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封印石

カタカタカタと軽やかに四大室の執務用端末のキーボード上をしなやかな指先が駆け巡る。

途切れなく聞こえるタッチ音と同期して宙に展開される画面が大小様々に視界を彩る。


……次から次へと画面が切り替わっていくので中身がどんな内容のものなのか判別できない。画面が追えないのだから当然操作している手元など追えるわけもない。自信喪失したくなければちょっとだけ遠くを見るのが暗黙の了解だ。


「よ、し。これでおしまいだ、イルファ」


俺の端末を操作していたリフォルド様が残像すら見えそうだった手を止め、最後の認証を指示するのに従い表示された画面を見つめながら口を開く。


「四大イルファ・ソル・フライトシェネレス、新生天使リトネウィア・レム・オルテンシアの保護を申請する」


「新生保護申請、側近リフォルド・シェル・フェイルス、承認する」


音声での認証を受けて展開しているシステムが反応し、申請者である俺と承認者であるリフォルド様の識別確認作業が進んでいく。

告げた名と声紋、声に含まれる法の力などで個々を特定し確認を行い、申請内容を許可するに足る天魔なのかどうか査定をしている。

余程素行に問題がなければ端末システムに跳ね除けられることはないため、許可待ち画面は許可処理済みへ変わり消えていく。


これはリトネウィアを俺が、シェネレスの家が預かる手続きだ。

本来であれば生家になるオルテンシアの家の家名家族天使が引き取るのだけれど……いま、オルテンシアはない。オルテンシアの家には現在、生まれたばかりのリトネウィアただ一人しか存在しないのだ。


ある程度の年齢と位に到達するまで生家のない新生は新生の地に預けられる。

リトネウィアもそうなる予定だったのだが、騒ぎになるほどの力の保有量から私利私欲のために頑張るろくでなしに目をつけられた。


このまま保護者のいない立場で置いておけば何処の馬鹿に勝手に引き取られるかわかったものではない。

引き取るのには中級位以上という指定はあるが、位の問題だけならあっさりとクリアしているのがろくでなしだ。

だから先手を打って関わった俺が引き取り手として名乗りを上げたわけだ。

手続きさえしてしまえばこっちのもの。これでも良識はある。将来自立するならそれでよし、うちが気に入ったとなればそれでもよし。引き取ると申し出たからには責任くらいとる。


「ん、これでよし。細かな書類は後で四大に届けさせる」


「ありがとうございます」


展開していた申請許可が下り全ての画面が閉じられ、ぱちんと操作していた端末を切って席を立ったリフォルド様が俺を視界に映される。


「それにしてもよかったのか?うちで引き取るってものも考えたんだが」


その言葉に俺は宙へと視線を放って露骨に視線を逸らしてしまう。

失礼極まりない反応をしている俺を怒ることをなさらず、リフォルド様は返答を待たれるので苦く笑う。


「環境としては、フェイルスの家の方がシェネレスの家などより遥かに整っていると思います」


なにせフェイルスの家は現在たった御二方だけとはいえど、側近であるリフォルド様に現魔王様がいらっしゃるのだからこれ以上ないほど豪華だ。

どう考えても力の保有量が尋常ではないリトネウィアにとって最も危険が少なく制御力を養えるのは、同じく力の保有量が尋常ではない御二方がいらっしゃるフェイルスの家だろう。

