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心配するのは当然です、其の参

必要以上に堅苦しい言葉を選んだのは態とに決まっている。

厭味ったらしい性根が実によく現れている文章には、私の怒りがこれでもかと込められている気がしないか?



まあ、そのお陰なのだろうか……通信画面から少しずれた位置、恐らくお怒り文面が表示されているだろう位置で固定された視線が生気を失ってひどく虚ろ。つい先程まで焦って怒って驚いてと表情豊かに動いていた御顔は顔面蒼白この世の終わりへと変り果てている。


おいこら心配すらもさせてくれずに誤魔化そうってかこんにゃろう。いい度胸じゃねえか、そっちがその気ならこっちにだって考えがあるんですよ。ほら、どう考えてるのか言ってみろ?広い心で一応聞いて差し上げるが、お気を付け遊ばせ保護者殿。回答の如何によっては最終手段も辞さないから言葉は慎重に選び給え。


そんな裏の意味を理解できてしまったのか違うのか、仏前のおりんがちーんと大変よろしい音を奏でてくれそうなイルファの様子にボクを含んだ四大室の面々は引き気味である。

そうだな……ある日思春期を迎えた娘は言った「今日から一人でお風呂に入るの」父はショックを受けた。

そんな擬音でがーんと表示される程度の衝撃かと思っていたのでちょっと、予想以上。

次の行動をどうしてよいものかと戸惑っていたのだが、我がお怒り文面を読み終えたのか猫を彷彿とさせる金色の目がボクを見た。


「これはこれはご立腹だわねおちびちゃん」


そこでとってもいい笑顔で同意の言葉を向けてくれる意味がちょっと分かりかねるのですがどういうおつもりなのでしょうかアシェリスさんや。

にんまりと明らかに悪い笑みに口角を持ち上げているご様子から想像できるのは、頭上から燦然と振り下ろされる拳なんですが、ね。

懲りようよ。そして学ぼうよ。見ているこっちが痛みに顔を顰めるんですよあの光景と音は。


そんな私の考えを知ることはないだろうアシスは、茫然自失状態のイルファが映し出されている通信画面へと向き直った。とてもよろしい笑みを湛えて。


「イ~ルファ~、生ける屍になるのは早いよー」


その楽しくて愉しくて堪らないといったご様子は、頭に二本の触角と尾てい骨付近に細く長い尻尾、どれも先端が三角形を生やしたよく絵に描かれる典型的な悪魔っ子そのものですね。

実際には翼しかない本物の悪魔なのだが、人間を惑わせて誑かすといった様子で描かれる物語の悪魔の様子を再現してくれそうなアシスの様子に、はあと二方向から溜息が聞こえたことを覚えておこう。


「これ、回答間違えたらおちびちゃんから絶縁状叩きつけられかねないよ?意識を何処かに放り投げてないで早いところご機嫌取りに勤しまないと、シェネレスからディルリーフスに移動しちゃうかもよー」


―「っ?!」


「アシスお前この野郎っ」


がばりと生ける屍から立ち直ったイルファが縋るように視線を私へと向けたのと、ディルが低い唸り声を上げてアシスの名を呼んだのはほぼ同時だ。

恐らくアシスへと向けられているディルの視線はえらいことになっていると思う。態々ダメージを受けに行きたくなどないので絶対に見ない。見てはいけない。好奇心は猫を殺す。危険回避はチキンにとって呼吸と一緒、生き抜く賢い知恵ですね。

それに……この某金融機関のCM犬を思い出すような訴えかける視線をぶつけてくるイルファから視線が逸らせなくてどうしていいのか固まってしまっているのだよ、実は。


「ん~?だってそういう文章でしょう、コレ。心配したいのにさせてもくれないのって健気なこと言われてるのに、そんな必要はない!とかの非道な答えを返されてみなよ。あたしだったらもういいって思うわよ。捻りを加えて全体重をこれでもかと乗せた渾身の右ストレートが顎に向けて炸裂するね」


