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途中報告、其の弐

―「これはこれはご立腹だわねおちびちゃん」


「っ」


底意地の悪い(たくら)む声。つまり碌でもない響きのアシスの声で我に返る。


―「イ~ルファ~、生ける屍になるのは早いよー」


その音と言葉のお陰であの状態から呼び戻されたのを喜んでいいのか悪いのか。

一言で表すなら、そう、複雑。

そんな俺の状態に気付いているのかいないのか、気付いた上で強引に自分のペースに引き摺り込もうとしているのか……。どれも嫌だな。

吐いてやりたかった溜息は画面の向こうで二人分聞こえた。代理をどうも。


にんまりにやにや。悪い笑みを顔中に浮かべた阿呆が何をやらかすのかと諦めもあって放っておいたのか、そんな反応をする気力が回復していなかったのか。


―「これ、回答間違えたらおちびちゃんから絶縁状叩きつけられかねないよ?」


誰にも間を挟まれず続いたアシスのとんでもない言葉がガツンと頭蓋を叩いてくれた。


―「意識を何処かに放り投げてないで早いところご機嫌取りに勤しまないと、シェネレスからディルリーフスに移動しちゃうかもよー」


『沈黙は最悪の返事だってのよ。起きなさい』


顔全体で笑っているのに、一瞬覗いた金色の目が鋭い忠告を射った。


「っ?!」


―「アシスお前この野郎っ」


反応として行動に出たのは奇しくも同時。ダシにされたディルは恨めしい形相でアシスを睨み、俺は……きっと縋るようにリトを見た。


―「……」


真っ直ぐに答えを待って俺を映した黒い瞳に息が詰まる。

絶縁状?シェネレスからディルリーフス?アシスの言うことは、本当なのか?


―「ん~?だってそういう文章でしょう、コレ」


理解を拒んで、それでも理解している頭が解を求めて聞き耳を立てるのは、答えなくてはと焦る気持ちに急かされているからなんだろうか。


―「心配したいのにさせてもくれないのって健気なこと言われてるのに、そんな必要はない!とかの非道な答えを返されてみなよ。あたしだったらもういいって思うわよ。捻りを加えて全体重をこれでもかと乗せた渾身の右ストレートが顎に向けて炸裂するね」


ん?


―「なんで確実に脳を揺らそうとしている部位狙いなの……」


いや、確かに突っ込みを入れたいところではあるが、俺が気になったのはそこじゃないマリエル。その前だ。


―「ん?それはあたしとイルファの技能差及び怒髪天を衝く怒りの総量の結果。一撃で済ませてやるから確実に食らって召されろってやつだね」


―「召されたらやり過ぎだよっ目的が変わってない?!」


まったくもって正しい突っ込みを入れているマリエルにそれ以上何を言うんだろうかこの阿呆は。聞き耳を立てているのが馬鹿らしくなってくるのに言葉を追うのは、逃げなんだろうか。それとも答えを求めて足掻いているんだろうか。


―「それは聞く相手が違うよマリエル。あたしのこれは代弁。あの文章から読み取ってちょっと悪い方向へと妄想しただけの憶測。でも……あながち外れてもなさそうだけれど、ね」


意味深にマリエルへと答えたアシスの言葉は当然リトの耳にも入っている。

憶測、アシスの妄想とも言える意見に対し、リトの反応は――静かだった。

肯定も否定もない、静かな目。


「……っ…………ぁ」


それは間違いでもあり、正解でもあり、そうではない。肯定であり否定でもある。

けれど、どちらでもない解。

どこが正解なのだろうか。上手く言葉に出せない、いや出したくないのか。

唇だけが意味をなさずに動く俺を見るリトは、静かな目のままふぅと息を吐いた。


そのほんの小さな動作にびくりと肩が揺れる。どう考えても過剰な反応であるそれに、きょとりと瞬いたリトの目が静かさから不思議へと移り変わったことにほっとする。……俺、情けない。でも、ちょっと……どうにもできそうに、ない。

何だコレ、子供じゃないってのに。今更、何でこんな……リトの一挙手一投足が、こわい、なんて……。


ぞわりと背筋を撫でる奇妙で嫌な感覚に身を震わせていれば、すっとリトの視線が俺から外れる。向かった先は手元、端末へと動き、小さな手が伸ばされていた。

声の代わりに綴られる言葉は、何を告げるんだ?


