もう一つの顔
「!?」
何が起きた?俺はあまりの驚愕に目の前の現実を受け入れることが出来なかった。タイミングは完璧だった。彼女のあの時の顔から察するに不意は突けていたはずだ。それにあの雷の魔術の発動時間とその雷が彼女に到達するまでの時間を考えても、彼女があの攻撃を無傷でやり過ごすことは不可能なはずだ。俺はこの疑問を胸の奥にしまってなどいられなかった。
「何をした?正直言って完璧だと思ったけど。」
「ええ、橘君、君の攻撃は完璧でした。避ける時間すら与えられず、さらにほぼゼロ距離で雷属性の魔術。それを決めれば、この戦いはほぼ決まったようなものです。そして、実際に成功しました。けれど、....」
「けど、今春川さんはこうして傷1つ無く立っている。」
「そう。でも、ここでおしゃべりをしたいわけじゃ無いから、私をここまでぎりぎりの状態に追い詰めたことを評して、橘君の知りたいことだけを教えてあげます。理由はこれです。」
そう言って、純麗は彼女の周りに浮かぶ彼女の契具、勾玉の1つを手に取る。
「この勾玉は術式探知や魔術陣の触媒となったりするんです。」
「そういうことか。」
実に素っ気ない答え方だったが、今はあの攻撃を回避されたことに驚いて、まともに答えることすら出来なかった。これでも、頑張って強がったほうだ。
「それでも、魔術陣は出来るだけ、タイミングがぎりぎりになるように展開したはずだ。普通、対処どころか、何をしようにも間に合わない速度だと思うが。それに、春川さんの体は濡れていてどうしようも無かったはずだ。」
俺は淡々と疑問を口にするが、彼女に答える義理はない。それどころか、いきなり攻撃を仕掛けてくる可能性さえある。俺はただ、春川さんを力強い眼差しで見つめた。
「答える義理は無いですが、まあ、いいです。ここまで追い詰められたのは久しぶりですし、その代わりに答えてあげます。さっきも言ったとおり、この勾玉は触媒になる。」
魔術における触媒とはその道具で魔術陣を保存して、同時に魔術陣を複数展開することが出来るようになったり、触媒となるものを自分とは離れた所に置いておき、魔術陣を発動することで離れた場所で自分に負荷がかかること無く、魔術を発動することが出来たりとその効果は様々だが、基本的に術者が魔術を用意していなければ、触媒は何の役にも立たない。あくまで、使い手を補助する道具に過ぎないからだ。
「ああ、だがそれではもともと術式を用意していなければならないだろ。でもそんな時間は無かったはずだ。」
「ええ、本当に一瞬しかなかった。でも、一瞬ならありました。」
俺はその言葉を聞いて、顔をしかめた。
「どういうことだ?」
「そのままの意味です。この勾玉は触媒として、魔術陣の現実世界への反映を加速させる。」
俺は驚きで何も言えなかった。俺が認識していなかっただけで、本当は絶望や自分への嘲笑が込み上げてきたのかも知れなかったが。
通常、魔術陣の構築は術者の頭の中のみで行われる。そして、その魔術陣の反映時間は全ての人が一定だ。だからこそ、術者は魔術陣の錬成の速度を鍛えるのだ。そして、魔術陣の錬成が速い人ほど強い。だが、これでは反映時間が彼女の方が短いことになるので、どうしても魔術戦で彼女を相手にするには後手に回らざるを得なくなる。
「そして、私の周りに勾玉から雷系統の魔術を発現し、1つの回路になるようにした。」
「春川さんはその回路の真ん中にいるから、電流はあなたには流れず、全て回路に流れると。」
「そう。だから、本当に危なかったんです。勾玉の能力を見せるのはは本当に最後の手段だったのですが、見せてしまった以上仕方ありません。そして、次は私の番。そして、死なないで下さいよ。」
俺の知る春川さんから聞く一番冷たい声だった。
俺は手を打ち間違えた。第一に、彼女が勾玉の能力を隠していることを考慮しなかったこと。第二に、彼女が余裕のあるうちに勝負を決められなかったことだ。俺は剣が使えないため、純粋な魔術戦となるがその戦いで後手に回るようなら、まず勝ち目は無い。耐えて、ジリ貧になって負けるだけだ。
さらに、もう1つ彼女は魔術戦に常に先手を打てる。
俺の思考を切ったのは春川さんの声だった。
