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ばれました、其の弐

三人へと増えた底辺声とそれを発する理由を与えた驚き発言を聞きながら思う。

ちょっと早まったかもしれないか?


イルファのお怒り規模表現として断頭台目前って死を彷彿とさせるものが出て来るのは言い過ぎではないかと思う。むすっと拗ねるはあり得そうだが。

しかし、方法を提示されたのがこの場でつい先程であったとはいえ、保護者であるイルファを差し置いて、渋々預けたらしい四大の面々とちゃんと会話が成立しているのは覆りようのない事実。お母さんに嫉妬するお父さんの例えが適用できるやり取りがいくつかあったイルファを思うに、狡い発言は確定ではないだろうか。


「え~?事実を言っただけのあたしの何がいけないの~?」


その挑発するかのような不敵に笑う態度がいけないのだと思われます。

いまの発言を耳にした同僚三名をよく御覧なさいな火悪魔殿。眉間に皺どころか青筋浮かんでますよ。

気が付いた私の方が怯えそうですよ。


「道連れがいるからと楽しむことに推移した握り潰したくなる脳を保護して笑っている顔面と態度だ。もう一度床を這わせてやろうか下種脳」


どんな表情とはあえて言いたくない御顔のディルから逃れたい。イルファから与えられるなんらかの行動を本気でまずいと認識している御三方のご様子が想像もできない私にも危機感を与えてくれている。

会話に飢えてもどかしさに苛々していたとはいえ、失敗したかもしれない。


「や、流石にアレをもう一回は勘弁して。本気でお花畑見えそうだったからね?いくらなんでもあの威力はやり過ぎでしょそこの万能型っ」


おーう、流石にこのディルを相手に笑う余裕とからかう余裕はないか。あったらあなたの肝っ玉の表現をどう表していいのかわからなくて悩むところだったよ。

引きつった顔でパタパタと両手を振って、嫌だと否定の意味を示していたアシスだが、最後の方で控えめに逆ギレ起こしましたね。大丈夫か?


「耐えきれる威力に加減してやっただろうが法術型」


「結構ギリギリだからねアレ!あたしが体術不得手と知っているならもう少し加減してくれてもいいでしょうにっ」


ちょっと待った、会話がおかしい。失言でお仕置き……には少々ハードな威力だったと思われるし、言葉より先に行動が出てしまっている時点で問題といえば問題だが、そもそも失言したアシスにも非がある訳ではあるのだから文句を言えたことかとも言える。

とはいえ、高い自然治癒能力を持っている天魔が半日ダウンする威力は確かにやり過ぎだと思う。

だから威力について非難するのはありだと思うが、変じゃないかこの会話。戦闘型とかここで関係するのか?

いや、遠中近距離のタイプによってゲームの戦士・武闘家・魔法使い・僧侶といった職業別パラメーター差はあるでしょうけれど、何か違うだろう。威力加減しただろう発言に返すべきは「そういう問題じゃない」だと思うんだが、私は何か間違っているだろうか。

わからないよ天魔の基準っカルチャーショックですかこれは?失言に対する返事がまさかの肉体言語だなんてそんな異文化基準嫌だ!


えええぇってな具合に混乱への道を進み始めていた思考に、パンパンと手を打ち鳴らす音が聞こえて視線を転じる。

音の発生源になった手の持ち主は、眉間に皺を寄せて悩んだ御顔のナヴァでした。


「あーはいはい。四人揃って断頭台目前状況は情報収集を優先して先走った僕の失敗だから無理難題とはいえ責任持つよ。どうにもならないからこそ軽く聞こえるように事実を告げる心がけはいいとは思うけれど、アシスのそれはやり過ぎ。からかいを通り越して挑発になっているからね。それで僕らの怒りを買った分は後でディルから有り難く頂戴するように」


「え~!?嫌だよっ絶対痛いじゃない!」


反論したアシスににこりと笑顔を向けて、


「三人それぞれから絶対に痛い怒りを受け取るのと、代表者のディル一人から絶対に痛い怒りを受け取るのなら、後者の方がましじゃないのかな?」


説得という名の脅しですね先輩。笑顔が素敵すぎて体が竦みます。


「…………ソウデスネ」


そこで棒読みでも同意の言葉を出す必要があるほど、三人分と代表一人分ではトータル威力に差があると思っていいのでしょう。

そこまで被害が大きくならない程度の態度で楽しめばいいのに、そこの調節機能が残念だからこそついた呼び名がお調子者なのだろなあ、きっと。


「というわけだからディル、後で任せたよ」


「……はあ。阿呆の躾を後回しにさせても優先したいことは何だ?」


これで問題一つ解決、といった様子でアシスの態度へのお仕置きをにこやかに頼まれたディルは息を一つ吐き出した。

その動作で眉間の皺と青筋を引っ込めて問えば、薄ら寒くなりそうな笑顔を引っ込めたナヴァが丸めて筒状になった紙束でもってこちらを指し示す。正確には、羊さんの上に置かれているナヴァの通信端末を。