「なんで確実に脳を揺らそうとしている部位狙いなの……」


なんでそうなったと聞こえる突っ込みサンキューマリエル。脳震盪(のうしんとう)確定の顎狙いなのに全力での一撃って、顎の骨を打ち砕く気なんだろうかねこの小柄で体術不得手の火悪魔さんは。……不得手だとしても狙いが的確過ぎて過剰な攻撃だろう。前半の読み取り見事なお言葉が後半の攻撃発言に見事にかき消されてるよ。


「ん?それはあたしとイルファの技能差及び怒髪天を衝く怒りの総量の結果。一撃で済ませてやるから確実に食らって召されろってやつだね」


「召されたらやり過ぎだよっ目的が変わってない?!」


非常に正しい突っ込みを入れたマリエルだったが、対するアシスは余裕な様子である。

ちっちっちっ、と人差し指を立ててメトロノームのようにふーりふり。場合によっては癇に障ったり、偉そうに見えるその仕草だが、先の言葉が不穏なのとにんまり笑顔を保持したままの様子が不快さではなく不安を生む。どちらにしてもいい印象ではないのは確かであるが、あえて気にしない方向で。


「それは聞く相手が違うよマリエル。あたしのこれは代弁。あの文章から読み取ってちょっと悪い方向へと妄想しただけの憶測。でも……あながち外れてもなさそうだけれど、ね」


とっても思わせぶりなアシスの発言で視線が三対刺さったのがわかるが、生憎私の目は二個一対でいまはうるうるとはなっていないが訴えかけてきている様子は似ているお日様色とぶつかっておりまして忙しいです。逸らしたら負けな気がするんだよ。勝負事じゃないはずなのに。

しかし憶測とは言ったが、いいところを行っている。アシス、お見事。


―「……っ…………ぁ」


はく、はくと、言葉を出そうとしても声にならない。そんな声を出すことができない自分を見ている気になるイルファの様子を気が付けば()いだ気持ちで見つめている自分がいる。

きっと完全な正解ではないけれど、口にして示してくれたアシスの言葉のお陰だろうなと思って息を吐く。


そのふぅっと吐き出した吐息に何を勘違いしたのか、画面の向こうでビクリとイルファが肩揺らしていまにも死に絶えそうな顔色と泣き出しそうな表情になってしまっている。

過剰反応起こしてやいませぬか保護者殿、落ち着きなさい。別に私はあなたの命を脅かそうとしている訳ではないのだから。どうしていじめっ子の気分を味わわなきゃならないんですか。そんなことする気はまったくないですよ。……場合によっては精神的に追い詰める可能性はあるかもしれないが、そこは伏せておこう。確実性のないことは口にしない。


重苦しく沈黙が落ちる中、ボクは人差し指を伸ばした。静まった室内に小さな指が声の代わりに文字を綴る音が響く。


< 沈黙を返答とし、肯定であると受けよ、との意味で解釈すればよろしいので? >


短い文章に容赦の二文字は存在していない模様。我ながら心抉る発言だが、送信方法が不明なためイルファにはまだ伝わっていないはずだ。

だからこの辛辣文章を目撃しているのは、イルファ以外の私を含めた四人だけだと思う。


―「違うっ!」


「っ」


そう思っていたところ、悲痛な声に全身を叩かれてびくりと体が跳ねた。

え、何?何に対しての発言なのでしょうかイルファ。違うって何が?