「勾玉!」
彼女が叫ぶと彼女の周りにあった勾玉たちがその声に呼応するように一気に動き始め、散らばっていく。散らばり方は均等だが、規則性は無い。そして、気づけば勾玉は陣を帯び、魔術の発動準備が成されていた。勾玉が光を帯びて、その明るさが増していく。光系統の魔術、おそらくこれが、イザナミ特有の魔術なのだろう。
彼女と戦っていると、例外ばかりが上げられるよな気がするが、今度ばかりはそうもない。というのも、契授で契約される神様たちはそれぞれ神話に基づき、彼らの得意とする魔術しか発現できない。しかし、それらの威力は人間の比では無い。これが契授が誰からも欲されている理由でもある。
「光に焦がれよ。『光の屍』」
瞬間、周辺にあった勾玉が全て地面に突き刺さる。そして、地面からは無数に太い光柱が立ち、俺に迫ってくる。しかし、迫るだけならまだいいが、消えては別の場所から光り、また消えて、と繰り返される。なんとも、ど派手な技だ。光柱の光が服にかすると、すっ、と何かがすれた音がして、視線をやったが、制服はなんともなっていなかった。よく分からないがこの制服には火の耐性でもあるのか。それとも......。
まあ、余計なことは考えても仕方が無い。そして、反撃しようにも、まず攻撃を避けるのに手一杯なのに、むやみに彼女に近づくなんて、焼かれに行くようなものだ。不規則な攻撃を避けながらも、思考を加速させる。
___1つ、彼女は剣に長けている
___1つ、彼女は頭が切れる
___1つ、彼女は魔術戦で先手をとれる
_______ならば、勝敗に剣、頭脳、魔術、この3つを介在させずに勝てば良い。
まず、剣が介在しないためには、少なくともミドルレンジ以上で攻撃、あるいは不意打ちを成功させなければならない。そして、頭脳。これは彼女が思いもしない策を練るか、完璧な運に任せるかどちらかだ。魔術、これは本当に何も使えない。魔術は魔術陣が発現されないと使えないので、そこには何らかの意図または策があることになってしまうのだ。だから、悟らせないものすごい離れた距離から魔術を放つか、決して避けられないゼロ距離で魔術を撃つかのどちらかだろう。だが、今回の場合は客席に魔術の流れ弾が当らないように大きな防御陣が張ってあるので、離れた距離から魔術を撃つことは不可能に等しい。
つまり、ミドルレンジで攻撃し、かつ俺すらも思いも寄らない運をそこに混ぜ、さらに最後にゼロ距離で魔術を彼女に当てなければならない。無理だ。ほぼ無理だ。まず方法が無い。運に任せるような状況が作れない。
考えながら、彼女の光柱を避けると、何かが胸に当たる感覚があった。
ーそこで、俺は重要な”もの”を思い出した。
方法はあった。
叶翔はなんとか襲いかかる光柱を避けるために前に飛び、転がりながらもなんとか受け身を取る。立ち上がった瞬間、走り出した。
純麗は今までの叶翔の防戦一方の戦いから、彼が何かを仕掛けてくると考えていたのか、顔色を変えずに光柱を操作した。
しかし、叶翔はその光柱を避けることをせずにそのまま走るスピードを上げる。
今まで停滞状態だった二人の戦いが一気に戦況が変わったので、再び会場が騒がしくなる。
そして、叶翔が運に任せた瞬間が来た。純麗が何かを遮るように、いきなり目を押さえたのだ。それによって、コントロールを失った光柱たちが純麗の周りから散らばっていくところを見るやいなや、叶翔はトップスピードで走り、手に魔術陣を発現し、純麗に襲いかかる。そして、叶翔が純麗に届く瞬間、速い規則正しい足音が途端に消えた。
「あっっっっっ!!!!!」
コケタ。ヤッテシマッタ。
会場に闘技終了のブザーは鳴ることは無く、同時に歓声が沸くことは無かった。それどころか歓声では無く笑い声が響いた。そして、それは俺の真上からも聞こえた。
「ふふっ。やられました。完敗です。最初からあなたを殺しかけようとしていましたが、無理ですね。二度も決着を付けられかけた上に、最後はこんな終わり方なんて。実力では拮抗していたとしても、実戦では負けに近く、最後は笑わせてくるなんて。そりゃ、戦意も失せますよ。」
闘技の最初の彼女はもういなかった。美しい、というよりくしゃっと笑った、かわいい彼女がいた。
