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下編「演奏、おわります」(3)

 彼女たちは受験生です。大学受験までそろそろ半年です。


 ミカを除くミクッツの3人には、みんなそれぞれ進路志望があります。

 マイは、図書館司書として専門的な勉強がしたくて、図書館情報学を専攻できるところを狙っています。東京の超難関私立か、東京近郊の国立大学に行きたいと考えています。

 タエコは、東京に出てゲームの勉強がしたいと思っています。ただし親からは「学士号だけはとるように」と言われているので、大学で情報工学を専攻し、夜間にゲームの専門学校に通うことを考えています。大学の第一志望は、これも超難関の私立です。

 ヨッシーは、弁護士になりたいと考えています。「司法試験受かったら将来安泰」ではない、ということはわかっていますが、法律職なら「オールマイティー」の弁護士志望です。最近は父親の収入も安定してきたので「国公立なら法科大学院まで行ってもいい」と言われています。それでもなるべく負担をかけないよう、自宅から通える国立天歌大学の法学部か、県立T大学の法文学部を志望しています。


 そしてミカ。理系コースで1学期を終えましたが、大学後も含めてなにをやりたいのか、まだわからない状態です。学校には一応「第一志望:国立天歌大学理学部」として出していますが、将来何になりたいか、まったく白紙です。


 ルミッコのフェアウェルライブの翌日、7月30日、3年生1回目の全国模試を学校で受けました。共通テストのマークシート模試です。

 終わって教室を出ると、4人揃って校門に向かいます。

「最後のライブの前に、受験生気分をいやというほど味わわされちゃったなあ」とヨッシー。

「立場痛感」とタエコ。

「ミカは、志望は固まったの?」とマイ。

「それが...まだ。理系コースだから一応、第一を天大理学部にしてるけど」

「理工系にしても、なにをやるかによって理学部か、工学部か、どのコースかって、違ってくるよね」

「ライブ終わったら、真剣に考えてみようと思う」

 校門を出て1ブロックのところで、真っすぐ駅に向かう3人とさよならして、ミカは家へと向かいました。


 3年の夏期講習は、前半2週間、後半2週間と、2年のときの倍になります。さらに国立コースは、前半の2週間の直後に1週間、特別講習が入ります。4人にとって、8月11日のライブの前日まで講習です。

 ミクッツはスタジオ「ソヌス」で週2回、リハーサルを続けます。


 最後のリハーサルは、ライブ前日の8月10日。割引プランで4時からスタジオを使うのも、これが最後になります。

 リハーサルを終えると、事務室へ。戸松さんにごあいさつを、と思ったのですが、結局、音楽談義が始まってしまいました。

 でもこれが最後かと思うとメンバーみんな、感慨深いものがあります。

 いつもそうだった日常。いつもそうだった人たち。時の流れとともに、次々と思い出になってしまいます。

 30分くらいして、戸松さんのほうから切り出しました。

「というわけで、僕の音楽談義も、これが最終回、ということかな」

「本当に戸松さんには、お世話になりました」とマイ。

「ありがとうございました」...

「まあ、湿っぽいのはきらいだから、明日のライブ楽しみってことで、今日のところは」と言いながら、戸松さんの目元には涙が浮かんでるように見えました。


 リハーサル後に立ち寄るバーガーショップ「JUJU]もこれが最後。

「いつもとおり」ということで、ヨッシーがカウンターにオーダーに行ってくれます。

「なんかほんとに、お決まりのコースになってたよね」とマイ。

「ポテトのLとでドリンク4つで、いつも2時間は粘ってたよね」とミカ。


「反省会」といいつつ、今さら反省することはないので、雑談になります。

「その後ノエルくんはどんな具合?」とマイがミカに聞きます。

「うん。6日に会ったんだけれど、調子よさそう。明日も入院状態でなく来れるみたい」

「それはなによりだね」とマイ。

「でも、その...なんというか、ミカは大変だよね」とヨッシー。

「受験とノエルくんのことが重なって...」

「そうね。考えてみれば」とミカ。

「バンドの活動はもうすぐ終わるけれど、受験勉強がますますシビアになる」とマイ。

「うん。まだいろんなことが、実感わかないでいる」とミカ。

「大変になったら、何でも言ってね。話し聞いてあげるくらいしかできないけど」とマイ。

「そうだよ。秘密を共有している仲なんだから」とヨッシー。

「頼って欲しい」とタエコ。


 みんなと別れてひとりになると、ミカの中で「終わるんだ」という実感が湧いてきました。

 そして「もうライブをノエルに聞かせることはできないんだ」という思いが大きくなりました。


 8月11日「山の日」。思いがけない形で実現した、今度は本当に最後のミクッツのライブです。


 開演は2時。例によってタエコ兄が、バンで夏服姿のメンバーをひとりずつ拾って行ってくれます。「うだるような暑さ」という表現がぴったりのよく晴れた暑い日。タエコ兄の厚意が本当に有難く感じられます。

