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嘘と真実の救済メモリー  作者: 詩杏
9/15

麻希都

 麻衣都に繋がれている鎖はどうやっても外れなかった。むしろ、麻衣都の腕を傷つけるだけの最悪な結果。皆を巻き込んだのは俺で麻衣都を傷つけたのも俺、そんな俺は、目の前にいる麻衣都を自由にさせてあげる事もできない。無力な存在。

 そんな俺の背後に梨花が立っていた。貴一を引きずって笑顔を作っていた。貴一は佐久間と一緒に隆治の部屋にいたはず。なのに何で梨花に捕まってしまったのだろう。俺部屋から出てから、貴一と佐久間に何があったのか、俺には全くわからない。

今まで、送られてきた手紙通りの順番に失踪が繰り返されてきた。姿を消した奴らは、全員ここに連れて来られた。そして、この部屋で今まで何度も殺人が行われていた。きっと貴一も同じ目に会うだろう。

 想像ならいくらでもできる。きっとこのまま俺の頭の中に思い浮かぶ最悪な結末のどれかになるだろう。まず始めに、生きたまま首を刎ねられて殺される。その後体をばらばらにされる。いや、体を痛めつけられて、最後に首を刎ねられるのかな。首を刎ねられるのは生きている間か、死んでからなのか。凶器は何を使っているのかな。鋸? チェーンソー? こんなところかな。なんにしても想像するだけで吐き気がするよ。

それを選択するのは梨花。俺達の運命を握っているのはここでは全て梨花なのだ。

「梨花」

「なぁに?」

甘えた声で答える梨花。もう自分が梨花であると否定したりしないのか。

「やっぱり梨花だったんだ」

大分前から確信はあった。だが、実際真実を突きつけられると、やっぱり悲しくなる。悲しいというか何というか。言葉にならない感情が込み上げてくる。

「うーん」

梨花は何やら考える素振りを見せた。

「だって、いくら私が麻衣都の顔をしていても、目の前に本物の弟がいる状態じゃ嘘突き通せないかなーって。まさか麻希都にこの場所がばれるなんて思ってもみなかったのに。どうしてここがわかったの?」

残念そうに答える梨花。

 俺だってこんな場所に辿り着けるなんて思ってもみなかったよ。どうしてここがわかったかと聞かれても正直わからない。あえて理由をつけるとしたら、梨花に監禁された人の想いか、俺の執念か。このどちらかなんじゃないかな?

「梨花、この二人の鎖の鍵はどこだ?」

「鍵?」

「ああ、お前が持ってるんだろ?」

梨花が持っているであろう鍵さえ手に入れば、もう梨花に用なんてない。麻衣都と隆治を解放して、貴一を叩き起こして早くここから脱出する。俺の頭の中に浮かぶ最悪な結末。それを選択するのは梨花。俺達の運命を握っているのはここでは全て梨花なのだ。でもそれが本当に全てなのだろうか。そんな運命俺は絶対に認めない。梨花に俺達の運命なんて決めさせない。梨花が作り出した運命なんて、俺が全部ぶっ壊してやる。

「俺、お前を傷つけたくない。けど、梨花が鍵を渡してくれないっていうんなら、力ずくで奪わなくちゃいけなくなるだろ」

鍵を奪うためなら、俺はどんな事だってする覚悟だった。相手は女。力勝負になれば俺が勝つだろう。

「どうして?」

「え?」

「どうしてそんなにそいつらの事を心配するの? 麻希都には私だけいればいいじゃない。どうして私以外の人間を見るの? どうして私以外の人間に触れるの? 私以外は見えなくていい。私以外わからなくなればいい」

