8. 理想の仲間が見つからない 二人目
「チェンジで」
「ですよねー」
初心者ダンジョンにてセーラの問題を知った後、メイは早速諦める旨をメグに報告した。一日も保たなかったのである。
「もう少し粘るかと思っておりました」
「私だって色々と運用方法考えたんだから」
回復魔法に秀でている点についてはかなり美味しいので、なんとか一緒にダンジョンに挑戦できないか考えた。
一.ヒールでの回復量を上回る攻撃をすれば良いのでは
「わたくし、フルヒール(体力全快)を使えます!」
アウトォ!
二.時間はかかるけど粘ってセーラの魔力切れを狙うのはどうか
「魔力が多いからフルヒール連打可能です!魔力自動回復もありますので、魔力枯渇は心配しなくて大丈夫です!」
アウトォ!
三.相手の体力が減ってきたら、セーラの魔法を封じるのはどうか
「状態異常抵抗も鍛えました」
アウトォ!
ということでスリーアウトチェンジが決まった。
「魔法反射を貫通させることもできます!」
チェンジって言ってるだろ!
これら以外にも案が浮かんだが、敵が出るたびに対処することが非常に面倒臭く、自分がイライラして楽しくダンジョン攻略が出来ないと思ったのがチェンジの決め手である。
「それでセーラさんは今どうしてます?」
「アドバイスしたから、それで頑張ってると思うよ」
「へぇ、単に見捨てたわけじゃないんですね」
「そりゃあそうだよ。サポートするなんて言って何もしないで帰ったら最低じゃん」
「それでそのアドバイスで彼女が初心者ダンジョンを突破できる可能性は?」
「……」
「見捨てるのとあまり変わらない気がしますが」
そんなことはない、自分は全力を尽くしたんだ。とは口が裂けても言えない。こういうときは強引に話を終わらせて逃げるに限る。
「でも変ですね、仲間はともかくとして友人関係にはなっても良かったのでは?」
「あ~うん、それはもちろん考えたんだけどね」
セーラが望んでいたのは仲間というよりも友達ができること。メイとしてもその点はウェルカムのつもりだった。
「よく考えたら、あのタイプって友達になると強引にパーティーに入ってきてダンジョンに押しかけてきそうで……」
「そんなことありま…………いえ、なんでもないです」
撒いたはずなのに気が付いたらぐへへへ言いながらそばにいる。その姿がどういうわけかメグにも容易に想像できてしまった。
「もういいの!ほら、他にはいないの!?」
「本気ですか?あれを見せられてまだ続けるなんて」
「あれは例外だから。今度こそ真の仲間を発掘するんだから!」
一度の失敗で諦めるメイではない。むしろ、セーラの尖りっぷりはメイにとって期待していた人材像にかなり近かった。実際、ヒーラーとしての能力がとても高く、通常時の性格も身近な人たちの雰囲気に近く好ましかった。ただ、肝心の欠点の部分が自分が扱えないタイプで相性が悪かったというだけのことだと思っている。例えば、メイが雑魚もボスも強力な一撃で粉砕できるような手段を持っていたら、敵をヒールする隙を与えることは無いので組んでいたかもしれない。
「真の仲間ですか……一応まだ問題児がおりますが、どうせまたチェンジになりますよ?」
「うわ、問題児って言っちゃったよ。まぁ、ダメだったらその時はその時だから」
「手を差し伸べるふりして地獄に突き落とす。メイは鬼畜ですね」
「別に突き落としてはいないから!?」
元の手詰まりの状態が続くだけだ。決して期待を持たせて裏切るわけでは無い。期待する方が悪いんだ。そうに違いない。
「胸が痛むなら止めれば良いと思うのですが……」
「いいから紹介して!」
「はぁ……それではまた応接室でお待ちください」
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「お待たせ致しました」
今回やってきたのはメイと同じくらい小柄の女の子だった。ただし、背丈は同じでも、とある部位では圧倒的にその子の方が上回っている。飾りっ気のないTシャツと短パンからのびる手足はやや筋肉質でギュッと引き締まっている。
「うひゃ~!めっちゃ可愛い子だぞ!」
「あはは、よろしくお願いします。うわっぷ!」
