7. 理想の仲間が見つからない 一人目
「何故まだこちらにいらっしゃるのですか?」
「ちょっと相談があってね」
あの光の柱によって近くにいたオークは消滅し、メイはダンジョンをクリアしたことになっていた。傷ついていた体も回復した扱いになったのか動けるようになっていて、ダンジョン最奥に置いてある珠に手を触れたら入口まで転送された。
その後、館に戻ると館内にある次の土地へ進める扉の通行許可を貰ったが、メイはとある狙いのために館に残っていた。
「相談ですか?」
「うん、パーティーを組もうと思うんだ」
メイはこの先、元の世界にすぐに戻るよりも、この世界で願いを叶えるためにダンジョンアタックをする方に心が傾いていた。初心者ダンジョンのネタっぷりから、この世界にシリアス風味はかなり少ないのではと実感できたことが理由だ。それならば、一人よりも仲間を探して一緒にチャレンジした方が楽しいに違いない、ということでこの世界での唯一の知り合いのメグに相談を持ち掛けた。
「それでしたら、次の初級世界に仲間を募集する施設がございますので、そちらをご利用ください」
「そっちにあるのか…………それよりここでは探せないかな?」
「ここですか?皆さん初心者ダンジョンをクリアしたらすぐに先に進みますので、難しいと思いますよ。次のご新規様を待つのもいつになるか分かりませんし」
「それじゃあ、初心者ダンジョンをクリアできなくて困っている人を手助けして、その流れで勧誘するってのはどうかな?」
「……正気ですか?」
初心者ダンジョンはメイが経験したように、人を小馬鹿にしたような超簡単な内容になっている。それをクリアできずに困っているということは、想像を絶する問題児であるということ。そんな人を仲間に入れようなどと、正気を疑われても仕方ない。
「あはは、やっぱりそう思っちゃうか。でもそれで良いから」
「はぁ……丁度該当する方がおります。こちらとしては手助けして頂けるのはありがたいですが、責任は持てませんよ?」
「うんうん、了解。紹介して欲しいから」
「どうなっても知りませんからね」
使えないスキルを持っていて、誰からも見捨てられたキャラクター
しかし、そういうキャラクターこそ、スキルが覚醒して強キャラになったり、あるいは使い方次第で大きく化けるのが良くある話だ。メイはこのパターンを狙っていた。
--------
応接室のような個室に案内されたメイは、メグが仲間候補を連れてくるのを待っていた。その人は現在ダンジョン挑戦中で、普段ならそろそろ帰ってくる時間らしい。人付き合いが特に苦手ではないメイではあったが、異世界ではじめて自分と同じ人間に会えるということで、ワクワクドキドキそわそわな感じを味わっていた。
「そういえば、他の人も日本人なのかな」
この世界の情報については少しずつ知ろうと思っていたので、最初にメグから具体的な話を聞かなかったのだけれど、これから会う人についてくらいは事前に少しくらいは聞いておけば良かったかな、というか勝手に人間だって思ってたけどリザードマンみたいなのが来たら凄い驚いて失礼しちゃうかも、などなど時間が経過するにつれて色々なことを考え出してしまう。
「お待たせいたしました」
「あ、はい、どうぞ」
コンコンとノックの音に遅れて聞こえてきたメグの声。どうやら待ち人が来たようだ。
扉が開き、メグの後ろから少し遅れて部屋に入ってきたのは、背が高くスタイル抜群な綺麗なお姉さんだった。
「(若葉姉や萌姉みたい)」
メイの世界では超ハイスペックな扱いがされている高橋家の姉達と同レベルの人がやってくるというのは予想外であり驚いてしまった。が、驚いているのはメイだけではない、その人もメイのことを見て驚いた表情をしていた。
先に驚きから戻ったのはメイの方であり、立ち上がって挨拶をする。
「メイです。よろしくお願いします」
異世界感を出すためにこちらの世界では名前呼びや愛称呼びをするのが普通で、名字を呼ぶことは無いと事前にメグから聞いていた。
「……ぐへ」
「ぐへ?」
「あ、いえ、気にしないでください。わたくし、セーラと言います。メイさんがあまりに可愛らしくて、びっくりしちゃいました」
「あはは、ありがとう」
メイは体の成長が遅くはあるが、それを指摘されて怒るタイプではない。むしろ、家でも学校でもどこでも、見た目の可愛らしさから溺愛され続けてきたので、あしらい方に慣れてしまっていた。