「っ!」


ぞく、ぞく。背筋を這い、薄い皮膚を切り裂いて、侵入した内側を食らう。

そんな得体の知れない恐怖に襲われる。文字を綴る音に耳を塞ぎたい。目を閉じたい。いっそ何もかもを拒絶して何処かに引き籠ってしまいたい気にすらなる。

なのに、体は一切動くことなく、目も耳もリトを追う。


そうして大きくはない通信画面の中、更に奥になる端末へ表示されていく小さな文字を目は追っていた。

怖いくせに、と普段なら緊張を解す意味もあって自嘲の一つもしそうなものなのに、必死ないまはそれに気付くことすらない。


< 沈黙を返答とし、肯定であると受けよ、との意味で解釈すればよろしいので? >


そんなことより綴られていく内容にいろいろ持っていかれたからなのかもしれない。沈黙は最悪の返事。そう言ったアシスの心声が脳内で再生されて頭蓋内で反響すると、何度目とも知れぬ血液の流れる音を聞く。冷えたのは、何処だ?


「違うっ!」


感情のままに叫ばれたその声は、本当に情けなくてひどいものだ。

けれど、正しいものであると信じている。


―「っ」


反射的に上げた俺の声に驚いて体を跳ねさせたリトの目が、疑問を浮かべて俺を見つめる。その黒い瞳を見つめ返しながら、顔を歪めて呻くようにぐちゃぐちゃでまとまらない言葉を紡ごうとする。


「違う……っ、心配がいらないんじゃなくて、そうじゃなくて……」


違う違うと、ただそうじゃないとだけ繰り返す。説明できない否定、伝えたいのに伝えられない。もどかしくて、苦しくて、悔しくて、苛立たしくて……情けなくて。

心配させたくないっていうのは、しなくていいってことじゃなくて、心配することで不安になったり怖いと思ったりするのを知っているから、そんな思いをして欲しくなくて、だからっ。


< 発言権を求めても? >


言葉にならなくてただぐるぐると体の中に渦巻くものに翻弄されていると、リトはそんな文字を綴ってディルを見ていた。

一方、見上げられたディルは複雑な顔をし、リトへ視線で俺を示していたりする。


―「伝えなくても伝わってるぞ。あいつ画面越しに端末の文字を追ってやがる。本気で必死だな」


悪かったな。必死だよ。情けなくて……自分でも訳がわかんないっての。


『落ち着け、大丈夫だ。こいつはお前の言葉を待てる。ただ先に言いたいことがあるだけだ』


どうにもならない気持ちのままに唇を噛み締めて、そのままぶちりと流血しそうな俺へ向けられたやさしく宥めるディルの心声にちょっとだけ気持ちが、ささくれ立つ。なんでお前の方がリトをわかってるみたいなんだよ。腹立つ。

必死過ぎて空回ってる俺を助けてくれているとはわかっても、そこにリトが含まれて揺れる感情が言うことを聞かない。


「うるさい。わかってんだったらさっさとリトの言葉を見やすくしろ。いちいち送信じゃなくて繋げ。流石に長文はきつい」


宥めてくれようとしているのに礼を告げるべきだとはわかっている。わかっているが……刺々しい思いだけが先行し、止める間もなく表されてどうしていいのか途方に暮れそうになる。このまま泉に顔面沈めてしまいたい。頭を冷やすついでにこのささくれ立って刺々している気持ちも癒してはくれないだろうか。


