精霊石調査、水霧
「いってらっしゃい」という言葉が嫌いだった。
見送る事しかできないことをどんなに悲しいと寂しいと思ったって、その言葉を口にするしかないことが、何よりも辛かったから。
ぽたぽたと雫を落とす腕を振るい、水気を払い飛ばす。拳を握っては開く、そんな単純な動作を繰り返して動きに違和がないことを確かめていく。
赤く焼けていた両腕の色が戻り、痛みも消えたことにほっと息を吐き出しながら外していた手袋を手に取ると、破損した石を取り外して確認を始める。
石の質自体は二級品だが組み込まれた状態異常阻害術式は確かなものだ。
それが見事なまでに石化の呪いで形を失くしてしまっているのだから本当に堪らないなあの異常個体。
ぼろりと軽い力で砕けて散る石を指先から落とし、手持ちの結晶石の中から用途に合ったものを捜して空いた場所に嵌め込む。
手を動かしながら考えるのは、炎火の地で燃え尽きた元バジリスクの精霊石のこと。あれは元々の石としての形状を失くしてバジリスクの肉体に宿っていたのに、その肉体が機能停止を起こしたことで精霊石としての内に籠る機能が失われて起きたものだ。肉体という器の役割を果たしていた抑えるものがなくなったことで蓄積されていた力が外へと発散。つまり暴走による自壊で爆散だ。
もし、水霧の精霊石が魔物の体内に取り込まれ、動く水属性の精霊石になっていたとして、だ。討伐後にそれが炎火と同じように目の前で蓄積された力を炸裂させた場合、生き残れる自信がちょっとばかり下向きになるんだが……。
いくら服に装飾具、補助石で突然の水に対抗したとしても相手にしているのは反属性、絶対不利の御水様だ。ただでさえ分が悪いってのに属性優位なんて余計過ぎるおまけがついて来る一点特化地での話。怪我どころでは済まないことが確定するので切実に違うことを祈る。俺個人だけではなく、心配してくれるリトの為にも。
「……へへ」
へにょりとだらしなく顔が緩むのは、リトが示してくれた言葉を思い出して。
自分が思っていたよりもリトは俺に馴染んでいてくれていたらしい。
それが勘違いや妄想ではなく、明確にリト自身から知らされて嬉しい。
さっきまでの不機嫌が鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌へと変わり、結晶石を嵌め込む手も軽やかだ。くるりと手袋を回し、念のため他の石に破損がないかを確かめておく。細やかな点検は自分を救い仲間も救う。
不足も破損もないことを確認して手袋に指を通し、専用に誂えた感触を数度拳を握ることで確かめ立ち上がる。同じ姿勢を保っていたことで固まった筋肉を軽く動かして解し、翼をバサリと大きく広げた。
「さぁて、頑張るとしますか」
青々とした草を蹴り、風を掴んで空へと駆け上がる。
ひらひらと俺がいた名残に白い羽根が泉の上に落ち、静かに流されて行った。
物凄く個人的になるが何度も来たくない場所、水霧の地。その外周の端っこに足を下ろしてアシスの言っていた水霧の地的には問題ないらしい現象が起きているのかと目を凝らしてみる。外周でもうっすらと視界を遮る霧は奥へ向かう程に濃くなっているので視力の限界がある以上こんな場所から見通せる訳はない。
踏み込んでしまえば早いのだが、待ち人がいることと大当たりだった場合の面倒くささに一人で立ち入る気持ちはこれっぽっちもない。
別にレミィがいれば俺より遥かに強い水の気配で囮にできるよなーとか考えていたり……するんだがな。綿毛にしか見えないのに近くで見れば蠢く触手。
そんな不気味な植物生物に群がられるとか冗談じゃない。炎火で囮にされたのだから水霧ではレミィに是非とも頑張って貰おうじゃないか。
口にすれば「喧嘩を売っているのでしたら買って差し上げますわよ」と嬉々として身構えるレミィが目に見えるだろう。そんなことを考えて小さく笑っていれば、覚えのあり過ぎる気配が近付いて来るのに空を仰ぐ。
「……待ってましたと言わんばかりの様子が腹立ちますわね」
どうしてこいつはこうなんだろうか。風を纏ってゆっくり降りてきたことでふわりと膨らんだスカートが綺麗な着地を演出して絵になるっていうのに、開口一発の毒と眉間に寄せられた皺が大きなマイナスだよ。
