終幕
「全員を眠らせたか。流石だね」
「汚いものは、彼女達に見せられないしな。……目が覚めれば、全部終わっていた。彼女達が知るのは、その事実だけで十分だ」
毒のような光を湛える紫の瞳。
それに睨み据えられても、ドクターイクスは動じず、俺と言葉を交わす。
「君は消えたと思っていたよ。約束を忘れていたこと、彼女は怒っていただろう?」
「……彼女は、許してくれたよ。お前が思ってるよりも、ずっと優しい子だからな」
「そうかい、それは何よりだ」
くつくつとドクターイクスが笑う。
……冷たい殺気はまだ俺の中に渦巻いている。
脳髄をドロドロに焼き融かしそうな怒りの熱も、轟々と唸っている。
「で、君はそんな無駄話をしたくて出てきたのかい?」
「まさか」
「僕を殺したいのかい?」
「当然」
「おやおや、ただの高校生だったのに、この町で過ごした時間は、随分と君を物騒な思考にしたようだねぇ」
「生憎と、俺は元々俺はこういう性分らしいぜ? 知ってただろ? ご同類さんよ」
皮肉たっぷりに目の前のクズに言い放つ。
敵意なんて、隠すつもりもない。
「おお怖い。……しかし、君はなんでそうまでこの町に肩入れする? 君が邪魔をしないというのなら、君を元の日常に返すことだって、やぶさかではないんだけど……」
「要らぬお世話だ。俺はこのままで満足しているさ」
「どうしてかな?」
「……教えてわかるほど、お前が利口とは思っちゃいねーよ」
もう、交わす言葉も何もない。
全身を黒い装甲が覆ってゆく。
獣面が顔を覆う。四本の角が震える。
長い尾がしなる。
「――Face of Alternative。成る程、機械であり生命である君は、もう一人の機械であり生命である君と出会っていたわけだ。興味深いねぇ……生命の境界の曖昧さは、そのまま世界に存在することへの曖昧さへ繋がるということなのかな?」
「知るかよ。ただ、俺は言われたんだ。これを使って、お前をぶち殺せって」
言うが早いか、背部のスラスターが紫炎を盛大に吐き出す。
文字通り、爆発的な加速。
視界が速さに一瞬に溶けていく。
拳を突き出す。
人間にはまず反応できないスピード。しかし――
「危ない、危ない。念のため、自分でも試しといて正解だったよ」
それを目の前の男はかわしたのだ。
顔の左半分を銀の仮面で多い、両手両足に装甲が装着されている。
「思う存分、試運転といこうじゃないか」
「上等……!」
刹那の衝突。
秒にも満たない短い時間の中、十をゆうに越える拳打を叩き込み、叩き込まれた。
「まだまだぁっ!」
首を狙っての回し蹴り。
それを手で止められるも、そこまでは予想済みだった。
スラスターを吹かす。
体がありえない方向にありえない速さで加速し――右の拳が奴の顔面を打ち据えた。
そのままドクターイクスは派手に吹き飛ぶ。
「ぐぅっ!」
「――っ、は!」
一拍の呼吸と同時に肘のスラスターを起動。
豪速の拳が奴の鳩尾に叩き込まれた。
「うっ、く、な――」
苦痛の表情を無視し、更にもう一撃加えてやる。
「がっ!」
大きくヤツがよろめく。
黒い尾がしなる。
痛みで歪む横っ面に、思い切り、重量級の衝撃が牙をむく。
奴の頭が地面に叩きつけられる。
相手が自分と同じ力を持っている?
だからなんだ。
そんなことに、俺を止めるだけの意味も現実も伴わない。
俺の目的はただ一つ。
コイツを――大切な者達を傷つける外敵を――
「――完膚なきまでに、叩き壊すことだ」
思い切り、奴の頭を踏みつける。
「ぎゃ――」
ごきっ、と嫌悪感を感じさせる破砕音と共に、奴の頭の形が多少変わった。
だが、
更にもう一度、足を振り下ろす。
「ぎ、」
短い悲鳴。
痛みが奴の意思とは関係なしに、喉から声を押し出している。
手加減はしない。
怪獣細胞や機械細胞の再生力は、身を以って知っているのだ。
再生されたらたまったもんじゃない。
絶対に殺す。
絶対に消す。
生かしておくわけがない。
「ラスト」
呟き、獣面の顎部を開放する。
喉の奥で、煌々と紫色が輝き――
光が、一瞬だけ、大怪獣町を覆いつくした。
――後には、風に攫われる、白い灰と、地面に倒れ伏す、青い目の青年が居るのみだった。
――青年は身体を無理やりに起こし、眠っている彼女達を起こすため、重い身体を引きずり、歩き出した。
――また、彼の望む日常に、帰っていくため。
次章突入です。