挨拶したらすぐに飛び掛かってきて抱きしめられてしまった。体中撫でられまくり、背丈が同じくらいなので、ほっぺた同士を合わせてすりすりしている。
「げ、元気な方ですね」
「そうそう。元気がMeの取り柄だぞ!」
Meって英語のMeのことだろうか。自分と一緒で日本から来たのだろうか。そういえば今更ながら言語ってどうなってるんだろう。異世界ご都合主義の自動翻訳か何かかと思ってたけど、それならなんでMeなんて不自然な訳になってるんだろう。などと考えたいが、ほっぺたすりすりが結構うざくて考えがまとまらない。
「トモエさん、まずはお座りになって下さい」
「分かったぞ!」
座り方は前回と同じ。ただしメイはトモエの上ではなく隣だ。普通は初対面の人が対面になるのでは。解せぬ。いや、理由は分かっているから解してるが。話の途中はすりすりを遠慮してもらう。
「というか、トモエってお名前ですか?」
「そうだぞ。Meはトモエだぞ」
「私はメイです。ではなくて、めっちゃ日本人っぽい名前だけど、日本人ですか?」
「日本人?Meはヴァルクス人だぞ」
「めっちゃ洋風っぽい単語きたーー!ってあれ、でもMeって言ってるからそっちの方が似合ってるのかな?あれ、あれれ?」
良く分からなくなってきた。
これは、この世界に住む人々についての説明を、メグから聞いていなかったためである。
「トモエさんはメイとは別の世界から召喚されました」
「ほうほう、でも名前は日本人っぽい名前だよね。Meも英語だし」
「この世界に召喚される人は、言語体系と文化レベルが類似する国に住んでおります」
「え、それじゃあもしかして普通に日本語が通じるのも、これまで目にした文字が全部日本語だったのも、異世界言語チートとかじゃなくて、そもそもみんな同じ言葉を使ってただけってこと?」
「はい、その通りでございます」
数多の世界。
神様ですら把握しきれないほどの膨大な数の世界が存在する。そしてその中には何から何までそっくりな世界がいくつも存在するのである。
ちなみに、一人称がMeなのは、単にトモエの口癖である。
「そうだったのかー知らなかったぞ」
「お、トモエさんもあまり聞かなかったタイプ?」
「もちろんそうだぞ。こうやって少しずつ新しいことを知るのが楽しいから『Aコース』を選んだんだぞ」
「Aコース……?」
「そうだぞ?」
メグを見るがサッと顔を逸らした。やっぱりあの変な名前のコース名はわざとじゃないか、と突っ込もうとしたけれど、先回りして話を逸らされてしまった。
「それではトモエさんについて説明いたします。武器は短剣。特技は罠感知と解除で、動きが素早く回避力が高いです。トモエさんも戦闘能力という意味ではメイよりも遥かに上になります」
「探索タイプなんだね。素早さ特化は強キャラの匂いがする」
「ふふん、強キャラだぞ!」
それなら初心者ダンジョンで詰まらないだろう、とは言わないメイであった。
「しかもトモエさんは既に特殊能力が発現してるんだね」
この世界で生まれたわけでは無いので、トモエは初心者ダンジョン挑戦中に能力が発現したことになる。メイのケースでは二階層が落とし穴(笑)だったので、そこできっかけがあったのかもしれない。
「元々罠が好きだったから嬉しいぞ!」
不穏な発言だ。
「へ、へぇ……落とし穴とか掘ってたりして、なーんてね」
落とし穴を掘るのは非常に手間がかかる。何メートルの穴にするかにもよるが、固い地面を穴になるまで掘り進めるには時間と根気と体力が必要だ。そのためメイは冗談として例に挙げたのだが。
「大好きだぞ!落とし穴なら任せるんだぞ!スコーンって落としてあげるんだぞ!」
「私を落とさないでよ!?」
危ない。狂信者の目つきをしている。はっきりと言っておかないと、『腕を見せるんだぞ』なんて言ってメイを落とし穴に落とす可能性がある。
「しょんぼりだぞ」
「えぇ……落とすのは敵かメグにしてよ」
「いえいえ、メイの方がお勧めでございます。口ではこのように仰っていますが、トモエさんの罠を受けたくてしょうがないんですよ。ですが照れ屋なので言えないのでございます」
