6ページ 事件と影
それは俺達がこちらの世界の暮らしにも馴れて来た頃。そう。1ヶ月が経った頃だった。俺が1人で王城を歩いていると―――
「ス、スグルさん!」
廊下でマリーンヌに声をかけられた。
「?どうした?」
マリーンヌから声をかけてくるなんて珍しいな。時々挨拶を交わすだけで、こうやって声をかけられたことはこの1ヶ月を振り返ってみても、1度もない。
何か事件でもあったのだろうか…?
「騎士団長が…お呼び…です…!」
…?騎士団長?1度も会話をしたことがない……。何故、俺を呼ぶんだ……?
その疑問が顔に出ていたのだろう。マリーンヌが答える。
「まだ会ったことのない人達と会話をしてみたいそうです……」
なるほど……そういうことなら納得だ。会いに行くか………。
「……ところで騎士団長がどこにいるのかわからないんだが……」
「あぁ……!それではご案内致しますね」
騎士団長はどんな人なのだろうか……。騎士団長と言う程だ。おそらく強いのだろう。だが、強いだけで騎士団長が務まっていたら、この国の底が知れるな。
どうであれ、楽しみだ!
「こちらです」
「ありがとう」
俺が案内されたのは兵士達の詰所の隣にある部屋だった。しかし、おかしい。
「ふむ…。本当にここであっているのか?」
「え…??ここですよ??」
「そうなのか…?じゃあとりあえず中に入るか」
「………」
この部屋からは魔力を感じないのだ。生物からは必ず魔力を感じる。もちろん、植物からもだ。それなのにこの部屋からは感じられない。
魔力を抑えれば感じなくすることは出来る。しかし、俺が大魔王だった頃、俺に魔力を全く感じさせない人族はいなかった。
扉を開けた。空間把握系の魔法は今の体では取得していない。だから、確認など出来なかったのだ。
まさかそんなことが起きているなど知りもしなかった。
「な…!?」
「……きゃぁああああ!!」
中では騎士団長が倒れていたのだ。赤い染みを床に作って。
「マリーンヌ様…!?どういた…し…ま…した?……こ、これは……!」
「この男が!この男が!!」
「……え?」
あっという間の出来事でさすがの俺もついていけなかった。
マリーンヌは騎士団長を指したのは俺だと言った。この国の第二王女と異世界から来た余所者。どちらが信用できるかなんて、火を見るより明らかだ。
そして気付いたら地下牢にいた。
「まさか、マリーンヌに嵌められるとは、な」
寒く暗い地下牢に俺の声が響く。周りからは人の気配せず、魔力も感じられない。
「あちらの世界のぬるま湯に浸かりすぎたのかもしれないな…」
しばらく大魔王の頃の暗い過去を思い出していると地下牢に扉を開く音と足音が響いた。その足音はこちらに近付いてくる。
足音がなり止んだので、顔を上げると牢の前に兵士服の男が立っていた。
「貴様の処分が決まった。明日の太陽が丁度真上に来た時、貴様を処刑することとなった。残りの余生を楽しく過ごすんだな」
そう言うと男は笑いはじめた。何がおもしろいのだろう……?全くわからない。
「お前も可哀想なやつだな!!マリーンヌ様に騙された哀れな小僧!」
やっぱり、か…。だが、騎士団長を殺したかっただけなのか?その他にも目的があったんじゃないのか?
「ははは!ショック過ぎて声も出ないか!?いいか!マリーンヌ様はなあ!マサヨシ様とお近付きになりたいんだよ!なぜだかわかるか??」
マサヨシは強い…。だが、だからといって確実に魔王を倒せると決まったわけじゃない。……何故だ…?
「神とつくスキルを保有しているからだよぉお!!伝説に残る者達の多くは神とつく名のオリジナルスキルを所有していたァあ!それはつまり、マサヨシ様は歴史に名を残すのが確定してるってことなんだよォおお!!」
そういうことか……。魔王を倒さずとも歴史に名を残す者の妻になれば自分も歴史に名を残せるかもってことか……?
