人間だと情報が広まっていたのか、はたまた羽振りがいい子どもだから身分が高いのがバレたのか、嫌に下手に出たかと思えば高額な値段を要求し始めたのだ。






「お噂はかねがね聞いております。私はこの街一番の外科医であるマックス・バリューと申します。今回はどういったご用向きで?」

「・・・・・・言語聴覚士を探している。吃音と言って、声が出にくい症状に詳しい医者を知らないか?」






マックス・バリューなる最悪の名前の医者は下卑た笑みを隠そうともせず、ゴマをするように俺を値踏みする。俺はここから一刻も早く出たかったため、日本円で1万円にあたる1万ダルを見せびらかす。すると、目を輝かせるマックス・バリューは何か気づいたかのように俺の差し出した左手をまじまじと見つめる。俺は急いで右手に持ち替えて、左手を隠す。マックスは確信したのか、ふむふむと無精ひげを生やした顎を撫でると俺にこっそりと打ち明けた。





「左手を明らかに使っていませんね」

「なんのことだ」

「右手に比べて明らかに細い、いや細すぎる」





俺は隠した左手に目をやる。ここまでだれにも気づかれずにいたことをこんな銭ゲバに見つかったことは災難だった。さすがに街一番の外科医だけはあると憎いながらも称賛を送るほかない。だが、俺が探しているのは言語聴覚士だ。話を進めるべくこの話は打ち切ることにした。





「・・・・・・それで、言語聴覚士を知っているのか?」

「まあ、いいでしょう。声が出なくなる症状でしたか? そんな障害は前世で悪いことでもしたからでしょうが、まあ医者と名乗るのもおこがましい野郎ではありますが、そのような治療をしている者を知っています」





一々気に食わないことを言わないと気が済まないのか、と今にも口から飛び出そうな悪態を飲み込み、ようやく見つけた希望の光を逃すわけにはいかない。俺がその話に食いつくと、マックスは口角を上げて情報を出し渋る。俺はさすがに苛ついてきた。俺は1万ダルを引っ込めて財布ごとマックスに差し出す。マックスは目を見開いて釘付けである。俺はぶっきらぼうに言葉を続ける。






「情報を渡すのかどうなのか。ちなみに言うが、俺はガセネタは嫌いだ。新鮮で正確な情報でなければこの店を潰す」

「おお怖い怖い」






大根役者もいいとこなマックスは財布から10万円に相当する大金貨を一枚取ると、大事そうに懐にしまう。下卑た笑みを張り付けてついにアルフレッドの希望を教えるに至る。






「言語に問題を抱える者を治療する場所は、街外れにある見すぼらしい店です。行けば分かる程度にみすぼらしい店です。店の名前は『サリマン言語治療院』、あまりいい噂は聞きませんがね」

「それはこちらが判断する」





そう言うと俺はさっさと店を出ようとする。肩を震わせて毎度あり、と笑いながら言うマックスは思い出したように俺を引き留める。俺はぎろりと睨みつけてやるも、怯まずに言い放つ。






「あなたの左手、握力が弱くなっている。このまま成長すれば立派な障害になり得るでしょうね」

「・・・・・・世話になった。まあ、二度と世話になることもないだろうがな」

「いいえ、あなたはきっと来ますよ。ケヘへ」






嫌な声だと俺は当てつけにドアを強く締めてやった。その行為を見たのかクリスが心配そうに出迎えてくる。外で待たせていたからか、少し寒そうである。そういえばもう冬の季節が近い。冬も似合うクリスを見て、俺の心は少し落ち着きを取り戻す。俺は冷えて赤くなったクリスの手を取り、最後の目的地へと向かう。クリスは何も言わずに、まだ小さな俺の歩調に合わせてくれていた。



クリスのかじかんだ手が、俺の体温が移って温くなったころ、俺は目的に遂に辿りつく。確かに見すぼらしい店構えだ。ボロイ木の看板には言われた通り『サリマン治療院』と書かれていた。俺は意を決して店に入る。今度は外では寒いと思い、クリスも同伴させる。中に入っても外とあまり変わらない室温に一抹の不安を覚えるも、ドアをノックしてみる。二三回ノックをしてようやく中から足音が聞こえ、扉が音を立てて開く。扉から現れたのは意外にも髭をきちんと剃った、雰囲気明るめのおじさんだった。俺はまず挨拶をする。





「サリマンさんですね、初めまして。私はビス・・・・・・マクシミリアンと言います」






俺は咄嗟に本名を隠した。ミドルネームであるマクシミリアンがどのような家格を表すかは知らないが、名前や苗字を知られるよりはましだと思い、自分をマクシミリアンとして自己紹介した。すると、サリマンはにこりと笑うと挨拶をきちんと返してくれた。存外先ほどの医者より信頼できると思ってしまった。





「丁寧なご紹介いただきありがとうございます。私が当治療院の医院長をしております、オットー・サリマンです。以後お見知りおきを」

「よろしくお願いします。それでサリマンさん、あなたは言語障害を持つ患者を専門にされていると聞きましたが、本当ですか?」





一番の目的である専門治療について核心にせまる。サリマンはゆっくりと頷き、ようやく俺の悲願は達成されたのだと心から嬉しくなった。だが、むしろここからである。本当にアルフレッドの吃音を治せるのか、それが重要だ。俺はいくつか質問することにした。





