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中編「演奏、やってます」(1)

 ミカがLINEに書き込みました。

「ノエルがまた入院した」

「えっ? 本当に?」とヨッシー。

「日曜日には元気だったのに」とミカ。

「お見舞い行くのってまずいかな?」と再びミカ。

「どう思う? タエコ」とマイ。

「病院に入ってしまえば比較的安全」とタエコ。

「ただし、ついて入って来られないこと前提」と再びタエコ。

「病室とか知られるとまずい」と、さらにタエコ。

「ていうことは、病院入るときに、つけられてなければいい、ということだね」とマイ。

「わかった。不審者がついて来ないか、十分に注意して行く」とミカ。


「これ以上、あの男の子とは関わらないほうがいいんじゃないか」と天使がいいます。

「身の危険にもつながるみたいだ」

「慎重に行動するけれど、彼とのつながりを断つつもりはないわ」とミカが言い返します。

「恋愛でもされたらこちらの立場がなくなる」と天使。

「その点は大丈夫。わたしは彼に対して、これまでも、これからも恋愛感情は持たないから」

「でも、相手がその気になってしまうこともあるやしれぬ。そうすると...」

「お願い。彼とのことは、静かに見守っていて」。


 ノエルが再び入院した次の週末、2月5日の日曜日、ミカはメールで大丈夫か確認してお見舞いに行きました。

 薄曇り。立春を過ぎたとはいえまだまだ厳しい寒さの日の2時頃、入口のところで怪しい気配がないことを入念に確認すると、ノエルの病室に向かいました。今度は702号室。個室です。


 この前のときより、さらにノエルの顔の日焼けは落ちていました。頬にうっすら赤味を帯びているようにも見えました。

「具合はどう?」とミカ。

「申し訳ないなあ。出かけようとか言っておきながら、こんなことに...」とノエル。

「わたしはいいの。ノエルはどうなの?」

「入院する日の前の日、学校から帰って床についたら起きられなくなった。次の日、土曜だったけど診てもらって、入院治療が必要ということになった」

「いまは?」

「まだ薄ぼんやりとしてるけど、かなり気分がよくなっている」

「どれくらい入院しなければならないの」

「集中治療がすんで、個室から大部屋に移って様子見て、大丈夫になれば退院できる。いままでは1か月くらいだったけど、もう少し長くかかるかもしれない」

「じゃあ、25日の市民文化祭はたぶん無理だね」と残念そうにミカ。

「ああ、残念だけど」とぼそりとノエル。


「それで、ストーカー騒ぎって、どうなの?」と心配そうにノエル。

「まだ本当に現れたってわけじゃないの」とミカ。

「ネットにメンバーのルックスとかで盛り上がる、いやな書き込みが結構あって、本当に出てくるんじゃないか用心しようってことになった」

「おまえら、制服でライブするよな。そういうのにハマる連中っているだろう。しばらく学外では私服でやったら?」

「たしかにそうね。メンバーに言ってみる。アドバイスありがとう」

「けど、おれが入院したのは、ある意味タイミング良かったかもな」

「どうして?」

「目立つところでなく、おまえと会える」

「それもそうね」


 ミカはちょっと改まった風で、ノエルに言いました。

「あのさあ、病気のことだけど」

「うん」

「今すぐじゃないけど、ミクッツのメンバーには話をしてもいいかな?」

「...どうして?」

「いっしょに活動していくのに、隠し事はしたくない」

「そうか」

「今回のことでも、みんな、わたしだけじゃなく、ノエルのことも心配している」

「それは感謝してるけど...」

「ミクッツの3人は、他にしゃべるような人たちじゃない。だからお願い。わがまま聞いて」

「わかった。おまえの気持ちが楽になるなら。けど、実際に話しするときには、先におれに言ってくれ。メールでいいから」

「ありがとう。そうする」


 新曲「天使のメッセージは」、学年末試験で活動を中断する前、1月30日の「ソヌス」で、ステージで演奏できるレベルまで仕上がりました。収録してタエコが画像アップします。