「頭を撫でても良いですよ?」
「え!?良いんですか!」
「はい、どうぞどうぞ」
セーラの目が、頭を撫でたいと言っているように見えたので、こちらから勧めてみる。撫でられるのも日常茶飯事で慣れているし、この程度で好感度が上がるのだったら安いものだ。
「そ、それでは遠慮なく……ぐへ」
「(ああ、ぐへってそういう)」
普段は清楚に近い雰囲気にも関わらず、小さくて可愛いものに接するときだけは気持ち悪い声が漏れるタイプだと気付いた。もちろんこの程度でメイがひいたりすることはない。同じような人が身近に何人もいるので、これも慣れっこなのだ。
「なぁに、これ……」
「あ、気にしないで」
「えぇ……」
もちろん、そんなことは知らないメグはドン引きなのだが。
「え、ええと、先に簡単にセーラさんについて説明を致します」
「うん、お願い」
立ったままだったので、椅子に座ることにした。
「えぇ……」
「慣れてますから」
メグとセーラが対面で座り、メイはセーラの膝の上に座ってまだ頭を撫でられまくっている。
「案外気持ち良いんだよ、後頭部とか」
「はぁ……まぁメイがそれで良いなら」
セーラはとても良いものをお持ちなので、肩から上に関してはクッションに包まれているような感じで気持ち良い。
「セーラさんですが、武器は杖かメイスを得意としていて、特技は回復魔法、体もある程度鍛えられておりまして打たれ強く、回復魔法もあることから生き残る力は抜群。単純に戦闘能力という意味ではメイよりも遥かに上になります」
「わぁお、さりげなくディスられたのかな、これ」
「メイさんの可愛さはわたくしよりも遥か上です」
「あはは、ありがと。あ、もう少しだけ頭撫でてる力弱めで……うん、そのくらい」
「本当になんですか、これ。あと、今回は別にメイを貶めておりません。サポートしたいという相手が能力的にはメイよりも遥かに優れていることははっきりと認識しておくべきだと思いましたので」
「今回は……か。そういえば、初心者ダンジョン挑戦中に特殊能力覚えたんだね」
最初のゴブリンは論外として、オークに殴られて発現したのかもしれないとメイは予想した。
「いえ、わたくしはこちらの生まれです」
「へ?どういうこと?」
「セーラさんは、この世界に召喚された方々のお子様でございます。その場合、成長途中で能力が発現することがございます」
「はぁっ!?え、セーラさんって何歳?」
「十八歳です」
ということは、セーラの両親は十八年以上もこの世界で過ごしていることになる。元の世界に戻るよりも、こちらの世界に残ることを選択した一例だ。元の世界に戻りたくない理由があったのか、好きになった人と別れたくなかっただけなのか、それともやっぱり簡単には戻れない罠があるのか。メイの頭を色々な考えが巡る。
「メイの疑問は、次の世界へ行くことで間違いなく解決致します」
「そうなのかなぁ……そうだ、じゃあこれだけ教えて。セーラの両親は幸せそう?」
せめて『仕方なく残らざるを得なかった』という嫌な可能性を少しでも減らしておきたかった。
「わたくしがため息ついてしまうくらい毎日イチャイチャラブラブです」
「あ、あはは……」
「もちろんわたくしもたっぷりと愛されて幸せですけどね。時々愛され過ぎて困ることもありますけど」
「あれ?それじゃあご両親に指導してもらえば良いんじゃない?」
私なんかよりもよっぽど頼りになるベテラン勢。しかも娘のことだから何が問題なのか良く分かっていて適切な指導ができるはず。
「わたくし小さいころから家族の力を借りずに自分の力でダンジョン攻略に挑戦するのが夢だったんです」
「わかるー」
メイの家族は超ハイスペックだらけなので、頼れば大抵のことは出来てしまう。だからこそ、自分の力を知るために何かをやってみたいと思ったことが何度もある。家族に溺愛されてるところも似ているし、なんとなく共感できた。それに、重い設定が無いことも、心の中でプラスに働いた。
「あ、でも、もしかして私がサポートするっていうのもお節介だったりする?」
「そんなことはありません!是非、わたくしに色々と教えてください!そしてとも……」
「わっ!苦しい、苦しいからっ!ちょっと緩めてっ!」
「ああっ、ごめんなさい!」
力いっぱい抱き着かれて苦しみながらも、これは大チャンスだと期待が膨らんだ。セーラが言いかけた言葉は間違いなく『友達』だろう。仲良くなれれば良いなとは思ってはいたが、いきなり『友達』が出来るかもしれない。
