第三十九話 帰還、のち、凶報
冒険者ギルドは通常受付で手続きを済ませるが、盗み聞きを警戒して個室で個別に話す時がある。
この時もそうで、受付嬢のミシェルさんはギルドに訪れた僕らを見るなり早々に個室へと引っ張っていた。
「本当につい先ほど、エフエス様が山向こうの《楽園》で負傷したとの知らせがギルドに飛び込んで来ました」
定期便とともにマインに帰還し、報告のためギルドに訪れて早々の凶報。
控えめに言って特大の悪い知らせにゾクリ、と背筋が粟立つ。隣に立つダイナが身体をギュッと強張らせるのを感じた。
相当に焦っているのか、ただならぬ雰囲気のミシェルさんが険しい顔のまま矢継ぎ早に告げる。
「調査団は任務を切り上げ、帰還するとのこと。熟練の『運び屋』が付いていますから早ければ数日の内に戻ってくるでしょうが……エフエス様の命運がどう転ぶかは分かりません。あそこはBランクですら危険な魔境ですから」
「ええ、エフエスさん自身からそう聞いています」
調査任務に赴く前に、険しい顔のエフエスさんから事前に言い含められていた。自身の身に起きうるあらゆる可能性について、嚙んで含めるように。
「分かっているとは思いますが、口外無用です。あなたから漏れた情報で無用の混乱が起きればギルドは処罰します。そのつもりで」
「それは、もちろんです」
ミシェルさんからの釘差しに頷く。
なにより誰かに軽々しく話せるような気分ではなかった。
「最後に一言だけ。『万が一私が帰らなかったら、手筈通りに』。誰からの伝言かは、分かりますね?」
「……はい」
エフエスさんは当然自分が生きて帰れない可能性についても話していた。《楽園》はエフエスさんですら命を落としかねない危険地帯なのだから。
万が一、エフエスさんが帰らなかったその時は僕らが彼女の遺産の一部を相続し、冒険者として独り立ちするように言われていた。
もちろんそんな独り立ちは絶対に嫌だ。この世界で生き抜くための道と、覚悟と、術を与えてくれたエフエスさんに僕はまだ何も返せていないのだから。
「あの、僕らにも何か――」
「ありません」
自分たちにできることはないかと問いかければ、取り付く島もなくキッパリと断られる。
驚いてミシェルさんを見れば思った以上に据わった目でこちらを見ていた。僕らが焦って暴走するのを抑えるかのように。
「あなた達に《楽園》はまだ早すぎる。これはギルドからの厳命です。軽挙妄動は重々慎んでください」
そのにべもない拒絶に、僕は言葉を返すこともできず、その場を立ち去るしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……………………」
恐ろしく憂鬱な気分で僕は街を歩いていた。王都のギルドで受けた不快感など比ではない、拠って立つ地面が崩れたかのようなあやふやで頼りない感覚。
強く握り締めたダイナの手から伝わる温かさだけを頼りに宿まで歩いていく。そんな中ダイナがポツリとつぶやいた。
「ミシェル、早すぎルって」
「ああ、歯痒いな。僕がもっと――」
僕の愚痴にダイナはキッパリと首を振る。
「ううン、まだっテ言ってタ。今は行けないけド、何時か行けるっテ。今は我慢して、今度は、ダイナ達が助けに行こウ?」
「ダイナ……。うん、そうだね。今は無理でも、今度は。次は、僕らがエフエスさんを助けるんだ」
ダイナに励まされ、少しだけ明るい気分になって頷く。
そうだ。知らせ一つで何を気弱になっている。エフエスさんが負傷した。それは確かだ。だけど致命傷だ、なんて一言も出なかった。
伝言にもあったではないか、万が一帰らなければと。エフエスさんはこういう時の言葉選びを間違えない。もちろん楽観はできないが、悪戯に悲観するほどではない。
そう考えてなんとか自分を励ます。大丈夫、まだ慌てる程の局面じゃないと――この時はまだ、そう思っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
そしてそれから一週間近い日数が経ったいまも……続報は入って来ていない。
エフエスさんはまだ、帰らない――。




