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第十九話 半年後

 ――――そして、僕がエフエスさんと竜の少女に出会って半年が過ぎた。




 ◇◆◇◆◇◆◇


 

 

 早駆ける。

 薄暗い森に薄っすらと跡が残る獣道を疾走すれば、視界を木立が勢い良く過ぎ去っていく。

 車の助手席に乗った時の視界に近いが、全身に伝わる衝撃と視界の()()はもっとダイナミックでダイレクト。そしてデンジャラスでスリリングだ。

 なにせ、


Giiii(ギィィィ)……!」

「|GiShaAaAaAaaaaギシャアアアァァァ――!」

GuRuRuuuu(グルルゥゥゥ)……!」


 腹を空かせて目を血走らせた獰猛な恐爪竜(ディノニクス)と今まさに追いかけっこの最中なのだから。

 魔獣の中では小型だが、成人男性よりも頭2つは上背が高く、振りかざす爪と牙は見るからに鋭い。肉食性が強いことも相まって、虎やライオンよりも狂暴で危険な怪物(モンスター)だろう。

 

「ホダカ、どう? どう?」

「大丈夫だよ、ダイナ。後ろに三頭、しっかり付いて来てる」

「うン」


 ダイナ。僕が苦心してつけた、この娘の名前だ。

 恐竜(ダイナソー)躍動的(ダイナミック)女神(ディアナ)。ほぼ連想ゲームに近い思い付きの名前だったが、彼女本人は気に入ってくれている。


「作戦通りこのまま行こう」

「分かっタ」


 追いつかれれば一巻の終わりの逃走劇。 

 だが僕とダイナは()()()()と言い交わす余裕すらあった。

 それもこれも《ギフト》で竜形態となり、僕の騎獣として走り回ってくれるダイナのお陰だ。

 彼女の竜形態が大型犬(レトリーバー)サイズだったのも今は昔。この半年で仮にもお金持ち(Bランク冒険者)であるエフエスさんがドン引きする程の量の肉を食らいつくしたダイナ。彼女はいまや僕が騎乗しても苦にならない体躯と、恐爪竜(ディノニクス)から悠々と逃げ回るだけの走力を得ていた。

 ただ恐ろしい程に急成長した竜形態の割に人間態での成長はそれほどでもないので、《ギフト》の扱いに手慣れたというのが真実かもしれない。


「……でもホダカ。わたしが()()()()ヲぶちのめした方がきっと早イよ?」


 天性の才能(ギフト)もあってかその戦闘力はとうに僕を置き去りにし、エフエスさんが驚くほどの勢いで成長している。

 その自信故だろう。魔獣、特に恐爪竜(ディノニクス)には苛烈な敵意を燃やすダイナが今取っている作戦に不満を漏らす。とは言っても自分の手で直接()れないことが残念という類の不満だが。


(……やっぱりまだ野生が残ってるなぁ)


 荒事にも怯まず、むしろ率先して敵に立ち向かう勇敢さを持つダイナ。半面多分に血の気が多く、善かれ悪かれ真っすぐで衝動的な行動が多い。

 幸いにしてこの半年間、ダイナの敵意や不満が僕や人間に向けられたことはない。幼さ故の失敗ややらかしは大量にあるけれど。

 僕やエフエスさん(この半年間で仲良くなった)が傷つけられれば顔を真っ赤にして怒るが、抑えられれば自制する理性もある。

 いい子に育ったと、贔屓目を抜きにしてそう思う。


「ダイナに怪我をして欲しくない。ここは安全重視で行こう」

「うん、分かっタ」


 僕がダイナを気遣うと一瞬で機嫌を直し、むふーと満足げな気配を漏らす。テンションとともに速度も上げ、ついつい後ろの恐爪竜(ディノニクス)達をチギりかけた。


「ダイナ、急ぎすぎ」

「ん、ゴメンナサイ」


 こいつらにはこのまま付いて来てもらわねば困るのだ。メッと鞍上から注意すると、素直に謝るダイナ。まだまだ幼くも可愛らしいなぁと親バカらしく思ってしまう。

 このように出会いから僅か半年恐ろしい程の成長を遂げたダイナに対して一方の僕はと言えば、


(相変わらずおっかない顔してるなぁ、恐爪竜(あいつら)


 まあ、多少は図太くなったかもしれない。

 肩越しにチラリと追跡者を観察すれば、恐爪竜(ディノニクス)達の食欲に満ち、乱杭歯を剝き出しにした恐ろしい形相が視界に映る。

 この半年間、僕も師匠(エフエスさん)のお陰で冒険者としての技量(スキル)はみっちり身に着けた。奴らより弱い相手だが、何度か魔獣の討伐に成功もしている。

 そのお陰か、命がかかった追いかけっこにもそこまで動揺はしていなかった。

 