顔面蒼白この世の終わり顔をさせ、縋る視線を向けていたイルファはひどく必死な様子に見えた。

それは、幼子が泣き出しそうなのを耐えるかのような。


―「違う……っ、心配がいらないんじゃなくて、そうじゃなくて……」


言いたいことが言葉にならない。そんなもどかしさに情けなくも見える、けれど痛みを訴え顔をくしゃりと歪ませるイルファの言葉を私は待つ。――気はない。


< 発言権を求めても? >


ぽちりと打ち込んだ文章をディルに伝えて貰おうと見上げて合わせた空色は、何とも言い難い色を乗せてイルファを示してくれた。何ですかその顔は。


「伝えなくても伝わってるぞ。あいつ画面越しに端末の文字を追ってやがる。本気で必死だな」


驚き半分呆れ三分の二、残りは何か色々なものでしたか。

にしても、画面越しに文章を読むとか凄いな保護者殿。画面比率どうなってるのか知らないが、鏡文字の上に豆文字じゃないのか?でもディルの言い様だとそうなんだろう。ということは、ついさっきの違うって否定は沈黙肯定に対するものってことですかそうですか。ふむふむ、確かにこの勘違いは大きいから即否定をするかもね。ありがとうございます。


―「うるさい。わかってんだったらさっさとリトの言葉を見やすくしろ。いちいち送信じゃなくて繋げ。流石に長文はきつい」


そんな感じで納得していれば、むすりと不機嫌なご様子で舌打ち付きの柄が悪い発言。

こらこら、ディルに凄むでないよイルファ。めってしますよ。


「おい、睨むな。次は俺も倒れる」


じとりと視線を向けていたのがどうしてわかったお師匠さん。そしてすみませんでした。

不肖の弟子、次はお師匠さんに迷惑をかけないように気をつけます。

私がイルファに、イルファがディルに、違う方向へと不機嫌な二人に挟まれて可哀想なポジションになっているディルは、一つ息を吐き出した。重いような軽いような吐息とは裏腹に、ボクの腹部に乗っている通信端末を操作するディルの軽やかで美しい指を見つめていれば、すっと端末を差し出される。


「ほら」


準備完了ってことですねお師匠さん。では、わっきゅわきゅと指を動かして、まずはテストから。


< 発言権を求めてもよろしいのですか? >


―「どうぞ」


再度の問いへの返事は良いが、顔と言葉を一致させようか保護者殿。顔、へにゃりと眉が下がっているだけでなく、残念な色にまでなっておりますよ。

まあでも、いいと言ったのだから参りましょうか。


< では、少々お付き合いくださいませ >


気合を入れておいてね、とは教えて上げないので頑張れ。

そんな誰も知り得ぬ無慈悲な発言を胸の中で呟いて、人差し指を走らせた。


< 生家のない私を貴方様は保護申請者として引き取ってくださいました。それは力に振り回される私を哀れんでの行動でしょうか? >


―「違うっそんな理由じゃない!」


首を大きく横に振っての否定をありがとうございます保護者殿。引き取った理由はよくわからないと言っていましたよね。狡い確認をしてごめんなさい。即座の否定、大変嬉しく思います。

でも、私の手はノンストップで参ります。

無視ではありません。ちゃんと感想は述べております。心の中で。


< 独り立ちできるまでの間の衣食住を面倒見てあげるだけの行為であると申し上げていると受け取ってよろしいのでしょうか? >


―「っ……!?」


勢いからみて、紡ぎかけたのはきっと否定の言葉だったのだろうけれど、その言葉は人差し指一本押しに慣れてきた私が綴る言葉に封じられた。


< もしもそうであるとおっしゃるのであれば、どうぞ私のことなど捨て置いてください >


捨て置け、この言葉を綴るのは覚悟がいるんですよ。何といっても誰かに縋らなければ生きていけない弱い生き物なので。

それでも、この言葉を綴らなければ話にならないんで致し方ないってことです。

さあ、本番はここからですよ皆様方。息を呑んでいる場合ではないのです。


< 心配をするのは失いたくないと思うからです。大切だと思うからこそなのです >


誰かを心配するために動く心の原動力は一体何なのか。私にとってそれは失われてはならないと、損なわれてはならないと思わせる焦燥だと思われる。この人を失った時、自分がどうなるのかという漠然とした恐れが胸をざわつかせるのだ。