浅はかだな…。マサヨシはマリーンヌに蚊ほども興味を持っていない。
「……ところで俺に鎖をつけないでいいのか?」
俺は男の後ろから話しかける。男は再び笑いはじめた。
「貴様如き、牢に入れておけば問題なかろう。……!?!!?貴様の声が何故、私の後ろから聞こえる!!」
男が振り返ろうとした時に瞬きをした。それから先、男が目を開けることは二度となかった。
「……さて、挨拶に行くか…」
マリーンヌは自室で浮かれていた。自分とマサヨシ様の間にある邪魔なゴミが排除できた。そう、確信していたからだ。
「あの人を密かに処刑して、失踪したことにしよう……。あの人がいなくなればマサヨシ様はきっと悲しむ。それを慰めて、さらに失踪したあの人を共に探す。2人は旅の中で恋に落ちていく……。素晴らしいわ!!」
自らの輝かしい未来を想像し、これからの作戦を練っていく。自らにそんな未来が来ないとも知らずに……。
「よお、お姫さま。元気かな?」
俺は、マリーンヌに後ろから声をかける。するとマリーンヌは驚く程に元気に答えた。
「ええ!ええ!もちろんよ!遂に私の時代が来るのよ!邪魔者は排除した!ここからは―――――!?!??この声……!!」
マリーンヌは振り返り、俺の顔を見る。尻もちをつき、息を呑む。遅れて脂汗が吹き出る。
「な、何故お前がここにいるの……??ま、まさかあの看守達……適当な仕事をしていたのね…??後でお父様に言いつけてやるわ!!!」
「おいおい、まさか後があるとでも思っているのか?お姫様はやっぱり違うな?」
マリーンヌは一瞬、驚いた顔をしたが、次の瞬間には口元を歪めた。
「だ、誰かー!!た、たすけてぇえええ!!!」
そう、大声で叫んで勝ち誇った顔をして立ち上がる。俺に指を突きつけながら彼女は告げる。
「これで貴方はまた捕まるのよ!これでもう終わりだわ……!!」
「………」
「ふふふ、どうやらおそろしくて声も出ないようね……。大丈夫よ。すぐに楽になれるわ。貴方は明日処刑なんだもの!」
「……それが本当のお前か…?」
「ええ!これが本当の私!!城の人間以外誰も知らない本当の私。………それにしても遅いわね…?早く来なさいよ!全く使えないわね!」
来るはずもない人間達を待つ姿は、実に滑稽だった。
「人は来ない。ここには防音結界を張った。いくら声を出しても人は来ない」
「……は?貴方のオリジナルスキルにはそんなものはなかったわよ…?」
「ああ…ある奴に教えてもらったんだ」
「は?あんたに教えるような人はいないはずだわ!」
「……細かいことはいい。お前にさよならの挨拶をしに来たんだ」
俺はマリーンヌに手を向ける。マリーンヌは鼻で笑い、余裕の笑みを俺に向ける。
「私は王族よ…?王族の魔術を使うことができるのよ?貴方に勝ち目はないのよ!!」
「収奪」
吸収は相手に同意の上でなければ発動出来ない。だが、普通に言ったところで自分を取り込ませるような者はいない。
そこで、まず収奪で相手の意思を奪い去る。そうすれば相手はまともな判断が出来なくなる。
沈黙は肯定。吸収の発動条件を満たすのだ。
……頭にマリーンヌの声が響く。
―――なんで!なんで私がこんな目にあわなければならないの!?なぜ!?……許さない!!絶対に許さない!早くここからだしなさい!
「意思だけとなったお前はやがて、俺の中に溶けてなくなるだろう。城にいた者達もそうだった。俺の魔力に押し負け、存在を維持出来なくなるんだ」
―――やだ!いやだいやだいやだ!!!私はまだ終われない!!!まだ終われないのよ!!
「無駄だお前に残された道は消滅のみ。それがお前の運命だ。受け入れろ」
―――あの女を超えて女王になるまでは!!私は終われない…!!あの女を超えるのよ!!
「お前のようなやつは王の器じゃない。ここで終わり、諦めろ。お前はもう消える」
―――………。
―――………。
―――……私は……私はただ。皆に認めてほしかった。お姉ちゃんは皆に認められてるのに、優秀すぎるお姉ちゃんのせいで、認められなかった自分を自分も認められなかった。
「………」
―――………お姉ちゃんを超えて、王位継承権第1位になれば、皆が認めてくれると思った。それだけの事だった…。
「……王城の奴らの意思を乗っ取った時、記憶が流れ込んできたんだ。それは、お前の姉がお前の陰謀に気付きながらも黙って見過ごしていた姿だ」
―――…え?
「お前の姉はお前の事を部下に調べさせていた。そして全てを理解した上で黙っていたんだ。これの意味がわかるか…?」
―――そ、そんな嘘よ!そんなはずはないわ!?!!?出鱈目言わないでよ!!
「全てが事実だ。……認めていたんだよ…お前の姉はお前のことを。だから安心して王位を任せられると判断した。それが答えだ」
―――そ、そんな……わ、私は……私は一体……。
「……」
―――あー……私は……どこで、道を………。
それから先、マリーンヌの声が脳内に響くことはなかった。
俺は無言で部屋を出た。
サスペンスドラマのようなトリックを必死に考えました結果、自分には不可能だと悟りました
2週間近くも申し訳ありませんでした
今後ともよろしくお願い致します