第六話 弟?!それどころじゃない!
仲のいい兄弟っていいですよね
それから数日が経ち、怪我も大したことがなかったクリスを見て安心した俺だったが、執事のおじさんにはこっぴどく叱られてしまったようだ。可哀そうなクリス。だから、執事には俺から嫌がらせをしておいた。執事の椅子にヒビを入れておいたのだ。そんなことをして気を晴らしていたが、俺も少し不安に思うことがあった。クリスを庇ったあの時に、木を掴んだ左手首を痛めてしまったことだ。クリスの方が先に治ってしまったのは驚いたが、まだ子どもだから治癒力が弱いせいだろう、そう自分に言い聞かせた。
そうして怪我を隠したまま月日は経ち、俺は8歳になろうとしていた。誕生日は年を経るごとに豪華絢爛になって行くのだが、今回は特別だった。なんと俺のプレゼント、というかなんなのだこれは。そう、まるで人間。それもとびっきり俺に似た人間だった。まるで俺の弟であるかのような。そう考えているとクリスがその俺に似た子どもと少し厳しそうなメイドを紹介するのだった。
「こちらは坊ちゃまの弟君であるアルフレッド・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンド様とその従者でございます」
うんうんうん、待って意味が分からない。弟?名前長くない?どゆこと?後出しにもほどがある。俺が混乱しているためアルフレッドなにがしがきつそうなメイドに挨拶をさせられる。
「アルフレッド様、ほらお兄様にご挨拶なさい」
「は、はい・・・・・・お、お・・・・・・おはっ・・・・・・」
俺は弟の少し緊張が過ぎるその言葉のたどたどしさに目を奪われた。緊張しているものを見ると逆に落ち着くものだが、弟のそれは少し度が過ぎている。俺は緊張を解そうと、弟に向かって声を掛けようとしたその時だった。きつそうなメイドが機先を制した。
「アルフレッド様っ! さあしっかりなさってください! お兄様の前で失礼ですよ!」
「あっ、あっ・・・・・・」
「申し訳ございません、ビスマルク様」
うむうむまた意味の分からないことを。それにしてもこのメイドはきついのは顔だけじゃないようだ。一応兄?である俺がこの場を収めてやるとしよう。そう思い、アルフレッドに俺は歩み寄る。恐る恐る俺を見るアルフレッドは酷く小さく、怯えているように見えた。だが、それを払拭してやるがごとく俺は優しく声を掛ける。
「俺に弟がいるなんてなんと嬉しいことだろうか。これからは俺と一緒に愉快に暮らそう」
「にっ・・・にい、・・・」
「ゆっくりでいい。ちゃんと聞いているから」
俺はきちんと弟であるアルフレッドの目を見て話す。アルフレッドは目を逸らしたが、か細い声でようやく息を吐きだす様に、詰まった声を出した。
「にい、さま。ありっ、がとう」
その可愛らしい声で俺とアルフレッドはぎこちないが握手をするに至る。クリスは自慢げに、きつそうな弟のメイドは恍惚とした表情で俺たちの邂逅を祝福してくれた。アルフレッドを一頻り誕生日の料理を食べさせると眠くなったのか、メイドが連れて行ってしまった。誕生日会は恙なく終わり、俺もようやく就寝の準備をする。俺は弟という存在に少しばかり、いやかなり興奮していた。前世では一人っ子だったからこそ、兄弟という響きが俺の心からハーモニーを奏でていた。しかし、少し気になることがあるのも事実だった。
「クリス」
「はい、なんでしょう?」
「アルフレッドはいくつなんだ?」
「坊ちゃまの三つ下の5才です」
アルフレッドは5才だったらしい。それならもっと元気はつらつでもいい気がするが、俺は前世でも今世でも5才と言えばやんちゃばかりだ。その点、アルフレッドのあの言語能力は見逃せない。あれだけの躓きだ、あいさつの後も笑うことはあっても喋った所は見たことがなかった。俺は不安に思ってしまった。
「クリス、弟は、アルフレッドは吃音症なのかな?」
「きつ?申し訳ございません。そのような病を聞いたことがありません」
「そうか・・・・・・」
この世界ではまだこの症状が浸透していないのだろう。前世の世界でも吃音は治療が難しい症状だ。俺の友人にもそのような症状の奴がいたが、そいつは話せるようになってから人生が変わったと言っていた。それほどに理解と適切な治療がなければ治らないものなのだ。それでもアルフレッドは俺の弟だ。俺は、俺だけはアルフレッドの味方であろうと心に決めた。
「クリス、アルフレッドは俺の弟なんだよな?」
「はい。坊ちゃまの弟君であらせられます」
「じゃあ、俺が守らないとな」
「・・・・・・はい。坊ちゃまなら、きっと」
クリスは既に分かり切っているかのような自信満々の顔で頷いてくれた。俺はクリスもそうだが、俺を信じてくれる人を裏切りたくない。だから、絶対にアルフレッドは大切にすると心に誓った。そして、部屋の電気を消そうとするクリスに俺は何気なく問うてみる。