「ひとまず了解。それで、セーラさんはどこで困っているのですか?」
ここまではメイにとって理想の仲間だった。彼女となら毎日を面白おかしく過ごしながらダンジョン攻略を出来るかもしれない。その予感があった。
しかし疑問なのは、『普通』の人に思える彼女が何故初心者ダンジョンで詰まっているのか。
経歴や能力からすると、特に問題がありそうではないのだが。
「それは実際に現地で確認した方が早いと思われます」
「確認?一緒に初心者ダンジョンに挑戦するってこと?」
「いえ、初心者ダンジョンはクリア済の方が再挑戦することは出来ませんし、一度に一名しか入ることが出来ません。メイには、アドバイザー役として入っていただきます」
「アドバイザー役?」
「はい、こちらの腕章をお付け下さい。これで中に入ることが出来ますが同行者やダンジョン内部のモノに触れることが一切できません」
渡されたのは『サポーター』とでかでかと書かれた腕章。
「なるほど、声だけでアドバイスしろってことね」
--------
というわけで再びやってきた初心者ダンジョン。今回はセーラと一緒だ。
「やっぱり内容は変わらないんだなぁ」
扉をくぐった先の広場にあるのは魔法陣。ここから貧弱ゴブリンがでてくるのだろう。
「セーラさん準備は良い?」
「は、はい!」
「あはは、緊張しないで普段通りやってね」
セーラは木の杖と白いローブという、いかにも回復系魔法使いらしい装備だ。両親の住処はここより先の世界とのことなので、そちらから持ち込んだものだろうか。
セーラが前に一歩進むと、魔法陣が光り出してゴブリンが登場する。
「あれ、なんか違う」
メイが挑戦したときは、登場した瞬間から涙目プルプルだったが、今回のゴブリンは挑戦的な目つきをしている。とはいえ、やんちゃしそうな小さな子供にしか見えないけれども。
「人によってダンジョンの内容やっぱり変わるんだね。セーラはこっちの世界で生活してたから、難易度が高めになってるのかな」
「他のダンジョンはもっと変化が大きいらしいですよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
詳しい話は後で聞くとして、まずは目の前のゴブリンだ。メイの時のように腕をぐるぐる回すことは無く、両腕を上げて突撃してきた。
「特攻は同じなんだね……」
そして肩たたきをするかのようにポカポカとセーラの柔らかなお胸を叩く。もちろんダメージはなし。
「結局このパターンなんだ。セーラはどうするの?」
「こうします」
隙だらけの脳天に向けて軽く左手でチョップ。
悪ガキを相手にするような感じで扱う。これならあまり心が痛まなくて良い。
「あれ、消えない」
デコピン一発で消滅したメイバージョンゴブリンとは違って、このゴブリンはチョップ一発で消滅しなかった。ポカポカ攻撃を受けつつも何回かチョップすると、ゴブリンがだんだんと涙目になってくる。
「体力が高いんだ。でも涙目になるのは変わらないんだね」
涙目はそろそろ倒せる合図なのかもしれない。
「よしっ」
セーラが気合を入れた。次がフィニッシュなのだろうか。
「ヒール!」
右手に持っていた杖をほんの少し上げて唱えたのはヒールの魔法。
「おおーそれが魔法なんだ。はじめて見たよ。じゃなくてっ……なんで相手を回復してるの!?」
殴られた場所が徐々に痛くなってきたからヒールで治す、なら理解できるのだが、セーラはゴブリンにヒールをかけていた。
涙目だったゴブリンが、元のいたずら小僧の挑発的な表情に戻っている
「セ……セーラ……さん?」
これまでセーラの顔はメイに見られていて緊張していたのか真面目モードであったが、いつの間にかおもちゃを見つけて悪だくみを考えているような汚い笑みを浮かべていた。
チョップ、チョップ、チョップ、涙目、ヒール
チョップ、チョップ、チョップ、涙目、ヒール
チョップ、チョップ、チョップ、涙目、ヒール
チョップ、チョップ、チョップ、涙目、ヒール
チョップ、チョップ、チョップ、涙目、ヒール
涙目、チョップ、涙目、チョップ、涙目、チョップ、ヒール
「ぐへ……ぐへへへ……ヒール!」
セーラが初心者ダンジョンをクリアできない理由。
それは、相手モンスターを瀕死にして回復させ、死の恐怖を延々と味あわせることに、この上なく喜びを感じる変態だからである。
倒すなんてとんでもない!