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6. 初心者ダンジョンはダンジョンじゃない

「さて、怖いのが追っかけてくる前にささっと行くから」


 短剣を腰にぶら下げて、いざ出陣。

 自動ドアを開けて建物の外に出たメイが目にしたのは、どこまでも広がる草原だった。


「おおーようやく異世界チックな感じになって来たよ……?」


 なんとなく感じる違和感。それは草原のど真ん中にポツンと置かれた『ドア』のせい……では無かった。


 ドア自体も異質な感じはあるけれども、ダンジョンの入り口の演出だろうなぁとすぐに気づいたのでメイにとっては違和感とは特には感じなかった。それよりもこの風景が見ていてどうも気持ち悪い。じっくりと目を凝らして草原を観察したメイは、すぐにその違和感の正体に気付いた。


「作りが粗すぎだからああああああ!」


 遥か遠くまで広がっている草原……に見えて実際は少し遠くにある壁に絵が描かれているだけ。

 そもそもその草原自体も、草の長さや花が明らかに等間隔に配置されていて一部分の草原を延々とコピペしただけのもの。


 それらを隠す努力がほとんどなく、少し集中して見回すだけですぐに気付けてしまうくらいやっつけ仕事。


「この世界、本当に期待して良いのかな。不安が増すばかりだから、さっさと終わらせて帰ろっかな」


 芽生えかけていた観光気分は完全に消え、疲れた表情で目の前にある扉へと向かった。


『ようこそ初心者ダンジョンへ!ここに入れば君も一流冒険者の仲間入りだ!』


「くっそ怪しいから。なんで初心者ダンジョンなのに一流になれちゃうのよ」


 はぁとため息をつきながらも、他に選択肢も無いので扉を開けて中に入った。


 扉の中は体育館ほどの広さの空間。壁や地面の材質は良く分からないけれど、ツルツルしていて人工的な建物の中にいるような感覚がする。


「特に脇道とか無いし、入り口エリアってことなのかな」


 入り口の反対側に階下に降りる階段らしきものが見えるので、そこを降りてからが本番かなと想定したメイだったが、予想は裏切られ少し歩くとフロアの中央に魔法陣らしきものが浮かび上がった。


「っ!!」


 驚いて少し後ずさったメイ。魔法陣から出てきたのは、自分よりも半分ほど背丈の低い、額から角の生えた男の子だった。頭の上に日本語でゴブリン、と書かれている。


「……か……かわいいいいいいいいいい!」


 つぶらな瞳、おでこにちょこんと伸びえている角、そして何よりメイの方を見ながら涙目でプルプルと怖がっている姿を見たら、庇護欲がそそられてしまった。ゴブリンらしい醜悪さなど皆無である。


