眩しい君とのデート
またかと、叶翔は悟る。
突然気が付いたらそこにいて、鳴り止むことを知らない、否、叫び止むことを知らない重苦しく重なる悲鳴が聞こえてくる。 目の前はただただ続いていく暗黒で、必死で目を開けようとするが、開かない。否、目を開けようとしても体が拒む。
ーーーまるで叶翔自身の体が目の前の惨劇を知っているかのように。
そのまま精神が犯されそうな絶叫を聞かされ続け、それがふと止むと、目も自然と開けた。
「まったく、毎日とは言えないまでも、定期的にこの悪夢を見させられると慣れてくるものなんだな。」
いつからかは、はっきりと覚えていないが叶翔が物心ついた頃からこのような夢を見ているため、ある程度夢の中で思い通りに体を動かせるようになってきた。最初の頃は毎日、騒いで泣いたりもしたそうだが、今ではそのようなこともない。
俺が目を開けられれば、何かヒントのようなものが得られるんだろうか。でも開けられなければ、このままだ。それよりは.........。
叶翔自身、その自問自答めいたものに意味がないと知っている。それでも、毎回悪夢を見たときはそうせずにはいられなかった。刹那、
ーーー叶翔、ダメ。行かないで!!
必死な声が聞こえると同時に、右手に何かがするりと抜けるような感触を覚える。
「誰だ!」
そう叫んでも、ここは自分の部屋で、誰かいるはずもなく、試しに右手を確認するが何もあるはずがない。
「俺は何をやってるんだか.......。そろそろあの悪夢の秘密のようなものを全力で探らないといけない気がしてきたな。それか、ただ学園の生活に慣れていなくて疲れただけか。どっちにしろ俺が情けないだけだけど。」
簡単な朝ご飯を用意し、それを咀嚼しながらデバイスを起動し、ニュースを見る。そこには放火の事件や殺人事件などの記事が載っていた。
「放火や、殺人、しかも通り魔だなんて物騒だよな。」
自分がもしそれにあったら、なんて考えてみるが、見当も付かない。実際、その事件に巻き込まれた人たちもまさか、自分が狙われるとは思わなかっただろう。しかも、用心して防げるものでもないから、そこが怖いところだ。
それから残りの雑事を済ませて、俺は家を出た。
「あ、春川さん。いたいた。」
学園の近くにある駅の入り口に彼女はいた。まるで働き蜂たちが甘い蜜に引き寄せられるように、通りかかる人々の目線を引きつけ、凛々しく咲く一輪の菫の花、そう呼ぶにふさわしい春川純麗が。
「橘君、おはよう。」
「おはよう。じゃあ、今日はよろしくね。」
「ええ。それとどうかしたの?何か付いてる?」
「いや、その、普段は制服姿だと何か堅苦しいというか、苦しそうな雰囲気なのに、私服を着ると柔らかい雰囲気になるんだなと思ってね。」
純麗はシンプルな真っ白のシャツと、パステルピンクのロングスカートで彼女の柔和な雰囲気とマッチして、とても和やかな雰囲気を醸し出していた。
「その.......,ありがとうございます。」
純麗は頬をほのかに赤くする。何せ、友達の女子と出かけて、お互いを可愛いねと褒めあったり、パーティーでおめかしをして、おじさん達に褒められることはあっても、同じ年の男子にこうして、私服を褒められたのは純麗にとって初めてだった。
それよりは、服を見せる機会が無かったと言うべきか。同じ年頃の男子とこうして出かけること自体、初めてだった。
もしかして、周りの人たちは私と橘君がデートしているように見えているのでは?