(だからって討伐とかあんまり気乗りはしないんだけどね。何も気にせずダイナと一緒に走ってる方がよっぽど気楽だよ……)


 エフエスさんのように魔獣の狩猟を専門的に行う冒険者も多いのだが、どうにも僕には向いていないらしい。

 と、ここで思考が脇に逸れていることを自覚し、片手でピシャリと額を叩く。


(……雑念だな。今は目の前の狩りに集中しろ)


 この作戦はタイミングが命。

 引き受けた依頼(クエスト)を間抜けな失敗でフイにしてはならない。


「ホダカ!」

「ああ」


 木立の間を駆け抜け、倒木を乗り越え、藪を突っ切り――森を抜けた。

 開けた視界には見上げるほどに高い、切り立った崖が続いていた。

 行き止まりの絶体絶命? いいや、ここに奴らをおびき寄せるまでが第一段階だ。


「あっちだ」

 

 すぐに崖に沿って南下する方向へ走らせる。すると切り立つ崖の一画が崩れ、急角度だがどうにかよじ登れなくもない傾斜の隘路が現れた。


「あっタ、あそこ!」

「よし、行ってくれ!」

 

 かなり昔にがけ崩れで出来た細い隘路だ。長年をかけて地盤はある程度固まったものの、人や家畜の通行には全く適さない。結果として野に生きる獣たちが崖の上へ向かうための天然の階段としてしか利用されていないルートだった。

 急角度の斜面に大岩小石がゴロゴロと転がり、非常に足を取られやすく落石も多い悪路。竜形態のダイナに騎乗していなければ僕も顔を引きつらせていただろう。


「それで奴らは……付いてくるよね、そりゃ」


 そしてそうした悪路でこそ強みが最大限発揮されるのは恐爪竜(ディノニクス)も同じ。彼らは身軽で、俊敏なのだ。

 そして背中に僕という重荷を背負っている分、急傾斜の負担はダイナにより重くのしかかる。

 ガクン、と登り足が落ち、彼我の距離が目に見えて縮まった。


Gi()Sya(シャ)Sya(シャ)Sya(シャ)Sya(シャ)Sya(シャ)Sya(シャ)ッ!』


 ()った、そう見えたのか。 

 勝ち誇ったような高笑いを上げるディノニクス達。僕らを隔てる距離はもう目と鼻の先だ。


「ホダカ」

「うん、そろそろ仕掛けようか」


 僕の規格外(エクストラ)ギフト、《アイテムボックス》。

 以前エフエスさんから聞いた通り、こいつはいくつかの点で文字通り規格外のぶっ壊れギフトだ。

 その一つが収容量。馬車一台分の荷物を納められれば十分上級と認められる《アイテムボックス》だが、僕のこれには収容できる限界がない(厳密には上限値を確認できていない)

 馬車十台分の荷物だろうが、小型ビル並の巨躯を誇る大型魔獣の死骸だろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全く問題なく収納できる。


『――――ッ!??!?!!??』

 

 だからまあ、左右の逃げ場のない隘路で()()()()()時の奴らの顔はきっと仰天していたと思う。それを確認することはもうできないけれど。

 巨大な大岩がディノニクスと無数の土砂を巻き込んで土石流のように急斜面を駆け下っていくダイナミックな光景を肩越しに確認。その間にダイナは健脚を生かして地獄のような光景から逃げ去るように隘路を登り切った。

 崖上から下を眺めれば、大量の土砂に巻き込まれたディノニクスの体躯の一部が見える。死骸を掘り出すのも土砂を《アイテムボックス》に収めれば難しくはない。


「やっタね」

「……やっちゃったね」


 無邪気に喜ぶダイナに素直に言葉を返せない僕がいた。やらかしたことがほとんど天災だ。ダイナの安全を重視したからとはいえ、ちょっとばかり殺意が過剰すぎたかもしれない。

 とはいえ、

 

「ダイナ」

「うン」


 これで恐爪竜(ディノニクス)三頭の討伐は完了だ。

 半年前は怯え、逃げ回るしかなかった怪物(モンスター)に僕らは勝ったのだ。それは目に見えて確かな成長の証だった。

 僕らは顔を見合わせ、


「「やった!」」


 依頼(クエスト)の成功を確認し、笑顔になって快哉を上げたのだった。

 


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