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4. ポンコツ女神をぶんなぐれない

 暴れ回っていた二人を止めたのは、メイがこの部屋に入ったときに声をかけてきた初老の男性だった。メイとメグの頭をそれぞれ片手で掴み持ち上げ、そのまま両者を椅子に座らせ、妙に凄みのある笑顔を二人に向けた。


「お客様にご迷惑をおかけしないように。お客様もいたずらに煽るのはお止めください」

「もうしわけありません」

「ごめんなさい」


 元々、二人とも止め時を見失っていた感があったので、この仲裁は渡りに船。素直に反省の態度を見せることにした。


「私自身、やりすぎたと深く反省しております。ですが正直なところ、あそこまで反撃されるとは思いませんでした」

「こっちもごめんね、煽りすぎちゃった。反撃したのはお姉ちゃんの教えのおかげかな」

「何その姉、こわい」


 高橋若葉。高橋家の長女にして弁護士。大きな話題となった殺人事件の犯人を弁護し、冤罪を主張。世間から大きな非難を浴びるが本当に冤罪であり後日真犯人が逮捕されたことで評価が一変。本当の悪人を弁護することはなく、小さな弁護でも親身に相談に乗ってくれると話題で名声がとても高い。当然ながら、高橋家の血により見た目は抜群だ。


「『やられたら満足するまでやり返しなさい』って小さいころから言われてたから」

「最初にやられたのは私だと思うのですが」

「だからごめんって」


 そもそも最初にジーマノイドがどうとかウザイ絡みをしてきたのはそっちじゃないか、とも思ったけれども泥沼になりそうだから止めておいた。


「まぁメイの姉のことは良いとして、話を続けましょうか」

「そうだね」


 本来なら神様から事前に聞いておくべき話の続きだ。


「3つ、元の世界には初級者講習後、好きなタイミングでお戻りいただけます。ひとまず最初のお話は以上です」

「え、戻れるの?」

「はい、ですが戻った場合、二度とこちらの世界に来ることはできません」

「ふむふむ……ちなみに初級者講習ってのが難易度高くて滅茶苦茶時間かかるってことはないよね?」

「早い人なら一日もかかりません」


 三つのお話。

 『願いが叶う』『怪我や病気無効』『元いた世界に簡単に戻れる』

 旨すぎる話には裏がある、と疑ってもおかしくない設定だ。だからこそ伝え方には注意が必要だと女神学校で習うのであるが、残念ながらメイはその恩恵を受けることは無かった。


「(でも『コメディ色』が強い感じだし、ある程度は信じても良さそうかな)」


 コメディ色が強い原因となっているのはメイ本人の行動によるところが大きいのだが、そんなことを気にするメイではない。


「それでは、本題に入りましょう。これからこの世界について詳しく説明を致しますが、その前にまずはこちらの三つのコースからお好みのものをお選びください」

「三つのコース?」

「はい、説明の粒度別に分けたものになります。何から何まで最初に説明されるとつまらないと思われる方もいらっしゃいますので」

「あ~気持ち分かるわぁ」


 せっかく異世界に来たのに、すべてを教えてもらって旅するのはつまらない。逆に、異世界召喚なんて危険だらけだから情報は少しでも多い方が良いに決まっている、という考え方もある。この世界が安心安全であるという言葉を信じられるか不安、本当に安心なら冒険を目一杯楽しみたい、などなど人によって判断基準や考え方は様々だ。


「それではご選びください。選んだ後に追加で質問なども可能ですからお気軽にどうぞ」


 と、三枚のパンフレットが提出される。


 人生舐め切った愚者コース

  この世界で生きるために最低限必要な情報についてのみ解説

 つまらない人生送ってるねコース

  舐め切りコースに加え、転移元の世界との違いを中心に異世界生活の特徴を解説

 生きてて楽しいの?コース

  つまらない人生コースに加え、異世界生活の攻略法を全て解説


「まだ怒ってる?」

「怒ってません。もとからこのコース名です」

「ホント?」

「……本当です」

「わざとらしく答えに間を空けないでよ」


 ここでケンカを繰り返したらまたしても情報を得られずに追い出される可能性があったので、ここは自制だ。そもそも先ほどの殴り合いで気分がスッキリしたからほとんど気にはならなかったけれども。


「それじゃとりあえず『この程度しか説明できない無能メグコース』から」

「…………愚者ですか?」

「メグのこと?」

「(ギリィッ!)承知いたしました」


 気にはしてないけど、やられたらやり返すよう躾けられているから仕方ない。メグもそのことに気付いているため、今回は露骨な追加攻撃をすることは止めた。


 まず最初の説明は、この世界でメイがやるべきこと。


「メイには、この世界でダンジョンを踏破していただきます」

「うわ~ダンジョンモノだったかぁ……」


 ダンジョンモノ。

 ダンジョンに入り、モンスターを倒してレベルを上げ、素材を入手し、宝箱からレアアイテムの獲得を狙う。稼いだお金で装備を新調し、新たに獲得したスキルを活用して少しずつダンジョンの奥深くへと進み、最奥に待ち構えるボスを倒す。


