55. 上級世界で特訓するしかない
上級世界の説明回です。
「ニンゲンよ、来るが良い」
上級ダンジョン最奥に潜む最後の敵は、巨大な魔獣では無く、その背に黒き翼を生やす男性だった。
堕天使ルシフェル。
ルシファーとも呼ばれる彼は多くの物語で強大な敵として登場する。
ただし、良くセットにされるガブリエルはここにはいない。
そもそもこれまでキリスト教どころか神話の神様すら出てこなかったのに突然ルシフェルだけ登場してきた違和感が半端ない。
とはいえ、彼が紛れもない強者であることは対峙しているメイ一行には十分伝わっているため、単なるネタだと楽観視することは出来ない。
その腕をほんのひと振りするだけで自分たちが消え去るのではないかと思えるくらいの、濃厚な死の気配。
そこまでして願いを叶えさせたくないのかと愚痴りたくなる程の凶悪な最後の試練。
最早退くことは出来ない。
それに勝利も死も、いずれも元の世界への帰還へとつながっているのだから、臆する理由など何もない。
「それじゃあお言葉に甘えて、行きます!」
先手を譲ってくれるようなので、メイは力を握りこぶしの形に整えて全力で殴りつける。
「この程度か」
ダメージが入ったようには見えず、びくともしない。
「続けて!」
ルシフェルの足元に落とし穴が生成される。
トモエの罠魔法だが、ルシフェルは宙に浮いたまま落ちることは無い。
「これだけじゃないぞ!」
落とし穴の中から細いワイヤーのようなものが伸びて来てルシフェルの四肢に巻き付いた。
「いっくよ~」
身動きが取れなくなったルシフェルに向かって投げつけられる二つの薬瓶。
「ニトロ・フェノール!」
爆破範囲は狭いが、威力は最大級。
ソルティーユがこれまで試行錯誤して見つけた最も火力の高い組み合わせだ。
「うっそでしょ、これでも全くダメージ受けてないとか。チートだよチート」
爆発の中から現れたのは無傷のルシフェル。
体に巻きついていたワイヤーも消えており、メイ達の攻撃は全て効果が無かった。
「ふむ、なかなかどうして。面白いでは無いか。では今度はこちらの番だな」
ルシフェルはだらりと下げていた右腕を胸の高さまで上げ、メイ達に向かって手のひらを見せつけるように伸ばした。
「壊」
「っ!逃げてええええ!」
その手から大量の黒いオーラが溢れ出て、メイ達に襲い掛かる。
「結界!……きゃあ!」
セーラが魔法で防御を試みるが、すぐに打ち破られてメイ達は吹き飛ばされた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………え……えくす……とら……………………ひーる!」
死屍累々、といった有様だ。
誰も彼もが指一本動かすことができないどころか、指一本が残っているかすら怪しい状態。
即死してもおかしくないほどに酷い部位欠損だらけだったが、辛うじて僅かな時間だけ命が残されていた。
セーラの回復魔法によって、全滅寸前のところから復帰する。
「……や、やばすぎるでしょ」
「生きていたのは奇跡です。次は無いと思います」
「これは勝たせる気がないぞ」
「ふえ~ん怖かったよぉ~」
攻撃は効かない。防御も効果が無くあっさり即死の可能性が高い。
そんな相手にどう立ち向かえば良いというのか。
「ほう、今のを喰らって生き延びるか。存外に生命力だけは高いのだな」
おかしそうに嗤うルシフェルの姿を見た四人は、これが本当の『絶望』なのかと恐怖に身を縮ませるしか無かった。
だが結果的に、メイ一行はルシフェルを打倒した。
あまりにも実力差がありすぎることに疑いを持ったメイとトモエが必死に分析し、ルシフェルはギミックボスであることを見破ったのだ。
決められた手順を踏まなければ攻撃が通らず、こちらの攻撃に対しては威力を上乗せしたカウンター攻撃を放ってくる。
それならば弱い攻撃でチマチマ試行錯誤すれば良いかと思うと、それだと激情してとんでもない威力の攻撃を仕掛けてくるため、ある程度の威力の攻撃を続けなければならない。
撃破難易度が高いからか、ルシフェル自体には回復魔法が効かないため、セーラによって回復される心配も無かった。
「うひゃーやっと終わったー!」
「しんどかったぞー」
「おわったーやったー!」
「……わたくしの回復魔法が」
絶望ヒールが出来なかったセーラだけは落ち込んでいるものの、それ以外の三人は疲労感と満足感を同時に味わいながら地面にへたりこんでいた。
これで願いを叶えることが出来る。
ルシフェルを倒したことで新たな扉が出現しており、その先に進むと純白の女神像が待ち受けていた。
「よくぞここまでたどり着きました」
お褒めの言葉や元の世界へ戻ることなど、改めて色々と説明を受けるメイ一行。
そしてついに褒美である願い事を聞いてもらえる時が来た。
「さぁ、願いを言いなさい」
メイの願いは一つ。
本来であればもうちょっとだけ先の未来に起こるであろうことを前倒しで実現してもらうのだ。
「元の世界に戻ったら、私を成長した姿にしてください」
「分かりました」
これでメイがこの世界でやるべきことは終わった。
もう二度と来れないのは寂しいけれど、これからは家族と共に本来の世界で真っ当に生きていこう。
そう、終わりの気分であったのだが。
「それではあなたの望みを言いなさい」
「メイの願いをキャンセルしてください」
「メイがずっと今のままの姿でいて欲しいぞ」
「ママと一生一緒にいたい~」
願いに矛盾はない。
ただ、後に願った方が有利なだけ。
「え?」
「分かりました」
おめでとう、メイ。