「こ、これは罠か!」


 ここはもうダンジョンの中。

 弱そうに見えて実はそれが相手の油断を誘う罠である可能性にメイは気付き、改めて集中しようと決めたのだが……


「え……えーいい!」

「ふぇっ!?」


 ゴブリンが両腕をぐるぐるまわしながらメイの方に突進してきた。その姿は幼子ががむしゃらに向かって来ているようにしか見えなかった。


「あ、これ罠でもいいや」


 ゴブリンはメイの元まで辿りつくと、握った拳をメイの胸に叩きつけた。


 ポフポフ


 という気の抜けた音が何度も響く。もちろんメイにダメージなんてまったくない。


「ううううーーーー」


 むしろ涙目で叩いてくるゴブリンの姿が可愛すぎて違う意味で悶絶ダメージを受けそうな状況だった。


「はぁっはぁっ、で、でもこれどうしよう。こんな可愛い子を斬れないから」


 短剣でこの子を斬るなんて、出来るわけがない。でもおそらくこれは敵設定。向こう側の下り階段への道は空いているのでスルーが正解かも知れない。


「でも無視するのも悪いかな……」


 幼子とはいえ、必死に向かってくる相手を無視して先に向かうのは心が痛んだ。でも攻撃するのは憚られる。悩んだメイは軽くデコピンしてから先に進むことに決めた。


「こーら。そうやって人を殴っちゃダメなんだぞ。えいっ」


 やわらかく、軽くおでこに触れるような、痛さのほとんどないデコピンだったはず。それなのに……


「ふえええええええん!」


 ゴブリンはおでこを手で抑えて泣き出し、そのまま光になって消えていった。


「ええええええっ!」


 小さな段差から落ちただけで死ぬ某レトロゲームの主人公以上の虚弱っぷりに、消えた場所を見ながら呆然とする。


「なんかもう……いいや」


 メイは深く考えることを止めて先に進むことにした。


 階段の傍まで行くと、上部に文字があることが気付く。


『↓この先二階』


 階段を下りた先のフロアが二階ということは、今いるフロアは当然一階ということになる。


「え!?一階がこれで終わりなの!?」


 三階層しかない初心者ダンジョンの一階が、虚弱ゴブリンにデコピンしただけで終わってしまった。


「……何か嫌な予感がする」


 『この先に難関が待ち受けている』という意味の予感ではなく、ここが人を小馬鹿にしたネタダンジョンである予感だ。


 この簡易さが罠である可能性も頭に入れつつ、ゆっくりと階段を降りる。


「はぁ~やっぱりネタダンジョンだったから」


 二階は一階と全く同じ形の広い空間があるのみ。

 違うのは、中央に地面と同じ色の大きな布が敷かれているところ。


「露骨な落とし穴あああああああ!」


 馬鹿にされているようで何となくムカついたメイは他に罠があるとは思わずに、いや、罠があるならそれはそれでいいやという投げやりな気持ちで中央まで進み、地面に敷かれた布を思いっきり剥ぎ取った。


「うわーん!落ちても安心安全だよおおおお!」


 落とし穴は三メートルくらいの深さで、底には鋭い槍も何でも溶かす酸も無く、柔らかそうなクッションが大量に敷き詰められていた。


「よし、もう終わらせる!」


 まともに対応するのが馬鹿らしくなったメイは、さっさとダンジョンを終わらせることに決めて三階へと降りた。


「あれ、最後だけはまともなパターンなの?」


 三階で待ち受けていたのは、巨大な木づちを持った豚人間だった。頭の上にはオークと書かれている。背の丈は成人男性くらいだけれど、お相撲さんよりもひとまわり大きい体格。そして体と同じくらいの大きさの木づちが迫力を感じさせる。


「強そう……だけど可愛いのは変わらないんだね」


 醜悪な豚顔、ではなく可愛らしくデフォルメされた豚顔は愛嬌があって撫でたくなる。


「やっぱり可愛すぎてこの短剣を使うのは気が進まないなぁ」


 でも、流石に一階とは違ってデコピンでやられてくれそうな相手には見えない。


「ひとまず出方を見るか」


 短剣を構えて少しずつ近づきながら相手の動きをうかがう。するとオークはゆっくりとメイに向かって歩き出した。そう、ゆっくりと……


「おっそーーーーーーーいから!」


 一歩前に出るだけで数秒もかかる遅さ。


「ああもう、ほら、これで良いでしょ!」


 待っていたら時間がかかりすぎるため、自分から木づちの射程圏内に飛び込んだ。


「やっぱりおっそーーーーーーいから!」


 振りかぶって真横に振り抜く。当然このスピードもかなり遅く、振りかぶるのに十秒程度かかっていた。避けるのは造作も無いこと、つまりこのボスも結局は見掛け倒しだった。


「こりゃあこの子もデコピンで倒せちゃうかもしれないなぁ」


 短剣を仕舞い、どうしようかとメイは悩んだ。


「そうだ、せっかくだし、痛くないってのを体験してみようかな」


 ダンジョンの中で攻撃されても痛みを感じないとは聞いていたけれども、それが本当かどうか確認しておきたかった。一階のゴブリンのグルポカ攻撃は痛くなかったけれども、そもそも弱すぎて判断し辛かった。剣などの刃物で攻撃されるよりは、横から叩かれる方が何となく恐怖感が小さかったので、確認するなら今だろうと思ったのだ。それに初心者ダンジョンであれば死なないので試すには安全だ。


「攻撃力も弱いなんて言わないでよねっと」


 木づちが振り抜かれるスピードは速くはないけれど遅くもなかった。もし威力が物理法則にちゃんと従っているなら、ぶつかったらそれなりに痛いはずだ。


「ほーらほら、おいでおいで」


 再びオークの射程範囲に入り、木づちを振りかぶるのを確認する。


「軽く飛んだ方がダメージ減るよね。ええと……今っ!」


 飛ばされる方に軽くジャンプしたタイミングで、振り抜かれた木づちがメイの体にクリーンヒットする。


「えっ!」


 メイの体は宙に浮き、数メートル先まで飛ばされ、地面に体がバウンドする。


「いったっ……くない!」


 かすり傷では済まない飛ばされ方であったにも関わらず、痛みは全く感じられなかった。


「なるほど、これは安全……ってあれ、動けない」


 体を起こそうとするものの、まったく力が入らない。


「もしかして、かなりやばめのダメージだった?」


 貧弱なメイが車に跳ねられたら、すぐに起き上がるのは難しい。オークの木づちはそれと同程度の威力があった。特に今回はクリーンヒットしたのだから、実際であれば体の骨のどこかが折れていてもおかしくはない。痛くは無いがダメージを負う、というルールに従い、直撃した右半身を中心に体が動かなくなってしまった。