 昼食はバンの中でコンビニのおにぎりをですまし、12時半頃に到着。事務職員の通用口の前でマイが福田さんに電話すると、ほどなく福田さんが扉を開けてくれます。


 いったん舞台袖に入って、備品のドラムセットを運び出すところから始めます。そしてマイクや機材。少し重ためのスピーカーなども、タエコ兄が軽々と運んでくれるので助かります。ミクッツの音楽活動への功労者の中でも、タエコ兄は相当上位に入るでしょう。

 1時頃にはほぼセッティングが完了。楽器のチューニングとアンプやマイクの調整に入ります。

 1時半の開場までに、いったん舞台袖に引っ込みます。


 袖から場内の様子を見てみます。入院している患者さんたち。軽音部からはマーちゃんとナッチをはじめとする10人。友達の中には、文化祭のゲームカフェでタエコが親しくなったゲーム研の子たちもいます。カケル君とコトネさんも揃って来ています。

 マイのお父様、ヨッシーのご家族。タエコのご家族。そしてミカの家族。

 香川先生、戸松さんご夫妻、半澤さんなど、お世話になった方たちも。担任の松本先生は、校内ライブ以来2度目です。福田さんは、舞台袖から見守ってくださいます。

 ミカの目にノエルの姿が入りました。いっしょにいるのは高校の友達でしょうか、ノエルより少し背の高い、おとなしい感じの男子です。


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


 2時開演。定員100人の会場は、9割5分ほど埋まっていました。

 ステージに上がって、最後のチューニング確認が終わると、演奏開始です。曲目は「エンジェル」のときと同じオーダーです。

 1曲目が終わって、マイのMC。

「ありがとうございます。1曲目はシーナ&ロケッツの「YOU MAY DREAM」でした。暑い中、私たち『ミクッツ』のライブに、ようこそ、お越しくださいました。『ミクッツ』を結成したのが、私たちが高校1年の5月。2年と3か月経ちました。途中でメンバー交代があったりしましたが、なんとか、レパートリーでワンマンライブができるようにまでなりました。今日は私たちの最後のライブです。最後までお楽しみください。それでは2曲目、ミクッツオリジナルで『天使のメッセージ』」


 3曲目の川本真琴「1/2」が終わると、マイの弾き語り「愛の才能」。マイにとっては5年間の音楽活動の集大成です。万感の思いを込めた演奏は、今までよりもひときわ迫力がありました


 そして5曲目は「あなたがいま、いる」。ミカが「エンジェル」のときと同じく曲紹介をします。

 前奏が始まり、スローバラードを心をこめてミカが歌います。

 ノエルと視線が合ったとき、ミカは「このまま時間が止まってくれたら」と思いました。


 5曲目のあとにメンバー紹介。例によって「二代目ミクベー、ミクピー、タイコ」の順でマイが紹介し、ヨッシーが「シショー」を紹介します。紹介が終わると、マイが「一同、礼」と掛け声しました。それにあわせて、全員が起立の状態で深々とお辞儀をします。ふだんはここまでしませんが、最後のライブだから、ということです。場内から暖かい拍手。


 拍手がほぼ終わったあたりで6曲目「Diamonds」。ノリノリの名曲に、場内から手拍子が起こりました。


 マイのMCも最後になります・

「...楽しんでいただけましたでしょうか。今日は、最後までお付き合いいただいて、本当にありがとうございました」

 ギターの弦に手を当てながらマイが続けます。

「私は中学入る前からギターやってました。高校に進んで、バンド経験がなかったり、楽器未経験、音楽もほとんどやったことな無いような子らと、一からバンドを作ってみたい、と思って、メンバーを探しました。初代のベース兼メインボーカルの子は、合唱の経験はありましたが、ベースはまったく初心者。タイコは吹部でパーカスやって、ドラムセットも経験ありましたが、バンドは初めて。ミクピーに至っては、昔買ってもらったキーボードに、ほとんど触れたことすらなかったのが、楽器抱えて軽音部にやってきたのを声かけました。そうして生まれたのが『ミクッツ』です」