「そうだな。さらッと人を殺そうとしていたのに、いきなり気分変わったからやーめた、なんてこっちも戦意に失せるわ。けど、先に言わせてもらう。こんな勝ち方でごめんな。」
「なんのことでs........」
彼女の言葉は最後まで続かなかった。いきなり春川さんが、足の力が抜けたように倒れたのだ。これにはある意味で盛り上がっていた会場もすぐにしんと静まりかえった。そして、彼女は起き上がろうと中腰だった俺に覆い被さるような形になった。
「おっとー!春川選手がいきなり倒れた!対して橘選手はまだ意識が残っている!これは春川選手の闘技続行不可能とみなされるので、橘選手の勝利だ!」
熱狂的な実況とともに、歓声が沸いた。そして、ブザー音とともに闘技が終了した。
春川さんが重くて、疲れ切った俺が支えきるのが精一杯だった話はここだけの話だ。
俺が今日のホームルーム中に貰ったこの学校の校則や、授業の進め方などが書かれた紙に目を通していると、小さな声が聞こえた。どうやら、起きたようだ。
「....ん。ここは?」
そう言って、純麗は目をこすりながらあくびをする。
「やっと起きた。ここは学校の保健室だよ。」
「そうなのですか。私がここにいるということは、やはり.....」
「まあ、その通りかな......」
こんな曖昧に答えようと答えまいと、意味は無いが、何となく勝った相手に自分の勝ちだったというのはなんだが、無遠慮な気がして、つい歯切れの悪い答えになってしまった。
彼女の表情が瞬く間に曇っていく。まあ、無理も無いだろう。重い看板を背負わされ、さらに次席に入学早々負けるなんて、俺からしても、たまったもんじゃ無い。春川さんは責任感が強そうなので、余計にそうだろう。
「後さ、少し前から気になっていたんだけどさ、春川さんって敬語苦手?」
そんなことを言われると夢にも思っていなかったのだろう。純麗は急に赤くなり、いかにも恥ずかしいそうなそぶりをする。これほど素の反応が出来る女の子もなかなかいないだろう。
「なんでそんなことを聞くんです?おかしいところありました?」
使っている言葉は丁寧だ。言葉は。だがとても相手を敬うような聞き方では無い。というのも、迫るようにして身を乗り出して聞くからだ。それは駄々をこねる子供のそれだ。なんとも可愛らしい。
「いや、だってさ、時々普通の言葉になったり、敬語になったりするんだもん。慣れてないのかなと思って。」
「はい。はっきり言ってしまえば、そういうことになりますね.......。私のような立場だと、使う機会が多いのですが、どうにも慣れないというか、使いづらいんです。」
俺は少し驚いていた。春川さんは四季族だから、もっと堅いというか、お嬢様気質なのだろうと思っていたから、敬語が苦手だとか、さっきのような子供のような様子から、彼女も普通の女の子の一人なのだろうと思った。
だからこそ、彼女に”あのこと”の誤解と謝罪をしなければならない。
「あの、春川さん。俺としゃべるときは気を楽にして、普通の言葉で良いですよ。俺も敬語でしゃべると息苦しいですし。」
「ありがとう。じゃあ、橘君も同じようにしてください。」
「敬語抜けてないよ。」
春川は慌ててテで口を押さえ、頬を赤らめた。
「でもありがとう。それとは別にあなたに謝らないといけないことがあるんです。」
俺は言い出しにくいが、勇気を振り絞って言う。今後春川さんと関わりあるかは分からないが、それでも同じ学園の園で暮らしていく仲間なのだ。
空は空を覆っていた暗雲に一筋の光が差し込もうとしていた。
変なところで終わらせてしまってすいませんでした........。後悔しかないのですが、続けると字数がねww察してください。そして、そんで下さった方ありがとうございました!どうだったでしょうか?8,9話で人生初の戦闘シーンを書いたわけですが、作者の努力不足も相まって、よく分からない所も多いですが、そこは意見をもらえると嬉しいです。感想も良ければお願いします!次回は叶翔と純麗の仲直りの回になるはずなので、なるべく早く投稿するつもりなので、待っていただけると嬉しいです。