うわ、リト頼むから怒らないでくれ。自分でもいまの言い様はないと思ってるから。いまリトに否定されたら……何か、崩れる。

意味がわからないのにそれを的確だと思うものが脳内で喚き立てて治まらない。

こわい。何がそんなに怖いのか、どうしてこんなに恐いのかがわからなくて、ただただこわくて堪らない。こんなの、どうしろってんだよっ。


―「おい、睨むな。次は俺も倒れる」


『息をしろ。吐いて、吸え。できるだけ深く』


混乱極まる脳内へ届く心声。リトと俺、同時に気遣うディルの声が何処かに振り切れそうな思考を引き戻す。

あまりにも不安定な俺の様子に、リトを宥めながら助け舟を出してくれるディル。その言葉に促され、息を吐いて吸う。……上手く吸えているのかわからない。


『ゆっくりでいい。吐いて……吸え。そうだ』


やばい。俺、いま何やってんだろう。ディルの心声に促されるまま数度呼吸を繰り返す。すうぅと深く息をしたことでひんやりとした空気の流れを感じられた。

そのお陰なのか一体いつ振りなのかすら記憶にない感情ばかりの意識に歯止めがかかった気がする。これは当分ディルに頭が上がらないかもしれない。


『……悪い、助かった』


どうにか戻ってきたまともに言葉を綴れる思考で伝える短い礼に、


『一息吐いたら気合を入れ直せ。意外に直球だぞこいつ』


立ち直そうとしたものがポッキリと逝きそうになる。直球って何がだ。

遠くなりそうな気持ちが疑問を浮かべてなんとか留まっているのに、通信画面内のディルは手際よく端末を操作していた。


―「ほら」


あ、ちょっと待ってくれディル。早い、繋ぐの早いっ。そんな不吉な発言するなら気合を入れ直す為の時間猶予も欲しかった!


< 発言権を求めてもよろしいのですか? >


そしてリトも早かった。

慌てて焦って。そんな俺の内心が届くわけなく、即時送信の文章表示での再度の確認に返せる言葉は一つきりだろうそうだろう。というか現状それ以外は駄目だろう。


「どうぞ」


何もよろしくないけれど。気持ちと言葉に大きな齟齬(そご)が生じているのにそう応じた俺に、少しばかり考える間を空けたがリトの手は動き出した。


< では、少々お付き合いくださいませ >


きっとその文章は意識を切り替える為の前置きだ。すぅと細くなった目は幼子が持つには早すぎる決意が見て取れた。ディルが気合を入れ直せと言ったのはこういうことだ。何を告げられるのかと反射的に身構えたが、


< 生家のない私を貴方様は保護申請者として引き取ってくださいました。それは力に振り回される私を哀れんでの行動でしょうか? >


初手からドスリと重量級なのはないですリトネウィア。


「違うっそんな理由じゃない!」


結局また悲鳴みたいな声を発している俺、本当に情けない。

自己嫌悪がいろんなパターンで精神を叩いて斬りつけてブッ刺してくれるが、何故を問われてもまだ納得できる答えは返せない。だって、自分自身がわかっていないものをどう伝えろっていうんだ?

だからただ聞きわけのない子供みたいに大きく首を横に振って否定する。

そんな俺を予想していたのか、確認したという感じの目で見たリトは指を走らせる。


< 独り立ちできるまでの間の衣食住を面倒見てあげるだけの行為であると申し上げていると受け取ってよろしいのでしょうか? >


何でそうなったんだ?!

お試しとシェネレスに入りやすくする為の口上がとんでもない疑惑を与えたと?


「っ……!?」


違う、と馬鹿の一つ覚えみたいに口にしかけた言葉。


< もしもそうであるとおっしゃるのであれば、どうぞ私のことなど捨て置いてください >


先延ばしの言葉などいらないと斬りつける鋭さに、引っ込まずにいられるか。

憐れみならば、いらない。そんな施しなど受けるくらいなら――孤独を選ぶ。


たった一人のオルテンシア。家族のいない存在。

その事実に昏いものを宿し見せたのは、きっとひとりきりの恐ろしさを忌避するが故に。

何故とか浮かぶ疑問も疑念もどうでもいい。憐れまれるくらいなら恐れる孤独をよしとする。潔い?いいや、これは自暴自棄に近いものだろう。

生まれてたった四日の幼子に、そんな選択、そんな決意、させる気なんてないぞ!