だったらどうしてうちで引き取るなんて言い出したのか、と聞かれたら困るしかない。


「ですが、関わってしまいましたし……少し気にかかることがあるんです」


何がと言われても答えられないような曖昧なものなのだ。


「気にかかる、な。俺はあの髪にちょっと引いたぞ」


「そ、れは……私もです」


言葉通りに表情を引きつらせたリフォルド様に激しく同意する。

割れた卵から天鵞絨のカーテンのように流れた艶やかな黒髪。俺の身長よりも長いその髪は恐ろしく力の織り込まれたものだった。


「あんな髪、レイジェル以外に見たことないぞ俺は」


「……ですね。恐れながら私も同じことを思いました」


魔王、レイジェル・シェル・フェイルス様。彼の方も長い黒髪で、その髪には恐ろしく緻密な力が織り込まれている。

それが意味するのは内包する力の大きさであり、制御の困難さ。


天魔は己の翼で法を繰る。翼は力を制御するための重要機関であり、行使するための機関だ。

通常は翼だけで力の制御は事足りる。だが、稀にそれでは追い付かないほどの力を有している天魔がいるのだ。特異性を持っていたり、力の保有量が尋常ではなかったり。

髪は翼のバランサー、翼だけで足りない制御能力を髪に力を織り込んで維持することで補助する。


だから高位者ほど髪に力がこもっているものが多い。そうしてバランスを取っているから必然的に髪は長くなり、力が織り込まれている所為で下手な刃物、下級の法などでは切れるどころか傷一つつかないなんてこともある。

例えば、いま目の前にいるリフォルド様の髪は腰まである長髪で、肩にも届かない短髪の俺とは比べ物にならないくらい緻密な髪だ。


だが、そのリフォルド様と比べてもリトネウィアの髪はありえない。

生まれたばかりの幼子でありながらその髪の長さは俺の身長以上、髪の緻密さは魔王様に匹敵だなんて……。明らかに俺の手に余っていると思う。


「それに加えて心声が使えない、力の通し方が違う、ね。何とも頭の痛い状況そうだな」


リトネウィアから聞いたどう考えても問題大有りな状況はすでに報告済みだ。

詳細は大樹からたっぷりと注意忠告を受けているであろうリトネウィア自身に確認を取る外ないのだが、報告した瞬間のリフォルド様の何ともいえない顔が今後を物語っていたと思う。


「……はい」


それでも、この選択は間違いではないと思っている自分がいる。


「ま、落ち着くまでは俺も様子を見させてもらうよ。何かあったら遠慮なく呼び出せ。必要があるなら他にも手を借りられる」


にこやかに笑い自ら助力を申し出てくださるリフォルド様の言葉は、本来ならばお手を煩わせるわけにはいかないと遠慮の言葉が口をついて出ているところだが、そんなことを言っている場合かという事態が発生する可能性を考えると遠慮なんてとてもできない。命が危ぶまれるときに手段を選んでなんかいられないからな。


