テンプレな学園生活の始まり方
地獄。
それは人々が死んだ後に魂が行くとされる世界、そして長いこと人々の死という苦しみや恐怖の絶望の象徴とされてきたもの。または、その名に似合う絶望にみち溢れた世界のこと。
俺はまさしくそれを体現するかのような場所にいる。
最近は気が付いたらいつもここにいる。時間はほとんどたっていないはず。それなのにもう一日以上ここにいる気がする。そんな不自然な感覚に襲われる。視界を埋め尽くすのは純すいなる黒ではなく、闇。黒ならば見えぬ恐怖を駆り立てるだけだが、闇はその限りではない。ときおり見せる人の影や、ときおり姿を覗かせる醜きもの、見えざるもの、見てはならぬものがその姿をちらつかせる。これならば黒に染まり見えぬ恐怖の方が幾分ましだろう。徹底的なまでに醜悪な世界。どこからともなく聞こえてくる鳴り止むことを知らない、否叫び止むことを知らない重苦しく重なる悲鳴と、吐き気を覚えるほど強烈な血生臭さが息をする度に入り込んでくる。五感全てを掌握されながらその全てに恐怖を刻み込んでくる。これは夢。しかし夢だと分かっていても、全身を恐怖が染め上げる。
そんな中俺は苦しい頭痛のようなものに耐えられず、いつも通り気を失った。
.........ピピピピピピピ
俺は手を伸ばして鳴っているデバイスを止めようとするが、その手は何回も虚空を凪ぐ。いちいち数えてはいないが、4回目ほどで手に感触を感じ、ようやく頭に響く甲高い音が止む。
「またあの夢か...。」
ここ最近、あのような悪夢を何度も見た。何か不吉な予感がするけど、今日に限っては一日中家にいるなんてことは出来ない。
普段はかなりと言っていいほど寝起きは悪い方だが、今日は自分でも驚くほどにすんなりと起きれた。多分、特別な日ほどなぜか早起き&心地良く目覚められるというあれである。
「ふあぁぁぁ~~。ここ何日かずっと不規則な生活だったのによりによってまた夢を見ちまったな。」
自分でも驚くほど気の抜けたあくびが出る。体を強張らせ腕を伸ばす。
「その割には早く起きれたんじゃないか。」
そんな余裕が有るんだか無いんだか分からない独り言を呟きながら、メールを返信しようとデバイスに手をかけたとき、
「!?」
声にならない心の叫びと共にあまりの驚きに心臓が止まりそうになる。なんて言ったって、今日は俺のきらびやかな入学式な訳で、その集合時間が9時な訳で、今が8時半な訳で、朝の準備に30分かかる訳で、この借りているアパートからは頑張ってもせいぜい15分な訳で.........。
考えれば考えるほどに、現実を受け止める心の負担が増えていく。
さっきの言葉は撤回、特別な日でも朝起きるのは苦手だ。
ピンポーン♪
と思考を遮るようにあたかも「今日は調子がいいですよー」的なことを言いたげな軽快なチャイムが鳴る。インターホンとは不思議なものだ。タメの長さや押す強さなどが相まって押している人がどういう人なのか、はたまたどんなテンションなのかが分かる。
「叶翔ー、起きてる-?」
「起きてるっつーの!!」
俺はさっきのことは無かったかのように重い体を無理矢理起こして飛び起きる。急いで玄関に行き、ドアを開けるとそこには中学校からの友人である、秋と奏がいた。
「おはよーな。二人とも。」
と言いつつ彼らの顔を見るとなぜか一人はなぜか喜んでいて、もう一人は悲しんではいなかったんだけど、なぜか手を頭にあて、まじか....といわんばかりにショックを受けていた。
ついでに言うと、喜んでいた人、こと谷津代奏は金髪のようにも見えるきれいな茶髪の髪や今日高校生になるとは思えない豊満な胸、そしてなんと言っても美人というよりはかわいいと表すにふさわしい顔立ちを持ち、彼女の周りにはいつも明るいムードが漂っているというムードメーカー。
そして、もう一人のなぜかショックを受けていた人、こと萩原秋の特徴はなんといってもイケメン。それはもう十人の男子がいれば十人の男子から恨まれるぐらいに。いつもクールな感じを貫いているが、実は情に厚く、困っていたらつい手を貸しちゃうそんないいやつ。
などと自分の頭の中で考えているとクスッと笑ってしまった。
そして俺は....って?
そんなの決まっているだろ?
