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2. 異世界行きからは逃げられない 後編

「女神様のちょっと良いとこ見てみたい~」

「!!」


「あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!」

「え……あの……?」

「あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!」

「あ……あ……?」

「あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!あそ~れ!キャ~ンセル!」

「め……女神……いっきまーす!」

「きゃああああああああ!女神様すてきいいいいいいいい!」


 雰囲気に飲まれて乗せられてしまった女神。ポンコツとはいえ女神。他の女神より膨大な時間がかかったとはいえ免許を獲得できる実力のある女神。この女神はポンコツではあるけれども、女神としての純粋な『力』が乏しいわけでは無い。むしろ潜在的な力だけは大きかったため、その力を正しく扱えるよう指導教官が厳しく指導していた。そしてその苦労がここで無駄になってしまった。ポンコツを信用してはならない。


「むうううううううううう」


 女神が教本を異空間にしまい、両手を組んで強く願うような形で力をこめると、徐々に小さな地鳴りのような音が聞こえてくる。しめたと思った芽衣はここぞとばかりに煽り続ける。


「いいぞー!キャ~ンセル!キャ~ンセル!キャ~ンセル!キャ~ンセル!」


 少しずつ早くなるキャンセルコールに乗せられて、女神がどんどん力を込めると、小さかった地鳴りが徐々に大きくなっていく。


 これはもしかするともしかするかもしれない。そう芽衣が思ったその時。




「こおらあああああああああああああああああああああああ!」





 鬼のような、いや、鬼そのものとでも言えるくらいの激おこな女神が突然転移してきた。

 怒りのままに体の前で右こぶしを強く握りしめるおこ女神の、腰まで伸びる髪が大きく波打っている。


「どうしてお前は普通に出来ないんだよおおおお!」

「ひいいいいいいっ!先生ええええええ!ごめんなさいいいいいい!」


 ポンコツ女神の天敵、指導教官でもあった女神がやってきたことで、芽衣を召喚したという事実をキャンセルするための力は霧散しようとしていた。


 が、そんなことを芽衣は許さない。


「諦めんなよ!」

「「!?」」

「諦めんなよ、お前!!どうしてそこでやめるんだ、そこで!!もう少し頑張ってみろよ!

 ダメダメダメ!諦めたら!そこにいるそいつを見返すんだろう!

 あともうちょっとのところなんだから!」


 パクリである。しかし、ポンコツ女神にはこれが劇薬のように効いた。


「うおおおおおおおお!」

「お、おいコラ!やめろ!てめぇも焚きつけんな」

「そうだ、もっと熱くなれよ…!!熱い血燃やしてけよ…!!

 神様も熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ!それをそいつに見せつけてやろう!」


 効果的と見るや否や、調子に乗ってパクリの連続である。


「おおおおおおおお!」

「バ、バカやめろ!これ以上煽るな!」

「そこだー!キャ~ンセル!キャ~ンセル!キャ~ンセル!キャ~ンセル!」


 手拍子しながら高速キャンセルコールで追撃の煽り。地鳴りどころか空間が大きく揺れ始め、何かしら起きそうな気配が漂ってきた。


「や、やばっ……おいマジでヤバイっ」

「はああああああああ!」

「いいぞー!かっとばせー!」


 ポンコツ女神の執念だった。


 ここで止めたらこれまで以上に怒られるから、止められない。

 もちろんそういう気持ちはある。とてもある。ものすごくある。


 自分は異世界女神として優秀なんだと見せつけたい。

 そういう気持ちも溢れんばかりにある。あり余っている。


 でもそれ以上にポンコツ女神が欲しかったもの、芽衣の道しるべによって得られると勘違いしてしまったもの、それは……


「私が先生を見下してやるんだああああああ!」


 相手を下に見てバカにしたい。

 清々しいまでのクズっぷり。

 本当にこんなのが女神で良いのだろうか。早々に邪神認定して滅ぼした方が全世界のためかもしれない。


「そうだそうだ!やられたことをやり返せるってさいっこうに気持ち良いから!」


 そんなポンコツ女神の歪んだ欲望を正確に把握した芽衣の援護射撃も止まらない。


「ああもう、てめぇもうさっさと向こう行けよおおおおおおおお!」


 このままではまずいと判断したおこ女神は、海上に転移先の世界へのワープゲートを開き、謎の力で芽衣を吹き飛ばして強制的に押し込もうとした。


「へっ!ぶっ!」


 砂の上、そして浅瀬の上を軽くバウンドして綺麗にゲートにイン!


「ちょっ、まだ終わって無いから。くそおおお、ここで終わってたまるかああああ」


 ワープゲートに飲み込まれながらも、その入り口に手をかけて必死に耐える。


「私のことは気にせず、やり通すんだ。大丈夫、あなたなら出来るから!自信をもって!最後まで……」

「しぶといっ!」

「まーけーるーかー!」


 おこ女神が追加で謎の圧力をかけるが、芽衣はそれに耐えて徐々に体がワープゲートから這い出てくる。


「なっ!人間が私の力に耐えるだと!?」

「キャーンーセールーーーー!」


 神の力に抗う人間がいるということに心底驚いたおこ女神だったが、今はそんなことを考えている状況ではない。一刻も早く煽りマンを遠ざけた上で、ポンコツ女神の暴挙を止めなければならない。


