ドキドキ添い寝
俺は受験に向かう学生が如く緊張していた。
ドキドキしていた、ともいえるだろう。
理由は簡単、凪が間近にいるからである。
「兄さん、どうしたの?顔赤いよ?」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
そう繕ってはみたものの、依然として凪の顔が目と鼻の先にある事実は変わらず。
人形のようにきれいな瞳は、こちらをじっと見つめてくる。
うーん……とても、いたたまれん!
元はといえばこのベッドが悪いのだ。
もうちょっとサイズが大きければ、凪とこうして布団の中で見つめあう事態も避けられたのに。
だって凪の顔は、ほぼ吐息がかかる距離にあるじゃないか。
男女でこの距離は、いくら兄妹でもまずいって。色々と!
「な、凪」
「どうしたの、兄さん」
「恥ずかしくないか、この距離で見つめあうの」
凪はその言葉に、顔を赤らめた。
「そ、それは、そうだけど……せっかく兄さんが添い寝してくれるんだし
兄さんの顔見ながら寝たいかなって……」
「そ、そうか」
話しているうちに恥ずかしくなってきたのか、凪の目は泳いでいた。
俺も凪の話を聞いて、思わず目をそらしてしまう。
……しばしの気まずい沈黙。
それを破ったのは、凪の方だった。
「ね、ねえ兄さん」
「どうした」
「抱き枕になってもらっていい?」
ん?
俺が抱き枕って、つまり。
「俺を抱きしめて、寝ると?」
「う、うん」
「つまり、俺は凪に抱き着かれながら寝ると」
「うん」
うん。うん?
……おかしいだろ!?
なんで俺を抱き枕にしようと思ったんだよ!綿は詰まってないぞ!
というか、中学生の妹に抱きしめられながら寝る兄貴なんかいねえよ!
いたらなんかの罪に問われて逮捕されそうだわ!お縄だわ!
俺は心の中で猛烈にツッコみつつ、さすがに凪に断ろうと口を開こうとした。
「な、凪……」
だが、それより早く。
凪は、俺にぎゅっと抱きついてきた。
凪の肌のぬくもりが、一気に伝わってくる。
「に、兄さん。
こうすればお互いの顔見なくていいから、恥ずかしくないよ」
いやいやいやいや。オイオイオイオイ!
これもう恥ずかしいとか恥ずかしくないとかの問題じゃないじゃん!
めっちゃ密着してるから、ドキドキしすぎておかしくなるって。
俺の胸のあたりではにかんでる凪は、めっちゃ可愛いけどさ!
「こ、この体制で寝るか?」
「うん……あったかくて安心するし」
いや、確かにあったかいけどさ。
凪の心臓の鼓動が聞こえるくらいに、お互いの距離が近い。
「……えへへ」
でも、凪は俺の腕の中で嬉しそうにこっちを見ている。
普段わがままを言わない凪が、ここまで嬉しそうにしてくれるなら。
まあ、いいか。
「じゃあ、お休み。凪」
「うん、兄さん」
凪のぬくもりに包まれながら、俺は眠りに落ちた。
*
結論から言おう。
やっぱり眠れんものは眠れん。
なぜか。
凪の寝相が、あまりにも悪すぎるのである。
上機嫌に寝言を呟きながら、全身を密着させて来るので
その度に俺は気をもんで、夜じゅうずっといたたまれなくて眠れなかった。
ただ……寝ている凪は、起きてるときより甘え上手で愛らしかった。
起きてる時を天使と形容するなら、寝ているときは猫だろうか。
とりあえず、悪い体験ではなかったとはいっておこう。
で、スーパー不眠ブラザーの俺は今何をしているかと言うと。
玄関にいる悪質な勧誘業者を追い払っています。
「あの、宗教とか保険とか間に合ってるんで」
「誰が怪しい宗教家だコノヤロー童貞、先輩を敬えよ」
ドア前で暴言を吐くガラの悪いこのお方は、もちろん我らが理沙先輩である。
なんで家に突撃してきてるかは、知らん。こっちが聞きたい。
「全日本こんな先輩は嫌だグランプリ、優勝おめでとうございます」
「全日本イケてる女子グランプリだよ、二度と間違えんな」
「は?一向に聞こえませぬが?」
「あれれ~?あたしの魅力で童貞くんの鼓膜は機能停止したのかなぁ~?
てへ☆」
朝からクソ〇ッチめ。心の中で俺は悪態をついた。
いつまでもドア前で騒がれるのも迷惑なので、本題に入る。
「なんで来たんですか先輩」
「え、かわいい後輩君を食べちゃおうかな~と思って」
「110番がいいですか?それとも弁護士?」
「てへ☆冗談だよ!まじで。……実はさ」
急に神妙な感じを出す先輩。
まあ、理沙先輩のことだし、暇つぶしにでも来たんだろう。
大した用事じゃないはず……
「軽音、廃部になりそうなんだよね」
大した用事じゃねえか!