顔立ちは人には整っているよとは言われるけど、この二人に埋もれるくらい。悲しいがこれが現実だ。隣の芝は青く見えるということわざがあるが、この場合に限って言えば適用されないのが世の常である。
「いきなり笑うとかどうしたんだよ。気持ち悪い。それよりいいのか、そんなににやにやしている場合じゃないとおれは思うんだが。」
とクールが売りの秋がいうと、おれは今自分の置かれている状況を思い出す。
そして、そんな俺に奏が追撃を仕掛ける。
「まあ、いつものことだから何となく察していてはいたからあまり驚きはしていないんだけど、それにしても秋とは違う意味で肝が据わっているよね、叶翔って。」
「・・・・・」
そんな風に言われたら俺は何も言い返すことが出来ない。
「えーとそれじゃ、二人とも俺の朝の準備の用意を手伝ってください。おねがいします!」
....10分後
二人とも準備で素晴らしいコンビネーションを披露し俺たちはなんとか登校出来ていた。
「ふー、やっと終わった。二人ともありがとう。やっぱり、友は持つものだな。二人が友達になってくれて俺はとても幸せだよ。」
などと自分は何もやっていないどころか二人を手伝わせたくせに得意げに言うと、
「まさか高校生になってまで迎えにきてこれとは思わなかったけどね。起こすまでいつも通りって感じかな。」
「相変わらず、口だけうまいのもいつも通りだな。」
と、返答が返ってきたので、何も言えない。とりあえず、まあな、とだけ返しておき、この雰囲気から逃げるために話を変えて今朝から少し不思議だった疑問を口にしてみる。
「朝から不思議だったんだけど、なんで俺の家に来たとき、奏は笑ってて、秋は残念がっていたんだよ?」
「っ!」
これを聞くと、奏は突然いきなり飛びかかってくる勢いで俺の目の前に出る。
「忘れてた!叶翔!」
「は....はい。何でしょう。」
俺はいきなり奏が大声で呼んだので思わずたじろぐ。
「今日の入学式が終わったら私にアイス2個おごってね。」
「あ、叶翔俺には1個でいいから。」
「....まじ?」
俺としたことが迂闊だった。そういえば、そうだった。俺たちは昔から何かあればアイスで帳消しというルールだった。忘れていたわけではないが....うん、完璧に忘れてた。
「でも、なんで奏だけ2個おごらなきゃいけないだよ。」
「それはな、今日の朝に叶翔のアパートに行く時に奏ともし叶翔が準備が出来ていたら奏が、準備出来ていなかったら俺がアイスをもう一本おごってもらおうってことになったんだよ。」
「それ、俺は何一つ得しないじゃねーか!」
おれはつっこみ気味に少し反論してみる。まあ、俺の経験上、こいつらのこんないきなりの特別ルールが俺の反論で覆ったことなどないが。それでものみより小さな希望を抱いてみるが、
「そもそも入学式から遅刻する叶翔がいけないんだよっ。少しは私達に日々の感謝としてアイスを多くおごっても悪いことは起きないじゃないかな?」
そんな小さな希望はあっさり奏によって押さえつけられる。全ては叶翔がいけないので何も言い返せず、結局は納得するしかない。
「仕方ねえな。」
「おい、奏。案外叶翔ってチョロいかも知れないぞ。」
「確かにそうだね。超チョロい。やっぱチョロい友は持つものだね♪」
そんな文字を見ずとも言葉だけ聞いているだけで語尾に音符のマークがついてそうな言葉を返されるとやはり俺は何も言い返せなかった。
中学の時の毎日のように仲良く三人をしながら、少し急ぎ足で登校していると、高校に着いた。
「もうすぐ始まるんだな。俺たちの新しい高校生活が。」
「ああ。」
「そうだね。」
二人とも二つ返事だったが、とてもやる気に満ちたようなそんな声だった。
ここが千葉県国立朱雀学園。国が魔法研究の発展のために建てられた世界でも最も古い魔法学園の一つで四神を象徴して、日本の南に朱雀、東に青龍、北に玄武、西に白虎という形で学園が制定された。この4つの学園は全て2029年に建てられた。また、この朱雀学園は初めてⅢ科制を導入した学園でもあり、今では四つの学園全てが導入していたり、増やしたりしている。また四つの学園の中でも一番発展性が高いことや、自由性が高いことで有名だ。
ちなみに、Ⅲ科制とは、Ⅲ科分学制度の略でⅠ科は魔法戦闘などの実践授業が多めに設定されている。Ⅱ科は魔法解析や魔法研究などの授業が多く文官や研究者志望向けの授業が行われている。Ⅲ科は特殊で魔法医療授業が主になっていて、他に魔法戦闘や研究もやらなければいけない一番ハードな科だ。
そんな絶対に何か面倒なことが起こらないわけがないこの学園で新しい俺たちの高校生活が始まる。
そしてよく分からない感慨に浸りながら門をくぐると....何も起きなかった。
まあ、当然って言えば当然。そんな漫画のようにいきなり後ろから美少女が走ってきて、ぶつかってラッキースケベなんて起きない。意外にこの学園って平凡なんじゃないか。
「おーい、叶翔ー。早く行かないと遅れちゃうよ。」
俺はああ、とだけ返事を返して振り向き走り始めると、
バンッ
やばい。誰かとぶつかって相手を倒してしまった.......