 少し遠くを見るような目でマイがさらに続けます。

「結成後最初に取り組んだ曲が、1曲目の『YOU MAY DREAM』。ミクピーは指1本ずつでの演奏から始めたんですよ。それがだんだん形になってきたところで、初代ベースの子が2年の夏で転校。存亡の危機の中で加入してくれたのが、いまの二代目ミクベー。彼女も中学で吹部やってたあと、しばらく音楽からは離れていた子です。新メンバー加えて、レパートリーも増やしていく中で、だんだんライブのお声もかかるようになり...長くなっちゃいました。これくらいにしときます。それでは、私たちのバンド活動の最後の曲になります。『YOU MAY DREAM』の次に取り組んだ、バンドの最初のオリジナル曲です。『どぅ?』」


 ミディアムテンポの曲が始まります。


 ミカの伸びやかなボーカルと正確かつ楽し気なベース。シャープでいてハートウォーミングなマイのギター。安定感と遊び心が同居したタエコのドラムス。ミクッツへの賛辞に出てくる「ひたむき」「一生懸命」という言葉がよく似合う、ヨッシーのサイドボーカルとキーボード。


 最後の一音までの「タメ」を普段よりも長くとりました。そして終わり。


 一回全員であわせてお辞儀をすると、あとは手を振ったり、うなずいたり、会釈したり、みんなそれぞれの方法で拍手に応えました。


 いったん袖に引っ込むと、みんなで客席に行きます。お世話になった香川先生、戸松さんに4人でごあいさつし、軽音部のみんなにお礼をいいます。半澤さんはお店があるのか、一足早く出られたようです。

 マーちゃんが言ってくれました

「『エンジェル』のときよりずっと上手くなったみたいだよ」

 そのあとは、4人別れてそれぞれの関係者のところへ行きます。


 ミカはまず、おじいちゃんとおばあちゃんのところへ。

「おつかれさま」とおじいちゃん。

「よかったわよ」とおばあちゃん。

「ありがとう」とミカ。

「こちらこそ、ありがとうな。孫が活躍する姿を見るのが、どれだけ幸せか」

「ほんと、最近私たちも明るくなったような気がする」


 次に向かったのはおとうさんのところ。

「ありがとう、おとうさん」

「ミカはバンドの救世主だったんだね」

「なりゆき任せだったけど、飛び込んでよかったと思う」

「自慢の娘、と呼ばせてもらっていいかな?」

「どうぞ、好きなだけ。こんな不肖の娘でよろしければ」

「いや、真面目な話、ミカが娘でいてくれて、本当に幸せだ」

「ありがとう。嬉しい」


 ノエルのところに向かう途中、背中の肩甲骨のあたりが、今までになくムズムズしました。


 ノエルとそのお友達と思しき人は、ミカを待っていてくれたようでした。

「おつかれ。すげーよかったぜ」とノエル。

「ありがとう。ノエルが入院してるんじゃなくって、嬉しいよ」

「ありがとう。今日もまあまあ快調ってところかな」

「こちらの方は?」とミカがノエルのとなりの男子に顔を向けながらいいます。

「ああ。友達の中村大志なかむら たいし。2年のときのクラスメイト」

「はじめまして。みんなからは『タイシ』って呼ばれてます。まんまですけど」とタイシくん。

「はじめまして。『二代目ミクベー』の中の人、森宮美香です」


「タイシは、5月のルミ女の文化祭で、おまらのライブ見たんだって」とノエル。

「どうもありがとうございます。少しは成長してました?」

「いや、文化祭のときもよかったですけれど、今日は一段と」とタイシくん。

「ははは、こいつはおれと違って、紳士だからな」とノエル。

「実は、文化祭のライブのときに、二代目ミクベーの歌声が好きになったんです」

「ええ? ほんとですか?」

「はい。きれいで個性的な歌声」と目をきらきらせながらタイシくん。

「なんか...とっても嬉しいです」

「それで、ノエルのお知り合いだって話を聞いて、今日のライブについてきたんです」

「な、集客に貢献してんだぞ」とノエル。

「もうライブはないんですよね」と残念そうにタイシくん。

「でも、最後のライブに立ち会えたのでよかったです。自慢してやります」

「じゃあ、お仲間も待ってるだろうから。おれたち行くわ」とノエル。


 二人を見送りながら、ミカは改めて痛感しました。

「もうノエルにライブを見せることはできない」


 タエコ兄が再び加わって、ステージの片づけが終わると4時を回っていました。

 オフィスから施錠にやってこられた福田さんに、全員で丁寧にお辞儀をしてお礼を言います。

「最後なんて、残念。次のアーティストを発掘しなくっちゃ」と福田さん。

「ルミ女の軽音部のバンドに、声かけてやってください」とマイ。

「顧問の香川先生とお話ししました。これもご縁ということで、大切にしますね」

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