あ~!廃部の音ぉ~!
俺は動揺を隠しきれずに、先輩に詰め寄った。
「なんで、なんでいきなり廃部なんですか」
「それはね……」
理沙先輩はさっきとは打って変わって真剣な顔で、俺に向き合った。
「軽音はさ、人いないじゃん。それに機材も学校に負担してもらってるしさ」
「だから、無い方がいいと。いつも三人で練習してきたのに。
文化祭だって、毎年軽音の先輩方が頑張って盛り上げてくれてたのに、ですか」
「職員会議で決まったんだってさ。軽音は金がかかるんだってよ」
そんなの、そんなの納得いかない。
いざとなれば楽器くらい、部員が自費で買える。
それに、部員が少ないとは言っても、ウチはしっかり活動している。
部員の最低人数である3人にはギリギリ達しているのだ。
文句をいいたげな俺の表情を察したのか、先輩は
苦虫を噛みつぶしたような表情でぼそっと呟いた。
「いろんな奴に話を聞いたけど、たぶん今回のは吹奏楽部の
奴らの根回し……じゃないかな。あくまで憶測だけど」
「なっ……」
俺は絶句して、ドアの前で呆然としていた。
まさか、そんな事が……?
*
橋羽高校吹奏楽部。
県のコンクールでは、ほぼ毎年優勝候補に挙がるほどの名門である。
もちろん我が高校の花形部活動で、吹部に入るために受験してくる子もいるほどだ。
俺たち軽音楽部にとっては、
何年も前の先輩の代から練習場所である音楽室を取り合う宿敵でもあるのだが。
だが、いくら吹部とはいえ、一つの部活を潰す力はさすがにない。
その権限も、もちろん持ち合わせていないはずだ。
「なぜ、そこまでの強権を発動できるんですか?ただの一部活が」
先輩はそれに、唇を噛んで答える。
「あそこの顧問も、たぶんグルなんだよね」
バカな。そんな事、あっていいはずがないだろう。
特定の生徒を、それも自分の担当をえこひいきなんて!
憤慨する俺に、冷静に理沙先輩は話続ける。
「でもさ、話はここで終わりじゃないんだわ」
「……?」
「あたしとウチの顧問がちょっと、抗議したのもあって廃部に条件が付いた」
「どんな、条件ですか」
先輩は大きく息を吐くと、じっとドア越しにこっちを見つめて口を開いた。
「4人以上……つまり、今いないボーカルを用意して、
文化祭の『面白かったコーナー』の投票で三位以内になること。
それが、廃部回避の条件だってさ。」
「な……文化祭には、あと二週間しかないのに!?」
いくら何でも無茶だ。だいたい、今まで入ってこなかったのに
いきなり探せと言われても。
それに、様々なコーナーの中で、来てもらった人に
面白いと思ってもらうのはかなりハードルが高い。
「あたしも昨日帰り際に聞かされてさ。はらわた煮えくりかえったよ」
でもさ、と理沙先輩はこちらを見て、不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、第一にボーカルになってくれる人が必要で。
んでもって、人を集められるような話題性があるとなおいい。
不幸中の幸いだけど……いるよね?候補の子」
「そんな子、心当たりあるんですか」
少なくとも俺はないですけど、大丈夫なんですか。
そう言いかけた俺に、後ろから声が聞こえてきた。
「兄さん、誰としゃべってるの?」
透き通るような声と、歌が好きという素質。
美少女かつ転校生という話題性。
「まさか」
「そう、そのまさかだよ」
先輩は、ニヤリと笑みを浮かべ、言い放った。
「凪ちゃんこそ、あたしたちの救世主になりうる存在だあっ!」
「た、確かに」
「だろ~!まだクソ神様はあたしたちのことを見捨ててねえよ!」
上機嫌に笑う先輩につられ、こちらまで笑いかける。
しかし……
一番重要な問題が解決していないことに気が付いた俺の顔からは、
一瞬にして笑みが消えた。
なんか父親に無理やり登校させられていたから忘れていたが……
凪は、やはり不登校なのだ!
つまり、「候補はいる」が「できるか不安」な状態なのである。
状況は一歩前進したが、半歩後退であるといえるかもしれない。
むむむ、これは難しい。
「とりあえずちょっと凪に話してみますんで、
先輩は先、学校行っちゃっててください」
「おっけ~。頑張ろうな!」
「……はい!」
そうだ。
なんだかんだ言って、俺は軽音が好きだ。
変人揃いでちょっとキツい時もあるけど、
ワイワイやってるあの時間がどうしようもなく好きだ。
だったら、頑張らなくちゃな。
俺は玄関を上がって二階に上ると、凪のいる部屋に声をかけた。
「凪、ごめんな。ちょっと長話してた」
「誰と喋ってたの?」
「昨日の先輩だ。んで、ちょっと相談なんだが」
「どうしたの?」
さて、ここからが大切だ。
凪に無理させたくはないが、部活も守りたい。
そこのいい塩梅を見つけるのが大事だ。
「学校、いけそうか?」
「うん、ちょっと怖いけど、兄さんとなら」
「そっか。じゃあ……」
大きく息を吸って深呼吸し、できるだけ落ち着いた声で。
俺は凪に、ゆっくり問いかける。
「歌が好きなら、よかったら軽音に入ってみないか?」