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54. 最後の瞬間まで気を抜けない

「とーつげきー!」

『うぉおおおお!』


 チーム対抗とは何だったのか。

 終了一時間前になると、メイの予想通りに四方八方から大量の参加者が組んで押し寄せて来た。


 見えない四角柱の上に座り真っ向から迎え撃つメイ達が宙に浮いているように見えることもあり、まるで悪の王様に立ち向かう民衆のような構図になっている。


「うわぁ、十位以内のチームもいくつか来てるよ」

「奪い合いとは何だったのでしょうか……」


 優勝よりも面白そうを選んだチーム、復讐を誓ったチーム、そして参加していると見せかけて一人だけ安全地域で逃げ回らせているチーム。

 本来であればこれらのチームがフィールド内の各所でバチバチやり合っているはずが、メイ達が暴れ回ってヘイトを稼いだ上に分かりやすい受けを表明したせいで、大多数のチームが一か所に集まる事態となっていた。


「例え全員が来ようとも、Meの落とし穴は簡単には攻略出来ないぞ」

「にっとろにとろ~」


 そこが彼らの想像以上の地獄になるとも知らずに……


「周囲は全部落とし穴だと思え!」

「魔力感知できるやつがいたら地面を調べろ!」

「バカ!あいつ魔法使わずに掘るぞ!」

「大丈夫。流石に沢山掘る時間は無かったはずだ。それに自作なら罠の内容も甘い!」

『なるほど』


 すでに見知らぬチーム同士が協力関係になっていた。


「魔力が無い地面は奴らの足元付近だけ、その周囲の地面は全て魔力で覆われています!」

「クソがっ!」


 しかも魔力で感知した範囲は十メートル以上はある。ジャンプで越えるのは難しい幅だ。


「それならまずは俺から行くぞ!」


 脚力強化の能力を持つ男性が、助走をつけて落とし穴を越えるべく飛んだ。着地先は魔力の感じない普通の落とし穴があるであろう場所。普通の落とし穴の正体を暴き無効化できれば、攻めるための拠点が出来る。


「でいやあああへぶっ!」


 穴の真ん中付近まで跳躍したとき、頭上に隠されて設置してあった見えない力の箱に頭部を強打し、無残にも落下する。


「だ、だが男なら触手は無いはず」


 触手なら女性。トモエがそこに拘りがあることは既に見抜かれていた。

 そしてトモエも、見抜かれていることを見抜いていた。


 ぶちゃ


 四メートルほどのすり鉢状の落とし穴に落下した男性は、触手でも硬い地面でも無い不思議な感触があったことを不思議に思い、すぐに眉をしかめた。


「な、なんだこれはっ……動けんっ!」


 地面にたっぷりと塗られている粘着性の液体。スライムプール、ではなく強力粘着液。男性は完全に動きを封じられてしまった。コインを持っていたら出現していただろう。


「なんという卑怯な手を!」


 卑怯も何も、落とし穴の罠としてはあるあるだろう。むしろ落とし穴があると宣言してもらっている分、親切なのだ。


「でもこれなら私が突破する!」

「おいおい、大丈夫か!」


 突破を宣言したのは女性参加者。女性なので触手とは相性が悪いが、目の前の穴は粘着トラップであって触手ではない。


「この靴はどんな場所でも普通に歩けるようになる特殊な靴なの」


 元々はダンジョン内の毒沼など、足場が悪いところでも進めるようになる防具。とあるイベントの賞品として彼女はその劣化版を入手していた。劣化要素は回数制限であり、能力的にはオリジナルと同じため、粘着トラップを突破するにはうってつけだ。


「待ってなさい、余裕でいられるのも今の内よ!」


 メイ達を睨みつけながら、勇ましい足取りで粘着トラップへと歩み進める。女性の予想通り、その靴は粘着液による抵抗を全く受けなかった。


 もっとも、予想とは思いもかけない展開により裏切られるものだが。


「え……きゃああああああああああ!」


 女性が粘着トラップゾーンを越えようとしたその時、地面から触手が生まれた。


「いや、いや、ほんといや、やめて、やめっ、あああああああああああああ!」


 運営による謎の暗闇が落とし穴を覆い、そこは誰の目にも見えなく、声も届かなくなった。彼女の名誉のための措置だが、彼女としてはそんなことよりも強制退場させて欲しかっただろうに。