梨花が呪文のように呟いた。

 危険だ…! 直感的にそう思った。

「わー!」

梨花は上着の内ポケットに手を入れると、俺に向かって走り出した。その時、梨花の手にナイフが握られているのがわかった。

 俺は避ければ、最悪麻衣都に当たってしまう。それだけは避けなくてはいけない。でもどうする? ナイフなんて直接受けたら怪我じゃすまないぞ。

 必死に頭を回転させる。もう考えてる時間はない。俺は左手を前に出した。

「ああー!」

梨花の叫び声が間近で聞こえた。俺の左手に激痛が走る。

「ぐっ…」

なんていうか、痛いという感覚を通り越して感覚がなくなっていく。一瞬瞑っていた目を開いた。すると、俺の左手にナイフが突き刺さっていた。それを見た瞬間に、忘れていた痛みが蘇ってきた。

「あ、ああ…」

条件反射で動いた体が、現状を理解した瞬間に後悔に変わった。

 早く…早くナイフを抜かないと…。痛い…痛い…。こんな痛み耐えられない。死んでしまう。

 その時、俺の後ろから声がした。

「麻、麻希都…」

「お兄ちゃん…」

隆治と麻衣都の声だ。

 俺は我に返った。こんな痛みなんだよ。今まで梨花に痛めつけられた皆に比べればどうって事ないじゃないか。俺は今俺自身ができる事、まだ生きている皆を守ると決めたんじゃないか。

 俺はナイフが刺さっている左手を思い切り握った。

「捕まえたぞ、梨花」

ナイフごと梨花の右手を掴む。正直、こんな曖昧な感覚じゃ握力なんてないに等しかったかもしれない。でも、梨花を抑えるには十分だった。

「麻、麻希都…?」

「ちょっと我慢してくれ」

俺は右手に力を入れた。そして、目の前にいる梨花の頬を思い切り殴った。

「ぐふっ」

梨花は激しく吹き飛んで言った。その拍子に、俺の左手に刺さっていたナイフは抜け、地面に落ちた。

 殴った衝撃で俺の体は大きくよろけたが、何とか倒れずにすんだ。梨花は、倒れ込んでいたが、ゆくりと体を起き上がらせた。顔には痛々しい打撲痕が残っていた。梨花は立ち上がると、拳を振り上げて俺に向かってきた。

 はじめの数発は、俺に狙いを定めていないかのように不安定な攻撃だった。それだけじゃない。少し歩いただけでもよろけて転んでしまいそうな足取り。どうやら、俺が殴った衝撃は、予想以上に梨花の体に堪えていたようだ。

だが、しばらくすると、梨花は標準を定めてきた。梨花の拳はしっかりと俺に向けられた。先ほどとは違い、今度は簡単に避けられる。そう思っていたが、梨花の拳は俺の肩に直撃した。自分よりもずっと小柄な女性で、相手も負傷している。普段なら全く微動だにしなかったであろうその攻撃も、今の俺には十分だった。俺の体はバランスを崩し、倒れ込んだ。

「麻希都」

「お兄ちゃん」

隆治と麻衣都の声が聞こえた。

 早く体勢を立て直さないと。そう思っていても、なかなか体は動かない。

くそっ。

梨花は、そんな俺の上に乗ってきた。梨花が乗っているのは俺の腹の辺り。先ほど梨花に刺された場所だ。

「ああ…」

腹が焼けるように熱い。梨花がここに乗っているのは偶然なのか、それとも知っていてわざとなのか、どちらにしても性質が悪い。

 俺は梨花をどかそうと、梨花の体に手をかけた。左手は先ほど貫通した事により、未だに出血が止まらず、全く力が入らなかった。無傷の右手も同じだ。まるで自分の体ではないかのようにいう事を聞かない。梨花の手にナイフが握られていない事はせめてもの救いだった。もしそうなら、俺は確実に殺されていたから。

 梨花は俺の首に両手をかけてきた。そして、どんどん力を強めていく。絞殺する気かよ。限られる酸素をもがくように必死に吸い込む。

「ふざけんな…」

俺は体中の力を使い、梨花をどかした。そして立ち上がる。

 苦しい。それが俺の体を支配している。

 梨花は立ち上がり、再び俺に向き直る。

「うわー!」

叫び声を上げ、無理やり体を動かす。梨花よりも早く起き上がらなければならない。

 梨花とほぼ同時に体を上げる。俺の視界に、先ほど俺の左手を突き刺したナイフが映った。梨花は拳を握ると、俺に振り下ろした。もう考えている時間はない。俺はナイフを拾い上げた。そして、自分の体の前でそのナイフを構えた。

