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青鬼のヒント

ストレッチや発声練習などをしてから練習に入った。


「兄者。どうしても人間を皆殺しにしなくちゃならないのかい?」


「弟よ。お前は忘れたか。母様は人間よって殺されたのだ。人間さえいなければ母様は生きていた」


「でも兄者。母様は言ってたじゃないか。人間は鬼である俺達の見た目が怖くて攻撃してきたんだと。俺達に敵意がない事を分かってもらえば・・・」


「黙れ!奴らは問答無用で俺達を殺そうとしてきたじゃないか。母様が盾となり、逃がしてくれたから子供だった俺たちは生き残れたのだ。奴らは話し合いに応じる気などない。鬼と人間は互いに殺し合うしかないのだ。俺は必ず母様の仇をとる」


「はい。ストップー。赤鬼はもっと凄味を出して力強く。人間への怒りの気持ちを意識して。もう全員殺してやるって勢い。青鬼は・・・なんていうかなぁ・・・人間臭さしかない。優しすぎ。もう少し鬼の感じが欲しい。欲しいのは、人間臭さのある優しい鬼なんだよ」


渡辺さんから色々と注文が出る。


難しい注文だ。

人間臭さのある優しい鬼を演じる。

鬼・・・。鬼ってなんだ・・・?

これは自分が考えてた以上に難しいぞ・・・。


「うーん・・・具体的にどうすればいいでしょうか?」


「よし、大下君。身近に鬼はいる?」


「えっ?」


「鬼みたいな怖い人だよ。鬼のような人」


「いやー・・・。・・・あっ、そうだ。鬼崎。えっと尾崎先生」


「なるほど。尾崎先生か。いいじゃないか。厳しさの中に優しさがある先生。何か青鬼を演じるうえでヒントになるんじゃないか?」


「うーん・・・」


「今日はこの辺りにしよう。まあ色々考えてみてよ」


サークルも終わり、スーパーで買い物をして帰ってきた。


「ただいま」


【あら、帰ったのね。おかえりなさい。練習は順調に進んでるのかしら?】


「なかなか青鬼を演じるってのが難しくてさー。人間臭いんだって。鬼っぽさが欲しいって。それでさ、渡辺さんに鬼のような人を参考にすればいいかもって言われたんだけど、鬼のような人なんて鬼崎が真っ先に思い浮かぶけど、別に参考には・・・」


【あら、見た目だけが参考になるとは限らないわよ。尾崎先生と話したことあるの?】


「いや、ねーよ。あんな怖い人、授業以外で話したくないよ」


【大学で尾崎先生見かけたら話しかけてみなさいよ】


「やだよ。怖いよ」


夏休みは練習漬けの日々で終わり、結局俺は鬼らしさのイメージを掴めないまま、大学が始まってしまった。


ある日の昼休みの事だった。

学食で一人、昼ご飯を食べていた時だった。


「どこもいっぱいですね。この席、空いてますか?」


「あー、はい。空いてますよ」


俺は、さっき買ったカツカレー定食のカツに夢中で、その人物が誰だか見ずに答えた。

顔をあげると目の前に鬼崎がいた。

心臓が止まるかと思った。

同時にカツの衣が喉に引っかかる。


「ゴホッ・・・ゴホッ・・・」


「大丈夫ですか?水をどうぞ」


俺は鬼崎から水を貰うと一気に飲んだ。


「ありがとうございます。カツの衣が喉に引っかかってしまって」


「そうですか。ここのカツカレー、美味しいんですか?」


「は、はい。美味しいですよ」


「そうですか。じゃあ私も今度注文してみましょうかね」


というと、鬼崎はニッコリと笑った。

わ、笑った!!

俺は、クララが立ったみたいな衝撃を受けた。

もちろん講義中に笑ったところなんて一度だって見たことない。


「どうかしましたか?」


俺があまりにも衝撃を受けて固まっていると、鬼崎が聞いてきた。


「あっ・・・いや・・・その。尾崎先生って講義中の時とは何か雰囲気が違うというか・・・」


「怖いですか?」


「えっ・・・あっ・・・は、はい・・・。怖いです・・・」


笑っている顔も逆に怖くて俺は、つい正直に答えてしまった。


「わざとですよ。普段はこんな感じです。怖い方が学生もちゃんと勉強してくれて、しっかりと知識を身につけてくれますからね。学生にはしっかりと知識を身につけてもらって将来立派になって欲しいですから。それに学費を払ってくれる親御さんの為にもね」


あ、あれ・・・?

こんな人だっけ・・・?


「はは・・・。そうなんですか・・・」


「何年生の学生ですか?」


「一年です」


「そうですか。何かサークルには入ってるんですか?」


「はい。演劇をやってます」


「そうですか。役者ですか?」


「はい」


「それは良い経験ですね。舞台の上で何かを表現する事は、色々と得るものも多いでしょう。就職活動で人前で緊張しないというメリットもありますね。まあ頑張ってください」


「ありがとうございます」


そんな会話をしながら鬼崎は、さっと日替わり定食を食べ終えると席を立って行ってしまった。

俺の知ってる鬼崎ではない。


あれ・・・?

待てよ、俺の知ってる鬼ではない?

鬼のようだけど本当は優しかった。

そうか、なんとなくわかってきたぞ。


そしてサークルの練習で、俺は意識した。

歩く時には、大股で歩く事にした。

ズッシリと一歩一歩を重く。

そして娘を思いきり睨みつける。

そう、今の俺は怖い怖い鬼なんだ。

それでいい。


「娘さん。足を怪我したのかい?」


声のトーンを低く。

まだ鬼でいい。まだ怖そうに。

娘には殺されるって思われるくらいでいい。


「きゃああああ。お、鬼。どうか命だけは助けてください」


「ちょっと待ってな。・・・ほら、薬草だ。これで大丈夫。赤鬼に見つからないうちに森を抜けてさっさと家に帰りな・・・と言いたいところだが歩けないのか。なら森の出口のところまでおぶってやろう」


ここだ。

ほんの少し気持ち程度、優しくどこか人間っぽく自然に。


「はい、おっけい。大下君、今の凄く良いよ。怖かった。でも優しかった。これだよ」


「なんだか分かってきた気がします。やっと感じを掴めてきた」


そこからは順調に進んでいった。

少しずつ完成形に近づいていく。


もちろん台詞覚えに関しては、アルのスパルタ静電気暗記術を使って覚えていった。


「団子?人間が作った食べ物か?・・・なんだっけ」


バチンッ!!


「痛ぇええ!!!!」


【団子?人間が作った食べ物か?そんなもん食った事ない。美味いか不味いかなんて分からない】


「そんなもん食った事ないから美味いか不味いかなんて分からない・・・よし、覚えた」


練習漬けの毎日が一日、一日と終わっていく。



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