「えぐすぎる……そこまでするかトモエええええ!」


 あまりにも無残な光景に、攻め手側に動揺が走る。

 女性の場合のみ触手が生まれる、という条件付トラップだったのだ。


「なら遠距離から攻撃よ!」


 炎の矢、嵐、雷撃、石礫……様々な遠距離攻撃がメイたちに降り注ぐが、力の防御膜がそれを通さない。


「待てよ、今ならクラッシャーも力の細かい制御が出来ないんじゃ……よし、今度は俺が飛び越えてみる」


 メイが防御に徹している間ならば、最初の男性がひっかかった設置トラップを随時仕掛けることは難しいのではないかと考えた。


 しかも男はジャンプで越えるのではなく、空中を蹴って移動できるタイプの道具を持っている。見えない壁が事前に設置されていたとしても迂回すれば良い。


「ほっ、ほっ、ほっ、よし壁は無いな。いける!」


 別の落とし穴の上をついに男が通過するかと思ったその時。


「ニトルマルセイユ~」


 上空から降って来た二つの薬剤が反応を起こし、小爆発が円を描いて連鎖する。突然のことに男は避けることが出来ずに落とし穴に落下する。


「そこまでするか!?」


 ソルティーユについての情報は正確には知られていない。爆発のインパクトが大きいため、薬剤を使って爆発を起こせる能力だと思い込まれている。実際は何が起こるか分からないのだが、そのことを知らないため今回の爆発で上空からの突破が困難だと刷り込まれてしまった。


「まだよ、まだ手はある!私が行くわ!」

「いやいや、無茶だって。さっきの見ただろ!?」

「私の奥の手でアレを消し去ってやるわ。ただ、粘着液は避けられないから、アレを倒した後は頼むわね」


 勇敢な女性が新たな落とし穴の上にダイブすると、狙い通り触手が登場して彼女の体を拘束する。


「かかったわね。燃えなさいっ!」


 女性の体から炎が巻き起こり、触手を燃やしてゆく。

 女性は強力な炎耐性の防具を装備しており、炎を生み出せる能力を活用して自分自身を燃やしたのだ。他の人にはバラしたくない奥の手ではあったが、ここで使わなければ散って行った女性たちが報われないと思った。というか、雰囲気に呑まれて勝手にそう思い込んだだけである。


「ふふふ、これでここの触手は消えたから後は他の人が粘着トラップを越えれば……」


 拘束が解けて落下する感覚に身を委ねながら、自分の役目は終わったのだと満足げに目を閉じる。




「エクストラヒール!」




 消えたはずの拘束が復活し、再度四肢を拘束される。


「ふぇえ?なんで?」


 予想外の出来事に呆然としていると、触手が怪しい動きをはじめる。


「わ、わわ!燃えろおおおお!」


 再度炎を生み出し、触手を灰にしようとするが……


「エクストラヒール!」


 今度は拘束が解けないうちに触手が復活した。


「も、燃えろおお!燃えて!燃えてよおおおお!」

「エクストラヒール!」


 何度炎を放っても、どれだけ触手を攻撃しても、完全復活してしまう。

 この先に待ち受ける自分の運命を考えてしまい、女性はパニックに陥った。


「や、やだあああああ!」

「マインドヒール!」

「……え?も、燃えて!」


 マインドヒールは精神異常を回復させる魔法。

 パニックに陥った女性の心を正常化させたのだ。


 何故って?


 それがセーラの『やり方』というだけのこと。


「ぐへへへ」


 心を折ることも許されず、女性の魔法力が尽きて炎を生み出せなくなるまで、地獄の攻めは続く。


「やだあああああああああああああ!」




 惨劇が続き、映像を見ている観戦者たちはメイ達に挑む勇敢な彼らを激しく応援する。ただ、途中で抜け出す男性やカップルの姿があったとかなかったとか。また、理由は特には分からないが、とある宿泊施設の利用者が激増したとかなんとか。




「今のところは何とかなってるね」

「トモエの触手が効いてますね」

「いやいや、Meよりもセーラの回復でみんなドン引きしてたぞ」

「もっと投げたい~」


 見せられないよ状態になった落とし穴が三つ。

 慎重に攻めてくれているおかげで、今のところまだピンチは訪れていない。


「四か所同時に上空突破しに来たよ!」

「一か所はソルテ、残りはMeがやるぞ」


 ソルテの爆撃は本人が薬瓶を投げる必要があるため、複数方向から同時に攻められたら効果を発揮しない。今回の投擲はまた爆発を誘発し撃ち落とすことが出来たが、残りの三か所までは手が回らない。


