護り石の儀
ヴィーよりも半年ばかり遅れて、ブルーストーン家と同じく石使いの名門ブラックストーン家に、やはり石使いの才能をもった女の子が生まれていた。
名前はなんだったかな。興味がなかったので、あまり覚えていないのだけれど。
顔立ちはそこそこ可愛らしい子だったが、とにかく高慢ちきで我がまま。
年の近い二人を世間は何かと比較して、あることないこと噂話に花を咲かせていた。
ブラックストーンの石使いは、他の家の石使いとは違う。
精霊と信頼関係を深めて、相棒という立ち位置で魔法を使う他の家と違って、ブラックストーンでは独自に練り上げた呪詛のようなものを使って精霊と主従関係を結ぶ。
主従関係と一言でいっても、その関係にはいろいろある。信頼に裏打ちされたものもあれば、下僕として使役される関係もあったり。悪い噂もたくさんあってね。
ともかく、はっきりと口には出さないが年嵩の精霊たちは皆ブラックストーンを嫌っていて、ブラックストーンの家の護り石になる精霊たちは、みんな生まれて間もないひよっ子たちばかりだった。
生まれて間もないひよっ子精霊を使役しても、たいした魔法使いにはなれないと思うだろ。
ところがそうじゃないんだ。ブラックストーンの魔法使いは、皆謀略に長けていて、あらゆる方面から攻め込み、相手の足元を救う。体術や剣術に長けた者も多く、彼らは王家の諜報部隊のような仕事を任されていた。
そんな一族の石使いの子と一緒に、ヴィーは王の御前でその年に5歳になる石使いとして「護り石の儀」を行うことになっていた。ちらほらとヴィーに探りを入れる間者の気配もちらついていたし、おのずと家の中の雰囲気もひりついてしまうというものだ。
ヴィーは常に護衛とメイドに囲まれた生活をしていて、生まれてから一度も屋敷の外へ出たことがなかった。
ブルーストーンの屋敷は広かったが、彼女が自由に行き来できるのはたったの2部屋だけ。食事も両親と一緒にとることはめったになく、庭に出るなどもってのほか。
いつも窓から外をうらやましそうに眺めていた。
話す人も限られていたヴィーに、3つの護り石候補の精霊たちは、話し相手として喜んで迎え入れられた。
赤い石の精霊は、金魚ちゃん。
青い石の精霊は、空ちゃん。
で、私は紫だから、むっちゃん。
何か私の愛称だけ適当な感じがしないでもないが、ヴィーが私に向かって話しかけてくれるだけで私は幸せだった。
そうそう、ヴィーというのは、あの子が自分をそう呼んでほしいとねだった呼び方なんだよ。ヴィオレットでは、長くて言いづらいからね。
外に出られないヴィーは、絵本を見たり、絵を描いたりして毎日過ごしていた。
私たちに、いつも外の世界の話をねだって、街の様子や森や湖、いろんな地方の話を聞きたがった。
ヴィーは、特に私の生まれた森の話が大好きで、森の木々のざわめきや木漏れ日、きれいな空気を運んでくる涼やかな風の話を何度も何度もねだった。
いつか一緒に行こうね。交わした約束は、護衛役にはナイショだ。
ヴィーと秘密を共有するのも楽しかった。
ヴィーが私を自分の護り石に選びたいと言ったときは、天にものぼるような気持ちで。
あの頃の私は、すべてが満たされていて、本当に幸せだった。
ついに護り石の儀が行われる日、私は晴れやかな気持ちでヴィーと一緒に王宮へ出向いた。
護り石の儀は、王宮の謁見の間で行われる。
新しい石使いのお披露目となるこの儀式は、石使いにとっても国にとっても晴れやかな祝いの場で、謁見の間には国の重鎮たる主だった貴族が集まっていた。
儀式の進行を取りまとめる魔法省の気遣いで、ブラックストーンの子とは控え室も別々。
二人が初めて顔を合わせたのは、入場を待つ広間の前だったが、保護者同士も軽く目礼するだけで大した会話もなく。それで子ども同士が仲良くなれるはずはなかった。
そもそも、最初からブラックストーンの子は、ヴィーに対抗心丸出しだったしね。目も合わなかったよ。
進行役に促され、広間の中央へ進み出た二人の子どもに付き添いとして同伴を許された保護者は1名づつ。
保護者の手を離れて、ヴィーともう一人、赤いドレスを着たブラックストーンの子が王前へとさらに進み出て跪くと、儀式の始まりだ。
魔法省の大臣が、ビロードが敷かれた盆の上に護り石を載せて子どもたちの前に進み出た。
最初に大臣に名前を呼ばれるのが、その年の最も有望な石使いだ。
一瞬の緊張のあと、大臣の重々しい声が広間に響いた。
