昔ばなしをしよう
1話で終えるつもりが、長くなりすぎておさまらず。
いつの時代も年寄りの話は長いものですな…
退屈かい?
じゃあ、昔話をしてあげよう。
もう、ずっと昔、私が知っている先代の精霊の愛し子の話だ。
数百年に一度、精霊たちを無条件にメロメロにしてしまう人の子が生まれる。
それが、精霊の愛し子というやつだ。
近いうちにその子が生まれてくるらしいと、あのころ精霊界はずっとザワザワしていた。
前回降誕した愛し子が人としての生を全うしてから、既に300有余年。
愛し子をまだ見たことのない若い世代の精霊たちは皆一様に浮き足立ち、先代の愛し子を知っている世代の精霊たちは、それぞれ自慢気に愛し子についての知識を若者に披露して賞賛を集めていた。
そもそも精霊とは、好奇心旺盛な生き物だ。まだ見ぬ人の子に、まるでお祭り前の子どもたちのように誰も彼もが浮かれたっていたとしても、それは仕方のないことだといえる。
もちろん、当時まだ若い精霊だった私も例外ではなく、単純に愛し子の降誕をただただ楽しみにしていた。
いよいよ生まれたと聞いたときには、数人の仲間たちと示し合わせてこっそり覗きに行ったりもした。
初めて目にした愛し子は、とにかく可愛かった。手も足も小さくて、白くて、触り心地が良さそうなバラ色のほっぺ。あっという間に骨抜きだった。
それがヴィーとの初めての出会いだ。
石使いの名門貴族、ブルーストーンの家に生まれた愛し子は、ヴィオレットという名をもらいすくすくと育っていった。
石使いというのは、その生涯の相方となる「護り石」に宿った精霊の魔力を使って、魔力を持たない「人族」でありながら魔法を使いこなす一族のことだ。当時の王都には、国家に仕え名門と呼ばれる4家のほかにも傍流としてさらに4つの家があり、それぞれが勢力を競い合っていた。
才能を認められ国に仕える石使いになるためには、2つの大きなセレモニーをこなさなければならない。
一つ目は5歳のときに行われる「護り石の儀」、二つ目が15歳のときに行われる「宣誓の儀」だ。
「大いに才能あり」と認められた石使いは5歳のときに、王の前で生涯を共にする精霊の宿った石「護り石」を選ぶ。そして、15歳になったときに護り石と培った自らの得意魔法を披露して、その魔法を国のために使い、王に仕える宣誓を行うのだ。
愛し子の誕生を見届けると、より愛し子に近づくため、精霊たちは宿り石を得るかどうかで、またザワザワし始めた。
常に石使いと共にある護り石として選ばれるためには、自らの存在を宿り石に定着させなければならない。
精霊にとって宿り石を得るということは、行動の自由を失うということでもあった。一度宿り石を得てしまえば、その宿った石が壊れてしまうまで石から離れることはできない。宿り石を得ても、護り石に選ばれるとは限らない。
精霊にとっては、とても大きな決断だ。
こうしてリスクばかりあげてしまうと、どうしてそこまでして護り石になりたがるのかと思うかもしれないが、護り石になることでちゃんと精霊側にもメリットはある。
まず、宿り石を得ることにより、その精霊の保有魔力量は格段に上がる。魔力を満たす器が宿り石の大きさに比例して広がるのだ。通常精霊たちは、光の点のような存在として大気中にふわふわ存在しているが、宿り石を得ることによって自分の思い描く人型になることも自分の意思でできるようになる。
石を人に運ばれることによって、自分の魔力を使うことなく広い世界を見ることもできる。
護り石として大きな魔法を使う回数が増えることによって、精霊自身のグレードもあがる。
一部の精霊たちにとって、それは十分魅力的なメリットだった。
特に今回の人の子は精霊の愛し子だ。