瞬間、倒した女の子の顔に目を奪われる。
----その子はとにかく可愛かった。いや、美しかった。そして、舞っている黒髪は太陽が反射して桜の舞うようにどこか眩しくて。そして、会ったこともないのにどこか懐かしかった。
そんな彼女の姿に目を奪われているとドサッという彼女の尻餅をついた音で我に返る。
「すみません。大丈夫ですか。後ろを見ていなくて、迂闊でした。」
あまりにもいきなりすぎたので俺は少しパニックに陥ったが、止まっているなんて失礼なことをせずに謝ることが出来た。まあ、それはなんともいいわけじみたものになってしまったが。
しゃがんで手を取ろうとすると、彼女が小さな口を開く。
「もしかして叶翔?」
「・・・・・」
それはもう驚きしかなかった。ただでさえ、この状況でパニックになっているのに「はい、そうです。」なんて答えられる俺じゃない。つまり、今どうなっているかというと、相手(美少女)に名前を聞かれて、その質問にYesかNoで答えられない俺(平凡)がいるのだ。周りから見ればなんと情けないことか。だが、そんなことは今はどうでもいい。早く応えなくてはと焦りに焦る。
「えと......そうは、そうですけど......。」
どうしてはいと素直に言えず、こうも歯切れの悪い答え方をするのか。普通にはいと言い、あまつさえ簡単に自己紹介をすれば様になるものを。
「やっと会えた....。」
微かに聞こえるその美しい声に意識を奪われそうになる。どうにかして手と越しに力を入れて彼女を立たせると、まだ寒さの残る空気を包み込むように春を彷彿とさせる暖かく優しい匂いがふわりとたった。
俺と彼女はこれで会うのが初めてであるが、彼女はどうやらその限りではないようだ。しかし、彼女が平凡な自分を覚えていて、自分が美しい彼女を忘れているなんてことあるだろうか。自問の末、当然ないと断定する。新しい学校生活、いきなり美少女と話せるのは幸運以外の何者でもないが、それ以上に周りの目が痛く、それでいて彼女のことはまるっきり記憶にない。であるならば、きっと人違いだろう。その人違いの暴露をわざわざここでして、彼女に恥を掻かせるのも忍びない。
「ぶつかってしまってすいません。急いでいたので。僕はこれで!」
彼女が何か言いたげだったところを無理矢理遮って、叶翔の選んだのは逃げだった。追ってくれば人のいない所で人違いを説明すればよし、追ってこなくてもいずれその旨の説明する機会はあるだろう。
小走りで人を避けつつ、人気のないところまで走って行く。足音からして、どうやら彼女も追いかけてきているようだ。校門の通りにいる生徒には見えないであろう、校舎の死角に入る。
その瞬間背中に悪寒が走る。後ろ振り向くが、誰もいない。.........誰もいない?そんなはずはない。なぜなら、すくなくともそこには<彼女>がいるはずだから。そして、薄々気づきながらも前向くと<彼女>がいた。さっきの可憐に舞うなどと形容するにふさわしい雰囲気など微塵もない、きれいな青紫色の瞳に涙を浮かべ、怒っているような、悲しんでいるようなぐちゃぐちゃになっている顔をしている。
「なんで何も言わずに”また”逃げるの?」
こんな俺でもその声は演技では無く、<彼女>の心からの叫びだと分かった。だから、余計に答えられない。さっきのは確実に俺の間違いだとしても、今度の質問の”また”の意味が分からない。そんな風に考えていると、<彼女>がまた口を大きく開く。
「えと、さっきはぶつかったのは謝ったはずじゃ.....」
「そんなことどうでもいい!なんでまた会えたのに理由も話してくれないの?」
「...........」
「なんで何も答えないの.....」
「えっと、よく分からないというか、心当たりがないというか....」
彼女に圧倒されすぎて返す言葉がどうしても歯切れの悪いものになってしまう。すぐに、このままではだめだと思い、覚悟を決めて聞いてみる。そして、同時に<彼女>も口を開いた。
「....えーと、まず、あなたの名前は何ですか?」
「叶翔はやっぱりあのとき.......っっ!!!」
<彼女>は俺の言葉を聞いた瞬間顔色が変わり、体が一瞬強張った。
瞬間、彼女の強烈なビンタが飛んできた。
そして、この時、後ろを向こうとする彼女の菫色の瞳から涙が溢れていた。
みなさん初めまして!大川暗弓です!
小説を読んでいただきありがとうございます。
まだ、誤字や表現で「ここの文字が違う!」「この表現はこうしないと分からないよ...」などアドバイスをしていただけると嬉しいです(作者の心が折れない程度にw)
感想も励ましになるのでもらえると嬉しいです。