「僕の調べとおちびさんが持っている情報とのすり合わせ。一方通行会話の苛々解消と僕の都合で差し出した解決案がとんだ誤爆を招いたのは素直に謝るよ。ごめん」


ぺこりと頭を下げるナヴァの姿にどう反応するのかと様子を窺えば、……三人ともに共通していて、疑問を浮かべる私一人だけが置いてけぼり状態。え、何事?


「誤爆については誰の非でもないでしょう。自分都合とはいっても、ナヴァはリトネウィアの為を思って端末を使っての会話を提案したんだし」


苦笑するマリエル。


「そもそもその情報収集だっておちびちゃん含めた新生位の為だからね。これに文句を出したら職務放棄ものでしょ」


うんうんと頷くアシス。


「この馬鹿みたいな悩み事を作り出しているのはこの場にいない狭量だ。それさえなければ何も問題はない」


基本表情だけれど呆れを感じるディル。

つまり、とマリエルの声が合図になったらしく声は綺麗に重なった。


「「イルファが悪い」」


しょうがないだろうと諦めを告げる三者三様の表情に、顔を上げたナヴァも苦笑していた。


「否定しないけれど、おちびさんを目の前にして保護者のことを避難するのは気がひけるね」


ごめんねと聞こえてきそうな困った顔だったのだが、どうしていいのか私の方こそ困る。

だから、人差し指をにゅいっと伸ばした。


< 保護者殿が皆様方に致命的な害意を加えるという状況が想像できかねますが、心声も使えず、肉声も出ない、文字を書くことすらままならない私との会話手段を思いつかれました先輩に不満を持たれるのはお門違いでしょう。この件で理不尽なお怒りを皆様方へと向けられると申されますなら、養ってもらっている身の上ではありますが、苦言を呈することも必要と判断致しますよ? >


長文は辛い。せめてもう少し手が自由に……いや、話せれば解決する話なんですけれどね。

どうにもならない事柄へのないものねだりにむぅと唸りそうになっていれば、なでなでと頭を撫でられた。

現状私の頭を撫でられる位置にいてビビりが反応しないのはお一人のみ、お師匠さんですが……何故撫でられましたのかや?変なことを書いてはないと思うが。


「お前の感性がまともなことに感謝する。あの無駄にねちっこい馬鹿を上手いこと丸め込めるように作戦会議でもするか」


一応お褒めの言葉らしいが、しみじみと告げられましても反応に困る。いい加減己の認識と物凄く隔たりを感じる部分のことを聞いてもいいだろうか。内心は迷っているが手元はすでにぽちぽちと動いていたりするのだから、問う勇気より知りたい欲求に負けていることを思い知らせてくれる。

疑問は解決したいのです。そこに自分が関わっているならなおのこと。


< 保護者殿、そんなに沸点が低いのですか? >


「……いま現在誰よりも執着しているお前に関する事なら恐ろしく低いな。なんとなくではない意思疎通が図れた最初が自分じゃない状況は大変よろしくない」


短い期間ではあるが、くだらない嘘をつくような人ではないと言える御人が、基本表情を渋い顔へ変更して答えるのだから真実味が増しますね。

にしても、初めての子供の為すことすべてを自分の目で見て記録したがる本当にお父さんのような印象を与えてくださいますね保護者殿。

あなたは一体何処を目指しているのでしょうか、私には想像もつきません。


< では後ほど作戦会議と参りましょう。まずは、情報のすり合わせでしたね。私に確認を取りたいお話とはどういったものでしょうか? >


視線を向ければ、ぽかんとしている様子のナヴァを見つけて首を傾ぐ。

何かそんな顔をするような物事があっただろうか。


「ナヴァ」


「え、ああごめん」


ディルに呼ばれてはっと我に返るナヴァが何とも微妙な表情を浮かべるのにまた首を傾ぐのだが、どうしてかディルに頭を撫でられてさらなる疑問で首を傾ぐことになる。どういう状況なの?