これであなたは今の姿のまま一生彼女たちに振り回されることが決定した。
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「うわああああああああ!」
勢い良く体を起こす。心臓が激しく脈動し、全身が汗でぐっしょりだ。
「はぁっ……はぁっ……ゆ、夢?」
二度あることは三度ある。
宿のベッドの上で『一人』、メイは心を落ち着かせて動悸が収まるのを待っている。
「せっかく解放されたのにこんな夢を見るなんて酷いよ」
汗だくの体をさっぱりさせるために朝風呂に入り、昼食を兼ねた遅い朝食を食べてからようやく宿を出る。
今日は上級世界でどうやって過ごすか考えるために、色々な施設を見て回る予定だ。
隣には誰も居ない。
「なんとなく物寂しい気もするけど、仕方ないよね」
いつもべったりくっついてくる騒がしい三人が傍に居たのに、今はその温もりが失われている。
「重しが取れたかのように体が軽い。ふっしぎ~」
カラ元気ではない。
メイの気持ちの大部分が、割と本気で清々した感じなのだ。
「さてさて、それじゃあ探索開始だ」
娯楽に溢れた初級世界。
イベント重視の中級世界。
そして上級世界は自らのスキルを高める世界だ。
「ジムとか道場が多いなぁ。剣、槍、格闘、魔法もあるんだ。私だったら何処が適しているんだろう」
スキルを高めると言っても、自分の人生を豊かにするための手段では無い。上級ダンジョンをクリアするために必要な能力を鍛える世界なのだ。
そもそもこの娯楽溢れる世界では、初級世界と中級世界ですべての娯楽を賄えることが出来る。それでもなお中級ダンジョンを突破する者の目的は、その大半が上級ダンジョンをクリアして願いを叶えてもらうこと。
もちろん、単に中級ダンジョンにチャレンジしてみたかった、とか上級世界を見てみたかった、という人も居る。彼らは願いを叶えるモチベーションが低いため娯楽の少ない上級世界にはとどまらず、初級世界や中級世界に戻り元の生活に戻っている。
「この力の使い方を工夫したり、強度を増せるような特訓所があれば良いんだけどなぁ」
衝撃を与える以外の攻撃方法。
例えば力の先端を鋭くして突き刺す方法があるが、メイは『鋭さ』を上手く想像することが出来ず、効果的な攻撃として活用できていない。
他にも『なんとか波』のような謎エネルギーとして扱い、それを相手に浴びせることでダメージを与える方法もあるが、それも謎エネルギーのイメージが定まらずに使えない。初心者ダンジョンのボスを倒した時に似たような攻撃をしていたので、出来なくは無いはずなのだ。
これまではどうやって鍛えれば良いか分からず自前でなんとか頑張って来たが、せっかく教えてくれる場所があるなら試しに入ってみたいところ。
「でもニッチすぎて無さそうだよ」
武器や魔法のような特定のジャンルに分けられる能力では無いため、専門で教えてくれる場所は無い。
「能力関係なく基礎能力を鍛える場所……ううーん、筋トレとかしたくないなぁ」
戦闘に向かない能力を授けられた人のために、ダンジョン探索に必要な人間の基礎能力を鍛える場所があった。能力があってもここで鍛えることで生存確率が上がりそうではあるが、外から中を覗いてみると地道に体力アップをしているようで、メイの趣味には合わなかった。
「いっそのこと、あの高い山の上に籠って精神修行でも……あれ、これって」
修行マニア向けに用意された高山に興味を持ち始めたメイの目に『バトルシミュレータ』の文字が飛び込んで来た。
「結構賑わってるじゃん。どんなとこなんだろ」
その文字が書かれた建物の中に入る人が多く、人気の施設であることがうかがえる。
ここは名前の通りシミュレータを使ってバトルすることが出来る場所。
バトルする相手はダンジョン内に出現するモンスターたち。
本物そっくりのモンスターがシミュレータによって現実に生み出されるのだ。
仮のバトルなので負けてもペナルティは無く、生み出されたモンスターはバトルが終わると消滅する。
安心安全でバトルの練習が出来る人気の施設である。
「へぇ~面白そう。どんな相手と戦えるんだろう」
入り口付近に説明用の端末が置いてあったので操作する。
見たことのないモンスターを含め、ラスボスを除く全てのモンスターと戦えるらしい。
「流石にラスボスはダメか。そりゃそうだよね」
せっかく中に入ってみたので、試しに一戦してみる。
教室くらいの大きさのシミュレータ部屋をいつでも利用できるようだ。多くの人が押し寄せても必ず部屋が空いているのは、この世界の謎仕様の定番である。
「それじゃ『最弱ゴブリン』お願いしまーす」
ブォンと、音がして目の前にモンスターが召喚される。
つぶらな瞳、おでこにちょこんと伸びえている角、涙目でプルプルと怖がっている姿。
メイが初心者ダンジョンで最初に戦った相手である。
「うわー懐かしい!そしてやっぱりとっても可愛いよ!」
メイの大声にびくんと怯える姿もまた、可愛らしい。
「ほら、おいでおいで」
メイが呼びかけるとゴブリンは以前と同じように両腕をぐるぐる回しながら突撃してくる。
もちろん全くダメージは受けていない。
「可哀想だけど、前回と同じやり方で倒そうかな。ごめんね」
右の中指を曲げて親指で支える。
触れるようなデコピンにより、ゴブリンは消滅した。
「よし、使い方とか大体わかった。しばらくはここで色々な相手と戦って力の使い方を練習しよ」
実戦経験こそが最大の訓練方法。
ということで、メイの修行の日々がはじまった。