(女の子二人と)いきなりデート
9時だと言ったな。あれは嘘だ。
その提案は唐突だった。
「ヨシト、明日なんだけどさ。三人で出掛けない?」
「ん? 別にいいぞ。バイトもないし」
ジュリが少しばかりドキドキした様子で、そんな提案をしてきた。
そんなわけで、
「出掛けた、訳だが……」
俺は少し唖然とした。
何故なら、
「ここ、町の外じゃねーか!」
懐かしい喧騒。
そう、俺が今立っているのは、大怪獣町の外――人間の住む、大きな都市なのだ。
「ふっふー、昨日の内にボクが外出申請出しておいたんだよ!」
「そんなのが有ったのか」
知らなかった。
そもそも二度と出れないと思ってたし。
「ボクは外がどうなってるのか見てみたかったし、ルモに話を聞いてみたんだよ」
「……申請すれば、最長一週間は外泊可能。でも、警戒ブレスレットの着用が義務付けられる」
ジュラが丁寧に説明してくれた。
「警戒ブレスレットって、町を出るときに渡されたこれか?」
手首に装着された、銀色の細いブレスレットを見る。
「……特殊な薬品が入ってるって、ルモが言ってた」
恐らくは、麻酔か何かの類いだろう。
「なるほど。まあ、あんまり目立たないから良いけどさ」
しかし、こういう場所か……。
春先からは全然人間の町に近寄ってないもんなー。
気付けば、割りと長く大怪獣町に居るんだよな、俺。
他の面子と比べりゃ微々たるもんだけど。
「……随分、久しぶりな気がするな」
「懐かしい? セリザワ」
「ああ。そういえば、お前ら、人間の町で遊んだことあるのか?」
「ううん、ボクは無いなー」
「……わたしも、ネットでしか知らない」
「そうか。俺は何度か友達と遊びに来たんだよな。俺、小さい頃はこの町に住んでたし」
ジュラとジュリは全然知らないか。
それじゃ、ある程度この町を知っている俺が案内役になるか。
「よし、じゃあ、俺が案内役を買って出ますか! お前ら二人はここら辺のこと知らないんだろ?」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「……助かる」
「決まりだな。早速いきますかー」
二人の手をとって、ずんずん歩き出す。
大分テンションが上がっていたのだろう。
何せ、久しぶりの普通の町だったから。
「女の子の喜びそうなところか……ああ、だったら」
ふと思い付いた場所がある。
男連中公認だった魔窟。
工業系男子高校生には、あまりにも縁がない場所。
一回だけ行ったのだって、友人の妹の誕生日プレゼントの調達だった。
そう、その名も――
「お洒落な小物屋さんとか、行ってみるか? 俺もあんまり入ったことないけど」
「ん、行ってみたい……」
「良いね! 乙女心をくすぐられる気がするよ」
目をキラキラさせて、二人は頷いた。
……
「……可愛い」
「うわぁっ! ダメだ次々目移りしちゃうよ! すごいね、ヨシト!」
想像以上に好リアクションだった。
二人とも目をキラキラさせて品物を見ている。
「やっぱ、女の子ってこういうものが好きなんだな」
「……ん。セリザワはよくわかっている」
「ありがとね、ヨシトっ!」
二人してお礼をいってくれる。……まあ、なんだ。こういうのも悪くない、よな。
「……気に入ったやつがあるなら、買ってやるぞ? バイト代あるし、ちょっとくらい高くても大丈夫だから」
「……いいの?」
「ヨシト、いい人過ぎないかい?」
「いや、折角だし、女の子に出させるのもあれだからさ。甲斐性くらい見せるよ」
「本当にいいの?」
「ジュリ。お前無一文なんだから、素直に甘えろ。ジュラも、もっと甘えてくれ」
何気ジュリも、ジュラみたいに遠慮がちだったりする。
「ほら、買いたいヤツ、出してみ?」
俺がそう言うと、二人はおずおずと品物を手に取った。
ジュラは……何かのキャラだろうか? ギザギザした歯が目立つ、大きな口をにんまりとさせ、吊り上がった目の付いた顔の、手のひらサイズのぬいぐるみだ。ストラップの紐付きだから、スマホのストラップにもなるみたいだ。
「……怪獣のデフォルメ。ネットで見てから気に入ってた」
か、怪獣? この頭だけのお饅頭みたいなのがか?
