告白するぞ
「好きです、付き合ってください」
夕日の差し込む赤い校舎の階段の踊り場で高校生のあたしはそっと箱状の物を差し出して告白した。
人気のない場所だ。相手は夕日のせいか知らないけど顔を赤くしてそれを受け取った。
「ありがとう、水希。付き合うよ」
「よし、練習はこんなところね」
まあ、その相手はあたしの好きな高橋君じゃなくて幼馴染で親友の美穂なんだけど。
バレンタインを翌日に控えた今日、あたしは親友を練習台にして明日の予行演習をしていた。
微笑む美穂から練習で使った箱入りの消しゴムを返してもらう。
「明日こそ告白できるといいね」
「明日こそ告白するよ。その為に練習もしてチョコも用意したんだしね」
去年は出来なかったけど今年こそやってやる。
そう決意してあたしは学校を後にするのだった。
「明日は大事な日になる。今日は早く寝よう」
あたしはそう思って今日は早めに布団に入ったのだが……
「眠れない!」
明日を気にするあまり眠れなかった。
それでも何とか寝ようと羊を数えたりしながら頑張ったのだが、そうしているうちに朝になった。
「いつまで寝てるの! 今日も学校でしょ!」
お母さんはそう言うんだけど違うよ。寝てるんじゃなくて眠れなかったの。
今頃になって眠くなってきたんだけど、学校に行かなければいけない。決戦は今日なのだ。
あたしはのっそりと布団から起き上がると出かける準備をするのだった。
眠いのを我慢しながら通学路を歩いていく。チョコは昨日のうちに鞄に入れておいたので忘れたりはしていないよ。
そうして歩いていると親友の美穂が後ろから声を掛けてきた。
「おはよう、水希。うわ、なんか眠そうだね」
「昨日あんまり眠れなくて」
「大丈夫? 辛かったら告白なんてしなくていいんだよ」
「大丈夫。今日の為に頑張ってきたんだから」
「じゃあ、これあげる。頑張って」
「ありがとう」
そうしてもらったのは美穂から毎年もらってる友チョコだった。
あたしはそれを自分のと間違えないようにきちんと区別して鞄にしまった。
さあ、学校に着いた。高橋君は今日もクラスの友達と楽しそうに話している。
あたしはこれからあそこに跳び込んでチョコを渡さないといけないんだけど……
「渡せない……!」
びびって腰が引けてしまった。告白は恐怖だ。何でこんな日があるんだろうと思ってしまう。
だが、決意してきたのだ。去年渡せなかった物を今日渡す。
そんなあたしを美穂は心配そうに見つめている。
「行かないの?」
「まだ時間はあるから大丈夫」
いつか渡す隙ができるはずだ。あたしはそう信じて機会を伺うことにした。
そう思っていたら時間が過ぎてしまった。うっかり寝てしまったのだ。
「どうして起こしてくれなかったの!?」
「気持ちよさそうに寝てたから」
美穂を責めても仕方がない。今は休み時間だ。高橋君の様子を伺う。彼は今も友達に囲まれて楽しそうにおしゃべりしていた。
「あいつ何であんなに友達がいるの?」
「スポーツできるからね。でも、女の子の友達はいないみたい」
確かに高橋君と喋っている奴らはみんな男子で女の子の友達はいなかった。これはチャンスといえよう。だが……
「どうやってあそこに行ってチョコを渡せばいいと思う?」
女子がいないのは逆に緊張してしまう。いればどさくさに紛れてチョコを渡せるかもしれないのに。
美穂は作戦を提案してくれた。小さいチョコがたくさん入った袋を持って。
「義理チョコを配ろう。それでどさくさに紛れて本命を渡せばいいよ」
「よし、そうしよう」
どさくさとは気の合う親友だ。
他に有効な手立ての見つけられなかったあたしは美穂の提案に乗ることにした。そして、一緒に男子達の渦に近づいていった。
「ハッピーバレンタイン」
「義理チョコあげるよ」
「おお、ありがとう」
「サンキュー」
美穂は人望があるのでみんな都合よくチョコを受け取ってくれた。さあ、いよいよ高橋君に本命チョコを渡すぞってところで相手から声を掛けられた。
「お、春瀬。俺にも義理チョコくれるの?」
「チョ……チョコは……ありませーーーん!」
あたしはやっぱりびびりだった。その場を脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「高橋君にはわたしからあげるよ」
「相田にもらってもなあ」
その後ろでは美穂がそっと義理チョコを渡していた。
告白はやっぱり恐怖だ。恐怖しかない。
結局チョコを渡せなかったあたしは敗残兵の気分で美穂と一緒に帰り道を歩いていた。
「渡せなくて残念だったね」
「でも、来年もあるから」
来年こそこの恐怖を克服しよう。あたしはそう決意して鞄に入れているチョコをどうしようかと考えた。
友達にあげるか。自分で食べるよりはいいだろう。そう思って昨日の練習通りにやる事にした。
「好きです。付き合ってください」
「わたしでいいの?」
その反応は練習とは少し違っていたけど、美穂は微笑んで受け取ってくれた。顔が赤く見えたのはきっと夕日のせいだろう。
「これからもよろしく」
「こちらこそ」
そうしてあたし達は慣れ親しんだ道を歩いていくのだった。