鏡夜
アフター一本目がこれかよ!
……いちゃいちゃを楽しみにしていた皆様ごめんなさい。
少しだけ散歩をしていた。
正直、この町は人が少ない。
名も知らぬ怪獣少女はまだ居るが、それでもこの町はがらんとした印象が強いのだ。
「……冷えるなー」
越してから随分経つように思えるが、三月に引っ越してきて、今はまだ四月に入ったばかりである。
……体感じゃ、一年くらいなんだけどなー。
まあ、それだけイベント目白押しだったよな。
しかし、やっぱ夜は寒い。
歩いているとそこまで気にならないが、こうやって不意に立ち止まると、文字通り身に染みるな。
「飲み物でも買いますか……」
丁度自販機があったし、缶コーヒーを購入。
寒々しい光に照らし出された、公園のベンチにどっかりと腰を落ち着け、ぐいと缶コーヒーを呷った。
洒落っ気もへったくれもないが、そもそも俺は工業系の男所帯で過ごしてきたのだ。
そんな大層な文化は身につけていない。
ふぅ、と一息つき、空を仰いだ。
青白い月が煌々と夜を照らす。
それをぼんやりと俺は眺めて――
……
「――んぁ?」
身体がミシミシと文句を言う。
どうやらこんなところで居眠りしてしまったようだ。
「……〜〜〜〜っ、失敗した……。これ、絶対心配かけたよな……」
額に手をやる。
やっちまた。これ、めちゃくちゃ怒られるよ……。
「おー、起きたか」
「……は?」
聞きなれた声が耳に届く。
恐る恐る横を見てみると……
「よう、俺」
赤い瞳。
よれよれの白衣。
いつしか出くわしたもう一人の俺が、俺の隣に座っていたのだ。
あろうことか、手に持っている缶コーヒーまでもが一緒だった。
「……え? いや、……え?」
ちょっと脳の処理が追いつかなかった。
「なんだ? 遂に頭が逝ったのか?」
「勝手にパッパラパーになったように言うな!」
あまりの俺の言い草に、俺は思い切りツッコミを入れた。
「お、戻った戻った」
「ったく、なんでお前がこんなところに居るんだよ?」
「さあ、な? ああ、お前も死んだから、とかじゃないか? 俺だって死んでるわけだしさ」
「マジでやめろ。ぞっとしない」
「冗談だけどよぉ。まあ、なんだ。俺がここに居るのは、幽霊がお前と話をしたがった、くらいに思えばいいさ」
「そりゃまた随分テキトーだな」
「テキトーでいいだろ。面倒な考えごとに、時間をかけるのは好きじゃないんだ」
そのセリフで、ピーンと来た。
「はっはーん。つまり、お前も上手く説明できないってわけか」
「そういうことだ」
「最初っからそう言えよ」
「なんか悔しかったからな。――いや、こんな話をするために出てきたんじゃなかったな」
「……何の用だよ?」
それまでふざけた調子だったソイツの顔が、真面目な物になった。
「……全部無事に終わったか?」
「…………ああ」
そうか、とアイツは呟き、ぐいとコーヒーを呷る。
「なら良かった。一応確認しとかないと不安なんだよ。これでも研究者だったからな」
「ん? お前そんな頭良かったのか?」
「あー、お前、そこまで頭良くなかったんだっけ?」
……微妙な沈黙が流れる。
「……余計なお世話だな」
俺が少し棘のある声で言うと、アイツは少し肩をすくめた。
「ま、用途の違いだろ。お前だってその気になれば出来ないこともない……と思う」
「なんだよ、用途の違いって」
「俺はもとより軍用で、常人じゃ扱えない兵器を、息をするように扱えるようにこの頭の中身が造られた。対して、お前はどちらかと言えば死者の再現だ。俺もその用途があったが、どちらかと言えば戦闘特化だったし、人格や記憶の再現もおざなりだったよ」
「戦闘用、ねぇ……ずいぶん物騒な」
「信じられないってことはないだろ?」