「お、恐れ多いですが……お言葉に甘えさせていただきたいと思います。引き取るとは決めたものの、私では手に負えない事態が起こりそうで正直怖いです」


もしもリトネウィアの力が暴走したとき、俺じゃ抑えきれないだろう。これは現時点で確実だ。良くも悪くも俺は普通なんだよな。

内心で溜息を深々と吐きそうになる心境と多忙なリフォルド様の手を近い内に煩わせてしまうであろうことを考えると胃が痛みそうだ。


「そう構えるな。案外上手くいくかもしれないぞ。なにせお前しか声として認識できなかったんだ。相性はよさそうじゃないか」


そんな心の内が顔に出ていたのか、ぽんと気さくに肩を叩き何処か悪戯な笑みを浮かべるリフォルド様に俺も笑みを返す。


「はい」


そうだよな。まだ何が起こると決まったわけじゃない。考えても仕方ないか。


「「?!」」


なんて力を抜きかけた矢先、突然休憩室から流れてくる力に俺もリフォルド様もほぼ同時に振り返った。

閉ざされているドアの向こうで何が起きているのか。身構える俺にリフォルド様が静かに問う。


「……イルファ、封印石どのレベルのものだった?」


大気に解ける、そんな自然な印象を受けるが、休憩室から四大室へと流入しているのは確かに法の力。

いま奥にいるのはマリエルとディル、そしてリトネウィアの三人だけだ。

あの二人がこんな場所で何かやらかすことはないし何より二人の力とは質が違う。

早速か、と早くも訪れた問題に気を引き締め直す。


「火属性、四大でも十分抑えられます」


「反属性でこれとは恐れ入るな」


徐々に流れてくる力が増していくのにリフォルド様の表情も険しくなる。

まずいな……これは、持たない。


「リトネウィアッ」


意を決し、休憩室のドアを開いた次の瞬間。


「「っ!?」」


爆発するように力が室内から溢れて全身を叩いた。


「っぅ!」


反射的に両腕で顔を庇い、溢れ出した力の奔流に抗って床を踏みしめる。

力の流出の第一波が流れて叩きつけるようなものではなくなり、下ろした腕の向こうに広がる室内の光景に瞬く。


宙に翻る長く艶やかな黒髪。事の中心にいるのは床に倒れ蹲る小さな天使。

一体どういう状況なんだ。

室内を流れる力は荒れ狂う、というのとは違うがリトネウィアを横たえてあったソファと近くにあったテーブルなどの調度品は力の余波を受け壁まで弾き飛ばされている。


「イ、イルファ、リフォルドッ」


「封印石砕いたぞあいつ」


調度品共々壁際に押しやられたらしいマリエルとディルが休憩室へと入ってきた俺とリフォルド様を一瞥する。

ディルの淡々としながらも滲む焦燥にリトネウィアの耳元へと視線を向ければ、確かに。眠っているうちに耳につけた封印石が跡形もない。残っているのは台座の金具だけだ。

あれが弾け飛ぶ様を見たのだとすれば焦りも慌てもするか。空の台座を見たばかりだが俺も我が目を疑いたいところだ。


「寒気がするほどだが……暴走とは違うな。むしろ」


吹き荒れる力に髪や服がはためくが、リフォルド様のおっしゃるとおり暴走しているようには見えない。


「むしろ、制御しようとしてる?」


吹き荒れているのはリトネウィアを中心に二メートルから外のみ。その内側は緩やかに波打ちリトネウィアの長い黒髪を宙へとなびかせ舞わせている。


「制御って……あいつ翼は?」


ディルの指摘はこの場の誰もが思う疑問で天魔であれば至極当然の疑問だ。

新生は法どころかまともに力の使い方を知らない。

だからこの時期意識があるときはその背に翼が現れたままになっているのが普通だ。まして法を行使しようとすればその背には絶対に翼が現れる。それは天魔ならば当然のこと。

それが、何故?


疑問が浮き上がる中、蹲り伏せられていた顔が持ち上げられ、歯を食いしばり懸命に扱いきれない自身の力に抗うリトネウィアの表情が見えた。

そうして伺い見れた目は、蒼い。澄んだ湖面のように美しい蒼。

深刻な状況にも拘らず、思わず見惚れる程強烈に目を引き付ける鮮やかな色彩だった。


「蒼、い?」


戸惑うディルの呟きに一瞬惚けていた意識を引き戻されて目を向ければ、声と同じ表情のディルがリトネウィアを見ていて、隣にいるマリエルも驚きを前面に表している。


「え、え?さっきまで黒かったのに何で?」


「俺に聞くなわかるわけないだろう。そんなことよりどうするんだコレ」


先の発言内容はともかく、舌打ちしそうなディルの気持ちは非常によくわかる。

リトネウィアを中心に渦巻く力はよくわからないが大気に還元されているように感じる。蓄積されて溜まっていくわけではない様子だから純粋な力としての暴発はなさそうだが、その膨大な力に刺激されてリトネウィアの加護精霊を筆頭に周囲の精霊たちが呼応して集まってきているのだ。