それはきっとこの発言を目にした全員が思っただろうこと。けれど、誰より早く言葉を紡いだのはカタリという小さく幼い手に生み出された端末の音。


< 心配をするのは失いたくないと思うからです >


声の代わりに紡がれるその音。綴るリトの目に昏い諦観は、ない。


< 大切だと思うからこそなのです >


憐れみならいらないと伸べた手を弾こうとする。


< それを要らぬと申されますのは、存在否定と変わりありません。私など要らぬと申されているも同然 >


そうでは、ない。むしろ……。


< そんな必要のないお荷物をいつまでも抱えさせてお手を煩わせることを私は望みません >


願い、乞う。


< 故に、どうぞ捨て置いてくださって構いません、と申し上げます。元々貴方様に掬い上げられました命にございます >


ただ、祈るように。


< 貴方様に要らぬと言われましたのならば、仕方ないと諦めましょう >


しん、と静まった広い室内。己以外が発する音のない閉鎖空間。

誰にも届かないとわかっていても、たった……たった一度だけ、零した本音。



ひとりはいやだ。



―「待て、それ以上は流石にきつい」


ディルの制止の声が遠い。きっと文面通りに、そのままの意味に取ったんだろう。

俺が、イルファが、家族のいないリトネウィアを憐れんで引き取ったのであれば捨てろと。それによって命を失くしても構わない。元々ないものが失われるだけだからと。

見捨てることで殺すことに繋がるその意味を自ら告げるリトと、それを突き付けられている俺を思っての制止。


でも、違う。ディル、リトが言いたいのはそうじゃない。問いかけてるんだ。

確めてるんだ。ひどく慎重に。

心配をしてはいけないのか。失いたくないと思ってはいけないのか。大切だと思ってはいけないのか。思いをいらないと言われるのなら、私の存在する意味は何処にある。意味のない荷物になって迷惑をかけるだけなら捨ててくれていい。

生きられると、生まれることが叶うと、思っていなかった命だからと。


こんなの、リトが思うべきじゃない。たった四日だ。生まれてまだ、四日しか経ってない。こんな哀しいことを、苦しいことを、思わせちゃいけない。

生きて欲しいと願ったのは俺だから!


< けれど >


パチンと悲観の言葉を否定する言葉が綴られて瞬いた。悲しげに笑うのではなく、諦めに悄然とするのでもない。真っ直ぐな目で見据え、口元に笑みを浮かべる。

それは、戦いに挑むかのように。


< お荷物にしかならない、邪魔にしかならない、迷惑しかかけない。そんな私をほんの少しでも必要だと、傍に置いてもいいと思って頂けますなら、貴方様を心配することを許してください。怪我をすることなく無事でいて欲しいと祈らせてください >