『!?』


 突如地面から大きな触手が伸びて来て、上空の彼らを捕まえて粘着液に叩き落す。


「うわぁ、激おこだよ」

「ふふん、誰も穴から出てこないとは言ってないぞ」


 まだ発動していない落とし穴から触手が伸びて来る。しかも今まで無かったくらい上空まで伸びて来た。これじゃあ落とし穴じゃねーぞ、と騒がれている。強制的に落としたのだから問題ないのだ、きっと。


「しっかしまぁ、面白いくらいに狙い通りに行くねぇ」

「罠っていうのは、狙い通りに入らせるものなんだぞ」

「(それ、種ちゃんずも似たようなこと言ってたなぁ)」


 菜種いわく、いたずらにかかるのを待つのは二流、いたずらにかかるよう誘導してこそ一流。

 種美いわく、人はちゃんと観察することで思い通りに動かすことができる


 トモエは相手の行動を想定し、より時間を稼げるように罠の発動をコントロールした。その最たるものが、今行った触手の自動迎撃。

 自動迎撃を温存して最初に見えない罠を使って落とし、次にソルティーユの爆破によって落としたことで、上空ならば工夫次第で突破できるのではと思わせて相手の行動を小出しにさせて時間を稼いだのだ。


 これがダメなら次はアレをやるだろう。


 トモエはその思考の流れを読み切って効率的に罠にかからせたのだ。


「おっと今度は穴の上が全部氷で覆われたよ。大技だねぇ」

「ふふん、『壁』じゃなければMeには意味が無いぞ」


 以前のイベントでは氷の壁で分断されたからトモエには手も足も出なかった。でも今回は氷とはいえ地面だ。例え他人の魔力で作られたものだとしても、トモエの罠魔法ならそんなものは軽々とぶち抜く。


「おおー入れ食い状態だよ」


 これなら行けると確信した参加者達が氷の上を走り抜けようとするが、途中で足元が消えて絶望の時間が待っている。


「あのコインは流石に獲れないかなぁ」


 落とし穴に落下して行動不能になったことで何か所かコインが出現している。だがそれらは粘着液の中に埋もれており取ることが出来ない。


「横取りされないから良しとするか」

「それよりも、そろそろ来ます」

「だね、集中モードに入るから後はよろしくね」


 参加者達は工夫を凝らして罠を突破しようと試みる。多くの脱落者を出したものの少しずつメイ達に近づく人が増えてきており、集中してメイの力を使い続けなければ危険な状態だ。余計な雑談を止め、後頭部のぬくもりを感じてリラックスしつつ、力の防御膜の維持に注力する。




 そして、ギリギリで耐え切ることが出来た。

 何度も接近されたが力の防御膜で守り切り、残り一分。


 最後まで諦めずに攻め続ける、という人はほとんどおらず、諦めの空気が漂っていた。


「でもこのままだと私たちが一位にはなれないんだよね」


 総合順位で一位との差が変わっていない。

 どうやら一位のチームは逃げ切ることに成功したようだ。


 実は途中でウェザーたちと合流してコインの受け渡しをしようと思っていた。しかしあまりにも激しい乱戦が続いたため、ウェザーたちのみ罠を発動しないという細かい作業が出来ずに断念したのだ。それでも強引に突破させられたウェザーの仲間たちは今頃闇の中で死んだ目に生気が戻っているだろう。


 ウェザー本人は乱戦から離れて一位潰しに予定を変えたが見つからなかったようだ。


 このままでは優勝できないため、最後の賭けに出るしかない。


「ということで、最後トモエ行ってらっしゃい」

「はーい、お願いするぞー」


 一瞬、力の防御膜が消えた。

 反応出来ていれば攻め手側の勝ちだったのだが、諦めていた彼らがその隙を突くことはなかった。メイは賭けに勝ったのだ。


「えい」

「あーれー」


 トモエを吹き飛ばし、再度防御の膜を張ればメイの役割は終わり。


 後は防御膜が壊れないように気をつけつつ総合順位の変化を確認だ。


 トモエが飛ばされた先は宝箱が無い磯。

 メイたちは相手から入手したコインのうち、五枚をここに隠していたのだ。

 個人が十秒続けてコインを手に持たない限りはチームの入手にはならない。これを逆手にとってポイントをごまかすために人目につかない場所にコインを隠していたのだ。


 そのコインを回収するためにトモエを力で飛ばした。


「よし、逆転だ!」


 残り十秒、ついにメイ達が総合一位に躍り出た。


 















