21. アクティビティ後は動きたくない
「いいやっほおおおおう!」
目の前の小型ボートに引っ張られる形で、盛大に水しぶきを上げて水上を疾走するメイ。
その手は前方でハンドルを握り、足にはそれぞれ板が装着されている。
水上スキー
「もっとスピード出して良いから!」
その言葉に従い、猛加速する小型ボート。
現実世界ではトラブルが起きやすい水上スキーも、異世界では気にする必要は全くない。人気のない貸し切り状態の巨大な湖で、思う存分滑ることが出来る。
「ジャーンプ!あっ!ぎゃああああはははは!」
怪我することの無いこの世界では、無茶をしても何も問題が無い。
おふざけでバランスを崩して水上に叩きつけられるメイだが、それもまた日本では味わえない体験で面白い。
ボートのスクリューに巻き込まれようとも安全なのだから、ふざけたくもなる。
「ふっふーん、Meは失敗しないぞ」
メイよりも体を動かすことが得意なトモエは、着水したメイに魅せつけるようにアクロバティックな動きを連発する。
「えいっ」
「ふぎゃっ!」
ギャグ力で水を噴き上げてトモエを上空に吹き飛ばす。
鬼畜な行いだ。
「あははは、飛んだ飛んだー」
「ええ、飛びましたね。ぐへへへ」
岸から二人を眺めていたソルティーユはトモエの飛びっぷりに爆笑し、セーラは延々とメイを双眼鏡で眺め続けている。
水着だから!
メイとトモエはともにビキニタイプの水着だ。
メイはフリルがついた可愛い系の水着で、見た目のちんまいさと合わさりセーラの涎が止まらない程度には愛らしさMAXである。
トモエはチューブトップ型のシンプルなデザインのもの。大きなアレを抑えきれない危うさがあるけれども『ここなら脱げても大丈夫だぞ』ということで、着てみたかった水着を選んだ。メイと同じ背丈なのに色気が危ない。
「あー楽しかった」
「メイ酷いぞ!」
「ふふん、私を挑発するのがいけないのさ」
泳いで岸までたどり着いた二人は、軽くじゃれ合いながらセーラたちの元へと戻ってきた。
「おかえりなさいませ」
「おかえりー」
「おっす、次どこに行くか決まったー?」
ここは、初級世界のアクティビティエリア。
動物園・水族館・遊園地などのテーマパークや、スキー&スノーボード・海水浴・登山・スポーツ施設などのレジャーといった、体験型観光施設が勢ぞろいしている場所だ。
古き良き日本エリアでお祭りを堪能したメイ一行は、その翌日からこのエリアに移動して遊び尽くしている。
お祭りに参加して他の日本的なレジャーを体験してみたくなった……のではなく、セーラがウェザーに住処をばらしてしまったので、逃げるためだ。
最初のころは動物園や水族館などの『観る』ことがメインのアクティビティを中心に周っていたが、今はこの水上スキーのように体を動かすアクティビティを巡っている途中だ。今日は湖だが、昨日はスノボ、その前は登山で紅葉鑑賞と、季節感がバラバラなのも異世界ならではだ。
「日本の某ドリームランドがあれば連れて行きたいんだけどなぁ」
神様の力をもってしても、そこの再現は不可能だった。
「ハハッ神様って言っても大したことないね」
危ない!消されるぞ!
「そろそろ休みたいです」
「私もぉー」
インドア派の二人はお疲れの様子。今日の水上スキーや遊泳をスルーしているのもそのためだ。
「んじゃ行くとこは決まりだね」
疲れをとるためのアクティビティと言えば……
温泉だ!