ように、じゃない。これ、本当に挑んできてるんだ。自分を必要としろって、そう言えって、叫んでる。


< できるならば、あまり心配させないでと怒らせてください >


俺が言いたくても、叫びたくても、恐くて……言えなくて閉じてしまったことを。


< 貴方様は生まれることすら危ぶまれた私をこの世界に生きていていいのだと繋ぎ止めてくださった決して失えない楔です >


こんなにも、真っ直ぐに告げてくれる。


< 私のことをほんの少しでも気にかけてくださるのであれば、もう少しだけ我が儘を言うことを許してくださいませんか? >


イルファを必要とするから、リトネウィアを必要としろだなんて、それって……。


―「何々?どんな我が儘なの?あたし聞きたーい」


かくんっと気の抜ける声が響いて聞こえてリトしか見えてなかった視野が広げられた。


―「……そこで最初に口を開いちゃうのがアシスだよね」


―「俺に言わせればお前も変わらないがな」


マリエル、ディルと続いた声は溜息のおまけつき。緊迫感に穴をあけられた何とも言い難い空気に瞬くリトの目が俺から逸れて周りを確認するのに、ぐつりとなる。

泉の中で握った拳が震えた。


「…………お前ら、なぁ」


このやり場のないもやもやするものをどうしてくれるんだ。

そんな思いで口を開けば返ってくる意見。


―「えー?だって気になるじゃない。へたれなイルファよりよほど肝が据わった発言するおちびちゃんが、いま以上に激しく面白いこと言ってくれるとか楽しいじゃないの」


「そういう問題じゃねえよこんの阿呆っ!」


へたれで悪かったな畜生!


―「いやーねー。その阿呆に促されないとすんなり会話が進まないじゃないの」


『沈黙するなって言ってんでしょーに』


「う」


にやにや笑いながら口調と態度はふざけて見せて、その裏でしっかと釘を刺してくる。こういうところは年長者で弟を持つ姉なんだと感じさせてくれるアシスに反論できず呻くしかない。


―「あわやこのまま保護申請者失格の烙印を押されてしまうのか?!と、この世の終わりカウントダウンしてたら思わぬ救いの手が入ってきたぞ?なーんて戸惑って碌に回ってない頭ひねってないで火属性者らしくババーンっと言っちゃえばいいのよ」


『黙っていて全てが伝わるわけがないってのは知ってんでしょ?ちびっ子に格好いいところ見せなさいよ年長者』


自分から他者に関わろうとしない俺を心配してくれているのを知っている。

珍しいことをしてどう行動していいのか手探りでまごつく俺にいろいろ教えてくれようとしているのもわかる。ただ、ちょっと、釈然と、しないんだよ、なにか。

素直に頷けない俺に仕方がないなあなんて目を向けなくていい。


―「ほれほれ、答えはたった一言でいいのよ。実に単純、非常に分かり易くて産まれたてほやほやなベイビーズにもやさしい親切設計」


いつものふざけて調子に乗ってる姿がちらついて、


―「おちびちゃんの我が儘を聞きたい?」


どうしても素直に頷けないんだっての。

にっこりと笑うアシスに大きく息を吐く。不貞腐れたと取られそうな態度に見えるかもしれないそれ。こんなところで一番下と弟持ちの差があるのかよと心の中で舌を打つ。それがまた不貞腐れていると思ってむっとなる。


「選択肢なんていらねえよ。家族の、リトの言葉だぞ。聞く以外にどうしろってんだよ」


それ以外を選ぶ程、残念じゃない。

不機嫌。そうとしか取れない態度で返した言葉にどうしてか三人揃って苦笑された。何なんだよ一体。


―「それをあたしじゃなくて、おちびちゃんに一発で言えれば文句ないのにねー」


『惜しい』


「うっく」


惜しいって何だよっと返したくても返せない。御尤も。へたれですよすみませんね面倒かけてっ!

そんな感じに自棄を起こしそうなところにサクッと一言。


―「へたれ」


「っるせえな!」


自分でも思ってたところに刺してくるなディル!


―「まあまあ、落ち着きなよイルファ。いまの話すべき相手はアシスでもディルでも勿論僕でもなくて、リトネウィアでしょう?」


「っ~~~~!」


笑いながら正論をブッ刺してくれるなマリエルこの野郎。

ああ……ああぁああぁあああぁーーーーーーっ!!

何処に向けて叫んだらいいんだろうなこの複雑怪奇な気持ちはよぉ!


< 私の話を聞いてくださるのですか? >


意味もなく叫んでやりたくなってきたところにリトから問われ、膨れ上がっていたものが一気に萎んだ。


「えっと……はい、聞きたいです」


そこにさっきまでの勢いは皆無だ。だって冷静に考えれば俺にとって都合よく妄想してるだけなんじゃないかって不安に駆られるだろう?確証なんて何処にもないだろう。そんな気がするなんて曖昧な勘の話は賭けに出るには分が悪いと思うだろう!