「えっと……卵の中にいた時にいろんな天魔がやって来たと思うんだけれど、おちびさん個人に対して話かけてきた奴はいなかった?」


奴、ですか。その表現がすこぶる気にかかりますがあえてスルーします。

下手に触れると面倒な気がするので、触らぬ神になんとやらで。


< 正確な人数を問われても回答できかねます。具体的にどのような輩をお探しでしょうか? >


あ、輩って表現している時点でボクも大差ないや。今更訂正しても仕方ないのでそのまま放置で参りますが……うん。ちょっと微妙な御顔頂いた。ごめんなさい。


「あー、えーっと、引き取り手になってあげましょうか、とか言ってきた奴」


その言葉を紡ぐのにどうして躊躇う必要があったのだろうか。

奴と輩の表現は間違えていないじゃないか。


< 誰のところへ、とは明言されませんでしたが幾人かいたことは確かです。実に耳障りな猫なで声でうちに来ればこんな利点があるとインチキ商売みたいな口調で胡散臭いもの、卵でしかないというのに見も知らぬ中身をきっと見目よろしいのだと褒め称える意味不明なもの >


バリエーションは豊かだったな。すこぶる不愉快な気持ちにさせてくれた上に人が必死に心声練習中なのを邪魔してくれやがって苛立ちはなかなかなものだった。


< あとは、うちに引き取られるべきなのだからいますぐ孵れやれ孵れと無茶苦茶言ってきた屑がいましたね。それができるなら苦労してないんだよと怒鳴り散らしてやりました >


誰かが運び出せと言っているのが薄ら聞こえたから昏倒したのだろう。ざまあみろ。


「……ナヴァ、可能な限り記録調べて無理ならリフォルドに協力を求めて特定しろ。流石になしだ」


「昏倒した奴らなら把握できているからそこから当たってみるよ。それからもう一度新生担当こき使ってくる。ちょっと職務怠慢が過ぎる」


おろろ、長文打ちに人差し指を労わっていたらやや不穏な目つきにおなり遊ばせているお師匠さんと先輩がおっかないこと話していらっしゃいますね。


「司令の担当天使を使っていいよ、ナヴァ。連絡は僕が入れておくから存分に働かせてあげて」


「なんならうちの弟貸し出そうか?あれも一応管轄内だし使えるから」


ああ、訂正だ。この場の四大全員が不穏。

私の発言は新生担当の職務的にかなりまずい事情を伝えるものだったらしいぞ。

全員目がおっかないです。


「連絡つけておいてくれると助かるよマリエル。そっちにはあまり時間を取られたくないから。アシス、弟くん本人の都合は如何なものなの?うちの妹はすでに手伝わせているけれど、通常業務を倍速でやれって言ったら結構うるさかったよ」


記憶違いでなければセイルノールのお家は個性の強い女系で、男のナヴァは苦労性設定したような覚えがあります。幼い頃ナヴァお兄ちゃんと紐で繋がれて行動制限をかけられ怒っていらっしゃった妹さんもいまでは立派な天使様なのですね。

四大に比べれば格段に少ないだろう通常業務でも能力に合わせて累進課税ならぬ累進課仕事、有能になればなるほど仕事が増えるお仕事割増制度。頑張ったその先には次の仕事がキミを待っている。

……何だろう、変なところで日本人にはなじみ深いお仕事事情な気がする。栄養ドリンク要りますか?


つまり、能力に見合った仕事割り振られてるのに、その限界を突破して一日で終らせる仕事内容を半日で終らせろとお兄様に要求されたんですね妹さんは。そりゃあ煩くもなりますでしょうよ。

鬼かっと叫びますよきっと。

やさしげな雰囲気と容貌なのにお仕事に関しては厳しいのね。流石四大。


「そんな無駄なことに時間割いてる暇があるならさっさと仕事こなして休憩時間もぎ取れって言えば死に物狂いで働くわよ」


……本当の鬼はここにいた。毎日の仕事で疲れ切ってもうへろへろとぐったりしている夫に栄養ドリンクを差し出して、にこやかに笑いながら「働け」と命令系でおっしゃった妻の恐怖CMを思い出した。

衝撃だったよ、アレ。

イイ笑顔でもなくごく普通に当たり前と言った感じでいまの台詞を言い放ったアシスと弟さんの関係がすごく気になります。

微妙に引きつった表情を浮かべたナヴァは、恐らくボクと同じことを思い浮かべたと思われる。


「僕はアシスの弟くんと仲良くなれそうだとつくづく思うよ。可哀想だけれど正直人手は有り難いからお願いする。妹と合流してくれるように頼んでいいかな?」


貴方様が思い浮かべられましたのは個性の強い元側近のお姉様ですか、先輩?


