人間やめたようです
さてさて、どうしたことか何の不思議か今世の己の名前を知った私。正しく誕生するまでいましばしの時間猶予があるわけなのだが、すくすくと元気に成長していればよいというわけにはいかないようです。
というのも名前を教えてくれた存在(彼だか彼女だか彼らなんだか彼女らなんだか一人称がたくさんございます)による生きてくための詰め込み教育が始まりましたので。
そして私は知った。驚愕の事実を。
ほぼ体が入るだけしかない極小スペースで意味不明さに首を傾げてしまい何かに頭をぶつける間抜けを犯すほど。
私、人間じゃないらしいよ。
ええ、まあ、ここはまだ理解の範疇内だ。まだ飲み込める。
だって私が今現在存在している場所がお母様のお腹の中だとすればこの全方位から響く彼だか彼女だか彼らだか彼女らだかの声はおかし過ぎるから。
だが、だがなっ天使ってなんぞや!
いや、存在の説明はいらない。偏った方向の知識でよければある程度知っている。
簡単に想像するのは漫画やゲームに出てくる見目麗しい姿形は人間と大差ないが背中に羽生えてるという明らかに人と異なる種族だ。でもって対の存在で悪魔ももれなくついてくるよね。あはは。
……現実って塩辛い。涙腺はまだ成長してないのかな。それともこの場所では意味ないってか。
もう本当に繰り返すけど、天使ってなんやねん。
何でそんな急速にファンタジーがぶち込まれたんだろうかと疑問に思ったところで回答はないし、詰め込み教育してくださる御方々もそういったことに応えてはくれない。もしかするとその解を持ち得ていないのかもしれないけれど。
……何はともあれ現時点ボクの種族名は天使です。これは確定事項。変動予定はいまのところございません。
時間は有限、そんな感じで次々と知識を投下してくださる方々。不思議で仕方ないがその詰め込み教育についていける自分。たぶんこの天使体のスペックなのだろう。そうでなければ考えられない。
人間の時私はよくも悪くも普通だった。はっちゃけていなかったからなのかもしれないが成績は上の中から下。心底真面目に勉学に取り込んだことがないのだが、やればできる子だったのだろうなとは思う。
何せそこそこやらなくてそれなりの成績は出てましたから。巷に聞くやる気スイッチとやらが確実に自分には押せない位置か見えない位置にあったのではないだろうか。
脱線した。
つまり何が言いたいかというと、性能良すぎるよね。この一言に尽きる。
一度の説明ですんなり頭に入る。それがどういう意味を持ち、どのようにしなければいけないのか理解できる。これは多少前世の知識ないし思考回路の影響もあるかもしれないが、人間だった時こんなに回転率よくなかった。説明は一度でどうにかなることはあっても自分の中で反芻するし噛み砕いて必要なら何度も確認する。
基本自分に自信がないので失敗するのが、怒られて失望されるのが恐いから必要以上に確認して正解にたどり着こうとする。まあ、これは興味もないのに仕事としてやらなければいけない場合だが。
興味があることに関してはもっと貪欲だしわからなかったらしつこい。自発的に余分なことまで調べ始めたりして脱線していくこともしばしば。
つまるところ、生きていくために必要であっても興味が欠片もなければいつまでたっても覚えない。そういうこと。
それが、ちゃんと記憶の引き出しに収納されている不思議。理解した上で分類わけして仕舞い込まれる知識は、必要な時に確実に正解を引き出せる仕様だ。そう感じる程度には以前と別物としか言いようがない記憶力と理解力。自分のことなのに他人事のように感心。ブラボー。
詰め込まれる知識は主に生まれた後のことを考えての必要最低限。自分の種族のことから始まり誕生する世界の簡易年表っぽい大きな時間の流れ。
……何となく、覚えがある気がするのは気の所為なのだろうか。
何にせよファンタジー大好きなので世界観やら種族、その大まかな役割などは興味津々で割と簡単に飲み込めた。恐らく身動きできる身があればキラキラと目を輝かせ、鼻息も荒く、身を乗り出し、興奮して続きを催促しまくっているだろう。早く次を聞かせろと。
さて、興味を示していることから詰め込み教育は成功を収めている。のだが、たった一つだけなのだがこれ以上ないほどの大問題があった。
これに関しては流石に御方々も困ってしまっている様子で、習う側のボクも当然困るしかない。
何のことかと問われたらファンタジーの王道と答えよう。
所謂魔法的なものだ。法と呼ぶ……これまた何処かで覚えのある呼び方の力。
個々で力には差異があり、当然得手不得手がある。属性は定番かな。地水火風、光闇の四属二性。
さらには天魔(天使と悪魔のことをまとめて省略。天使の天、悪魔の魔で天魔)によっては個人特有の力を持っている子もいるらしい。
特有の力がどんなものなのかは多種多様過ぎて説明が難しい。武術方面に効果があるものもあれば、精神方面に効果があるものもある。また常時機能するもの、意識しなければ発動しないもの、厄介なものだとそもそも制御できないといったものもあったらしい。
まあ、それがあるらしい。何だか御方々はひどく曖昧な表現をするのでこの特有の力を分かり易く断言してくれない。これは自分で考えろってことでしょうか。少しは頭自発的に働かせろよってこと?