思い切りマイナス方向に向いている思考に我ながら呆れる。三人に対していた時と自分に対する時の俺の反応差に困惑を浮かべたリトが首を傾げる姿は可愛いけれど、反応一つにびくつく。ああ、情けない。

そしてそんな俺の反応がリトの何かを刺激したらしい。気の所為にしたいが、不穏な様子に細められた黒い目が見えた。


< 言質、取りました >


「へ?」


どう見ても続くものが良いものには思えない言葉が視界に入って身構えさせる。

え、どうなるんだコレ?


< 私の話を聞いてくださるとおっしゃいました。つまり我が儘発言への肯定と受け取ります。ですので、容赦なく物申させて頂きます故お覚悟召されよ保護者殿 >


緩やかな表情変化をするリトが、にこりと笑んだ。


「っ?!」


それが背筋に極寒の冷気を感じさせてくれました。か、覚悟しろって何ですかリトネウィア?

そんな声には出せない問いへの解はすぐに文字となって表示された。物凄い勢いで。


< 今朝の食事で無理矢理食べさせなければまともに食事を取らないとかいうご自身の生命放棄行動とも取れる言動もどうかと思いますが、何ですか?貴方様は御自身が怪我をなさるのもあまり気になさらない無頓着な性格をなさっていると判断してよろしいのでしょうか?事と次第によっては生まれて僅かに四日の卵の殻も取れていないような雛の分際で生意気とは思われますが、教育的指導も辞さぬ覚悟でありますよわたくしは >


何故だろう。瞬間的にディルが思い浮かんだ文面だった。似たことを思ったのかディルが苦笑しているのが視界に入ったが、肝心なリトは端末とにらめっこというか手元が忙しい。


いや、まず何で俺の食事事情から始まるんだ?というか食に関する知識は何処からだ。大樹がそんな細かいことまで教えたかどうかはもう昔過ぎて記憶に曖昧なんだが、俺は取りあえず食べような~しか言ってない。そしてきっと四大の誰も教えてないんじゃないか?食事行為がそもそも重要視されてないからな、人間なんかとは違って。


食事は朝のことがあるからとはいえ、水分摂取だけで十分生きられることを考えると生命放棄表現は行き過ぎだと思うんだが、それをリトは知らないだろうし。

あー食というより生命に関することで物申すってこと、なんだよなコレ。たぶん。

怪我話になったから。


新生の生まれて四日なのは事実だけれど、それ以上に自分を下に置いていると取れる気になる様子なのはちょっとこの際置いて考えるとして、どうするかな。

無頓着と言われれば、そうかもしれないんだよな、俺。


いやまあそんなに怪我をする無茶に出くわさないというか、回避できるってだけなんだが。何より俺より無茶する面々に囲まれて補助役に駆けずり回ってると動ける範囲なら問題ない…………やばい。レミィの考え方に汚染されてるじゃないか。

大問題だろその基準は。


妙な状況ではあるが、ある意味正しい指摘を受けてできれば目を逸らしていたかったことに気付かされていれば、リトの手は止まっておらず、その忙しさは勢いを増している気がする。


< 怪我の重軽傷度よりそもそも怪我の有無が問題なのですよ保護者殿 >


まったくもっておっしゃる通りです。

激しく同意できる大正論にそれを述べているのは生まれて四日の幼子だという事実が浮かぶことのない沈没具合。最早そんな普通すぎる話は存在しているのかどうかも怪しいところである異常事態だと突っ込む者すら存在しない。


< うっかりやドジで怪我をしたのであれば、あららと笑い飛ばして差し上げますが、事件事故などの突発事態であれば直ちに事の詳細を述べて頂きたい。お仕事都合で秘匿義務が発生すると申されるのであれば詳細説明は省いても、何がどうしてこうなったくらいは聞いても咎められないと思いますが、そこのところ一体どうお考えになられておりますでしょうかご意見伺いたく存じます >


え……えぇっとぉ…………?うっかりやドジは笑って済ませて、事件事故は説明求む。けれどそれに秘匿義務があれば簡易でも可。ただし説明しなさいってことで、聞いてもいいでしょうと問われているんだよ、な?