「ヴィオレット・ブルーストーン」
広間に歓喜の声が沸きあがったそのとき、赤いドレスの女の子が突然叫びながら立ち上がった。
「私はそんなの絶対に認めないから!!!」
女の子は叫びながら、盆の上に乗せられた私の宿り石を取り上げると、大理石の床に思い切り叩きつけた。
「あんたなんか、消えていなくなればいい!!!」
呪詛を口にした女の子の目は、しっかりとヴィーをにらみつけている。
低い位置から床に思い切り叩きつけられて、宿り石に何本かひびがはしった。
ひびの入った石を、一生をともにする護り石に選ぶ人はいない。
ひびが与えた衝撃に耐えながら、私の、ヴィーと一緒に過ごす未来は完全に絶たれてしまった。そう思った。
宿り石を叩きつけた赤いドレスの女の子は、既に近衛に取り押さえられていた。自分のしでかしたことが今後どんな事態を引き起こすのか、まだ理解できていないのだろう。ヴィーに衝撃を与えたことに興奮して、達成感に恐ろしい笑みを浮かべていた。
あの子はこの後知るのだ。精霊に危害を加えようとした石使いに、未来はないということを。
あの子からしたら、精霊は自分が使役するただの下僕かもしれないが、精霊側からするとそうじゃない。ブラックストーンが呪詛で精霊を縛る儀式は、石使いの10歳の誕生日に行われるという。まだ何も精霊を縛る術をも持たないあの子には、自分から離れていく精霊をとめることはできないのだ。あの子の護り石になろうとする精霊は、生涯現れないだろう。
それどころか、今までほのかに感じていた精霊の息吹さえも、全く感じられなくなってしまうに違いない。
精霊は、仲間意識が強い。
自分の種族に危害を与えようとした人の子を許し、自ら近づこうとするものはいない。
王は黙って近衛に目配せすると、近衛兵たちは暴れる彼女を謁見の間から引き立てて行った。
暴れて大声を出す彼女の声が遠くなっていくのを聞きながら、王の目はずっと保護者として同席していたブラックストーン家の当主の顔を見ている。表情の乱れや目線の動きなどから、王家への忠誠をはかっているのに違いなかった。
じんわりと、息をするのもはばかられるような張り詰めた緊張が漂い、自然に謁見の間は静まり返った。
やがて、王の中で何かに合点がいって、当主に合格が出たのだろう。
「どうする? 続けるか?」
ヴィーの方へ向き直って、優しげな声で語りかけた。
「華やかな儀式のはずが、すっかりケチがついてしまったな。お前が希望するのであれば、石を選びなおしてもいいのだぞ?」
「恐れながら、王様」
ヴィーはまっすぐに王を見つめ返すと、ニッコリ笑った。
「私の護り石は、もうずっと前から決まっています。どんなことがあっても、変わることはありません。」
「例えそれがひびが入った石に成り下がってもか。」
「もちろんです。」
ヴィーの笑顔に、王もニッコリと笑顔を返した。
儀式の再開だ。
魔法省の大臣が、床に叩きつけられてひびの入った紫の魔法石を拾い上げ、再びビロードの敷かれた盆の上にそっと乗せた。
「ヴィオレット・ブルーストーン、そなたはこの紫の魔法石を自らの護り石として、生涯の友に選ぶか?」
「選びます。」
ヴィーがはっきり言い切ると、謁見の間に拍手が巻き起こった。
新しい石使いの誕生だ
ヴィーの存在はこの後魔法省の名簿に登録され、この国の正式な石使いとして認定される。
ヴィーは周りの大人たちに見つからないように、小さく手招きして私を呼んだ。
私が何食わぬ顔をしてヴィーの肩口にとまると、私にしか聞こえないくらい小さな声で、
「私ね、むっちゃんが大好き」ヴィーがつぶやいた。
絶望から一転、何ともいえない、胸が締め付けられるほどの、苦しいほどの幸福感が私を襲う。
愛しい
愛しい
愛しい
この子が愛しい
きっと、私はこの子のためならどんなことだってできるだろう。
ヴィーの護り石として、これからこの子のためにつくそう。
常にこの子の側にあり、この子を見守り力を貸し続けようと、このとき私は自分に誓ったんだ。
そして、初めて創造神に祈った。
どうか、この幸福な甘い時間が、いつまでもずっと続いていきますように、と。
おやおや、何て顔をしているんだい?
そうか、お前は知っているんだね、私の願いが叶わなかったことを…
お前がそんな顔をする必要はないよ、あの時確かに私は幸せだったのだから。
これは、私とヴィーの始まりの物語。
遠い昔の甘い思い出。
小話終了です。
年寄りが語る昔話の続きは、またの機会に。