「前の変身モドキの情報があるからな」
「気に入ってくれたようで何よりだ」
「……気に入ったってワケじゃ、ないんだけどよ」
溜息を一つ吐く。
コイツに貰ったあの形態への情報。
今思い返せば、随分とヤバい代物だった。
……それを、いくら屑とは言え、躊躇うことなく人間に使えてしまったことに、やはり戸惑いを感じる。
「俺、やっぱヘタレなのかね……」
「……前は、ああ言ったけどよ。やっぱお前、ヘタレくらいで丁度いいんだよ」
「はぁ?」
「息するように人を殺す。そんなのは、この町ではいらねーだろ?」
目の前の俺がそういって笑う。
「……お前、そういうのが必要な時、あったのか?」
「……あったな。それ以外でも、そこそこ汚いことはしてきたし」
「住んでる世界が違うな。お前」
それは文字通りの意味でもあった。
そもそも、コイツはこの世界の住民ではない。
とっくに気がついていた。
コイツは、この世界とよく似た、しかし、もっと冷たい世界の住民だったのだ。
「顔も性格も似たり寄ったりなのになー」
……俺は、軽い調子で笑うコイツに、一つだけ聞きたいことがあった。
「……お前さ、死んでるんだよな?」
「ああ」
「向こうにも、ジュラって居たのか?」
「ああ」
「……幸せに生きているのか?」
「…………死んだよ。俺が殺したようなもんだった」
「――っ」
覚悟はしていた。
そんな気もしていた。
だけど、いざ本当にコイツの口からその言葉を聞くと、脳が沸騰しそうになった。
「俺は後悔はしていない。あれ以上は、あの時の俺じゃどうしようもなかったからな」
「……なんで彼女は、お前の世界で死んだんだ?」
「……こっちの世界でもあっただろ? ……ウルティオンだよ。あれとの相性が悪かったらしい。縮小には成功したが、徐々に細胞が劣化し、死んでいった。……最初は、あんなに元気だったのによ」
「おい、ちょっと待てよ……! それ、ここにいるみんなが打たれてるんだぞ……!?」
「安心しろ。ここではそんなことは起きない。あの薬は、効果が同じで名前が一緒ってだけの代物だ。由来が違いすぎる」
「由来……?」
「〈ゲノム・ディストラクション〉。……それが向こうでのウルティオンの原料だった」
「な……っ!?」
〈ゲノム・ディストラクション〉。
それは、俺達にとって、最も忌々しい薬の名前だった。
「何でそんなものから――」
「あれの本質は遺伝子操作だった。それをめちゃくちゃなものにして逃れようのない死を与える。そういう用途の代物だ」
遺伝子操作。そのワードで、一つの仮説が浮かび上がった。
「……まさか」
「察したか? 怪獣細胞の遺伝子を操作して、強制的に縮小する……それが、俺達の世界のウルティオンの原理だった」
「…………」
「非人道的、生命倫理に反する……腐るほど反論は湧いてきたさ。けれど、それでも俺はこの薬を開発した。……薬がしっかりその性能を発揮すれば、今まで殺すしかなかった怪獣たちを殺さずに済む。そう思ってたからな」
「……でも、それでも、そっちの世界のジュラは……」
「…………元々兵器だったこともあって、遺伝子操作が強引なものだったっていうのが、その時の見解だ。殺すものを捕獲用に調整しても、結果として効力が強すぎて、毒にしかならなかったってワケだ」
「…………」
「だが、こっちの世界のウルティオンは違う」
「……何がどう違うんだ」
「ディアを知っているだろう?」
「……ああ」
「あの子は異常だ。最初から小さい怪獣だったんだからな」
「何……?」
「ん? 気がついてなかったのか?」
「い、いや……そうか、最初にあった時には、まだウルティオンが開発される前だった……」