「実は俺の弟が吃音でしてね、あなたに是非見てほしいのです」

「ほう、吃音をご存じでしたか」

「それはどうでもいい。問題はあなが弟を治してくれるのかどうかと言うことです」





俺の物言いにサリマンは然程も気を悪くせず、俺とクリスに席を促す。俺はそれを断るもサリマンは気にせず座った。この世界の医者は無遠慮じゃなきゃ務まらないのだろうか。それはさておき、サリマンはお茶を啜り、俺の質問に応え始める。





「さっぱりですな」

「なっ!?」





俺はサリマンの物言いにカチンときた。しかし、優雅にお茶を啜るサリマンは俺を気にも留めず再び立ち上がると俺と目を合わせるようにしゃがみ込み、こう言うのだった。





「患者本人がいないのでは話になりませんな。それと吃音についてですが、私の治療実績は抜群です」





自信満々と言い放つサリマンはにっこり笑うと、俺の肩に手を置き俺の目を真っすぐ見て聞いて来る。






「あなたの言うアルフレッドは弟くんだね?立派なお兄さんだ。きちんと連れてきてくれるのなら、私が必ず治してみせよう」






俺はこのサリマンという人物を見くびっていたのかもしれない。医者が皆酷い人間ではなさそうだと感じた。クリスも遠慮がちに質問に加わる。ここが見どころなのだが、なんとサリマンは俺の可愛いクリスに鼻の下を伸ばさなかった。これはひょっとするといい奴確定かもしれない。





「つかぬことをお聞きしますが、彼はあまり外に出たがりません。サリマン先生がこちらまで出向いてはくださいませんか?」

「ダメです。治療はここで行います」






おお!俺は思い出したのだが、前世に吃音だった友人がいたと言ったが、俺はその友人に吃音の話を聞いて観てみた映画があったのだ。その映画は第二次世界大戦時のイギリス国王のお話だった。その国王も吃音を患い、戦時下に国民に声を届ける必要に悩み、言語聴覚士の下を訪れたのだ。その時観た医者と同じ感じではないか!俺の中でサリマンという人物の株が急上昇していた。俺はクリスに納得させ、後日伺うことを伝えて店を出た。俺は遂にアルフレッドの医者を見つけたのだ。この希望の日を俺を生涯忘れないだろう。館に帰ると、なんと外にあまり出たがらないアルフレッドとミザリーが門の所で俺の帰りを待っていた。





「兄さまっ!」

「アルフレッド!!」





俺とアルフレッドは駆けつけて抱き合った。かなりの時間を待っていたのかアルフレッドの鼻や耳が赤くなっており、俺は心配が隠せない。過保護になっているかもしれないが、こんなにも可愛い生き物を心配しない方がおかしいのだ。





「待ったんじゃないか?赤くなっているぞ」

「今っ・・・・・・あたっ、たかい!」





俺は言葉は稚拙かもしれないが、素直な気持ちを伝えてくれるアルフレッドが大好きだ。こんなにも綺麗な気持ちが言える人間がこの世にいるだろうか。こればかりはクリスだってできないことだ。俺はようやくアルフレッドともっと話せるようになるかもしれないと考えたら、どうしようもなく嬉しくてたまらなかった。それはあのミザリーでも同様のようだ。涙を浮かべてこちらを見ている。俺はそこでアルフレッドに対してハンカチを差し出す。アルフレッドはぽかんとしていたが、俺はミザリーに指を差すと、ハッとしたのか一目散に駆けだしていく。






「はいっ!」

「アルフレッド様・・・・・・ありがとうございます」





俺はアルフレッドとミザリーの組み合わせが最近は悪いとはまったく思っていなかった。それどころかやはりお互いに頼り合っているのか、アルフレッドも最近は頑張ってミザリーに話すようにしているみたいだし。そして、俺がハンカチを持つ意味を理解できたのも最近だったからだ。ハンカチはいいものだ。使い方は多様だ。もちろん手拭きとしても、以前クリスの怪我した足を手当てしたようにも使えるが、本当の使い方と言うのがあるのだよ。それはもちろんアルフレッドの行動を見れば分かるだろう?クリスがやってきて俺にそのカッコよさを披露する機会をくれる。






「涙を拭くために貸すとは坊ちゃまも粋な計らいをしますね」

「ハンカチは涙を拭くのが目的じゃないのさ」

「え?」






クリスは本当に俺を分かっている。最高のタイミングで最高の決め台詞を言わせてくれるなんて、なんてクリスは可愛いのだろうか。いや、いつも可愛いかったですわ。俺は努めてどや顔にならない顔で、まるで弟を見守る兄の顔であるように、いや普通にその顔ができているかもしれない。





「ハンカチは貸すことが目的なのさ」






俺の言葉にクリスは何も言わずに俺の隣でアルフレッドとミザリーの温かい光景を見守っていた。俺とクリスはようやく、本当に時間をかけてついに探り当てたのだ。弟の、希望の光を。




作中に出てくる映画は「英国王のスピーチ」という映画です

みなさんもぜひ見てみてください

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