こちらの呼びかけに応じ力を行使してくれる精霊と違い、集まっただけの精霊は独自の判断で行動する。

気に入った相手を擁護したりとか。それが良い方向へと向かえばいいが、むしろ逆に作用することもあるから油断できない。


さらに精霊が集えばそれぞれの存在の影響が周囲に現れる。例えば火精霊が集まれば熱を発する。

リトネウィアは水天使、力に引き寄せられて集まる精霊は圧倒的に水精霊が多いため周囲の温度が徐々に下がってきている。力に対する抵抗は当然、周囲の環境に対しての適応能力も生まれたばかりのリトネウィアは弱い。早急に片をつけないと体にも障る。


何より、幼い身でありながら懸命に己の力を制御しようとしているリトネウィアが、いつ制御を失いこのぎりぎり暴走していない状況が一変するかわからない。

流石にこれだけの力が暴走すればいくら強固な防壁に守られている四大の地であっても吹き飛ぶ。当然この場所にいる全員の命の保証もできない。


ただ幸いと言っていいのかこの場にいるのは四大三人、側近一人の揃いも揃って上級位の天魔が四人だ。

場に踏み込むなり翼を広げ、それぞれが得意とする属性を行使してリトネウィアの力を抑えようとすでに働きかけている。


マリエルは主属性の風に光。ディルが地に闇。俺が火にマリエルと並行して光。

そしてこの中で最も力の強いリフォルド様が還元されている膨大な力を支配下に置き、これ以上周囲の精霊を引き寄せないように精霊から力を隔離している。

さらに火属性であるリフォルド様にとって反属性になるのだがリトネウィアの属性、水にも従ってくれるよう呼びかける。……呼びかけているのだが。


「瞳の色といい、全く応じない水といい、嫌な想像しか働かないな畜生」


舌打ちが聞こえてきてもおかしくない状況だというのに、リフォルド様は深く息を吐くことで苛立ちを逃したようだった。

そう、問題なのはリフォルド様の呼びかけに無反応どころか無視を決め込んでリトネウィアの周囲へと集い動かない水精霊だ。


精霊はより力の強いものの呼びかけに応えてくれる。それは誰かの支配下に入っている精霊であろうと同じこと。いくら素地があっても力の使い方を知らない新生のリトネウィアと天魔最強の力の保有者である側近のリフォルド様を比べるべくもない。

まして反属性とはいえこの場の水精霊はただ集まっているだけで誰の支配下にも入っていない状態だ。通常であればリフォルド様の呼びかけに応えないわけがない。


なのに、応えない。

それがどれだけ異常なことなのかこの場の全員が態々指摘するまでもなく嫌と言うほどに理解できている。

力以外にリトネウィアの側を離れない理由が水精霊にはある、ということだ。


下手に手が出せない事態に気付かされてしまうが、水精霊を鎮圧しなければ大きすぎる力に懸命に抗っているリトネウィアを助けることができない。それは暴走一択の未来予想に外ならず、許容できるわけもない。


「他の属性を支配下に置いた所為で残っている水が明らかに警戒していますが、踏み込んでも大丈夫だと思われますか?可能ならば封印石の交換を行い無理矢理抑え込む方法が取れますけれど」


危険を承知の上でリフォルド様に提案をしてみるが、是とはおっしゃらないだろう。

急速に室内の温度が下がり出している現状況は水精霊がこちらを排除しようと身構えていることを示している。誰かの支配下にない精霊の迎撃は規模によっては洒落にならない威力と破壊力を持つものだから。

この身がいくら上級位とはいえ楽観視していては生死に関わる。


「強硬手段が取れないわけじゃないが……」


恐らく考えていることは皆同じ。

一時的に火によって水精霊を払い除け封印石を交換してしまう。これが手っ取り早い措置だろう。

ただし、室内という狭い空間でそれ相応に集っている水精霊を払い除けるにはそれ以上の火精霊を呼ぶことになる。生まれたばかりで周囲の影響に敏感な幼子に一体どんな影響を及ぼすのかわかったものではない。


最終手段として頭にあるが、もう少し穏便にどうにかできないかと思案する場を動かしたのは、淡く揺らめく蒼い瞳に力を込めた幼い水天使だった。

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