「もう少し可愛げのあること言えないのかお前って奴は」
溜息まじりに零せば、理解できないと言いたげに僅かに傾いだレミィの首。
「イルファに言ってどうしますの?そんな意味のないことをして私に何の得があるのか教えて欲しいですわね。それとも手合せの御誘いですの?それでしたら喜んで受けますからもっと直球でおっしゃってくださいな」
「都合よく苛立ちの発散所扱いするな。補助石は用意できたんだろうな?」
何でそうなると思いながらもいつものことだとあしらえば、むっとした顔になったがたっぷりとした袖に隠れた手首を示された。
細い銀の鎖にいくつも下がる小さな青い結晶石。石一つの力は大きなものではないが組み込まれている術式を見て納得する。
「連動式の補足術式か。一つ一つに異なる術式を宛がい石の配列によって目的を変える汎用性の高い品だな。流石支援型、手の込んだことをなさるな」
シャラリと涼やかな音を奏でるお兄様作の装飾具を袖の下へと戻したレミィ。
その顔は微笑ましく色づき俯いているかと思ったのに、水霧の奥へと視線を向けて悩ましい……いや、険しい。
「なんつー顔してんだレミィ。何かあったのか?それとも言われたのか?」
向いている先が俺ではなく遠く、何かを見て思い出す訳でもない様子からそう推測したんだが、視線を手首に落として服の上から装飾具を撫でるレミィの顔は面倒くさそうなものになっている。
大好きなお兄様関連でそんな顔するのはどんな時だと考えようとしたところ、嫌そうな表情を浮かべたレミィが俺を見た。本当にどうした。
「楽しくないだけではなく勘弁願いたくなる情報、いります?」
ピンと来たのは事前情報を仕入れているが故に。渋い顔になるのはご愛嬌だ。
「それは撃退禁止の植物生物が大移動しているかもしれないって話か?」
「いまから水霧に行きますのと言ったら捕獲用の瓶を渡されましたわ。余裕があったら詰めて持ち帰って欲しいのだそうです」
このくらい、と手で示された瓶は瓶でも壷と言っていいサイズの大瓶。それいっぱいに詰めるのか?蠢く触手綿毛を?みっちりと?正気ですかレミィのお兄様。
マリエルから連絡が入っているはずなのでアシスの言っていたことはレミィに伝わっているはずだ。……れ?連絡はどのタイミングであったんだろうか。
補助石準備中とかで自宅で聞いた、とか?それとも、と嫌な予感がしながら問う。
「レミィ、お兄様はその情報をどちらから?」
「調合素材の調達に必要な観測と経験則による導きからですわ。アシスの出した目視確認よろしく、なんてはっきりしないものと違いましてよ」
きっぱりと断言してくれたレミィ。その表情と同じものを我が顔に浮かべよう。
うへえと。
「つまりお兄様の見立てで俺たちの目的とは全く関係ない自然現象が起きている中、勘弁願いたい物体にもてはやされながらあるかどうかもわからない探し物をしなくてはいけないってことなんだな」
「その為に遮蔽の術式効果が高いものをくださいましてよ」
ああ、それは喜べないわな。その見つかりにくいは触手綿毛捕獲用の余裕を作る為のものって意味だ。炎火同様魔物化した精霊石に捕捉されにくいの意味もないことはないが、捕捉される前に発見、速やかに始末で時間を作れってことだと解釈すべきだと思う。渡されている捕獲用の瓶がその証拠だ。
大好きなお兄様作の装飾具だってのに気分が下を向くレミィに励ましの言葉が必要なのか否か。下手な言葉は八つ当たり直行になりそうな気がして出来れば回避したいところだ。となると、適当に濁しながら真面目な本題でも話しますか。
「ところでレミィ、大事なお知らせがある」
「……何ですの?触手綿毛関連でなければ聞いて差し上げましてよ」
何でそこで上から目線なんだお前は。
「お前が作った例の花、いきなり燃えたぞ」
「燃えた?」
燃やしたの間違いでは、とでも言いたそうな様子で眉を持ち上げたレミィへと何でもない調子で伝えるのは燃焼系爆発物に突然変化してくれた氷の花の話。
「バジリスクの生命活動停止で取り込まれた精霊石を抑える力を失い、暴走でドカンだ。一節展開の防壁を越えて人様の腕を焼いてくれやがった。先に戻って正解だったぞ」