「さっさと行けええええええええええ!」

「へぶしっ」


 大きな金属音が鳴り響くと同時に、芽衣の体はワープゲートの中に吸い込まれていった。


「金だらいは真上から落とすものだからああああぁぁぁぁ!」


 地面と水平に飛んできた金だらいに顔面を強打し、奮闘虚しく異世界堕ちさせられてしまった芽衣だけれども、その意志はまだ残されている。もはや一刻の猶予も無い。このままでは、ポンコツ女神の力が暴走して、どこかしらの世界が消滅する可能性すらありえる。


「いい加減止めろ!このままだと取り返しがつかないことになるぞ!」

「はあああああ!」


 もちろん今更こんな声かけ程度で止まるポンコツ女神では無い。

 むしろ、おこ女神が焦っている様子から、このままだと自分の方が力が上だと認めざるを得ないから焦っているんだな、なんて見当違いにも程がある思い込みをして気合が更に入った。


「お前に話を聞く気が無いなら、無理矢理にでも肉体言語はなしを聞いてもらうからな!」


 女神育成学校の時にも、ポンコツ女神が暴走してそれをおこ女神が物理で止めることは何度もあった。ただ、今回はそれらとは比べ物にならない危険な状況だ。ゆえに、より強いお仕置きの意味も込めていつもの十倍増しくらいの威力でぶん殴ろうと決めて拳を振り上げたが、実際は三十倍くらいの力になってしまった。


「ふべしっ!」


 顔面をぶん殴られ、何度も砂浜にバウンドして水きりように海の上を進む。遥か彼方までポンコツ女神が吹き飛ばされ、集まっていた力は霧散し、空間の激しい振動は収まった。


「まったく、最初からこれかよ」


 何事もなく危機が去ったことに安堵するよりも、出来の悪い生徒に卒業後も振り回されることが確定したことによる悲しみの方が強く、おこ女神は深い深いため息を吐いた。


 実はおこ女神、正式異世界女神としての始末書の書き方を教える準備が万端である。ポンコツ女神がやらかさないはずがないと、ある意味信じていたためである。


「はぁ~だれかあのポンコツひきとってくれねぇかなぁ」


 などと絶対にありえない願いを何気なく口にしたその時、小さな小さな異質な音が聞こえてきた。


「ん、なんだ今のは?」


 やや小さかったので気のせいかと思い、出しっぱなしであったワープゲートを閉じようとしたら、再度音が聞こえてきた。音の出所はそのワープゲートだ。


「おっかしいなぁ。こいつから音が聞こえてくるわけ無いんだが」


 おこ女神は、ポンコツ女神とは違って非常に優秀。どれだけ焦っていたとはいえ、ワープゲートを作るだけの単純作業でミスをすることはあり得ない。だからこそ、想定外の現象が気になり、音の原因を調べるためにワープゲートに近づこうとした。


「…………ぁぉ…………ぉぁぁぉ」

「ん、これまさか、声か?」


 声だと思って聞くと良く分かる。小さいけれども地の底から這いあがってくるような重い声。


「…………ぉぁぉお…………おああお」

「ち、近づいてくるっ」


 小さかった声が、徐々に大きくなってくる。ワープゲートに近づく足は、すでに止まっている。異様な現象を前に、踏み出せないでいる。このまますべて見なかったことにしてワープゲートを閉じてしまおうか、いやいやそんな無責任なことしたらポンコツと同じじゃないか、なんてことが頭をよぎったその時、ワープゲートからのそりと手が出てきた。


「ひいっ!」


 さっきまでの怒りはどこにいったのか、おこ女神は驚きで思わず一歩下がってしまった。


 出てくるのはもちろん手だけでは無い。のそりのそりと、腕が、頭が、肩が、這い出てくる。海水に濡れた黒髪が浅瀬に垂れ、ずるずると上半身全体を引き摺りながら少しずつ前に進む。


「うおあああ……ああああおおおお……」




 (芽衣は)来る、きっと(執念で)来る。




 辺り一面がビーチであるがゆえに、這い出る芽衣の異質さが際立っている。浅瀬の上のワープゲートから出てきているため、まるで水死体が海から陸地へと戻って来たかのような雰囲気だ。


「……ああ……ああ」


 おぼつかない足取りで更に一歩下がろうとして、尻もちをついてしまったビビリ女神。その姿には最早先ほどまでの苛烈っぷりは微塵も感じられない。そしてついにトドメが来る。


「ぎやああああううううんぜえええるぅううううううう!」


 それまで下を向いていた顔が上がる。

 海水で濡れた垂れた髪が顔の半分以上にへばりついている。

 髪の奥には血走り大きく見開いた目と、絶叫をひねりだした口。

 そして右手をビビリ女神に向かって大きく伸ばす。


 もう、限界だった。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 投げる、投げる、ひたすら投げる。

 どこかから生み出したモノを、異形に見えるけれど全力で戻ってきて疲弊しているだけの芽衣に向かって投げつける。


「へぶっ、ちょっ、まってっ、痛っ、ぐふっ、ハイヒールは危ないっ、ぶほっ、っえもんへはいへーひ(なんでパイケーキ)、もっ、もふぅっ、ってもふふはなははいはふへははへほおおおおお(だから金だらいは上からでしょおおおおおおおおお)」


 執念でワープゲートから戻ってきた芽衣だったが、ビビリ女神の連続投擲攻撃によって、あえなく異世界落ち。残念。



















「先生、怖いのが苦手だったんですね」

「おいこら、覚悟しろよ、絶対ゆるさねぇからな」

「ひいいいいいいい!」

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