 ダンジョンモノは展開の変化が遅い作品が多く、すぐに飽きてしまうためメイは苦手であった。


「でも自分がやるならゲームっぽいし面白いかな。あ~でもバトルかぁ。グロいのは嫌だなぁ」


 残酷な描写あり、のタグがついちゃう。


「ご安心ください。メイが心から望んでいない場合は、マイルドな表現になります」

「え?どういうこと?」

「この世界のダンジョンは、入場者の性質に合わせた内容に変化します。ダンジョン攻略の本題に無い部分では挑戦者が不快にならない設定になります」


 メイがグロいの大好きな危険人物でない限りは、気持ち悪い描写は無いということになる。グロいのに耐えるのが本題だった場合は別だけれども、そもそもそのような『楽しくない』描写はこの世界ではありえない。


「話を続けますね。ダンジョンは初心者ダンジョン、初級ダンジョン、中級ダンジョン、上級ダンジョンと分かれていて、それぞれのダンジョンごとに世界が分かれております」

「世界が分かれている?」

「はい。それぞれダンジョン以外にも街などがございます」


 詳しく説明しないということは、見てのお楽しみということかなと判断し、先を促した。


「上級ダンジョンをクリアすると、どんな願いでも一つだけ叶えてもらうことが出来て、元居た世界へと帰還することになります」

「どんな願いでも?」

「はい、どんな願いでも、でございます」

「ふーん……」


 気になることはある。

 例えば二人の踏破者がいて、矛盾する願いを叶えた場合にどうなるのか。

 本当に『どんな』願い事でも叶えてもらえるのか。

 願いの回数を増やして欲しいという願いはどうなるのか。


 ただ、それは後々知れば良いこと。今、優先して確認すれば良いのは一つ。


「願いが叶うと強制的に元の世界に戻されるってこと?」

「はい、そうなります。ついでに帰還の話もしましょう」

「うん、お願い」

「元の世界に戻る方法は主に三つございます」


 1.初級者講習をクリアして、帰還手続きをする場合

   初級者講習とは、初級者ダンジョンをクリアした後に、初級ダンジョンのある世界へ移動するまでのことを指し、その後役所で帰還手続きをすれば無事に帰還

 2.初級ダンジョン以上のダンジョン内で死亡する場合

   初心者ダンジョンで死亡した場合のみ入口に戻される

 3.上級ダンジョンをクリアして願いを叶えた場合

   強制的に帰還


 死んだら即ゲームオーバーというのは厳しいように感じられるけど、なんでも願いが叶うという破格のご褒美があるのだからこのくらいの条件は仕方がない。


「でもその条件だと、仮に初心者ダンジョンをクリア出来なかったら永遠に帰れないよね」

「初心者ダンジョンをクリア出来ないことはまずありえません。そのような難易度になっております。仮にクリア出来なかった場合でも、挑戦開始から一週間経過した場合に例外的に帰還手続きが可能になります」

「ふ~む、特に罠はなし、か」


 元の世界への帰還は全ての転移者が望むことであるため、厳密に定義されていた。メグの言葉が本当であるかどうかはまだ分からないけれども、信じるのであれば帰還については気にしなくて良いということになる。


「あれ、でも怪我も病気もならないのに死亡することあるの?」

「ダンジョン内に限ってですが、攻撃を受けつけます。痛みを感じることはございませんが、ダメージを受けた扱いになります」

「ダメージを受けた扱い?」

「例えば右腕を切り落とされるような攻撃を受けた場合、痛みはなく右腕が千切れることもございませんが、右腕が失われた扱いで動かせなくなります」

「あ~ゲーム的な制限がかかるってことか。なるほど」


 とはいえ、片腕が動かなくなってしまったらその先のダンジョン攻略は難しい上に、街に戻ったとしてもこれまで通りの生活は送れなくなってしまう。異世界なのだから、回復する方法があるのではないかとメイは推測した。