なんて自分勝手な感情なのだろうか。心を配ると書いておきながら、何よりも優位にあるのは誰でもない自分自身だなんてね。

けれど、それも相手に対する何らかの感情がなければ動くことはない。決して、ね。


息を呑み、そうしてはっとなる四大位の視線を独占しながら、私の指はタイピング初心者よろしく滑稽な人差し指一本のぽちぽち押しなのに、ブラインドタッチをマスターしている熟達者の如く踊るように端末のキーの上を縦横無尽に動き回る。


< それを要らぬと申されますのは、存在否定と変わりありません。私など要らぬと申されているも同然 >


ひとりでは生きられない。

人間であった時から変われていない私の弱さは伊達でも酔狂でもなければ、冗談でもない。


< そんな必要のないお荷物をいつまでも抱えさせてお手を煩わせることを私は望みません >


憎悪するほどに自分が嫌いな私自身を肯定的に思ってもいいと思わせてくれる存在。

そんなあなたの負担になることを望んでまで生きていけるほど生に執着できる何かがない、そんないまだから言えるのか。それとも、もうすでに遅いのだろうか。


< 故に、どうぞ捨て置いてくださって構いません、と申し上げます。元々貴方様に掬い上げられました命にございます >


一人で卵を割ることは敵わず、誰に助けを求めることもできなかった私の救いの手。

あなたがいなければ、いま生きてはいない命。


< 貴方様に要らぬと言われましたのならば、仕方ないと諦めましょう >


そんな救いの手を放されたなら、仕方ないでしょう?


「待て、それ以上は流石にきつい」


ぽちぽちと急いだわけでもゆっくりとしたわけでもない速度で作られていた長文に待ったをかけられた。

それは私を抱き上げてくれている為に作成文章が誰よりも見えやすい位置にいるディルで、苦々しい調子のお声を疑問に思って見上げた御顔は、私が何かやらかした理由とは別の理由で厳しかった。

悲しいそして辛いとも言えるだろうその表情は、きっと告げられるイルファと告げる私の双方を思っての感情からなのだと思ってもいいでしょうかお師匠さん。


ちびっ子が見ればぴぎゃあと泣いちゃうかもしれない険しいと言われるだろう表情を平然と見つめるだけでなくどこかほっとできるのは、私を映す空色に案じている色が見て取れたから。

だから、私の口角は緩やかに弧を描く。


「?」


沈痛な、ともすれば肌に痛いとも思わせる空気の中、口元へ笑みを乗せる私の様子に空色へ困惑が混ざった。

ねぇ、気遣い屋のやさしいお師匠さん、心配してくれてありがとう。

でもね、これがいまの私が思うこと。誰かに自分の存在価値を見出す悪い癖をどうにかするべきなのだろうけれど、そう簡単には覆せないです。だから……。



ちょっと全力で物申すから最後まで付き合ってくださいよお師匠さん。



入力を遮る為に指と端末の間に差し込まれた大きな手をてしてしと叩いてどけて欲しいと訴える。

真っ直ぐに空色を見上げる私の目、その駄々漏れと言われる目に何が映っていたのか、憂いを帯びた御顔に困惑だけでなく疑問を走らせたディルは少し躊躇った後、手を外してくれた。

障害物となっていたお師匠さんの手がなくなりましたので、伸ばされた人差し指にいろいろと込めてやろうではありませんか。ええ、いろいろと。

さあさ、顔色すら失くしている保護者殿、まだ私の言葉は終わってませんよ。

こんな中途半端なところで勘違いなどしてくれるな。


< けれど >


あまりにも自身へと否定的な言葉を連ねた前文をひっくり返すたった三文字に、最初に反応したのはやはりあなたですよね、イルファ。

ぼーっとしていたところへ急に目の前で手を打ち鳴らされたみたいな様子で瞬くその姿を視界に入れることはせず、マイペースに指を忙しく動かしていく。


< お荷物にしかならない、邪魔にしかならない、迷惑しかかけない。そんな私をほんの少しでも必要だと、傍に置いてもいいと思って頂けますなら、貴方様を心配することを許してください。怪我をすることなく無事でいて欲しいと祈らせてください >


あなたに手を放され消えていくのを仕方ないと受け入れるのは、あくまで私の存在があなたの負担になっていると、邪魔になっているとわかった時だ。それ以外の時にまで適用する気はない。いくら自身の生に執着が薄いとは言っても、まったくないということではないのだよ。

誰かを犠牲にしてまで生きる程の執着はなくても。生きることを否定する気はないのだから。


< できるならば、あまり心配させないでと怒らせてください >


私の言動一つに一喜一憂してくれるのであれば、期待をしてもいいでしょう?