まさに千載一遇のチャンス。護り石になりたい精霊たちは、鍛錬して自分の魔力の質をあげたり、既にブルーストーン家の護り石に宿っている精霊たちに顔つなぎをとったり、毎日下準備に余念がなかった。
護り石の候補とされる精霊が宿る石は、人が準備する。
石使いの親となるものは、その子の4歳の誕生日までに、精霊の宿り先となる石を選定しなければならない。
もちろん普通の道端や河原に落ちている石ではないよ。美しく輝く、魔力を含んだ、この世界の人の世では魔法石と呼ばれる石だ。
石には成り立ちや、内包物によってそれぞれに個性があり、その個性が石に宿る精霊を自然に選別する。
例えば、火山の地下で生成された火の内包物を持つ石は、水魔法が得意な精霊の宿り石にはなれない、みたいにね。
通常は宿り石の候補となる石は、3つか4つくらい。
精霊たちが目当ての家の先輩精霊と顔つなぎをしたがるのは、候補となる石の中に、自分が有利に宿れるような石を入れ込むため。先輩精霊を通じて、適性の高い石を推薦してもらうんだ。
自分で探してきた石を、先輩精霊を通じて人に売り込む者もいる。
そうしてあちこちから情報を集めて石を準備した親たちは、子どもの4歳の誕生月の満月の夜、月明かりの差し込む窓辺にその石をそっと並べる。そして、精霊が降りてきて石に宿るのを物陰から見守るんだ。
石使いが高価な石を持っているのは、誰もが知っていることだ。精霊が宿る前の高価な石を狙って、それを盗み出そうとする盗賊もいる。悪い精霊が降りてくることもある。石使いの家では、選定の満月の夜には一晩中寝ないで精霊が宿るのを見守ることになる。
人は一晩中盗賊や睡魔と戦い、精霊は少ない選択肢に我先に宿ろうと宿り先の争奪戦を繰り広げる。
人にとっても、精霊にとっても、エキサイティングな一夜が明けて、やっと目指す護り石への登用準備は終盤だ。3ヶ月ほどかけて、じっくり自分が勝ち取った宿り石に自分の魔力を馴染ませて、人の子に直接語りかけられるまで魔力を高めた精霊たちは、目指す人の子に自分の宿る石をアピールする。
もちろん、人の子と精霊の相性もある。人の子の趣味や嗜好に左右されることもある。
石使いが初めて選ぶ護り石は、人がその生涯をともに過ごす相棒選びでもあるのだから、最後に決断するのは人の子本人だ。護り石として選ばれるのはたった1つ。人にとっても、大変な決断だ。
選ばれなかった石は、贈答品として高貴な人に献上されたり、石使いと護り石、双方との相性がよければ、護り石の補助石として出番があることもある。精霊が強く望めば宿り石を割って精霊を開放することもあるが、石が受けたのと同じだけ宿った精霊もダメージを受けてしまので、精霊側にそれなりの覚悟が必要だ。
まあ、そもそも高価な石を割ろうなんて人は、滅多にいるものではない。
大抵の選ばれなかった石は、石使いの家に大切に所蔵され、お役目のない精霊たちは暢気にふらふらと遊んで暮らすのが世の常だった。
私に迷いは一切なかった。ヴィーの側にいるために生まれてきたとさえ思っていたからね。
ヴィーのために用意された宿り石候補は、3つ。
赤・青・紫
それぞれ、大きさも内包物も申し分ないものが揃えられていたが、中でも私の狙いは紫の魔法石だった。
ヴィーの瞳の色と同じ色だ。私の本質との相性も悪くなかった。
選定の満月の夜の戦いは、とんでもなく激しいものだったが、朝になる前に無事、私は紫の魔法石に宿ることができた。
あの夜のことは、今でも時々思い出すよ。この時の争いに負けたせいで、仲違いしてしまった仲間もいるからね。
確かあの子は、その後エッジストーン家の護り石になったと人に聞いたけれど、今はどうしているのやら。あの頃は、本当に私も若かったよ。
毎日が楽しかった。
次で終わりです。