「そういえば、俺の名前って何?」
「え・・・・・・」
「え・・・・・・」
クリスは先ほどまでの自慢げな顔を冷ややかな顔に塗り替えると、まるで鉄仮面でも被ったかのような形相で俺の鼻に人差し指を置いて言う。
「坊ちゃまはビスマルク・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンド・・・・・・このフェルディナンド王国の次期国王です」
「ああなるほど、そうなんだ。じゃあ、おやすみ」
「はい・・・・・・おやすみなさいませ」
電気を消されて俺は床に就いた。俺の脳は疲れているんだ。きっとそうだ。だって今日はいろんなことがあったのだ。聞き間違えても仕方がない。俺そんな外国チックな名前じゃないし、元は日本人よ?田中太郎とか、鈴木坊ちゃまとかそういうのでしょ?てか、俺生まれてこの方坊ちゃまとしか呼ばれていないのよ?俺の名前は坊ちゃまと思うに決まってるじゃん。むしろなに?俺の中では夏目漱石の作品名が浮かんでたよ。この世界のネーミングセンスゼロでしょ?まさかまさか、俺の名前があのビスマルク?ドイツの混迷期を支えた外交の天才「鉄血宰相」ビスマルク?笑っちゃうね、はっはー。うんうんうん、おかしい。これだけはない。俺が王族とか。俺はスヤっと意識を手放した。
「手放せるかああああああああ!!!!」
だからね、後出しが多すぎるんだって。俺はむしろ気絶したように眠ることになった。
翌日、俺は不機嫌を顔に出したままクリスに起こしに来てもらった。クリスはとてもおかしそうに俺の不機嫌顔を見てはクスクスと笑う。俺の心はその行為でますます不機嫌になる。俺は不機嫌を隠しもせずクリスに文句を言う。
「俺が王族だって? 俺の名前がビスマルクだって? 初めて聞いたぞ」
「坊ちゃまは王族に相応しい方です。お名前だって私は恐れ多くて易々とお呼びすることは出来ませんが、その名に相応しい方に坊ちゃまなられると、私はそう信じております」
信頼は素晴らしい。だが、俺のこの心はどうしてくれるのだ。前世では個性も自分もないただの無能だったんだぞ。それがどうして過去の偉人に相応しくなれるものか。俺の怒りを知らずか、クリスは鼻歌でも歌うかのように俺の身支度を始める。俺は仕方なく、名前は受け入れるがキラキラネームを付けられてた子どもの気分だった。それに、自分が王族だなんて全く想像もできない。だから、俺は両親にも合わないのかと納得したが、それでも俺が王様になるなんてまっぴらだ。そんな文句を心中でぶつくさ言っていると、朝食の準備ができていた。席に着くと、少し遅れて弟のアルフレッドが入ってきた。俺は席を立ってアルフレッドを迎えに行く。
「おはよう、アルフレッド」
「おっ・・・・・・お、はよ・・・・・・」
相変わらず吃音は継続中である弟を不憫に思っていると、すかさず朝っぱらからアルフレッドのメイドの雷が落ちる。そうそう、アルフレッドのメイドの名前はミザリーというらしい。俺の中では既にミザリーと言う名が恐ろしい名前に聞こえてしょうがない。その雷に打たれれて絶賛痺れているのが我が弟であるアルフレッドだ。
「王子殿下に挨拶もできないとはどういうことです! できるまで朝食はお預けです!」
こうやって恐怖に打ちひしがれている内は絶対にアルフレッドの吃音は治らないだろう。おそらくこのミザリーというメイドも自分の身分に必死なのだろう。第二王子の世話係なのに吃音でまともに喋れないだなんて、自分の沽券にかかわるだろう。だが、だからと言って功を焦ってはいけない。これではどちらも泥船だ。せっかくできた俺の大切な弟だ。俺が何とかしてやろうではないか。
「アルフレッド、俺は堅苦しい挨拶は嫌いなんだ。だから、『おはようございます』を略して『おっす』ってのはどうだ?」
俺がそう言うとアルフレッドは一瞬目を輝かせたような気がしたが、すぐに不安そうに辺りを見渡した挙句、ミザリーに答えを求めてしまう。その結果は言わずとも分かるだろう。ミザリーは首を横に振り、俺にも注意を行ってきた。
「殿下、アルフレッド様は喋ることもままなりません。だから、王族として正しい言葉遣いをまずは鍛えなければなりません。そのように気軽な挨拶を勧めることはおやめ下さい」
ミザリーにぴしゃりと言われ、アルフレッドは泣きそうな顔をしているが、俺もこんなことでへこたれるようなやわな性格をしていない。俺ってば異世界の王族なのよ?どうして俺のよりよい未来の弟の可能性を摘んでしまえようか。否、断じて否。俺はこの世界では俺となって生きたいように生きることを決めた人間だ。そんな人間が一人二人増えようが世界は変わったりするまい。ましてや俺の大切な弟だ。そうと分かれば俺が言い返す言葉は何か分かるよね?