< 貴方様は生まれることすら危ぶまれた私をこの世界に生きていていいのだと繋ぎ止めてくださった決して失えない楔です >


思っても、いいでしょう?

だから、問うわ。


< 私のことをほんの少しでも気にかけてくださるのであれば、もう少しだけ我が儘を言うことを許してくださいませんか? >


私は、あなたのことを「保護者殿」と呼んでいても構いませんか?

私の命を預かるやさしい保護者さんとして。


ぽちり、と最後の一文字を押して持ち上げた視線。ぽかんと口を開き、お日様色を瞬かせているその顔色はさっきのように悪くはない。それは容赦のない一文から始まった内容を理解して貰えたと受け取ってもよいのでしょうかね。そうであるならば、返答頂きたいところなのですが。

言葉を待ってじぃっとお日様色を見つめ続ける私の耳に声が届く。


「何々?どんな我が儘なの?あたし聞きたーい」


――アシスの。


「……そこで最初に口を開いちゃうのがアシスだよね」


「俺に言わせればお前も変わらないがな」


乾いた笑いがおまけで聞こえてきそうな調子のマリエルと、淡々としつつも呆れ交じりに告げたディル。

溜息が順に二つ零れて何とも言えない空気が流れた。


―「…………お前ら、なぁ」


お、衝撃から立ち返ったイルファが自分のターンを遮られてちょいと不機嫌になられたご様子だぞ。

ぷるぷるしている。いや、きっと絵的に一番分かり易いだろう手はおとなしく泉にポチャリを維持して治療中の様子ですよ。ちゃんと治療を優先して偉いですねと思うべきなのか、それとも思わず腕を振り上げて動作したくなるような状況下であっても治療を優先しなければならない状態なのか。

そんな穿ったことを考えるのは現物を見ていない所為と、元人間の私と高位の天魔である四大位との怪我の度合いに大きな隔たりがある所為だと思います。これはもうゆっくり相互理解に努めるしかないと思うのであえて触れない方向で行きましょう。話が進まない予感しかしないので。


「えー?だって気になるじゃない。へたれなイルファよりよほど肝が据わった発言するおちびちゃんが、いま以上に激しく面白いこと言ってくれるとか楽しいじゃないの」


楽しい楽しくないの問題ではないと思う。というかそんな話をした覚えはない。むしろそれなりに真面目な話をしていたと思うんだが、見事にぶち壊しじゃねえですかい火悪魔さんや。


―「そういう問題じゃねえよこんの阿呆っ!」


があっと不吉な圧力を覚えるものではなく、単純な怒りを吼えたイルファとにやにやしているアシスのこの対比、実におかしい。いや、笑う方ではなく異常な方のね。


「いやーねー。その阿呆に促されないとすんなり会話が進まないじゃないの」


―「う」


そこで詰まるのかよイルファ。図星か?図星なんだなその苦虫噛みました顔は。

ということは何か?私の問いに即座に応えてくれずに「あー、うー」的な悩まし苛つく間ができていたかもしれないということなのか?それが事実なのであれば感謝するよアシス。よっお調子者、にくいね!