 orz




 長い長いイベントを終えての打ち上げパーティー。

 美味しい料理を口いっぱい頬張りながら涙を流すメイ。


「残念だったわね」

「ぐやじいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 やけ食いである。


 残り十秒で一位になったメイだったが、残り五秒で再度逆転されてしまったのだ。逆転したのは最終イベント直前で二位かつラストバトル前で二十六位のチーム。彼らはメイよりも狡猾で、自分の持つすべてのコインを隠し、最後の最後で確保したのだ。


「まぁ、こんなもんよ」

「うう~ウェザーあっさりしてるね。こんなに惜しかったのに」

「私だって悔しいわ。でもこのくらいの負けなら何度も経験してるから、あっさりしてるように見えるのかもね」

「簡単には優勝できないってことか」


 百戦錬磨の相手と戦うには、まだまだ経験が足りないということなのだろう。どれだけ能力が強くても、どれだけ策が上手く行こうとも、優勝するにはそれ以上の何かが必要なのかもしれない。


「合流方法を予め決めておくとか、まだまだやりようはあったわ。そういう細かいツメが甘かったのでしょうね」

「はぁ……しんど」

「その気持ちは美味しいものでも食べて癒してまた今度頑張りましょう」


 イベントが終われば後は敵味方は関係ない。メイの元に戦った相手が健闘をたたえ合いにやってきて、次は防御を突破するぞと宣戦布告をして去って行く。


 トモエも人気で食べる暇なく相手をしているようだ。あれだけのことをしておいて、不思議と恨みつらみはなく、むしろ相談相手になっているような……?


 ひどい目にあったというのに記憶は消さずに残しておいて、トモエに好意的に話しかけてきているのを見てメイは考えてはダメなことだと思考を放棄した。決して『あの触手もらえないかしら』という会話が聞こえたからではない、決してない。


「負けはしたけど、楽しかったかな」

「そうですね。最後はわたくしもお役に立てましたし」

「た~っぷりニトロ使えてめっちゃ楽しかった~」


 みんなで楽しく、は達成できたのだから、悔しさはひとまず置いといてお疲れ様パーティーを楽しむことに専念する。いっそのこといつものオチにしてしまおうかな、との考えが頭をよぎった。


『メイ様御一行は会場を壊さないようにしてください』

「先手取られたー!」

『あははははは!』









「ちょっとお手洗い行ってくるね」

「私も行くわ」


 パーティーが終わり、帰宅する前。

 メイとウェザーはトイレに立ち寄った。何気ない、本当に何気ない一コマ。


「……?」


 しかしセーラはどことなく言いようのない不安に胸を締め付けられていた。


「セーラ?」

「いえ、なんかこう……嫌な予感のようなものが……」


 どことなく顔色が悪いセーラを見てトモエは心配するが、肝心のセーラがその不安の理由を分かっていなかった。


 この時、セーラもトイレに一緒に行っていれば未来は変わっていたのかもしれない。メイが一人で行ったならば間違いなく着いて行ったが、ウェザーと一緒ならばということで何となく待つことにしたのだ。


 そしてその不安の正体は、すぐに明らかになる。


「お待たせしたわ」

「メイは?」

「はい、これ」


 嫌な予感が更に大きくなる。四つ折りされたシンプルな真っ白な便箋が、一瞬だけドス黒く淀んでいるかのように見えた。 


「それじゃ渡したからね」


 ウェザーはそれだけ言うとセーラ達の元から去って行く。もう用は無いとでも言いたげな背中を見せて。


 セーラはごくりと生唾を飲み込み、意を決して渡された便箋を開く。




『実は私、中級ダンジョンクリアしちゃったんだ。というわけで上級世界に行って元の世界に帰ります。


 バイバイ


 メイ』


孔〇の罠


というわけで中級の章はこれにて終了。


タイトル通りちゃんとメイは逃げましたね。

(このまま仲良くやってたらタイトル詐欺になりそうでした)


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