22. 異世界の定番は外せない
またしても思い付きでネタを挟んだことで、話が進まな……
「ふおおお!異世界だあああ!」
作りが荒い初心者世界。
なんでも揃っていて住みやすい都会エリア。
懐かしさを味わえる古き良き日本エリア。
遊び放題なアクティビティエリア。
いずれも異世界の土地であるけれども、直感的に異世界感が得られるかと言えば決してそうとは言えなかった。
メイが今訪れているのは、初級世界最後のエリア。
中世ヨーロッパ風(異世界味)エリア。
小説や漫画やアニメで描かれる、石造りの街並みが広がっていた。
「石畳ひっろい!馬車たっくさん!」
ようやく味わえた異世界っぽさにおおはしゃぎなメイは、少しでも多くの風景を家族に持ち帰るべく、写真や動画を撮りまくる。
「こんなに馬車いるのに臭くないぞ」
馬は大量の糞を所構わず垂れ流すため、道路が臭くなる。その糞を片付ける職業もあるのだが、ここではそういう人どころか、馬が粗相をする姿すらみかけない。躾が行き届いている、のではなく、神の力によって生み出された生物もどきだからである。
「こんな不便そうなところ嫌じゃー」
「でもソルテのお薬に使う素材は、ここで色々と採れそうですよね?」
「採ってきてー」
「だそうですよ、メイ」
「よーし、それじゃあ森にひとっ走り……ってなんでやねん!」
気分が良いから雑なノリツッコミをしてしまった。
「ってここに素材があるの?」
「はい、この場所で草花や魔獣の素材を使ってものづくりをするのが異世界の醍醐味、と父から聞いてます」
「にゃるほど、テンプレ系の生活もできるってことなのね」
山や森に入り希少な草花を採取し、ポーションを作る。
魔獣を倒して皮や骨から装備を作り、肉を美味しくいただく。
という異世界生活をするためのエリアである。
「活気のある王都って感じだぞ」
「あそこが中央広場だよね。人がたっくさんいる!」
中央通りの人通りは、都会の街並みに匹敵するくらい多く、特に中央広場は多くの露店が店を構えており、渋谷並の混雑を見せていた。
「これこれ、こういうお店で買い物してみたかったんだ。おばちゃん、この果物一つください!」
「はいよ、好きなの持って行きな!」
青い空の下、野菜、果物、肉、などの食材が山盛りになっている露店で買い物をして、それをその場でしゃくりと食べるのがメイの密かな夢であった。
「あっまーい!」
リンゴに似ているけれども、やや赤みが薄くてピンクに近い色の果物にかぶりつく。酸味が少な目で甘い蜜がじゅわりと口の中に広がった。
「あっ!」
食べるのに夢中で前をしっかりと見ていなかったからか、前方から人混みをかき分けるように走ってきたフードを被った少女とぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
「こちらこそごめんなさい、大丈夫?」
しりもちをついてしまった少女に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
相手の目を見てお礼を言えるところから、育ちの良さを感じられる。ただそのせいで、フードで隠していた顔を正面から見ることが出来てしまったのであるが。
「(うわ、めっちゃ可愛い)」
サラサラした金髪、赤と青のオッドアイ、そして走ったからか陶器のような質感の顔が少し上気して赤らんでいて可愛さをマシマシにしている。
「どこだ」
「あっちか」
「ごめんなさい、急いでますので、失礼致します。本当にありがとうございました」
遠くからそんな声が聞こえて来ると、少女は別れの言葉を口にして、また人混みの中に消えていった。しばらく後に、だれかを探すような衛兵の姿を見かけたが、メイは何事も無かったかのようにその場を後にした。
「さっきの絶対お姫様だよね!」
「間違いないぞ!」
定番中の定番だ。
お城から抜け出したお姫様が、連れ戻しに来た衛兵から逃げている途中に誰かと出会い、物語がはじまる。
「あまりにもベタすぎる展開なんだけど、これってもしかして……?」
「わたくしが父から聞いた話ですと、このエリアでは色々な『てんぷれ』を味わえるとのことです」
「やっぱり意図的かー」
ちょっと残念そうに少し先にそびえ立つ白亜の城に目をやった。
少し前にトモエが王都と表現したのは、目立つ城が見えたことが理由の一つだ。
「確か希望すれば、続きを体験できるとか何とか……」
「ふむふむ、お姫様と仲良くなるルートってことは、王様とも会えるのかな」
「やってみますか?」
「う~ん、保留かな。次にどうすれば良いか分からないしね。もし次に『不自然な偶然』が起きて続きっぽいイベントがはじまったら参加してみる」
せめて逃げた方向を最後まで確認しておけばそっち方向を探してみることも出来たのだけれど、かなり人が多すぎてそれもまた無茶な話だった。
「さて、気を取り直してもう少し露店を見て周ろう。やっぱり露天といえばアクセ……あっ」
いざ、アクセサリーを求めて、と少女らしいショッピング(お金は払わない)を楽しもうとした矢先に、またしても自分の体にフードを被った少女がぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
「こちらこそごめんなさい、大丈夫?」
しりもちをついてしまった少女に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
相手の目を見てお礼を言えるところから、育ちの良さを感じられる。ただそのせいで、フードで隠していた顔を正面から見ることが出来てしまったのであるが。
「(うわ、めっちゃ可愛い)」
サラサラした金髪、赤と青のオッドアイ、そして走ったからか陶器のような質感の顔が少し上気して赤らんでいて可愛さをマシマシにしている。
