圧倒的な差
目の前には一人の美しい少女がいた。勾玉が彼女の周りを回りながら契具としての威圧感を放つ。俺こと橘叶翔はまさにその圧力に押しつぶされそうになっていた。
なるほど。これが契具ね......。絶対無理じゃね!?
いや、完璧につぶされていた。大して戦いの経験の無い俺だが、これは相手にしてはいけないと分かる。まして、剣なしでそれに挑もうとは、俺って実はすごいことをしようとしているんじゃ無いか、と疑うレベルだ。それでも逃げない。挑むんだ。足は意識を放した瞬間に震えそうになるし、痛いのは嫌いだ。普段ならここで逃げる俺だけど、今回ばかりは出来ない。
彼女に謝りたいから。彼女と打ち解けたいから。彼女を悲しませたくないから。
秋たちは気づいたかは分からないが、俺たちの言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が歪んだのを俺は確かに見た。すぐに俺との闘技を持ちかけてきて、なんともない様子だった彼女だが、一人の女の子が”怪物”呼ばわりをされて、悲しくないはずが無い。だから、絶対に彼女に.......
「出たーー!!あれが春川純麗選手の契具、八尺瓊勾玉だ!それでは、双方準備が出来たようなのでこれから闘技の開始カウントダウンを始めます。みんな準備はいいかー!」
会場が湧いた。元気の良い声でカウントダウンが始まる。
......3!..........2!..........1!.........Bhhhhhiiiiiiiiii
モニターには”BREAK OUT”と表示され、うるさいほどのスタート音とともにモニターに表示される英語のごとく開戦を告げる。瞬間、春川さんがものすごい勢いで間を詰めてくるが、俺はそれから逃げるように交代しつつ、頭の中で魔術陣を思い浮かべ、それを手のひらに沿うように現実世界に反映させる。反映させたのは水系統の氷を飛ばす魔術<氷弾>で、握り拳程度の氷を3つ彼女に向かって放つ。しかし、彼女は全く動揺することなく、いともたやすく氷を全て剣で打ち落とす。
ーこれで1つ分かった。彼女は剣に長けている。
こんな攻撃私には通じないわよ!なんて漫画のように無駄口を叩いてこないあたり、いかに彼女が本気で戦いに望んでいるか、もしくはあの攻撃が眼中にないかが分かる。
今の魔術は牽制と彼女の剣の力量を見切る意味合いで撃ったのだが、もはやお門違いだった。あんなわかりやすい攻撃は彼女の牽制にもならないし、剣も見切るどころか、その実力に果てがなさそうに感じただけだった。そう思考を巡らせてくる間にも彼女が無慈悲に迫ってくる。俺が次の魔術を発現しようとした瞬間、彼女が手を突き出してくる。俺は後ろに飛ぼうとしたが、後ろにも彼女の魔術陣が発現したのに気づく。
「しまっ」
魔術陣の間で氷が盛大に割れる轟音が鳴り響き、俺の回避に使った風魔術で彼女の綺麗な黒髪がふわりと舞い上がる。どうやら、彼女は俺の前で強引に魔術陣を発現することで、後ろの注意を薄くさせ、前の陣を避けようと後ろにバックステップを取らせ、二つの氷で俺を挟み込む算段だったらしい。
ーこれでもう1つ。彼女はとても頭が切れる。
「よく避けたはね。タイミングもかなり良かったと思ったんだけど。」
「ああ、だから避けるのが精一杯だった。」
「私も君がすごい反射神経をしているのは分かった。だから次こそ仕留める。」
彼女は戦いに本気だ。だけど、あれは間違いなくやり過ぎだ。あの質量の氷に前後からはさまれればどうなるかは誰でも容易に分かるはずだ。もちろん、この学校は医療に長けるⅢ科もあるし、医療システムも充実している。また、この闘技を学校が勧めてやっているのだから、けがくらいはつきものなのだろう。だが、一瞬で息の根を止めてしまえばそれまでだ。死んでしまえば、どうにもならない。今彼女は間違いなく冷静ではない。
一瞬、この戦いに希望が見えた気がした。
戦いが始まって2,3分は経っただろうか。序盤の駆け引きが終わり、戦いは均衡状態と呼ばれる長引きそうな戦いになろうとしていた。実際、その戦況は全く均衡しておらず、彼女の一方的な攻撃で、俺はそれをなんとか躱しているだけだったが。それでも、情けないとか、そんなことは思わないでほしい。
だって、春川さん、全く隙すら見せないんだもの。俺との実力差なんてまさに天と地、月とすっぽんと呼ぶに相応しいほどなのに、これほどまで自分の力に傲らないのは流石としか言いようが無い。