純麗は今まで叶翔達が思っていたことに今更ながら気づく。その思考にたどり着いた瞬間、頭の中がカーっと熱くなる。
「春川さんどうかした?少し具合悪い?」
純麗は完璧に火照っていて、顔がうっすら赤くなっていた。
「いえ、大丈夫です。橘君は........太りました?」
そう言ってクスリと笑ってみせる。悲しいことにあながち間違っていないかも知れないが。
「学校の制服は少しピタッとしているから、それと比べると少し太く見えるのもな。それにしても結構ひどくない?かなり傷ついたんですけど。」
「冗談ですよ。それで、今日はかなり忙しい日程になるので、行きましょ。」
「春川さん、敬語。」
「あっ......つい、いつものように敬語で話しちゃった。」
照れる純麗を見ると、叶翔自身もむず痒くなる。
「まあ、無理にとは言わないからいいんだけどね。それと、忙しいって手鏡を買いに行くだけでいいんだよね?」
「そうだけど、一応ピックアップしといたのがこれだよ。」
純麗はデバイスを取り出し、この学園当たりの千葉県の地図と、東京の地図を展開する。そこにはいくつもの点が打たれていた。
「この点ってもしかして」
「もしかしても何も、手鏡がありそうな雑貨屋さんだけど?」
「全部行く気なの?」
「そう、と言いたいところだけど、せめてこの辺りは探しときたいよね?」
純麗がデバイスを操作すると、点が少しずつ数を減らしていき、4つが残る。
「4箇所見て回って、1番良かったやつをプレゼントすればいいんじゃない?」
「いや、待って春川さん。これ先生の壊しちゃった代用として買うだけだから!プレゼント用じゃないし。」
「いえ、壊した用の代用ならもっと慎重に選ばなければいけないじゃない?それに、しっかり選べば選ぶほど、そのプレゼントには心がこもるしね。」
「そういうものなのか.....。」
叶翔自身、あまり心がこもるとか、気持ち次第とか、現実に形として現れないもの、理に叶わないようなものを受け入れられずにいた。しかし、契受や魔術といったものは、理には叶っていないし、形として何もないが、確かにそれはある。そう自分に言い聞かせていた。
上手く叶翔を丸め込んだ純麗は一件目の店に着いていた。
「橘君、手鏡ってどういうのだったの?」
「そうだな、四角くて、ピンク色のスタンド式にも出来るやつだった気がする。」
「それだと、こういう手鏡とかはどうかな?少し色は違うけど。」
純麗の手には水玉の可愛いイラストが描いてある手鏡だった。見てみると、しっかりと四角く、立つようにもなっていて、そこにゆかりはなかった。
「もう、これでいいんじゃないのか?」
「だめ。もっといいのがあったらどうするの?」
叶翔はなるほど、これが女子かと納得する。手鏡を探すことを手伝ってもらうと決めたのは、もちろん女子の手鏡について知らないこともそうだが、妥協しないためでもあった。もし叶翔が一人で手鏡を探していて、今の手鏡を見つけていれば、間違いなく他の店を当たらずに買ってしまっていただろう。だから、妥協を止めてくれる相手がいるのは心強いし、一人で買い物するよりも話し相手がいる方が、楽しくてよほど心地が良かった。
それから一件目の店を出て、二件目、三件目を回るとすでに一時を過ぎていた。
「残るはラストのお店だけだっけ?」
「うん。」
そう答える、純麗の表情はどこか暗い。
「午後何かあるの?それとも具合悪い?」
「いや、そんなことないよ。心配してくれてありがとう。ただ、少し遠いからお昼にしない?」
「そうだね。おなかもちょうど空いてきたところだし。それで、その、言いづらいんだけど、春川さんって今まで高級な料理店しか入ったことがないってことはないよね?」
「いや、そんなことはないけど.........。まさか、四季族だから毎日コース料理でも食べてそうみたいな考え?」
純麗が圧力をかけながら聞いてくる。怒っているというよりは、ふざけてる方に近いだろう。顔を近づけてきて、綺麗な菫色の大きな瞳を覗かせる。
俺が頷いて答えると、純麗は顔が近いことに気が付いたのか、咳払いをして続けた。