ひらひらと目の前で振って見せる火傷のない腕に、たれ目の淡緑を大きく見開きやや俯いていた顔をパッと持ち上げた。
そこに映った驚きに一つ息を吐く。やはり俺が燃やしたと思ってたようだな。
予想はしていたがそうとわかると何とも言い難い気持ちになる。
「消耗はしなかったが代わりに癒しの地行きだ。ここでそれが起きれば間違いなく今日が俺の命日になるからな、頼むぞ」
感情的になるのは構わないが勝手な行動は許さないぞ、と危険性と共に釘を刺しておく。大丈夫だとは思うが、炎火で派手なことをしでかしてくれてるから念の為だ。水霧で攻勢に回って好き勝手やられると本気で死ねるからな。
死活問題で洒落にならん。
とはいえあまり真剣に言い過ぎると重いから軽く見えるようコツリと指の関節で複雑な表情を浮かべているレミィの額を小突けば、瞬き後に睨まれた。じとりと。
どうやら気に食わないらしい。人が気を遣ったらこの態度なのだから面倒な奴だ。
お前といると結構な頻度で理不尽の言葉が頭に浮かんでは無残に握り潰されるよ。
「……危急の時は尻尾を巻けばよろしいですわ」
不満そうに睨んでいたのに、ふいっと視線を外しながら言われたそれはそのまま受け取ってはいけないもので、何とも言えない言い様に小さく笑う。
努力はするが自分の手に負えない時には一人で逃げろ、なんて言われてもなあ?
レミィもレミィで天邪鬼というか、何というか。
「そんなことにならないよう、精々励むとするさ」
捻くれたやさしさに礼を返せば、ふんっと素直じゃない鼻息を貰った。
「さあ、行きますわよ」
「おう」
少し先を行くレミィが索敵をしながらまずは問題にしかならないだろう劇薬によって消滅させられた植物っぽい人工物があった場所を目指す。
外周より内に入れば霧に呑まれるこの地ではっきりとした目標物のない場所へと迷うことなく進んで行けるのは流石だ。俺ではもう少し手間取るからな。
本当に俺の水属性との相性の悪さはどうにかならないものなのか。
「妙に静かですわね」
溜息を吐きそうなところに周囲を見たレミィが足を止めた。
「一直線に飛んで抜けているのならばともかく、今のようにノロノロ歩いての移動で構われなかったことは滅多にありませんわ」
下層域の中程、碌に見通すこともできない霧の中を淡緑の目が睨む。
本来ならば炎火同様、容易くあしらえる水生生物がうじゃうじゃと集まっているだろうに、この場にいるのは俺とレミィの二人だけ。いるはずの水生生物は何かを警戒する今のレミィのように息を潜めて隠れているのか、ひどく静かだ。
「ちなみに数少ない静かさの時ってのはどんなもんだったんだ?」
ちらりと周囲を感知してみるが、地特有の濃い水の気配に邪魔されて俺では余程大きなものでもなければ拾いきれない。仕方のないことだと思いはするがこういう時に非常に困る。
短く息を吐いていれば油断なく視線を動かしているレミィが答えてくれた。
「三十六計逃げるに如かず、という災害みたいな厄介物のお散歩でしたわね」
成程、警戒する訳だ。
「そりゃ勘弁願いたい気紛れ災害だな」
軽口を叩きながら互いの背を合わせた。どちらからでもなく態勢を整え、周囲に存在する生きて動くものの気配を拾い上げては危険度で篩にかけていく。
一体いつの話かは知らないが、四大水天使のレミィが逃げる選択をする何かに出くわすのは御免だ。そしてそんな災害物に精霊石と同化などされては堪らない。
だからこその警戒なのだが、背後のレミィは首を傾ぐ。
「おかしいですわね。歩く災害であればこの下層では探すまでもなく見つかりますのに……」
それほどまでわかり易くて回避を推奨する何かだが、そんな気配は周囲にない。
訝しむレミィへ視線を向けようとして、微かに揺れて見えた霧の先を見直す。
「どうかしましたの、イルファ?」
交代した覚えはないんだが、「ん?」と疑問の声を零して首を傾げた俺を今度はレミィが窺う。
「あ~、いや」
感知にも、探知にも、上手く引っかからない。この地に満ちている水の気配に埋もれる程に微弱な何かなのだろうかと傾けた首の角度をさらに深くすると、背後のレミィが横へついた。
「はっきりおっしゃいなさい」
視線は正面、されど怒気は俺。
気が短いですねレミエルさん。実は火天使だったりしませんか?