どこかで聞いた茶化し文句みたいな言い回しが脳内で炸裂している私だったが、ちらりと視線を合わせてきた金色がふざけた色を含んでいなかったのに一つ瞬いた。何だろうそのにやにやとして思いっきりからかっています顔と態度に反する静かさは。

そんな私の疑問に気付いているのかいないのか、視線をイルファへと戻したにやにや顔のアシスは顔と同じ印象の声音で言葉を紡ぐから、見間違いだったのかと密かに首を捻った。


「あわやこのまま保護申請者失格の烙印を押されてしまうのか?!と、この世の終わりカウントダウンしてたら思わぬ救いの手が入ってきたぞ?なーんて戸惑って碌に回ってない頭ひねってないで火属性者らしくババーンっと言っちゃえばいいのよ」


……何故かな。火属性者イコール考えなしの直情型、行き当たりばったり壁があったら突撃だ!みたいな考えなしがセットでくっついてきそうな発言に聞こえた気がするんだが、気の所為だろうか。

でも、誰も口を挿まないアシスの独擅場状態。イルファは苦虫噛み顔でややむすっとしていて、ディルは呆れてはいるようだけれど静観する様子で息を吐き、マリエルも苦笑いではあるが異論はなさそうである。

何だか意味不明な感じなのだが、アレかな?属性っていうのは所謂血液型的な共通性質でもあるのでしょうか皆様。ちょっと気になってきました。そんな話している訳じゃないってのに。

少々もやっとした感覚を味わっている私の様子など、視線をイルファに向けているアシスは知る訳がないのでからかう声音は続いていく。


「ほれほれ、答えはたった一言でいいのよ。実に単純、非常に分かり易くて産まれたてほやほやなベイビーズにもやさしい親切設計」


ピッと真っ直ぐにボクのおちびな短さとは違ってすらりと長い人差し指を立て、発言に合わせてくるくると回していたかと思えば、ぴたりと天を示して止まるアシスの指。と同時に、にやにや笑いではなく綺麗に口角を持ち上げた笑顔を浮かべる。試すようなその笑みは、どうしてかやさしく諭すものに見えた。


「おちびちゃんの我が儘を聞きたい?」


成程、確かに単純だ。求められているのは「はい」か「いいえ」の二者択一。そして同時にそれ以外の回答を受け付けませんという意味もありますよね、コレ。さり気なく言葉を誘導して発生させた強制力を感じられて、ただふざけているお調子者の姿が態と作り出しているキャラクターのように思えてちょっと背中にひやりとしたものが流れましたよ。どんなにおちゃらけていても四大ってことですね。

変なところに感心していたが、はあっと大きく吐き出された息に意識も視線も引き寄せられた。

むすっとしてご機嫌だなんてとても言えない顔をしたイルファへと。


―「選択肢なんていらねえよ。家族の、リトの言葉だぞ。聞く以外にどうしろってんだよ」


表情同様のむすっとした声ではあるけれど、見事に言い切られたその発言に瞬いたのは私だけで、残る三人はほぼ同じ反応だった。

肩を竦めての苦笑。……何故?


「それをあたしじゃなくて、おちびちゃんに一発で言えれば文句ないのにねー」


―「うっく」


グサリと物理的にも刺せたかもしれない言葉が突き刺さり、反論ではなく呻いたイルファ。

ああ、そういうことでしたか。であれば、その反応は同意できるかな。直接と間接の差は大きいよね。

やはり「家族」なんて大事な発言は面と向かって聞きたいじゃないか。


「へたれ」


―「っるせえな!」


ディルによる突き刺さる言葉の追撃へ、またもがあっと一吼えするイルファにくすくす笑いながらマリエルが続いた。


「まあまあ、落ち着きなよイルファ。いまの話すべき相手はアシスでもディルでも勿論僕でもなくて、リトネウィアでしょう?」


―「っ~~~~!」


何だろうか、空気を読まない子に空気読めと言われたかのような理不尽さが感じられた気がする。

がっちりと奥歯を噛んでさらに頬をひくつかせるその反応、わかりますよ保護者殿。そうしていないと何かいろいろ言っちゃいそうなんですよね、きっと。

まあ、何にせよである。随分斜め方向に逸れた会話が戻ってきたことなので、休んでいた人差し指をわきゅわきゅっと働かせようではないか。


< 私の話を聞いてくださるのですか? >


ぽちぽちとゆっくり入力した確認に、駄目だしになっていた同僚へ唸って威嚇し始めそうだった様子が一瞬で消失した。マジックですか?演技ではないと思うのだが、どうなのだろうか。

