うぃー・うぃる・ろっく・ゆー
「え……」
しまった。
ちょっと何の説明もなしに「入部してくれ」というのは、
学校に行くだけもつらい凪を困惑させるだけだ。
だがしかし、「我が部の救世主になってくれ」と事情を話すのも、
真面目な凪にとってはプレッシャーになるかもしれない。
俺はあごに手を当てて考えた。
さて、どうしたものか。
「に、兄さん」
「何だ?」
凪は「えっと、その」と言葉を選ぶような間を置いた。
いつも凪が考えるときの癖だ。
「それって、テレビ電話とかで家からじゃ、ダメだよね?」
「テレビ電話か。確かにうちの学校はスマホ持ち込みOKだからな」
その手なら、いけるかもしれない。
練習は家でやりながら、凪が少しずつ登校して
本番の文化祭までに人に慣れれば。
だが、問題もある。
「学校側が、それを許してくれるかどうかだな」
「うん……」
学校の先生方は、条件付きとはいえども
職員会議でうちの廃部を決めたのだ。
そんな状態の学校側に、
「ビデオ通話で部活に参加する」
という特例を認めてもらえるか、という問題。
……これはまた頑張り所だな。
「ちょっと、そこらへんは先生方に掛け合ってみるよ」
「う、うん。それが出来れば……
私も軽音部、兄さんとやってみたい!」
おとといまで不登校だったのに、「兄さんと部活したい」なんて
言ってくれるとは。
凪も、自分の現状を変えるために一生懸命頑張っているんだろうな。
俺はそれが、何よりも嬉しかった。
……それに、答えてやらないとな。
荷物をまとめる。
決意を胸に、俺は玄関のドアに手をかけた。
「じゃあ、いってくるよ」
*
9月の音楽室。
いつもなら練習の熱気で蒸し暑い室内は、今日は冷え切っていた。
もちろん、がんがんに回っているクーラーのせいだけではない。
部員全員が、押し黙って考えているからだ。
「じゃあ、これから作戦会議でもするかね」
理沙先輩が、いつになく真剣な表情でこちらを向く。
「幸一くん、凪ちゃんの感触はどうだった?」
「入りたい、とは言ってました。ただ……」
「ただ?」
「凪は、もともと不登校なんです」
清志と先輩が、少し驚いた顔をする。
だが、それはすぐに真面目な顔へと戻った。
「おっけー。続けて」
「なので、テレビ電話などを使って家でできれば、と」
「なるほどね。うーん」
先輩は、机に肘をついて唸った。
「なかなかハードル高いね~」
「そう、ですよね」
今の先生方を納得させられるような材料が、
はたして俺たちに用意できるか。
考えあぐねる俺と先輩。
するとそれまで黙って話を聞いていた清志が、
「あのさ」
と口を開いた。
「俺、ちょっとその手の交渉には自信があってさ。
先輩、幸一。俺に任せてくれねえか?」
そう言って清志は、満面の笑みでこちらを向いた。
たしかにこいつは新聞部の中でも顔が広いことで有名だし、
その素直な性格で、先生方にも好かれている。
だが、今回の案件はなかなかに重要だ。
「大丈夫なのか?任せて」
清志はそれに、笑って力強く答えた。
「もちろん!俺に任せとけ!」
……ここまで清志が言うのであれば、任せてもいいだろう。
そもそも俺と先輩は両方とも、あまり交渉事が得意ではない。
どのみち清志に任せるのが最善と言える。
「じゃあ、お願いするよ」
「おう」
俺はとりあえず一つ、やるべき事が決まったことに安堵した。
だが、問題はこれで終わりではない。
まだ対吹部の問題と、練習時間不足の壁が残っているのだ。
「吹奏楽部の奴らが、こっちの練習時間を減らしてくる……
みたいな事ってありえないか?」
あそこまで強権を発動するなら、ありうる話だろう。
そう思い、俺は二人に意見を求めた。
「あ、たしかに有りうるな!」
「あ~、それはね。無い」
おっと、意見が二つに分かれたな。
俺は、ばっさり「無い」と言い切った理沙先輩の意見が気になった。
「なんでですか?」
「ん~、それはね。言いにくいんだけどさぁ」
普段とても、俺たちに対して色々とオープンな先輩が言い渋っている。
ということは……?
「先輩……もしかしてなんか、弱みとか握ってません?」
「げっ」
なるほど。反応から見るに、ドンピシャか。
理沙先輩は俺たちに弁明するように手を振ると、
「まあ、弱みって程たいしたものじゃないんだけどさ。
あたしも他の子との付き合いで、いろいろ情報はもってるってだけ」
「だから、うかつに手は出してこないはずだ、という事っすか?」
「そうだね、新聞くん。流石にわかってるね」
それに対し、清志はへへ、と照れたように頭をかく。
「『音楽室の魔女』と呼ばれる先輩ほどじゃないですよ」
「まだあたし、そんな風に呼ばれてんの?なつかし~」
いやいやいや。初耳なんですけど。そんな二つ名あったんですか。
ひょっとして、この二人。
かなり校内でも『ヤバい』のか?
俺は冷や汗をぬぐいつつも、最後の問題について触れるべく
二人に向き合った。
「でも、本番までは二週間ですよね。
練習量の確保はどうしましょう?」
「あ、うーん」
「そうだなあ」
時間というのは、止めることができない分
ある意味人間とのいざこざより厄介だ。
その上、凪は今まで「演奏に合わせて歌う」なんてしたこともないだろう。
どうするか。
俺は凪の顔を思い浮かべながら考えていた。
あいつは外に出るのは難しいだろう。
でも、部活はやりたいっていってたし、やらせてあげたい。
……一旦凪とも相談してみるか。
「すいません、いったん家で妹にも相談してみます」
「おっけ~」
「おう、じゃあもういい時間だし、解散かな」
そういわれて外を見ると、外には美しい夕焼けが広がっていた。
もうこんな時間か。
凪、おなか減らして待ってるかもな。
俺は昨日、よく話せたのもあって、
凪のいる家に帰るのが少し楽しみになっていた。
荷物をカバンに詰め、夕日がさす部室で先輩たちに軽く会釈する。
「それじゃあ、また明日」
「おう!また明日な」
「またあしたね~」
……今日は家に帰ったら、何を作ってやろうかな。
凪の反応を考えながら、俺は家路についた。