 そして試験勉強真っ最中の2月5日。マイがLINEに書き込みました。

「また、ライブが決まったよ。さっき付属病院の福田さんから連絡あった」

「3月20日。月曜だけど祝日。病院主催のスプリングコンサート」

「今回も3曲ということなので、『天使』とあと2曲かな? 市民文化祭終わったら打ち合わせしよう」


 そして2月13日からの学年末試験。毎日2~3科目、一週間にわたって行われました。

 17日の金曜日、試験直後ですが、本番に向けてスタジオでリハーサル。

「あーーー、全然ダメだった!」と道すがら、ヨッシーが言います。

「ヨッシーの『全然ダメ』は、レベルが違うからね』とマイ。

「ハードル高すぎ」とタエコ。

「ミカはどうだった?」とヨッシー。

「う~ん、やれるだけやったけれど、微妙」

 結果は28日に通知される予定です。


 2月25日。キーンと冷え込んだ土曜日。市民文化祭のステージの日です。

 2時開演、6時頃終演予定です。ミクッツの出番は3時前後。ミクッツの2つ前がルミッコのステージ。

 午前中、朝8時から本番前のリハーサルがあります。原則本番と同じタイムスケジュールで通します。


 おじいちゃんとおばあちゃんが開演の時間から客席にいます。

 ノエルの姿は...ありません。入院が長引いています。


 舞台袖でスタンバイした状態で、ルミッコのステージを見ます。これも2曲。定番レパートリーから、シュガー・ベイブ「風の世界」と森高千里+カーネーションの「夜の煙突」。