「ミザリー、その要請は却下だ」
「へ? 殿下、今何と?」
「却下だ。却・下!」
ミザリーは目を丸くして俺を睨もうとするが、俺だって睨むくらいできる。嘗めないでもらいたい。ミザリーは俺が怯まないと分かったのか、驚いたように後ずさると今度は俺のメイドのクリスを見る。困ったものだが、こういったことは同業者に理解を求めるに限るのだろう。クリスは溜息を我慢して俺を嗜めようとする。だが、そんなことで俺が止まらないのは分かっているようで、クリスも呆れた口調で俺を止めに入る。分かってるじゃないか、さすがクリス。可愛い。
「坊ちゃま、ミザリーさんの言うことにも一理あります。あまりムキになられず普通に挨拶為されては?」
「そうは言うがな、俺は教育に関してはうるさいんだ。時にミザリー」
「は、はい?」
突然呼ばれたことに驚いたか、はたまた俺の口調が妙に怖かったのか、ミザリーは既に俺の論調に押されていた。そのことに機を見た俺は一気に畳みかける。現代日本にいた俺を嘗めるなよ。クレーム対応や難癖に対してどれだけ苦労させられたか。現代日本のクレームをプレゼントだ。
「先ほど、ご飯を食べる権利を取り上げたが、それはアルフレッドへの虐待か?」
「け、権利?! ぎゃ、虐待?!!」
「そうだ。子どもは食べねば死ぬのだ。飯を報酬のように扱うが、子どもに課された使命は食う・寝る・遊ぶ・学ぶのはずだ。ミザリーはその当然の権利をどうして取り上げることができるのだ?」
俺の権利だの虐待だのという難しい言葉による威圧は効果てきめんのようだ。現代日本でもよく蔓延する、主語を大きくすることであたかも大多数の総意であるかのような物言いは、経験していないと対応が難しく、万が一にも真に受けると一生付け込まれることになるという最悪の劇薬だ。まさかこの俺がこのような手法を使うとは思わなかったが、この世界では未だにこの手法は使われてはいないようだ。であるならば、俺が先駆者となろうではないか。たじたじのミザリーはどうにか言い訳を考えようと、言葉探しで必死のようだ。少しでもアルフレッドの気持ちを味わうといいさ。
「そ。それは・・・・・・」
「もし、アルフレッドが食事を食べることができなかったせいで死んでしまったり、虚弱になったら誰が責任を取ってくれるのかな?」
「う、うぐぐ・・・・・・」
ミザリーはがくりと膝を屈したことだし、ここまでで良いだろう。窮鼠猫を嚙むとも言うし、これを機に恨まれてはかなわない。あくまでもアルフレッドの教育を正しい姿に戻すのが最大の目標なのだ。当のアルフレッドなんてさっきから目を丸くしているだけだし、場を収めようとしたクリスでさえ、少しおろおろとし出す始末だ。そろそろお開きといこう。
「とは言ったものの、先ほどのアルフレッドを見れば分かる。ミザリー、アルフレッドは君を頼りにしている」
「え・・・・・・」
突然下げきられた所で上げられたら誰でも困惑するだろう。しかし、だからこそ今なのだ。困惑したという事象を起こした人間は脆いのだ。ここで一気に勝負を付けてしまおう。俺はへたり込んだミザリーの肩に手を置くと、今度はしっかりと目を見て優しく微笑みかける。
「君は心からアルフレッドを立派な人間にしようとしている、その気持ちは大事だ。だが、頼られるにはまずそれに値する人間にならなければ。人を信じ、やって見せ、任せてみなければ人は育たないぞ?」
「は、はい・・・・・・仰る通りでございます」
「アルフレッドの所作は見たところ大変きれいだ。言葉はミザリーからすればまだまだかもしれないが、それ以外はとても優れてる。一つのことばかり叱責してはつまらん。これまで立派にアルフレッドを育てて来たのだ。これからの仕事ぶりに期待しているぞ」
俺が肩をポンと叩くと、ミザリーは涙を受けべて頷いた。これで一件落着と晴れて食事にありつけると、アルフレッドを見るとまだ驚いたまま立ち直れずにいた。俺はアルフレッドの椅子を引いてやり、席に座らせる。俺も席について食べ始めると、今度は後ろからただならぬ気配を感じる。頬張った食事を飲み込めずにゆっくりと後ろを振り返ると、そこには般若の顔を今にも思念で送ってきそうなほど冷ややかな目線を送っているクリスがいた。
「く、クリス・・・・・・どうかしたか?」
「・・・・・・弟君はあれほどマナーがなっていると言うのに・・・・・・」
「はにゃ?」
俺は無茶苦茶なテーブルマナーをその後一時間かけて説教された。アルフレッドはその間もニコニコと俺を見てご飯を食べていた。ああ、これ完璧ブーメランってやつですわ。俺が輝いた分だけクリスはそれを真似て説教をかましてくれるのだ。こんな信頼関係みなさんならどうですか?
実は王族って大変なんだなって・・・
明日もできるだけ3話投稿しようと思います