なんて冗談はさておき、前方を指差す。
「なあ、アレなんだ?あの霧の向こうに薄ら見えるやつ」
俺が指で示す先、霧によって見えなくなる可視の境界でちらつく何かを捉え、レミィは眉を寄せる。
「確かに、何かありますわね。霧に紛れるほど微弱な何かが無数という感じ……です、わね」
静かすぎるほど静かな所為ではないが、レミィの語尾が速度を失くして力を失うのがよくわかった。
「つまり、だ」
それが答えだ。
「アレが、例の綿毛ちゃんですわね」
意見の合致。諍いもなくスムーズで良いことだ。
「逃げてもいいか?」
「いいわけ有りませんわよ」
アシスに聞いた事前情報で回避できる内に逃れようと提案しているのを秒殺された。何でだよと不満をぶら下げてレミィを見れば、こっちはこっちで嫌そうに見上げて来ていた。嫌なら意見は一致して――――、
「アレの捕獲を兄様に頼まれてますもの」
あ、はいお兄様でしたねそうでした。
音速で脳裏を駆け抜けた大瓶の残像を見なかったふりして一言。
「そりゃレミィだけだろ」
「何を薄情なこと言ってますの。仲良く巻き込まれなさい」
「オイそれなんて理不尽だ。薄情で結構、一人でいってこい」
冗談じゃないぞと訴える俺にふざけるなと返してくるレミィの目。
「何が起こるとも知れぬ一点特化地ですのよ」
切られた口火はそうくるよなと天を仰ぎたくなる正論だ。
仰いだところで見えるのは霧だから天など当然見えないが。
「捕獲はあくまでついで、本題はあるかどうかもわからないなんて精霊石の探索でしてよ。私を一人にするなんていろいろな意味でありえませんわ」
苦手などでは済まない反属性地で最悪巻き込み爆散するかもしれない精霊石を探せ、を一人でやりたいのか気は確かか?と言外に蔑み問われている。
それに苦々しく笑う以外にどうしろと。
「石を探し終えてからにしろよ」
肩を落として苦し紛れに提案するが、レミィの細い指が前方、気の所為ではなく近付いて見える霧の向こうのアレを示し、そこから百八十度逆方向へと向けられる。
「アレは下層域を移動するらしいですわ。今いるのがあちらなら、進行方向はこちら。私たちと同じですわ。奇遇ですわね」
「そんな奇遇お断りだ」
要するに、追いかけられる位置取りになるのなら様子見プラス大変な頼まれ事もさっさと終わらせてしまいましょうということでいいんだろう。
ひょっとすると、あわよくば追い抜いてもらって嵐ならぬ綿毛の過ぎ去った後の探索作業を御希望とかな。
仰いでも見えない天の代わりに俯いて溜息吐いてやろうとしたところ、レミィが亜空間を開いて何かを取り出した。
「捕獲方法はこちらですわ」
「……」
目が点になる。壷サイズの捕獲瓶もなかなかの驚きだったというのに、レミィのお兄様は更なる驚きを御提供くださるらしい。
現実逃避をしたいのか、遠くを見るレミィが手にしているのは虫取り網。
細くて長い棒の先に袋状の網を付けた、何処からどう見ても虫取り網。
おかしい。アシスの話では植物生物で虫ではなかったはずだ。俺の記憶違いか、それとも目の錯覚なのか。正直どっちも嫌だ。
「虫を採るのか?」
確認の為に一応問い質したら、生温い目で見られた。朗らかでも和やかでもない「へっ」と荒んだ色を滲ませた笑み付きで。
「いっそ虫であればよろしかったのに……」
そうか、虫の方がよかったのかお前は。
見たことがないのは幸いなのか、それともその上に不を付け足すべきなのか。
そんなこと考えたところで意味のないことだろうが、そこまでお前が気鬱になれる物体なんだな、その触手綿毛とやらは。
本格的に逃げる選択を再提案したくなったのだがするだけ無駄なのが目に見えているので諦める。仕方ない。そういうことは結構ある。そうやって納得させる。