「あの細胞を解析して、縮小に関係する部分を抜き出し、それを薬の形にしたもの。それがこちらの世界のウルティオンだ」
「ディアの細胞から作られたってことか?」
「ああ。元が怪獣細胞由来だから、障害も何も起こらないまま、ただ縮小だけを行う。……安全性も文句なしだ」
「そう、だったのか……」
ディア。
ドクターイクスにより、悲惨な改造を行われた怪獣少女。
彼女のお陰で、今のこの町が……。
「……お前は、この町でこのまま生き続けるんだろ?」
「ああ」
「なら、容赦の無さ、なんて物騒なもの、持ってる必要はないだろ?」
「……ああ」
「もし万が一、またこういうことがあるなら……その時は、俺を頼れ。いつでも出てきてやる」
アイツは目の前でそう笑った。
「なんで、そこまでしてくれるんだ?」
そこだけが少し疑問だった。
思わず、それを口に出してしまう。
「……たとえ別な世界だとしても、あの子が笑ってくれるから」
「それで、お前は満足なのか?」
何を当たり前なことを、と彼は笑った。
「そうじゃなきゃ、誰が好き好んでこんな面倒ごとに首突っ込むんだ?」
「……そうかよ」
溜息一つ。
やはり、こいつは住む世界が違うな。
「お前がそれでいいんだったら、俺は何も言うことはないな」
「そういうことだ。……そろそろ、俺は帰るよ」
どこへ、とは聞かない。
聞いたって意味がない。
「そうか」
「んじゃ、そういうわけだ。頼られないことを祈っとくぜ」
「おう」
アイツはベンチから立ち上がり、ひらひらと手を振って、夜の闇に溶けるように去っていった。
あれだけ目立ちそうな白衣も、もうどこにも見えない。
「……ありがとよ、俺」
それだけ言って、俺も立ち上がった――
……
「――んぁ?」
身体がミシミシと文句を言う。
どうやらこんなところで居眠りしてしまったようだ。
「……〜〜〜〜っ、失敗した……。これ、絶対心配かけたよな……」
額に手をやる。
やっちまた。これ、めちゃくちゃ怒られるよ……。
「ん、やっと起きた」
「うわぁっ!?」
顔を上げると、ジュラがいた。
「な、なんだ、ジュラか」
「……おはよう、セリザワ」
「悪い、散歩途中に休憩してたら、眠っちまったみたいだ」
「ん、身体、大分冷えてる。お姉ちゃん達も心配して探している」
「あー……。ちゃんと謝らないとな……」
「……丁度みんな来た」
「え?」
ジュラの言うとおり、確かに全員公園に来てるな……。
「ジュラ! ヨシト見つかった!?」
「あ、由人君!」
「あー! こんな所で寝てるー!」
「よしと見つけたー!」
「……見つけた」
ジュリ、ディア、ゼロ、シンカ、キリ。
……みんな揃って探してくれたのか。
「すまん、一休みするだけのつもりが、随分寝ちまってた――」
「今度から気をつけてね? これでも心配するんだから」
「由人君、体冷えちゃってませんか?」
「由人ー! お姉ちゃんに心配かけるんじゃないわよ、ほんっとにもー!」
「よしとよしとー! 早く帰ろ、一緒に寝よー!」
「……食後の運動も、程ほどに」
「――頼む、一人一人喋ってくれ」
この人数で一斉に喋られると、聖徳太子でもなんでもない俺にはちょっと聞き取れない。
「……とにかく、帰る」
そう言って、ジュラが俺の手を引っ張る。
「そうだな」
俺もそれに頷き、家のほうへ足を向ける。
「帰ろう、俺達の家に」
誰かが、ベンチの横で笑っているような気がした。
アフター一本目。
まさかのダブル芹沢の会話でした。
ただ、この回で、本編では語られなかった様々な事実を語れました。
作者的にはすっげー満足です!
多分赤由人君|(別世界の芹沢)は続投します!
時々顔を出すと思うので、彼ともども、怪獣少女、よろしくお願いします。