「回復魔法で怪我した腕を回復、なんてことも出来るのかな。そもそも魔法がある世界なのかな」

「はい、可能です」

「魔法きた!使ってみたいから!」

「残念ながら、メイが魔法を使えるかどうかは分かりません」

「え?どういうこと?」

「こちらの世界に御越しになった皆様には、特殊能力が一つだけ付与されます。魔法が選ばれるケースが多いのですが、そうでないケースもそれなりにございます」


 中にはダンジョン攻略とは関係ない『料理』のような能力が付与されてしまう場合もある。


「その能力ってランダムで付与されるの?」

「本人にふさわしい能力が選ばれるようになっております」

「私がどんな能力を付与されたかってどうやって分かるの?」

「初心者ダンジョンを攻略中に発現します。発現しなかった場合も、初心者ダンジョンクリア時に自動で分かるようになっております」

「ふむふむ、そこはやってみてのお楽しみってことね」


 『生きてて楽しいの?』コースであれば、事前に教えてもらえるとのことだけど、メイは自分で気づく方が面白いと思い聞かないことにした。


「後は何かある?」

「このコースでお教えする情報はこのくらいですね」


 メイはあらためて情報を整理してみる。


 『痛くも苦しくもない世界でダンジョンをクリアすれば願いが叶い、気軽に諦めて戻ることができる』


 うん、温すぎる。簡単に願いが叶うなんて怪しすぎる。すべての情報が本当だとしても、何か見落としているハードな情報があるかもしれない。


「う~ん……あ、そうか、分かった。ダンジョンが滅茶苦茶難しいんでしょ。絶対そうだから」

「難しいかどうかの判断は人それぞれなので私からはお答えしかねますが、ダンジョンが難しいといったクレームは受けたことがございませんね」

「それはほら、願いが何でも叶うってことなら少しくらい難しくても文句は言えないから。例えば、めっちゃ深かったりするんじゃない?百階とか千階とか」


「いえ、十階です」

「初級が?」

「上級です。正確には初心者と初級が三階、中級が五階、上級が十階ですね」

「短いからあああああああああああああああ!」


 深さが無いということは、とても広い可能性はないだろうか。


「じゃ、じゃあ一つの階がめっちゃ広いとか。いくつもの街や村があって、どこまで行っても果てが無いくらい。その中で次の階への入り口を探さなきゃならないとか」

「いえ、メイが通っている高校の校庭くらいの広さです」

「狭いからあああああああああああああああ!」


 芽衣は高校ニ年生。

 二人の姉と三人の妹をもつ大家族の一員だ。


「な、なら敵が強くて全然進めないとか、凶悪な罠だらけですぐ死んじゃうとか」

「敵は少し鍛えれば突破できる程度で、慣れれば上級でもサクサク進めますよ。罠も常識的な範囲内ですね」

「ボ、ボス!強力なボスが毎階待ち受けていて、そこでやられちゃうとか!」

「詳しくは申し上げませんが、ボスは多くはございませんし、無理せずに何回か挑戦すれば突破できますよ」

「ダンジョンの謎解きが難解とか」

「謎解きが好きな人以外は、とくに出てきませんね」

「苦労する未来が見えないからあああああああああああああ!」


 こうなると、ダンジョンを攻略する楽しみがあるのかどうかすら怪しくなってきた。


「え、なんで肝心のダンジョンまで簡単なの!?あなたたち何がしたいの!?」

「私たちは、皆様がこの世界で楽しく過ごされることを期待しております」

「それに何の意味があるの?」

「幸せそうな姿を見ることが幸せなのです」

「胡散臭すぎるからーーーー!」


 しかし、神様が地上の生活を見て楽しむという話は割と多い。今回はそれが殺伐とした世界で頑張る姿、ではなく平和な世の中を満喫する姿が求められていたと考えれば納得できなくもない。どちらにしろ、判断材料がまだメグとのやりとりだけ。実際に外の世界を見ないことには何も言えなかった。


「はぁ……もういい。自分で判断する」

「それでは最後にもう一つだけ、帰還時に注意点がございます」

「お、最後に罠が来たパターンじゃないかな」

「帰還するときは元の時間軸に戻れるのですが、その時にこちらの記憶や体を持ち込むかどうか選択することができます。記憶が不要な場合、突然記憶が消えることが怖い方のために、記憶が徐々に薄れていく方式を取ることも可能です。その他、帰還方法についてリクエストがございましたら、遠慮なくお申し付けください」

「サービス手厚ぅい!」


 段々と怪しむことが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「より詳細な説明もお受けになりますか?」

「どうしよっかな。後でまた聞きに来ても大丈夫?」

「もちろん大丈夫です」


 ということは、何度もここに戻ってこれるということでもある。


「なら良いや、初心者ダンジョンとやらを見てから考える」

「承知いたしました。他に何か質問はございますか?」


 そういえば、一番の目的について聞いてなかった。


「女神をぶん殴る方法を教えて」

「え?」

「女神をぶん殴る方法を教えて」

「あ、あのそれはどういう」

「女神をぶん殴る方法を教えて」

「ええと……その……」


 これまで戸惑うことがほとんど無かったメグが、はじめて動揺らしい動揺を表に出した。


「女神をぶん殴る方法を教えて」

「申し訳ございませんが、教えることはできません」

「ちっ、使えないから」

「(ギリィッ!)」


 怒ったり悔しがったり戸惑ったり、メグが感情が無いロボットのようには見えなかった。


コースの名称はもっと良いのが思いついたら変更するかもしれません。

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