そんな疑問を持って不機嫌でも頬をひくつかせて何かを耐えるでもない緊張した面持ちに瞬間変化したイルファを眺めているボクへの返答はこれでした。


―「えっと……はい、聞きたいです」


何故に丁寧な口調になるんだ保護者殿よ、理解に苦しむんだが。

困惑はそのまま態度に現れ、こてっと首が傾いた。そして通信画面の向こうでそんな私の動作にびくつくイルファ。

私は一体何扱いだこんにゃろう。家族と言うたばかりではないのか?その反応は傷つきついでに腹立ちましてよ。よろしい、家族発言にじんわり感動したがその言葉故に遠慮なくいこうではないか。

だって、「家族」なんだもの。遠慮なんて他人行儀ですよね~。

そういう訳で、レッツタイピング。


< 言質、取りました >


―「へ?」


うふふ。きょとんなんてしていられるのはいまだけでしてよ保護者殿。


< 私の話を聞いてくださるとおっしゃいました。つまり我が儘発言への肯定と受け取ります。ですので、容赦なく物申させて頂きます故お覚悟召されよ保護者殿 >


不吉すぎる出だしの言葉に瞬く姿など知りませんとも。例え見えていても無視致しますとも。

だって、ちゃぁんと確認しましたもの。「私のお話(結構きついと思われる)を聞いてくれるの?」って。

だから「はい」と答えたあなたに今更拒否権など与えんぞ!


さあさあ、許可も出たことですし本領発揮と参りましょう。別におしゃべりな訳ではありませんが、それでも一日中一言も語れぬなんていう状況はなかなかに思うところがございましてね。正直なところ鬱憤が溜まっていると申しますか、突っ込みどころ満載なやりとりと事情が悪いと言いましょうか。とにかく言ってやりたいことがこの四日の間にではなく、朝といま現在で一気にできたと言いますか。語っていいなら語れる手段があるのなら、子供らしさとか遥か天高くへと葬り去ってやりましょうぞ!というか、これ絶対に聞いて言ってしないと後々に響くんじゃないかと思うので譲れぬ攻め攻め戦なのですよっ。


< 今朝の食事で無理矢理食べさせなければまともに食事を取らないとかいうご自身の生命放棄行動とも取れる言動もどうかと思いますが、何ですか?貴方様は御自身が怪我をなさるのもあまり気になさらない無頓着な性格をなさっていると判断してよろしいのでしょうか?事と次第によっては生まれて僅かに四日の卵の殻も取れていないような雛の分際で生意気とは思われますが、教育的指導も辞さぬ覚悟でありますよわたくしは >


ぽちぽちぽちぽちぽちっとなー。

ふははははっ我が人差し指の冴えを観よ!声として世に出ていたならば間違いなくマシンガントークと呼ばれるであろう言葉の滅多撃ち。正しくは指での滅多打ちだが、些細な違いだ問題ない。

熱の入った声の代わりに態度に出て動作に現れている激しさに、本来なら不安定に体を揺らしているのだろうが、気合十分でぽちぽち始めた時に私を支えてくれる腕に力が入り、快適状況で事を進められておりまする。なんてありがた過ぎるフォロー、感謝致しますお師匠さん。


えらく静かになった場に響く我がぽち音以外、ふっと笑ったような吐息を耳で拾いながらも私の指は全速前進全力暴走!ブレーキ?そんなものついている訳がないだろう。止まる時は自然失速もしくは予想外な出来事で事故るか第三者によって強制停止がかけられなければ止まる気はない!

そこのけそこのけ暴走者(バーサーカー)のお通りだっ!