「私達は全然そんな叶翔君の思っているような暮らしをしていないわよ。確かに家は大きいけど、出てくる料理は焼き魚やハンバーグとかだし、家族で外食はファミレスが多いし、そんなものよ。魔術的に権力を少し持っているただの大きな家庭だわ。」
四季族は魔術的に少しではなく、絶大な権力を持っているが、それ以外は純麗の言っていることは的を得ていた。
「そんなものなのか。」
叶翔は自分の思っていた純麗の暮らしがあまりに違いすぎて、驚きで純麗の言葉を返すことしか出来ない。
「そんなものよ。近くにあるファミレスかファストフード店でいいわよね?何か食べたいものある?逆に食べられないものとか。」
純麗はデバイスを展開すると、慣れた手つきで画面を操作していく。
「じゃあ、肉系が良いかな。」
「そうだね、じゃあ、この辺のお店は?ここなら前に行ったときにすごく美味しかったはずだから。そんなに遠くないし。」
「じゃあ、そこにしようか。」
純麗の紹介してくれたファミレスは全国に大幅に展開しているような有名なファミレスではなかったが、肉料理にこだわっていて、とても美味しかった。そこで話が弾んでしまい、店を出る頃には二時を過ぎていた。
「最後の店は遠そうだったけど、どこにあるの?」
「東京よ。」
「東京?まあ、ここからなら遠くもないけど、千葉の方が良い店が見つかるんじゃないの?」
ある出来事がきっかけで、日本の中心であった東京は衰退していったらしい。その代わり、今では科学研究の中心は東京になり、魔術研究が千葉にある朱雀学園を含む四つの魔術学園と魔術研究所の置かれている場所が日本経済の中心となっていた。
叶翔が住んできた千葉にいれば、何でもそろうので、父親が東京に出張すること以外、東京のことを意識することはなかった。まして、東京にわざわざ出かけて買い物をしようとは思いもしなかったし、東京は廃屋などもたくさんあると聞いていたので、どちらかというと危険なイメージを持っていた。
「そんな事ないわよ。前に一回来たときに結構古いんお店だったんだけど、良くしてくれたお店があるの。」
「なるほどね。そういうことなら行ってみようかな。あまり東京は知らないから全てお任せしちゃうけど。」
「任せおいて。でも、最初から全てお任せじゃない。」
前にいた純麗は振り返り、長い髪をフワリと舞わせる。どこまでも眩しい屈託ない笑みが叶翔の心を揺らす。
「そうでした。でも、雨、大丈夫かな。持つと良いけど。」
「今日はこの後ずっと曇りだそうよ。低い確率で晴れるかもって言ってたから、降ることはないと思うけど、早めに行きましょうか。」
「そうだね。」
あの会話をして1時間、俺たちは完璧に迷っていた。周りは太陽の光を遮る高く古いビルに囲まれ、薄暗い。薄暗さが迷った不安をかき立て、古いビルがいまにも倒れてきそうにも思える。
「ここが......あそこで......えっと...ここじゃなくて..........。」
叶翔はあの学年主席がここまで頼りなく見えるものなのかと思う。叶翔も純麗もデバイスを持っているのでいざとなれば、なんとか抜け出すことは出来るはずだが、それでは純麗の行きたい店には行けない。日が落ちる前に出れば良いか、そんな気分でいた。
「あ、分かった。この道だ。」
そう言う純麗の表情はどこか暗く見えた。叶翔はやはり、少し無理をしているんじゃないかと思ったが、ここまで来て引き返すのは純麗だって忍びないだろう。そう自分を納得させて疑問を飲み込む。
叶翔が道に入ろうとすると、純麗が呼び止める。
振り返ると、純麗が体を寄せてきて、刹那ーーー
「なんで......?」
ーーー俺の腹の所にナイフが刺さっていた。
純麗からの答えはなかった。
腹の所に右手をやり、濡れた感触を確かめると、右の手の平は真紅に染まっていた。
なるほどね。全て、あなたの筋書き通りだったわけだ。
俺は目を閉じ、長い長い眠りに入った。
お読みいただきありがとうございます。
物語の一章もクライマックスに近づいてきたところです。これからの純麗達にどきどきしながら楽しんでいただければ光栄です。
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