 梨花は勢い良く俺に向かってくる。俺は目を閉じた。そして、ナイフを通じて鈍い感覚が体中を駆け巡る。

 俺はゆっくりと目を開ける。俺の手に握られているナイフには、俺以外の血液が混じり、先ほどよりも鮮血で染まっていた。俺に寄りかかるように立っている梨花。その腹部には、俺が構えているナイフが突き差さていた。

「麻、麻希都…」

梨花が絶望的な瞳で俺を見上げる。俺はそれに耐えられなくて視線を逸らす。

「ごめん、梨花」

それ以外の言葉が見つからない。

 ナイフから体が抜かれるのと同時に、梨花の体が地面に崩れ落ちた。どちらのほうが早かったかはわからないが、真っ赤に染まったナイフも地面に落ちた。俺は梨花の体を支える事もせず、黙ってその光景を眺めていた。


 先ほど梨花に腹を刺された事もあり、血が足りていなかった。目の前がくらくらする。正直、立っているのもやっとだった。はやく鍵を探さないと。

「麻希都」

「お兄ちゃん」

隆治と麻衣都が心配そうに俺を見つめる。俺は、朧気な視界で二人を見る。ダメだ、すぐ近くにいるのに、二人の表情を確認できない。

「もう少しだけ待ってて」

できるだけ笑顔を作ってそう言った。笑顔、ちゃんと作れてたかな?

 俺は梨花のすぐ近くに腰を下ろした。。地面に倒れている梨花は、女性の体をしていた。こんな女性を殴るなんて…そして、刺すなんて…男として最悪だな。不可抗力とはいえ、胸が痛んだ。

 梨花の上着のポケットに手を入れる。ここにはないか。別のポケットも探したが、やはりない。どこにあるんだよ。早く探さなきゃいけないのに。一通りポケットを調べたが、どこにもなかった。

「嘘…だろ…」

他に鍵をしまえそうな場所なんてない。もしかして、梨花は鍵を持ち歩いていなかったっていうのか…? だとしたら、これ以上の絶望はあるだろうか。俺の目から涙が零れ落ちる。

「麻希都?」

隆治の声がした。

「麻希都、どうした?」

鍵がない。そんな事言えない。言葉の代わりに、零れ落ちる涙が止まらない。

 その姿を見て、隆治は察したようだった。

「ないのか、鍵」

俺は小さく頷く。

「そっか」

隆治の顔は見えないのに、どんな表情をしているのかは簡単に想像ができた。

「ごめん、助けてあげられない」

俺は地面に落ちているナイフを拾った。そして、麻衣都の前まで行くとナイフで鎖を破壊しようとした。

「お兄ちゃん?」

何度も何度も繰りかえしナイフを叩きつける。金属でできた鎖をナイフで壊せるとは思っていない。けれど、少しずつでも削れていけば、いずれは自由になるかもしれない。

「お兄ちゃん、無理だよ」

わかってるよ。心配そうに見上げる麻衣都。

「お兄ちゃん、もういいから。これ以上はお兄ちゃんが死んじゃうよ。お願いだからもうやめて」

麻衣都の声は震えていた。

 俺は凄まじいめまいに襲われた。

「お兄ちゃん!」

「麻希都!」

体勢を立て直す事もできずに、俺は地面に倒れ込んだ。

「あ、やば…」

頭に強い衝撃が走り、目の前が真っ白になった。どうやら倒れた拍子に頭を地面に強く打ち付けたらしい。

 微かに麻衣都と隆治の声が聞こえた。でも、何を言っているのかはわからない。気持ち悪い。俺の意識はゆっくりと消えていった。



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