< 怪我の重軽傷度よりそもそも怪我の有無が問題なのですよ保護者殿。うっかりやドジで怪我をしたのであれば、あららと笑い飛ばして差し上げますが、事件事故などの突発事態であれば直ちに事の詳細を述べて頂きたい。お仕事都合で秘匿義務が発生すると申されるのであれば詳細説明は省いても、何がどうしてこうなったくらいは聞いても咎められないと思いますが、そこのところ一体どうお考えになられておりますでしょうかご意見伺いたく存じます >


えぇえぇ、伺いたいとか書いておきながら言葉待たずに進んで行きますがね。


< それから自分に置き換えて考えて頂きたい。例えばの話、私が怪我をして大した怪我ではないからと保護者殿に知らせず治るまで放置したとすれば、貴方様は一体どうお思いになられますか?知らなかったので別に問題ない?では後々に実はこんなことがあってあの時怪我したんだよと私の口からではなく他者から怪我をしたと聞かされた時にどう思われますか? >


そう、重要なのはココなのだ。知るタイミングと知らせる相手。

重傷なのか軽傷なのかは後から理解するものだ。それこそ実際に目撃するなりでね。すでに完治しているのであれば想像するしかないくらいだ。

だから、怪我をしたかしていないかは、重要ではあるが優先度は実は低い。何よりも一番衝撃を伴うのは、知らされた瞬間。誰が、怪我をした、というその情報を耳にし、理解したその瞬間なのだ。


本人から聞かされるのであればいい。それは場合によっては実際に怪我をしたのを目撃しているかもしれなければ、聞くと同時に怪我の現在の有無も程度も知ることができるはずだから。

勘弁願いたいのは本人がいない場所で他者から聞かされた時だ。

怪我なんてして欲しくないと思っているからこそ信じたくないと否定し、本当か嘘なのかすらも判別できなくなる。現実として目の前に提示されていない為にかすり傷でも瀕死の重傷なのではと過剰な不安に駆られ、ただでさえ良くないものがあっと言う間もなく最悪へと転がって弾けて収拾不可能になる、なんてこともないとは言えないのだ。


怪我をしたことを心配し不安に思う。それ自体は長い人生よりさらに長い天使生で全然まったく欠片もないなんてことはないだろうから、想定内なんだよ。

だからこそ重要だと思うのはその過程、与えられる不安の大きさであると思う訳なのですよ。

そういう理由で、内緒にしようぜ行動が腹立って気に食わねえのです。


< 胸がもやっとしたり、どうして教えてくれなかったのかと腹を立てたり悲しく思ったりしないと言い切れますか? >


つーか、これでしないと返ってくるならもうそれは興味も関心もないってことでしょうよ。

そんなの家族とは呼べないだけではなく、赤の他人以下じゃないか。一ミリたりとも気持ちが向かわない相手と共には在れないっす。自分結構甘えたの構ってちゃんなので、それは無理。違う意味で寂死ぬ。何のために引き取ったんだってマジ切れする自信あるよ。幸いそれはなさそうなのでほっとしていますがね。


< 例え心配させて、悲しい思いをさせて、悲しい顔をさせ怒らせてしまったとしても、いつとも知れない未来といま現在のどちらがより不快な感情を燻らせないかといえば、圧倒的に後者でしょう >


ねえ、お答え願いたく、イルファ・ソル・フライトシェネレス。


< 違いますか?私の言っていることは間違えていますか?知らないことが幸せなことは多々あるでしょうしそれを否定することはしません >


時にやさしい嘘に救われることだってある。

でも、でもね、それは本当に幸せなのかな?


< ですが、大切な人が私の知らないところで苦しんだり悲しんだりしているのなんて、私は許せないんです >


やさしい嘘に、死に逝くまで気付かずにいられる人は、一体どのくらいいるの?

気付いた時、その人は何を思うのかな。私は、何を思うのだろうか。


< 何ができる訳でもないけれど、それでも何かをしたいと思うのは傲慢ですか?身勝手ですか?身の程を知らぬ子供の戯言と笑われますか? >


同じ悔いるのであれば、軽く済む方がいい。

それを望むのもまた、傲慢なことなのかな?

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