考えろということなのだとしても情報が少ないと思う。取りあえず音に関する何か。後は視覚に関すること。
何か見えてはいけない類でも見えるのでしょうか?出来ればあまりグロテスクなのはご遠慮願いたく。どうしてか首のあたりが気持ち悪くなるので。
音に関しては聞こえるというニュアンスが含まれていたことから自身から発する音ではなくて聞き取る方だと判断する。
となると見るに聞く。何だか感じ取ることに関しての性質と理解していいのかもしれない。
さらに慣れるまでは大変的な指摘があったことから制御は可能そうである。良かった。視覚と聴覚で言うこと聞かないとかろくなことにならない感じがひしひしだ。冗談ではない。
大きな力。少しあの子に似ている。
凍てつく地はきっと拒まない。それは良いこと。
ひとりではない。それは救い。それは幸い。
けれど、危うい。
囁くように始まっていつも最後はこう続く。危うい、と。
理由はわかっている。どうしようもない大欠陥があるのだ。それは天使という種族としても大問題であるほど。
だからこそ御方々は危うさを軽減できないかと絶えず囁き合い手探りで私に示す。
ただ、元が人間でそういった不思議な力に親しみのない身は力の取り扱いにどうしてもついていけない。
理解はできる。原理もわかるつもりだ。だが現実に伴わない。
感覚がわからない限りこの手詰まり感は解消されないと思う。反面、切っ掛けさえ得れば解決は速いはずだ。
魔法なんて興味が湧かないわけがないだろう。むしろわくわくだ。楽しくて暴走しちゃいかねないぞ。
なんて、実際暴走はしない予定だ。
そんな惨事にならないように御方々がいて詰め込み教育をしているのだから。
因みに、現在私がいるのは卵の中らしいです。吃驚。
天使も悪魔も卵の中で成長して一定期間を過ぎると外部からの法を利用し、内側から卵を破って孵化するんだそうです。……鳥類の類ですかと考えた私は頭の悪い子でしょうか?
さて、その孵るための力は当然法を使えないと話にならないわけですよ。
卵の中の天魔の赤ちゃんたちは外部からもたらされる法の力を借りて自発的に出てくるわけだ。外部からの法は元々こちらが借りることを前提にしているものなので扱いやすくなっているらしい。
卵を破るにあたって最も有効で効果的な手段、コミュニケーションツールでもある会話。卵の中にいる赤ちゃんたちは総じて空気にさらされていないため口を使っての会話手段はまだない。
その代わりに法を使った会話手段が存在する。
それが心声。……つくづく何処かで覚えがある呼び方だなと思うが思考の隅に追いやる。
で、その心声をどう使うか。これまた単純だ。外部から借りた法の力で自身の心声を強化し音の衝撃で卵に亀裂を入れる。後はさらに心声で亀裂を大きくするもよし、体を動かして割るもよし。ようは肉声を伴わない産声で卵を割って出る感じだ。
いかに心声が重要なのかがわかったところで問題に戻る。
うすうす察しているかもしれないが……わたくし、この心声がうまく出来ません。
というかむしろ出来ません。
いや、ちゃんと練習してますよ。他の子たちと同じで。むしろ熱心だと思います。
でも成功しないんです。何ででしょうね。情熱が空回ってます。虚しい。何がいけないのか誰か教えてください。
力の通し方が違うって何ですか?何処に通すのが正しいんですか?
そもそも他の子たちみたいに通すべき場所が備わってるんですか?大欠陥って伊達じゃないんですよ?
自由に動けたなら私はorzなんて格好で凹んでいる。何処ぞの作品の不幸な人張りに何故じゃと叫ぶ。
いや、成功の兆しが見えない練習ですでにそれっぽく叫んでますがね。
どうにも声に至らず音だか衝撃だか止まりで発散されているらしいです。聞く方は正常なので時々卵の外から文句が聞こえます。煩い。
一番困っているのは外にいるあんた達ではなく卵から出られないかもしれないと戦々恐々している私だ。
アドバイスするならともかく文句言うとはどういう神経している。耳に障るうえに堪らなく不愉快だ。
消え失せろ。
自分のことに関してはゆとりのある堪忍袋を刺激されないうちに立ち去れ。
でなければ文句をつけている音未満で追い出しにかかるがよろしいか?お覚悟召されよ無礼者。
冷静に判断することが出来る思考回路があるならばこう告げよう。
すでにぷっつり切れてると思います。大事なものが、と。