「……あ、あれ。これまずくない?」


 耳に入ってくるのは数秒ごとに鳴り響く足音。このまま動けなければ、あのオークがやってきて木づちを真上から振り下ろしてくることは容易に想像できる。痛みが無いとはいえ、それをもろに食らって仮にとはいえ『死ぬ』体験をするのは流石に怖くなった。


「ううう……動かないー失敗したからあ!」


 時間が経って回復する感じも無い。左腕が辛うじて少し動かせるけれども、短剣を手にして投げつけるほどの力は入れられそうにない。


「あはは……遅いのが逆効果になっちゃってるから。こわぁ」


 ゆっくりと近づく死の足音。それはメイの恐怖を増幅させるのに十分な演出となってしまった。


「どうして私がこんな目に……」


 突然異世界に呼んだ神はポンコツだし、パイまみれになりながら異世界に落とされるし、異世界風味が全然感じられないし、自分の担当は何故か逆恨みで弄ってくるし、ダンジョン少し楽しみだったのにバカにされたし、痛くない安全な世界は事実だったけど自分のせいとはいえ怖いことになってるし……


 思い返すとロクな体験してなかった。


 そしてその全ての元凶は……


「(あのクソ女神のせいだ。あの時ちゃんとキャンセル出来ていれば、そもそも私を呼ばなければこんなことにならなかったのに。あーもう腹立つ。顔を思い出したらイライラする。何よ眼鏡なんてかけちゃって。ふざけるな!あれが伊達眼鏡だって分かってるんだから!萌姉も言ってた。眼鏡は至高の装備品だけど、伊達眼鏡は滅ぼすべきだって。眼鏡素人のくせに適当に眼鏡をかけるなんて許せない!)」


 メイは当初の思考から徐々にずれていることに気付かない。女神に対するイライラでオークが迫っていることにも全く気付かない。


 そしてオークがメイにその手の木づちを振りかぶろうとしたその時。


「あんのクソめがねええええええええええええええええええ!」


 謎の叫びをトリガーに、まばゆい光がメイの周囲を円状に包み、高く高く舞い上がった。




『ユニークスキル発現:強い想いが世界を変える』




 ダンジョンの天井をぶち抜けて天高く舞い上がった光の柱は、遠くに住む異世界の住人達からもはっきりと見ることが出来た。


 そしてそれは異世界中の人々に多かれ少なかれ影響を及ぼした。







 とある岩山の頂上にて。

 修行のために厳しい環境で心技体を鍛えていた男は、巨岩を頭上に持ち上げながらスクワットしているところでその光を目にした。


 「面白くなってきたな」


 男の表情はほとんど変わらなかったが、その口元はわずかに歪んでいた。




 とある街中にて。


 「ねぇねぇお姉さん、ちょっとお茶しない?」

 「ちょっ兄貴、あれ見ろって」


 綺麗どころのナンパに勤しむヘラヘラした態度の男が、弟らしき人にナンパを遮られていた。


 「なんだよ、今良いところなん……………………へぇ」


 弟の視線の先にある光の柱を目にしたナンパ男の目は、それまでのヘラヘラした態度とは裏腹に、鋭いものになっていた。




 とあるビルの最上階にて。

 大きなガラス窓から遠くの光の柱を眺めていたのは、高価なアクセサリーをふんだんに身につけた、猫耳姿の女性商人だった。


 「果たしてここまで来るかにゃ~」


 儲け話の気配をビンビンに感じた彼女の尻尾は、大きく揺れ動いていた。




 とある森の中にて。


 「お兄ちゃん!何処行ったの!」


 遠くから聞こえるそんな声を無視してハンモックで寝続ける細身の男性。


 「なんか大変なの!遠くで光ってるの!」


 切羽詰まった妹の声が徐々に近づいてくる。このままでは自分の場所がバレることは時間の問題だと思い、軽くため息をついた。


 「めんどくさいのは勘弁してくれよ」




 とある暗い部屋の中にて。

 男はただ静かに黙していた。

 突然現れた光の柱に街中が騒然としているのは気づいている。

 だが男はその光の柱を特に見ようともせず、壁に寄りかかったまま無言で立ち尽くす。


 「……」


 ふわりと、閉じ切った室内に何故か風が流れたその時、男の姿はすでに無かった。 





 彼らは、突如現れた光の柱に何かしらの影響を受けた人々。


 だが残念なことに、彼らはもう二度と登場しない


 「「「「「えっ!?」」」」」


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