なんとか牽制と回避を繰り返して、逃げてはいるが、正直ジリ貧とも言える。俺は満身創痍でなんとかしているのに対して、彼女はまだ余力があるように見える。何度も言うが、彼女には隙が無い。このままでは確実に負ける。つまり、相手の隙を突いて仕掛けるのでは無く、自分から仕掛けて隙を作り、そこになんとか勝機を見出すしか無いのだ。でも、彼女は少なくとも戦いの”いろは”ぐらい、とうに分かっているはずだ。だから、何重にも罠を張りながら裏の裏をかく。
叶翔は移動のスピードを途端に上げ、純麗との距離を詰める。純麗は一瞬の反応が遅れるも、剣を構え、同時に剣に風系統の魔術陣が浮かび上がり、その術式が剣に付与される。この剣は一見すればただの剣だが、術応剣という立派な魔術の媒体という性質も持ち合わせている。
ただ、剣に魔術が付与されたことでパワーアップしたというわけでは無い。剣に風系統の魔術が付与されたことで剣の切れる長さと幅が大きくなったので、見切るのに時間を費やさず、より広範囲の魔術に対応出来るようになったのだ。おそらく俺の考える限りではそれは最善の策だった。春川はそれを一瞬の思考でやってのけたのだから、驚くべきなのだろうがここまでは計算済みだ。だから、すぐに次の攻撃に移る。
俺の頭の中で複雑な魔術陣を二つ描き、下に魔術陣が発現している叶翔の手のひらに1つとタイミングを合わせて、彼女の死角である頭上にもう1つ魔術陣を発現する。
「これで...どうだ!」
頭の中で同時に3つ魔術陣を描いたので必死に意識を保ちながらも、自分を鼓舞するためにも声を出す。
瞬間、風を纏った彼女の剣が、足下に魔術陣がある俺が放った水系統の魔術で作った氷を全て一振りで粉砕する。
ーーーが、そこからは熱湯が出てきて、彼女がそれを浴びる。そう、俺は彼女が氷をたやすく切ること、剣が風を帯びて、熱湯に対処できなくなること予測してこのプランを練った。何か一つでも瓦解すれば終わりのまさに背水の陣とも呼べるプランを。
だが、これだけでは全く決着すら付かない。春川さんに火傷を負わせないまでにしても、隙なら作れた。ようは、これからなのだ。
叶翔は隙をなんとか、ものにしようと純麗に突っ込む。しかし、純麗はすぐに体勢を立て直し、叶翔を切らんとものすごい剣速で以て、切ろうとする。その速度はありえないほど速い。叶翔の目でさえ追いきれない程の速度だった。
これでようやく今の彼女の実力が見えたが、俺の攻撃がたどり着くより先に、の剣が先にたどり着いた。その剣は確かに足下に魔術陣のある俺を切ったが、空を切ったように、すり抜けた。事実、空を切ったのだ。そこで足下に魔術陣のある俺は存在が無かったように霧散した。そこでこの闘技が始まって初めて純麗は驚きを露わにした。
足下に魔術陣のある俺は風系統の魔術を使い、加速をしているのではなく、本当はただの光系統の魔術を使い、いるはずの無い俺をホログラムのように投影していただけなのだ。本当の俺はもっと後ろにいた。だから、春川さんの剣は空を切った。そして、ようやく彼女に明確な隙が生まれた。
ーーーー準備が整った。
その一瞬で彼女の上に発現しておいた雷系統の魔術、<電界>を発動する。本来、雷系統の魔術は向きをあらかじめ決めておいても、その通りの方向に魔術が行くことは難しい。その雷の魔術の種類にもよるが、本来雷、電気とは電気の流れやすく、発動した所の近くにあるものに流れるのだ。だからこそ、難しい。だが今回は違う。春川さんは、先の俺の魔術で濡れている。不純物の混じった水の電気の流れやすさは誰でも知るところであろう。そして、発動場所は彼女の真上なので一番近い”もの”は彼女なのである。
そして、魔法が雷のように黄色のような紫のような色を帯びて彼女に向かって流れる。
雷が轟音とともに、砂埃を巻き上げる。
視界が晴れ、目を凝らすとそこには倒れた綺麗な少女の姿があった
.......のでは無く、無傷の綺麗な少女が立ち誇っていた。
今回、歯切れが悪く、文字数少し少なくてすみません。いつもはなるべく4000字目標にしていたんですけどね~ww あと、後書きで言うのもなんですが、春川純麗を筆者目線で言ったときに純麗、叶翔目線で言ったときに春川さんとややこしくなってしまっていますが、筆者の技術不足だと思いご了承ください。それでは感想とご指摘待ってます!次回も頑張りますんで、引き続きお読みいただけると嬉しいです。では!!




