【一場面小説】ジョスイ物語 〜官兵衛、長政を逃がすノ段 賤ヶ岳の戦い其ノ五
鬼玄蕃佐久間盛政の猛攻に抗い、時を稼ぐ決意をした官兵衛。黒田を遺す為に嫡男長政を側近の栗山善助に託して逃したのだった。
「戻る、父と共に闘いとうござる!」
官兵衛が嫡男、黒田吉兵衛長政は訴えた。官兵衛は鬼玄蕃佐久間盛政の猛攻に黒田の全滅も覚悟し、会戦の直前に長政を逃がす決断をしたのだ。
「松寿様、官兵衛様は黒田の御家を遺すタメニ、松寿様を逃しになったのでございます!」
栗山善助利安が早口で捲し立てる。松寿とは長政の幼名、若君の決意に人の良い栗山善助はつい怯み、言い慣れた幼名で窘めてしまった。後備の秀長が本陣はもう目と鼻の先だ。
「ほう、松寿か。良い名だ。」と、一人の侍が割って入った。将らしき男は下馬して一礼し、態と真面目臭って言った。
「儂も子が出来たらその名もらおうかの。」
そして続けた。
「某、軍奉行の一柳直末と申す、其許は黒田の、、」
「黒田孝高が嫡男、キ、チ、ベ、イ、長政にござる。」
憤然として長政が応えた。慌てて、黒田が家人栗山利安にござる、と善助が続き、一柳に頭を掻いて笑みを繕った。
刹那の沈黙と緊迫。が一柳がどっと笑い、善助も釣られた。長政は未だ収まらない様子だったが、僅か照れ臭そうに微笑んだ。
一柳は暫し言争いの訳を聞き、短く切り出した。
「栗山殿、若君を戦場に戻そうではないか。某も黒田殿を助太刀致す。」
一柳は長政の滾る決意にも絆されたが、何より官兵衛が策、黒田勢の防戦が生命線であることを悟った。これは急を要する、暇はない。急ぎ戦場に戻り周囲の諸将にも触れて廻らねばなるまい。その為には此処で談判している場合ではないと、羽柴家の軍奉行として判断したのだった。 つづく