「やっぱすごいね」とヨッシー。

「迫力と切れがちがうね」とマイ。

「まあ、私たちは私たちの音楽を、めいっぱい表現しよう」


 そしてミクッツのステージ。ミカから聞いたノエルのアドバイスに従って、今日は私服姿です。

 1曲目が「天使のメッセージ」のお披露目。ミカがちょっと緊張しているようでしたが、1音目を発してしまうと、猛練習の成果を如何なく発揮した演奏となりました。

 曲目とメンバー紹介だけの短いMCの後、2曲目。「Diamonds」で盛り上がります。そして10分ほどのステージが終わりました。


 片づけをしてメンバーがロビーに行きます。

 ミカはおじいちゃんとおばあちゃんのところへ駆け寄って言います。

「どうだった?」

「いや、楽しませてもらった。かっこいいじゃないか」とおじいちゃん。

「いい演奏だったわ。練習の甲斐があったわね」とおばあちゃん。

「ありがとう! 3月末にもライブ決まってるから、また来てね」

「ぜひ行かせてもらうよ」とおじいちゃん。

「ほんと、いい孫をもって、私たちは幸せ者だわ」とおばあちゃん。


 背中の肩甲骨のあたりがムズムズしました。


 家族や知人との会話が終わって、メンバーがまたロビーで4人いっしょになっているときでした。

「あの~」という声が聞こえました。

 ミクッツのメンバーは声の主のほうに向きます。

「ミクッツのひとたちですよね」

「そうですけれど」とマイ。

「ミクッツのファンなんです...サインもらってもいいですか?」

 4人がお互いに顔を見合わせます。

 ちょっと間をおいてマイが声の主のほうに向いて言います。

「いいですよ」

「じゃあ、これに」というと声の主は用意していた色紙とマーカーを差し出しました。

 シショー、ミクピー、タイコ、二代目ミクベーの順に、担当パートとステージネームを書き、最後にマイが「2月25日 ミクッツより」と一番下に書きこみました。

「どうぞ」と言って、声の主に渡します。

「わあ~、すごい」と声の主が嬉しそうに言います。

「宝物にします! これからもがんばってください!」

 声の主、中学生くらいの女の子は、ロビーの入口にいる友達のところに小走りで戻っていきました。

「あの子はさすがに大丈夫だよね」とヨッシー。

「そうだね。まあ、引き続き要注意」とマイ。


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


 2月28日火曜日。天歌市に春一番が吹きました。

 学年末試験と3年次の暫定コース分けの結果発表です。

 通知書を開封せずに持ち寄って、ミクッツメンバーは「JUJU」に集まりました。

「じゃあ、いっせいに開けようね」とマイが言います。

「いっせーのー...」

 みんなが通知書の中を見ました。

 ヨッシーが固まっているようです。それを見て、マイが口火をきります。

「じゃあ私から。国立コース。現状維持です」

「何位だった?」とミカ。

「4位」

「さすが。じゃあ特待生資格だね」

「うん。辞退するけど」

 ヨッシーは相変わらず固まっています。

「あたしも国立コース。18位」とタエコ。

「まあ、タエコの場合はそんなところだね。で、ミカは?」

「国立コース編入です。うれしい! 41位だから、3年の拡大枠におさまりました」

 ルミナス女子高の国立コースは、2年次は定員35名の1クラスなのが、3年次には定員50名の2クラスに拡大します。


「それで...」

 3人の目がヨッシーのほうに向かいます。

「聞いても大丈夫かな? ヨッシー?」とマイがおずおずと言います。

「...」ヨッシーはなかなか言葉になりません。

「あの...言うね。学年5位で国立コース...」

「やった!」とマイ

「特待生資格だよ!」とミカ。

「報われない努力はない」と、努力とは無縁そうなタエコ。

「これ、間違いじゃないよね? 試験、あんなにダメダメだったんだから」

「だから言ってるでしょ。ヨッシーのハードルは高すぎるんだよ」とマイ。

「店長に報告してくるね」と言うとヨッシーはカウンターに行きました。

「しかし彼女はほんとすごいよ。1年のときは一般コースだったんだから」とマイ。

 店長と話して、ヨッシーは嬉しさがはじけてきたようです。


 5分くらい話していたでしょうか。ヨッシーが戻ってきました。

「家族にLINEするんで、ちょっとごめんね」

 しばらくすると、オーナーの半澤さんが、トレーにミニチョコレートサンデーを4つ載せてやってきました。

「これ、がんばったみなさんにご褒美」

「ありがとうございます!」

「これで、バンドメンバー全員が国立コースになるんだよね」と各自の前にサンデーを置きながら半澤さん。

「いままでにこういうことって、あったの?」

「最近では無いと思います」とマイ。

 家族からのLINEの返信に、ヨッシーは涙ぐんでいるようでした。


 3月3日金曜日、スタジオ「ソヌス」でのリハーサル後、4人はオーナーの戸松さんに、試験結果と3年のコースについて報告しました。

「ルミ女の軽音部で初めてじゃない? 僕の知る限りでは聞いたことない」

「はい。たぶん初めてだと思います」とマイ。

「いっそのこと、バンド名を『ミクッツ』から『コクッツ』に変えたら? 全員国立コースだし」

「ええと...さすがにそれは」

「ははは。冗談はさておき、きみたち、ほんとよくがんばってるよ。音楽も、勉強も」

「ありがとうございます」とマイ。


 その後も、ミクッツの周囲に、不審な動きはありませんでした。

 ツイッターアカウントに、市民文化祭の無許可動画があがっていました。それに対するリプは「制服じゃない」ということに落胆したものが多く、それも次第におさまっていきました。