「おいこら!余計なこと言うな!そんなメグこそ本当は未知の体験を味わいたくて落ちたいんでしょ?」
「そんなまさか、でまかせでございます。それよりもこれから『友』になるのですから、友情を結ぶための挨拶代わりに落とすのが良いかと思います」
「と、ともだち!」
「こらああああ!落としたら絶対友達にならないから!」
トモエもセーラと同じで友達に飢えていたパターンだ。
「照れ隠しですから大丈夫ですよ。是非、落とし歓迎会を」
「よーし、やるぞ!」
「やるな!ほらもうさっさと行くよ!」
これ以上煽られたら、気合の入った落とし穴を作ってしまうかもしれない。怪我の無い世界と言えども、歩いている途中に突然足場が無くなるなんて嫌だし、そんな恐怖に怯えながら出歩きたくはない。
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そんなわけで三度やってきた初心者ダンジョン。
「(お、トモエさんの場合はゴブリンっぽい顔してる)」
デフォルメされていて絵本のような雰囲気ではあるけれども、小悪党のような悪人顔だ。これならあまり躊躇せず攻撃ができるかもしれない。
「ほっ」
トモエは短剣を右手でくるりと宙返りさせると、ゴブリンに向けて投擲した。
「おおっ、上手い」
短剣はゴブリンの胸元に突き刺さり、ゴブリンは光となって消える。異世界に来てメイがはじめてバトルらしいバトルを見た瞬間である。これが最後とならないことを祈ろう。
「一階は楽勝だね」
「この相手を突破できないなんてことはありえないぞ」
「(突破できない人を少し前に見たなんて言えないなぁ)」
セーラのことは胸にしまっておくことにした。
軽く一階を突破したトモエは、軽快な足取りで二階へと降りる。問題の落とし穴階だ。
「あれ、落とし穴は?」
二階には何も無かった。不自然な床の布すらも。
「ふふん、Meには見えてるぞ」
トモエは部屋の真ん中辺りまで進むと、床を指さした。
「この辺りだけ、床がほんの少し弛んでいるぞ」
「ええ……………………うわ、ほんとだ」
言われた場所を目を凝らして見ると、確かに少しだけ床の質感が緩くなっている。言われなければ気付かずに踏み抜いてしまっただろう。
「すごいね、これが罠感知の力?」
「違うぞ。罠感知を取得する前もちゃんと見破ったぞ」
「うっそマジで。すごっ」
罠が好きだから、落とし穴が好きだからこそ、この程度の落とし穴を見破るなんて朝飯前。それがトモエが元から持っていた力であり、ダンジョンでかなり役立つ力だった。
「(でも、どうせ何か裏があるんだろなぁ)」
そう、トモエがどれだけ優秀であろうとも、初心者ダンジョンをクリアできていない以上、セーラに匹敵する何かがあるはずだ。メイはそれが分かる時が来たのだと直感した。
「それではトモエさん、いつものようにどうぞ」
「それじゃあいっくぞー」
トモエはわざわざ入口まで戻った。どうやら『いつものように』という言葉通りにするために、ご丁寧に部屋に入るところからやり直してくれるらしい。
「うひゃー!わーなーだーぞー!」
トモエは走りながら奇声を上げ、軽くジャンプすると綺麗に着地した。
落とし穴の真上へと。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!おっちたぞー!」
落とし穴の中のクッションに埋もれながら、盛大にはしゃぎ続ける。
表情が消えたメイが上からトモエを見下ろしていたが、突然二人はダンジョンの入り口に戻された。どうやら攻略失敗ということでやり直す必要があるらしい。
「うひゃー!ヌルっヌル地獄だぞー!エロいぞー!」
「うひゃー!くっさいぞー!」
「うひゃー!黒板をひっかく音は苦手だぞー!」
入るたびに落とし穴の中が変わり、トモエはそれを全力で楽しんでいた。
「シアワセソウダネ」
メイは絶望して目のハイライトを消さざるを得なかった。
トモエが初心者ダンジョンをクリアできない理由。
それは、トモエが罠をかけるのも罠にかかるのも大好きであり、どうしても罠をスルー出来ず全力で罠にかかって楽しんでしまうからである。
罠を回避するなんてとんでもない!