「どこだ」
「あっちか」
「ごめんなさい、急いでますので、失礼致します。本当にありがとうございました」
遠くからそんな声が聞こえて来ると、少女は別れの言葉を口にして、また人混みの中に消えていった。しばらく後に、だれかを探すような衛兵の姿を見かけたが、メイは何事も無かったかのようにその場を後にした。
「さっきの絶対お姫様だよね!」
「間違いないぞ!」
「ってなんでやねん!」
さっきとまったく同じ少女とまったく同じやりとりをしてしまった。
別にループしているわけでも、強制力が働いたわけでもない。
重複したイベントが発生しても、メイとトモエのノリが良かっただけのこと。
「え、これ何回も発生するの?」
「今回はMeたちもお姫様を追ってみる?」
「いやぁ、なんか一気に雑っぽく感じたからいいや。もっとフラグ管理ちゃんとしろよぅ」
混雑した中央広場の中を歩いているとランダムに発生するイベントなのだが、それに偶然にも二回遭遇してしまったようだ。
「真ん中あたり歩いてるとまたぶつかりそうだから、さっさとアクセ露天あたりのところに移ど……あっ」
「ごめんなさい!」
「おいコラアアアアッ!」
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「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
あの後も、さらに追加で五回ぶつかったメイは辟易していた。一回だけ王子様が混じっていたけど、それ以外はまったく同じ展開だったのだから仕方ない。せめて格好良い王子様の回数が多ければマシだっただろうに。
「えへ、ごめんね!」
「ふんっ!」
「あーれー!」
ついに謝罪がいい加減になったところで、イラっとしたメイがお姫様を上空に吹き飛ばし、中央広場散策は終了となった。
「なんか疲れた」
イベントにからかわれたのもあるが、久しぶりに人が多いところに長時間居たためでもある。
「そろそろ宿に向かいますか?」
「う~ん、まだ少し時間が早いんだよね。カフェでも探して休むか、城でも見に行くか、それとも……」
「あそこはどうかな?」
ソルティーユが指さした先には、剣と盾がクロスした紋章が飾られている建物だった。武器や防具を装備した人たちが出入りしている。
「何の建物?」
「冒険者ギルド」
「それってあのパチモンの?」
初心者世界と初級世界との間にあり、メイたちにイチャモンをつけてきた冒険者が居たことにより崩壊したところが、冒険者ギルドだった。あの場所は、冒険者ギルドの初心者絡みを体験してもらうためだけに用意された、パチモンギルドだ。
「ここもパチモンだけど、依頼を請け負ったり賞金首と戦ったりすることが出来るんだって」
「ほうほう、体験型アトラクションの一種ってことね」
「面白そうだぞ」
異世界に来たからには、ギルドごっこをして遊ぶのは一度はやってみたいところだ。
「これも父から聞いた話ですが、ここでランクを高めて強敵と戦うことで戦闘技術を向上させるそうです」
「なるほど、ダンジョン攻略のための訓練も兼ねてるってことか。それなら登録くらいはしておくに越したことは無いかな」
初心者もベテランも、自分にあったやり方で活用できるアトラクション。もとの世界だとこの手の自由度があるゲームは、自分とは違う考え方を持っている人に侮蔑の言葉を投げかけて攻撃するようなことが目立って不愉快になることが多く、メイは手を出してはいない。
その点、この世界ではそういう『厄介な人』はそもそも呼ばれないので、安心して遊ぶことが出来る。
「でも不思議なのは、何でこんなめんどくさそうなのをソルテが勧めるのかってことだね」
「そりゃあもちろん、欲しいのをみんなに採ってきてもらいたいからだよ」
「そんなこったろうと思った」
結局、登録はいずれするとして、今は中が混んでいるので後回しにすることにした。
「んじゃカフェで一休みに決定っと」
思ってたよりも気疲れしていたことに気付き、休憩することに決めた。
ただ、単に休憩するだけなのは味気ない。
「せっかくだから裏通りのお店とか探そう」
この世界なら裏通りでも安心安全のはず。そして裏だからこその、隠れた名店があるはずだ。
狙い通り、人が少ない通りを進んだ先に、一件のカフェを見つけたメイ一行。
外壁はくすんだ色合いが強く植物で覆われており、一見くたびれたように見えるが、よく見ると隅々まで手入れが行き届いているところが決めたポイントだった。
中に入り、スキンヘッドの寡黙なマスターがカウンターに立っていることに気付いた時、当たりを確信した。
「コーヒーうっま」
「わたくしのレモンティーも美味しいです」
「ケーキおいひいぞ」
「もぐもぐ」
マスターこだわりのコーヒー以外のメニューは無い!
という懸念はあったが、予想外に甘味が充実していた。
そしてそのどれもが一級品の美味しさであった。
特に、コーヒーが得意ではないメイがノリで頼んでしまったブレンドコーヒーも、砂糖を大量に入れずとも美味しいと感じられて、衝撃であった。
「はぁー美味しかった」
陽気の良い昼下がり、糖分をたっぷりとったメイたちは、雑談しながらも、徐々にウトウトしはじめる。ソルティーユはすでにテーブルに伏せって寝息を立てており、その静かな寝息がまた三人の眠気を増加させる。
「(カフェインとったし、少し眠れば逆にスッキリするか……な……)」
かくんかくんと頭が揺れ、ついには全員が眠りに堕ちてしまった。
これがマスターの罠で全員売り飛ばされる!なんてことはもちろんない。
ここは安心安全の異世界なのだ。
そう、安心安全の異世界のはずだったのだ。
注:この作品はギャグ小説です。シリアスは登場しません