カポーンという音はしないが、どこからか水が流れる音が聞こえて来る。
空が赤らんでくる夕暮れ時、温泉は誰かが入ってくるのをまだかまだかと待ちわびている。
「うっひゃー!ひっろーい!」
これまた貸し切り状態。
というのも、温泉に限らずこの世界のあらゆる施設では他人の有無を選ぶことが出来る。少しは人気が無いと寂しいという場合は、希望する規模の人を周囲に配置することが出来る。心地良く過ごしてもらいたいというこの世界の意思は、そのための配慮に力を入れ過ぎている。
「というか、広すぎだぞ」
メイたちが選んだ露天風呂は、プールとでも言いたくなるくらい広かった。面積だと一般的な五十メートルプールを軽く超える広さだ。
「こんな温泉がある世界もあるんだねぇ」
「お掃除が大変そうです」
この温泉は、メイやトモエとは違う世界で流行っているタイプのものだ。
そもそもお風呂文化は日本人には必須のものであり、この異世界に呼ばれる他の日本的な世界にも、もちろんこだわり尽くされたお風呂文化がある。この温泉は、その中でも広さがウリの世界のものだ。
「そーれ!」
バシャーンと飛び込んでも、怒られることは無い。他に誰も居ないのだから、マナーなど気にしなくても良いのだ。
「気持ち良いぃ……ぶくぶく」
「ソルテ沈むなよー」
「疲れた体に染み渡るぞー」
「はふぅ」
だだっ広いのに、隅に固まってお湯に浸かる四人組。広いからと言って、余すことなく活用するわけでは無い。それでもいいのさ、この広さによる解放感が最高なのだから。
「疲れがあるのが不思議だねぇ」
この異世界では『疲れ』そのものは感じられる。例えば畑仕事をしていた時、畑を耕すと疲れて汗だくになった。ただし、その『疲れ』はいつの間にか消えていて、後には残らないようになっている。このような仕組みになっているのは、『疲れ』が『充実感』につながるものであるため、『楽しい生活』を続ける上で不可欠なものであると神様が判断したからである。
「疲労回復の効果がある泉質は伊達じゃないぞ」
『温泉に入って疲労が取れる快感』を味わうために、アクティビティエリアでは、ある程度の疲労が残るような設定になっている。疲労回復は泉質の効果もあるが、それ以上にシステム的な力が働いてたりもする。そんな無粋なことを彼女たちが説明されることはないけれども。
ググゥ
沢山動いて、温泉に入れば、お腹が減るのも当然だ。
ここは温泉『旅館』
温泉から上がれば、部屋には熱々の夕飯が待っている。
食べ盛りの少女たち、風呂上がりのフルーツ牛乳を飲むのも忘れて、腹減りモンスターたちは慌てて部屋に駆け込んだ。
「そうそう、こういうのだよ」
前菜五種盛りとお鍋だけがセッティングされ、まずは飲み物を頼んでから乾杯して……という料理小出しのパターンでは無く、全ての料理が揃って並んでいる。
前菜、お肉、お刺身、天ぷら、焼き物、煮物、鍋、スープ、ご飯にデザート。
内容は日本のよくある温泉旅館のメニューに近い。
謎の力で冷めることは無く、ゆっくり食べてもホカホカなのだが、腹減り少女たちが御馳走を目の前に淑女たらんとするわけがない。
都会エリアで様々な料理を堪能できるけれども、このような旅館的な料理を食べられるのはこのエリアだけ。もちろん世界によって旅館料理にも些細な違いがあるが、この旅館の元となる世界ではお膳(全料理一括提供)方式かつ最後にカレーに近い料理が出てくるところが特徴だ。
「奪い合えないのがちょっと物足りないよね」
奪い合い、それすなわち宿の崩壊である。
そのオチにするなら、ビュッフェ形式の旅館を選びなさい。
よく遊んで、風呂って、食べて、そして深夜まで騒いで……神様の願い通り、最高に幸せな体験を満喫するメイであった。
翌朝
「いったーーーーい!なんで筋肉痛になるのよーーーー!」
それもまた旅の醍醐味、ということでこのエリア限定で発生するランダムイベントに苦しむメイであった。
「これなら爆発オチにしておけば良かったーーーー!」