ちょっと待ってと言って情報とそれに対する答えの整理をしたいんだが、リトはどうやら待ってくれる気はなさそうである。

驚くべき速度で綴られていく文章は、まさかの人差し指一本で作られており、綴られる文章は元より綴る動作も幼子らしからぬものである。

普通なら「え?」と違和を覚えて戸惑うのだろうけれど、最初、それこそ卵の時からリトは普通とは異なる。むしろそうでないことの方が不思議ですらある。

そんな無茶苦茶な印象から始まっている為か、戸惑いを覚えるところが我ながらおかしいと思う。


それにしても、何でディルみたいな印象を与えることを言うんだろうかリトは。

たった数時間不在、いや昨日も合わせれば半日にはなるかもしれないが、その程度の合計時間で何がどうしてそうなった?元々リトはそういう性質なのか?

それならいいが……もし、ディルの影響を受けましてとかだったら俺は一体どうしていいのだろう。


画面を見つめて忙しいリトは面白くないのに笑いたくなっている俺に気付く様子はない。そしてそれはリトの綴る文面を注視している同僚三人にも言えること。


< それから自分に置き換えて考えて頂きたい >


「……」


誰にも気付かれず、更には自分でも気付かずに良くない方向へと思考が進もうとしていたのを止められた。

自分に置き換える?何をだ?

そう瞬いてしまった俺、正直もういろいろ驚いた。今日中の驚きを消費したと言ってもいいと思う。けれどそれを甘いと笑う声が聞こえる驚きを目の当たりにすることとなった。


< 例えばの話、私が怪我をして大した怪我ではないからと保護者殿に知らせず治るまで放置したとすれば、貴方様は一体どうお思いになられますか? >


リトが、怪我?そんなの見逃す気はない。あまりに軽傷で見つける前に自然治癒で治りきってしまうものだとしても見逃したくなどない。

どうして怪我をする事態になったのかを確認した上で二度目が起きないように対処する。リトのうっかりやドジなら気を付けるように注意を促す。

……誰かからの害であれば、事と次第によっては生きて帰さん。己が何をしたのかを魂に刻み付けてから滅ぼす。塵も残さない。四大火天使の名にかけて綺麗さっぱり燃やし尽くしてやる。知らずに放置も隠されるのも断じてNoだ。


スパンッと瞬間で弾き出されたこの回答、口にしていれば己がやろうとしていたことを振り返れとリトを怒らせること間違いなしなことには気付かない都合のいい脳だ。


< 知らなかったので別に問題ない? >


そんな訳がない。刹那で気付け縊り殺すぞこの愚鈍。


< では後々に実はこんなことがあってあの時怪我したんだよと私の口からではなく他者から怪我をしたと聞かされた時にどう思われますか? >


何でお前が知っていると詰め寄る。場合によっては実力行使。どうして事が起きた瞬間は流石に無理でも直後に報告しないと絞めあげる。

最早感情だけが暴走しているのだがそれにはまったく気付けていない異常事態。

だが、表面上は静かなので変化がない故誰にも気付かれない。自分自身ですら気付かないのはもう仕方のなさ故だ。これについては置いておく。


< 胸がもやっとしたり、どうして教えてくれなかったのかと腹を立てたり悲しく思ったりしないと言い切れますか? >


けれどそんなぐつぐつと沸き立っていたものは一瞬で冷やされた。

いまの想像ズバリそのまま、というのもある。でも、ズキリと痛みを伴って思い出される。


外界に出ているシェネレス。家族が戻ってきて、たくさんの話を土産として話してくれる中には怪我をして大変だった、なんてものがあった。

驚いて、心配して、不安になる。そんな俺にいまは大丈夫だと示し、安心させようとしてくれる気遣いと話を共有しようとしてくれるやさしさと温かさを感じても……ふっと、冷たく落ちる疎外感。聞かせてくれることで情報は共有されても、その時、その場所にしかないものは……共有できない。