ギザギザした背鰭や、小さい尻尾は付いてるが……。
いや、ジュラは気に入ってるみたいだし、こうやって改めて見ると、なかなか愛嬌がある……と思う。
値札を見てみる。
2000円。
……割高な気がしないでもないが、財布の中身から言えば、別に出すのを渋るような金額でもない。
「ジュラはそのストラップでいいのか?」
「ん。これが一番」
気に入ってんなら問題無いな。
「ジュリは?」
「わたしは……そうだね」
さっきの小物は棚に戻していた。
悩むようにそこら中を見回して、ピタリと視線を止めた。
あれ? なんで俺の所で視線止めるの? なんでとっておきのアイデア浮かんだような顔してるの?
「……ヨシト、だね」
「は?」
「ヨシトが欲しいって言ったら、くれるのかな?」
一瞬感覚が絶対零度になった。
「えっ、いやいや、ちょっ、え? えええええええええええっ!?」
ど、どういう意味!?
俺が欲しいってどゆこと!?
え!? そういう意味でとっていいの!?
「それ、どういう意味――」
「ヨシトがすきだから欲しいって意味だよ」
は?
今度は混乱。
ジュラも目を丸くして俺を見ている。
「……マジで?」
「ボクはマジだよ」
「唐突すぎじゃないか?」
「大分前から付き合うのは君みたいな人がいいって言ってたよ?」
「だとしても決定的な理由は……」
「そんなものなくても、あっさり人は恋に落ちるものだよ。それに、さ。ボクはヨシトが命を賭けてまでこの生活に戻してもらったんだ。好きになるのには、充分なんじゃないかな?」
「……………………」
どどどど、どうすんだよ!
おいどうすんだよ! もうどうだっていいy……じゃなくて! え!? ガチでジュリは俺のこと好きなの!?
だとしてだとして……っ、何て答えるよ?
俺は、ジュリをどう思ってる?
綺麗だし、可愛い。
好きか嫌いか?
もちろん好きだ。
でもそれは人としてで、異性としてではどう思っているんだ?
嫌い、じゃない。それは確かだ。
それじゃ、好きか?
わからない。
「……駄目、かな」
「……っ」
不安げにジュリの表情が揺れる。
意識し出した途端、なんでこうも、ジュリの表情にドキドキさせられるんだろう?
ああ、綺麗だ。
今更だけど、告白されて嬉しいよ。
答え、焦んなくていいんじゃないか? 俺はまだ明確に彼女が好きなんて断言出来ない。
それでも、俺は断ろうなんて思えない。付き合って、改めて彼女を好きになれれば――
大分自分勝手だ。でも、これが俺の正直な気持ちだ。
だから、伝えなきゃいけない。
「――ジュリ。俺はまだ、お前が好きなのかどうか、はっきりとは判らない」
「うん」
「けど、付き合ってみて、それでお前のことを、はっきり好きって言えるようになれたらいいって……そう思ってるんだ」
こいつに嘘をつきたくない。
大怪獣町のみんなには、誠実でいたい。
それは、親父や人間のやったことへの罪滅ぼしかもしれない。
でも、それでも俺は――
「――こんなはっきりしないヤツだけど、付き合ってくれるか?」
彼女達を、大切にしたいから。
俺の台詞は、ジュリへの告白だった。
そしてジュリは――
「――はい」
そんな台詞を、受け入れてくれた。
「おめでとう、お姉ちゃん」
「ありがと、ジュラ」
ジュラはいつもの調子でジュリに祝福の言葉をかけた。
それでも、ジュラの口調には、確かに暖かみを感じられた。
「……わたしも、負けない」
ジュラはそう、謎の宣言をすると、ぎゅーっと俺の腰に抱きついてきた。
「待ってて、セリザワ」
その台詞の意味を、まだ俺は理解できなかった。
お久しぶりです。2ヶ月近く空いてしまい、本当に申し訳ないです。
しばらくは以前より少しペースダウンした程度でお送りさせていただきます。




