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第三十六話 ”恐爪王”ディノレックス


 ”恐爪王”ディノレックス。

 群れを従えたその脅威は僕らの師匠であるエフエスさんに「できれば()り合いたくない」と言わせるほど。

 とはいえ既に街道を騒がせていた個体は討伐済みで墓場から蘇るはずもなく。あとはバラバラの小グループに分かれた残党だけなら大した問題はないと僕らは運び屋の依頼(クエスト)を受けた。

 ()()()()()


『Grrrrrrrr……』


 地を這うような低い唸り声が轟く。

 夕暮れ時の薄暗い森の中。ぽっかりと開けた空き地に()()()()()()僕とダイナの眼前には数十頭の恐爪竜(ディノニクス)を従えた巨躯の竜が佇んでいた。

 重々しい地響きとともに大地を踏みしめ、ディノニクスの種族的特徴である恐ろしく鋭利な爪をさらに大きく、切れ味を増した”恐爪王”ディノレックスがそこにいた。

 もう一度、繰り返そう。

 奴らは事実上在野最優の冒険者であるBランク冒険者(エフエスさん)に「できれば()り合いたくない」と言わせるほどの化け物だ。

 そして僕らは何故かそんな化け物と向き合っていた。


 


 ◇◆◇◆◇◆◇




 思えば今日は最初から嫌な予感がしていた。

 ミシェルさんから『運び屋』の依頼を受けてすぐに準備を整え、依頼された誕生日プレゼントをアイテムボックスに保管。

 強行軍に備えて柔らかいベッドで一晩体を休めたその翌朝に、悪夢を見て目が覚めた。

 切れ切れに覚えている夢の欠片は魔獣の咆哮、血飛沫、そして血だまりに沈む師匠(エフエスさん)の姿。

 もちろんただの夢だ。だが恐らくは()()()()()()()()()()()で、起きた時は全身にびっしょりと冷や汗をかいていた。


「大丈夫?」

「うん、なんでもないよ。大丈夫」


 僕の不調を気遣って不安げに問いかけるダイナへ取り繕った笑顔を見せて宥めつつも僕自身気を落ち着かせ。

 身支度を整えた僕らはやや重苦しい気分を引きずりつつマインを出発した。幸い予感していたようなトラブルもなく、レイクに向けて調子よく湖龍街道を進んでいき……。


(途中まではよかった。奴らに目を付けられたのは森の街道を走っていたあたり、か?)

 

 始まりは森を切り開いて作った街道を渡っている時だった。

 事前に聞いていた恐爪竜(ディノニクス)の残党。その勢力圏に最も接近する箇所であり、僕とダイナはできるだけ足早にこの場所を駆け抜けたのだが、


Gu()Ru()Oo()Oo()Oo()Oo()Oo()oo()――ッ!!』


 聞き慣れた恐爪竜(ディノニクス)に似た、だが込められた”圧”の桁が違う大咆哮が轟いた。

 彼らの勢力圏をもうすぐ抜けようかといったところでその警戒網に引っかかったのだ。

 そこからはもう、あっという間だ。

 奴らに見つかるまで順調だった旅路が嘘のような怒涛の展開。森の奥から次々に現れる恐爪竜(ディノニクス)の群れに襲われ、待ち伏せされ、奴らが集う殺し間(キルゾーン)に追い込まれた。


「どうしてこうなった……」

「ン……大丈夫、ヨシヨシ」

「……ありがとうな、ダイナ」


 頭を抱えた僕にダイナが宥めるように声をかける。年下のダイナについ母性を感じてしまった不覚はできれば墓まで持っていきたいところだ。


「ホダカ、あれ、お腹空いてル」

「……まあ、見ればわかるよ。うん」


 ディノレックスは子分どもにも増して目を飢えで血走らせ、乱杭歯をむき出しにしている。その形相は僕らを絶対に逃がさないと無言で語っていた。

 明らかに群れの食欲を満たすには肉の量が足りない僕とダイナを狙った状況もその推測を裏付けている。とにかく食えるならなんでもいい、そんな感じだ。

 が、

 

()()()()()

「……いまなんて?」

「あのデカいの、子供がお腹にいル。においが違ウから、分かる。だからすごくお腹が空いてる」


 ダイナからの予想だにしない情報に一瞬混乱するが、すぐに目の前の状況と照らし合わせた答えが出た。


()られたのは()()()かっ!?」


 ディノレックスは一頭ではない。二頭いたのだ。それも恐らくはオスとメス、一組のつがいが。異常成長した王級個体が二頭とはなんとも豪勢な。天道に倒されたのは二頭の内のオスだったのだろう。


「天道の奴、とんでもない手抜き仕事だ! これじゃほとんど討伐の意味がないじゃないか!?」


 個体戦闘力なら他の大型魔獣より一段劣るディノレックスの最大の脅威はその統率力だ。

 普通ならディノニクス十頭程度の小グループが精々。だが王が率いる群れは時に百頭近い数を従える。その統率力は他の大型魔獣にはない脅威だ。

 王と女王、その片割れが討たれようと、もう片方が残っていればその脅威はほぼ変わらないと言っていい。


(そんな気もないだろうに、とことんこっちの足を引っ張ってくるな、あいつ……!)


 元々嫌いだった元クラスメイトへの好感度がマイナスへと突き抜けた瞬間である。正直次に出会ったらぶん殴りたい。

 だがいまはこの大ピンチを潜り抜けるのが先だ。


Ru()ru()ru()……』

 

 ジリジリと間合いを詰めてくる周囲のディノニクスを警戒しながら、僕は敢えてニヤリと笑った。

 

「さぁて、どうしようか」


 苦しい時ほど笑え。精々不敵に見えるように。敵が怯むように。ダイナが不安に思わないように。

 それがエフエスさんの教えだったから。


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