 3月8日の音楽室での練習のあとのミーティング。

「制服属性の連中だったのかな」とタエコの分析。

「このままおさまってくれるといいね」とヨッシー。

「まあ、引き続き要注意でいこう」とマイ。


 学年末試験のあと、ミカは毎週日曜日ノエルのお見舞いに通っていました。やはり1か月では無理で、3月になっても退院できずにいました。

 3月12日の日曜日。ノエルは個室から4人部屋に移っていました。少しずつですが顔色がよくなって、元気が戻ってきているようでした。

「最近桜の開花が早いから、早くしないと、お花見できなくなっちゃうよ」とミカ。

「この病室の下が桜の並木道らしいから、窓からお花見っていうのもありかな?」

「それじゃいやだ。城址公園に行く約束だからね」

「状態がよければ『一時外出許可』って形で短時間なら大丈夫」

「でもノエルが退院した形で行きたいよ」

「せいぜい精進します。20日のおまえらのコンサートと、競争してみるかな?」


「ところでさ」とノエルがを話題を変えます。

「おまえの家庭の話で恐縮だけど。お父さんとずっと会ってないって言ってたよな?」

「そうだよ」

「お母さんとなにがあったかはともかく、実の父親だよな」

「...」ミカは言葉を返せません。

「大切なひとには、会えるときに会っとくべきだって、痛感するようになった。おまえに再会したことで」

「...わかった。ありがとう。一度連絡してみる」


 翌日、3月13日の月曜日。よく晴れたけれどまだまだ寒い日。

「ソヌス」でのリハーサルを5時に終わると、戸松さんが「今日はまじめな話がある」と言いました。

 4人は事務室のソファーに座ります。

「話というのは、ライブカフェ『エンジェル』で、ミクッツのワンマンライブをやらないか? ということ」

 ほんの一瞬沈黙があって、驚いた声でマイが言います。

「『エンジェル』で? ええ?! ほんとですか?!」

 天歌市近辺のアマチュアバンドが、ステージに立つことを夢見る店のひとつが「エンジェル」です。

 戸松さんは「エンジェル」の音楽担当アドバイザーで、ライブスケジュールの編成に参加しています。

 天大のバンドのライブを予定していたところ解散してしまったとのこと。予定は6月10日の土曜日。3時半開場、4時開演。

「3時頃からセッティングして、5時までには撤収してもらう予定だけれど、あとのステージまで時間があるから、少しなら長引いても構わない」


「でも、どうして私たちが?」とマイ。

「ルミッコに声かけようかと思ったけど、彼女ら7月末に恒例のフェアウェルライブを『エンジェル』でやるからね。それで、ミクッツの音源をオーナーに聞かせた」

「どうでした?」とマイ。

「たしかにテクはルミッコに及ばないけれど、一生懸命な感じが伝わってきて、女子高生バンドとして非常に好感が持てる、というのがオーナーの感想。本来なら水準に足りないけれど、戸松推薦を評価してOKにしよう、ということになった。ただしノーギャラ、チケット20枚割り当てが条件。いいかな?」

「ほんとうに...ありがとうございます。夢のようです」とマイ。

「ご期待に添えるよう、がんばります」とヨッシー。

「なんか、実感わかないんですけど...もっと練習します」とミカ。

「熱烈感謝」とタエコ。


「ところで、君たちのレパートリー、5曲だよね」

「はい、カバー3曲にオリジナル2曲」とマイ。

「正味45分くらいだから、5曲だといささか足りない気がする。もう1曲なんどかならないかな」

「カバーですか、オリジナルですか?」とヨッシー。

「個人的には、川本真琴の『DNA』をミカちゃんのボーカルでぜひ聞いてみたい気がするけど、まかせるよ」

「わかりました。あと1曲ものにします」とマイ。


 約1時間後、4人はバーガーショップの「JUJU」にいました。

「あと1曲をどうするの?」とヨッシー。

「戸松さんの言っていた『DNA』は、うちの編成ではやはり無理だと思う。ギターが1本足りない」とマイ。

「あのね...いいかな」と、おずおずとミカ。

「わたしが歌詞を書いて、それがOKだったら、マイに曲つけてもらうって、だめかな?」

「ずいぶん積極的だね、ミカ」とマイ。

「いいんじゃない。いつまでに書けそう?」

「付属病院のライブのあと、みんなに見てもらうってことでどうかな」

「OK。そのタイミングで歌詞が完成したら、私も作曲に春休み使えるから好都合」。

「なにか、思いついてるの?」とヨッシー。

「漠然としたイメージだけれどね」とミカ。

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