国母としての心意気
正妃、つまり国母とは国王以上に国王のことを考え、国を憂い、国と王にその身の全てを尽くす存在だと教えられた。
国王に寄り添い、国に寄り添う。
そこに自分の欲望など挟まない。
まさに無欲の母であれ。
そう、お爺様に教えられた。
国内外の知識に、あらゆる技能。それはあの方に相応しい淑女になるために身につけた私の全て。
心を癒す相手に選ばれなくてもいい、女性と見られなくてもいい。ただあの方の視界に入り、あの方の助けになり、あわよくば存在を認められたかった。
それが、私。
リッカ・リア・ハインツフィル、ハインツフィル公爵令嬢の罪だったのかもしれない。
国母を目指すものが僅かでも自らの欲望を持った罪。
国母に選ばれず、あの方と結ばれなくとも構わない。
誰か穏やかな人と結婚し、あの方のためになる国の発展に協力出来ればいい。
公爵家と王家の為、10歳の誕生日を過ぎたころから出来るところから手を付けるようにした。
初めは自分の領地。
公爵家の名の元に統治されているこの無駄に広いこの領地には、数々の村があり、気候があり、土地柄があった。
それに合わせた農地改革をお父様と進め、貧しい村でも特産品を作って少しずつ外貨の取得を努めた。
増えたお金は教育と医療、福祉や治安の維持に注ぎ込んだ。
大切な領民、我が子のように慈しんでいると平民の出でも素晴らしい才能を咲かせるものが出て来た。
ハインツフィル公爵の後ろ盾を付けて領民たちには好きなことをやらせた。
もちろん悪いことは許さなかったが。
いつしか王国一番の領地と誉れ高い呼び名がついた。
ついに、畏れ多くも正妃候補にもなった。
あの方と直接言葉を交わせる名誉をいただけた。
それだけで幸せだった。
あの方に意中の方が出来た。
喜ばしいことだ。聞けば男爵の令嬢とのことでこれからは苦労するだろうが二人で頑張って欲しい。
何かあったら助言をしていかないと。
どうやら、あの方の意中の令嬢は少々思い込みが強いらしい。
ほかの令嬢の心を逆撫でしたり、少々見当違いの福祉をしたりしている。
ここは宮廷、お腹にたぬきをたくさん飼っている人達が跳梁跋扈する世界。
このままでは意中の令嬢の命も危ないわ。
なんとかしないと。
全てはあの方の幸せのため、国のため。
「リッカ・リア・ハインツフィル公爵令嬢っ、自領の民を洗脳し、国の中枢に送り込み、内部からの王国瓦解を狙ったという背信の罪、及び我が妻となる男爵令嬢にたいする数々の無礼、何か申し開きはあるか!」
…どうしてこうなったのでしょう?
あの方に罵られながら私は緩慢に思考した。
今夜は現国王様のご生誕を祝う舞踏会だった。いつものように、1曲あの方と踊らせて頂いたあと、申し訳なさそうな顔をなさる現国王様と歓談し、壁の花になっていたときだ。
突如、兵に拘束され、あの方に頬を打たれ、声高に罵られた。
国賓はどよめき、音楽は止まり、使用人すら固まっていた。
国賓の中には千載一遇の好機と目を光らせる方もいた。
油断など出来ない国賓もいるのになんて愚かなことを…あの方は変わってしまった。
「申し開き、と言いますと…全て事実無根としか言いようがありません。…領民のことは貴族としての当然の義務で御座います。税で民に尽くし、民は国に尽くし…私も彼らも国を想ってのことで背信なんてありえませんわ。」
私の腕を掴む兵も私の領民だった。
幼馴染みのように育った大切な仲間たち。
私が正妃になったら一番近くで護れるようにって近衛にまでなった愛しいおバカさんたち。
今も、乱暴に掴んでいるように見えるけど、決して痛みを感じないようにしてくれている。
「そして、男爵令嬢はまだ立場は男爵令嬢でございます。対して私は公爵。どちらの身分が上かしら。そして私も私の周りの方も彼女の為になることしか言っておりませんわ。」
周りの御令嬢も同意してくださった。
あの方と意中の令嬢のみ、不服そうに顔をゆがめていた。
「不敬罪で処刑をするのならどうぞ。明確な証拠をお見せになり、現国王様の許可を貰いになってからお願いいたしますわ。…それから、私の家族及び私の領民への手出しは一切無用。宰相としての父、国一番の領地、どちらも失うには重いものですから。失礼致します。」
取り押さえている兵に目配せをするとすぐに解いてくれ、広間を後にする。
「待てっなぜソイツを開放する!」
「失礼ながら王太子殿下っ、我々は罪無き者を捕縛することは騎士道に反することだと信じているからです。」
背後から聞こえる罵声、現国王の怒りと戸惑いに満ちた声。
あの方は変わってしまった。
ならば私も変わらねば。
あの方から家族を護れるように。
あの方から領民を護れるように。
あの方から国民を守れるように。