「あ~、よく知らないんだが、その虫取り網で捕獲可能ってことなんだな」
恐らく何を言っても虚ろな目をしたレミィの気分が上を向くことがなさそうなこの話題をさっさと終わらせるとしよう。終わるのが話題だけなのには目を瞑る。
そもそもうっかり遭遇できた所為で順番が前後したが、これはついででおまけの話だ。レミィのお兄様は元側近、優先すべきが何かを存じ上げていらっしゃる常識人なのだから無理にとはおっしゃらないはずだ。……たぶん。
そう思いを巡らせながら本来の用事を考えると何とも言えなくなる虫取り網へ視線を落とせば、それを手にしたレミィは網の部分を俺の方へと向けた。
「この網の入り口と瓶の中を空間で繋いでいるので適当に振ればいいとのことですわ。はい」
地味に便利で高度なことをと思っている俺へ、ぐっと虫取り網を差し出すレミィ。
どうしてお前はそれを俺へ渡そうとするんだいらねえよ、という言葉は世に出る機会を失った。
「イルファの分ですわ」
「は?」
「私の分はこちらです」
「はあ?」
受け取れと押し付けられた俺の手に虫取り網、虚ろな目をしたレミィの手にも虫取り網。………………増えた?!
二本になった無駄に高性能な虫取り網の間で視線を行き来させていたら、ふふふとここではない何処かを見てレミィは笑う。
「この場所は水霧の地、四大であろうと危険を伴う一点特化地。つまり」
「つまり?」
「“ 一人でやるより二人の方が早いだろ ”ですわ。付き合ってもらいますわよイルファ」
にっこりと奇妙な圧を生じさせながら笑うレミィの手に握られる細い棒。
そこに虫取り網に不釣り合いな美しい文字でレミエルと名が刻まれていた。
「……」
嫌な予感がして手の中の細い棒を見た。イルファ、無駄に美しく刻まれた俺の名がそこにある。最初から捕獲人数に入れられていた事実を理解したくない。
マジですかレミィのお兄様。
いや、俺に言われて補助石を取りに帰宅しているのだから二人一組で行動しているのは察しがつく。俺もいるのだから一人より二人だろうという実に単純でわかり易い話なのだがどうしよう。目頭押さえ俯き肩を震わせるレミィの気持ちがちょっとわかる。
「補助石と一緒にコレを受け取った時の私の気持ちっ。何と言い表せばよいのかわかりませんわ!」
虫取り網を手にしたまま顔を覆ったお前に何と声をかけていいのか俺もわからねえよ。
まあ、とりあえずだ。立ち止まっている俺たちの元へじんわりゆっくり近付いて来ている捕獲対象に向き直るべきと項垂れるレミィの肩をやさしく叩いておく。
「あぁ、うん。ヴィクレンの家にはいろいろ世話になってるからな。手伝ってやるから捕獲、頑張るか。きっと褒めてくれるぞ、お兄様」
「そのくらいなければ割に合いませんわよぉっ!」
宥めるつもりだったが悪化した。悪化したがそろそろ顔を上げて貰わなきゃ困る。
俺も、レミィも。
「ところでレミィ、集団行動が苦手な奴が植物生物にもいるらしいな」
ふわふわと緩やかに流れている気流に乗って移動しているだろう綿毛が一つ近くへ飛んで来ていた。一見すると無害で和やかにも見える綿毛だ。
……種子から綿の部分まで含めた全長が俺の手よりでかくなければの話なんだが。
「え?他者に寄生することでしか生き残れません弱小生物なので集団から外れることはありませんわ。あるとすれば活きのよい獲物の目印となる先遣隊……」
この綿毛に目というものがあったなら、きっとレミィと目が合ったに違いない。
パチリと視線が交錯する音が頭の中で鳴った直後、紡錘形の細長く黒い粒に見えていた種子が、開いた。ギィとドアを開くのでも、パカッと穴が開くのでもなく、無数の黒い蛆虫が宙を泳ぐようにうじゃっと蠢いた。
「「っぎぃああぁあぁぁあぁぁぁああああぁ~~~~~~~~~っ!?」」