だからこそ感じたそれは、ほんの一欠け程の目立たないもののはずなのに、明確すぎる温度差で気付かない選択を許してはくれなかった。

一つ一つは小さなもの。けれど、雪が降り積もるようにやがて大きくなる。


「…………」


ツキリと痛む胸に、それはいまも……ある。


< 例え心配させて、悲しい思いをさせて、悲しい顔をさせ怒らせてしまったとしても、いつとも知れない未来といま現在のどちらがより不快な感情を燻らせないかといえば、圧倒的に後者でしょう >


ああ……そうか、そうだった。どうして気付かなかった、いや気付こうとしなかったんだろう。リトの言葉は、あの日俺が言えなかった想い。

温かいのに寒くて、嬉しいのに悲しくて、近いはずなのに、すごく、すごく遠くて……。寂しくて堪らなかった幼い俺が、言えなかったこと。


< 違いますか? >


違わない。


< 私の言っていることは間違えていますか? >


間違えてない。間違えてなんかないよ、リト。

俺がしようとしたことは、俺が辛いと思って忘れたかったことだったなんて……。

家族がいない孤独を思って恐れたリトにひとりじゃないはずなのに独りを感じた俺は、それを感じなくてもいいようにと思ったはずなのに。

一体、何をしているんだろう。自嘲することすらできない己の愚かしさに何も言えない。


< 知らないことが幸せなことは多々あるでしょうしそれを否定することはしません >


もっと(なじ)ってくれればいい。そう思ったのに、どうしてそんな言葉が出て来るんだろうか。俺がしたことは、しようとしていたことは、シェネレスの家族が俺にしてくれた共有ですらない。隠そうとした。何もないものにしようとした。

リトには“関係ないもの”として処理しようとしていた。


なのに、どうしてそれを自分を慮ってのことだと取れることを言えるんだ?

それこそ保護者失格だって、俺が保護申請者であることなど願い下げだとリトから拒絶されても仕方がないのに……なんで。


ぐるぐると幼い頃のどうにもならずに諦めたものが呼び起されて、リトへの感情と混ざってぐちゃぐちゃだ。収拾のつけ方がわからないものにかき乱されている俺になんて端末画面を相手にしているリトは気付いてないのに。


< ですが、 >


きっと、意図していないのに。


< 大切な人が私の知らないところで苦しんだり悲しんだりしているのなんて、私は許せないんです >


「――――」


たった一文にぴたりと荒れ果てていたものが停止する。時間すらも止まったかと錯覚する程に。

いま、なんて書いてあった?見間違い……いや、ちゃんと書いてある。見間違いじゃない。勘違いでもない。


< 何ができる訳でもないけれど、それでも何かをしたいと思うのは傲慢ですか?身勝手ですか?身の程を知らぬ子供の戯言と笑われますか? >


長い長い、告げるには勇気がいる言葉ばかりを綴り終え、通信画面越しに俺を見据えた真っ直ぐで偽りのない真摯な黒い瞳は、澄んだ湖面のあの蒼と同じ。

目を奪い惹きつける鮮やかさを持っていた。


何ができる訳でもない?いいや、できてるよ。

傲慢?それはむしろ俺の方。俺が悲しんでくれる(・・・)だろうって、勝手に期待して隠そうとした俺こそが、傲慢で身勝手。心を、感情を幼いままにして体ばかり大きくなってしまった子供。


おっかしいなあ……。俺、これでも六千年生きてるのに、生まれて四日のリトの方が余程大人だ。情けない。情けない形ばかりの大人。

なのにリトは、リトネウィア・レム・オルテンシアは、イルファ・ソル・フライトシェネレスに聞いてくれるんだな。


心配をしていいの?

心を配っていいの?って。

勝手に思うんじゃなくて、一方的にじゃなくて、ちゃんと俺に聞いてくれるんだ。

大切な人だと思って、いいの?って。



そんなの、最高の殺し文句だろ。

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