「はいはいお任せ~」


ああ、顔も名前も知らないアシスの弟さん、あなたの過酷になるかもしれない仕事漬けの日々に御冥福を祈ります。


「あぁー……ひとつの確認で二、三個難題が増えていっている気がする」


気分的になのか物理的になのかそれとも両方なのかは知らないけれど、頭が痛そうですね先輩。


「最初の情報戦で詰んでるからな。何処の引き出しを開けても問題しかないってことだろう」


「それ物凄く嫌だよディル」


ふぅと息を吐きながら淡々と告げるディルのなんの慰めにもならない肯定に項垂れるナヴァ。

安心してください先輩、誕生よりたった四日のちびっ子なのに持ち得ている引き出し全てが問題扱いされた自分も物凄く嫌っす。


深く考えるとげっそりどころではなさそうなのでその方向での思考をやめてしまう。

他に聞きたいことや確認したいことはあるのだろうかと小首を傾げそうになっていると、向けられる側としてはまったく嬉しくないだろうにんまり笑顔を浮かべるアシスが、ポンッとナヴァの肩を叩いた。

そして顔を持ち上げたナヴァが何かを問う前に口を開く。


「平気平気。だって誰よりも頭が痛くなるのは間違いなく保護者のイルファだもの」


からからから、もしくはけらけらけらと笑い声が聞こえてもよさそうなご様子で申されましたがねアシスよ……何にも平気ではない。

だけれど、僅かな間を空けて三対の目がボクを捉え「ああ」と呟いたのに同意できてしまう自分がいてちょっとばかり悲しい。えぇえぇ、引き出し全てが問題ですからね。けっ。


皆様方が悩まされている事態の状況がよく把握できていないが、現在ナヴァが確認しようとしている問題事よりも、私がイルファに告げなければならない予定のとんでも大欠陥の方が遥かに面倒くさくて途方に暮れる内容であることは確かだ。

それを考えればいまのナヴァの状況はまだましであると考えられ、そういう意味であれば平気であると言えなくもない。あくまで比較すれば、の話だが。


「……ましってだけなんだけれどねえ」


「ちょっとでも現実逃避できる要素があるなら拾い上げていたいからその言葉は聞かなかったことにするよマリエル」


ぽつりと零した呟きをやめてと否定するナヴァ。

現実逃避用の道筋を準備しないといけないほど面倒なんですか現在の状況は。


「ナヴァ、それって」


眉を寄せて訝しむマリエルが最後まで言葉を発する前にナヴァは頷きを返す。


「少し大掛かりなことになりそう。すぐに叩いてどうにかなるレベルじゃないっぽい」


「それはマヌセインの上がいるってことなのか?」


どうしたものかといった様子のナヴァに問うたのはディルで、その問いにはすぐに首が横へと振られた。


「その辺が曖昧で困っているところ。新生の件はもしかすると担当失格の暴走かもしれない可能性があり、なおかつ元老は元老で何か別件でやらかしてくれているのか、やらかそうとしているのか……という感じ?白じゃないのは確定なんだけれど、黒の方向性が読めなくて行き詰った。元老の名を持つだけのことはある」


ペコンッと軽い音を立てて自分の肩を丸めた紙で叩いたナヴァの表情は悩ましいもので、それを見ている三名の表情も個々人で差はあれど似たり寄ったりだ。

そして私は絶賛話に置いて行かれてますね。ええ、仕方がないと思います。知らない話を事前説明なしにいきなり理解できたらすごいではなく変ですからね。

子供らしくないだけで十二分に面倒ですからそういうのはいらない要素です。

ここは知っているけれど知らない現実。それで十分、それ以上は不要だ。

そもそもこんな話は物語上でも書いてませんので理解したければ通常通り頭を働かせましょう、です。


「方向性も掴めないんじゃ現実逃避の道を確保したくもなるよね。ってことは、長期戦へ突入ですか?」


「だね。一先ず新生の問題を片付けて来る」


茶化しながら問うアシスに深々と息を吐き出しながら肯定を返したナヴァは、そのまま出かけそうな様子だ。忙しいですね。


「もう少し聞かせてくれるかなおちびさん」


はいはいどうぞ。私が答えられる範囲であれば人差し指を奮い立たせましょう。

こくりと頷いて返答したボクにナヴァが問うのは、


「さっきディルが見せてくれた新生担当失格者のマイア・ゼラ・クフェトなんだけれど……」


あの野郎のことらしいです。

名前を口にした辺りから声が小さくなって表情が困ったなに変化していったのは、間違いなくボクが不愉快だという様子を感情駄々漏れの目だけではなく、働きのすこぶる鈍い表情筋を動かしてまで露わにしたからだろう。

申し訳ないがあの野郎の話題はこの顔になります。気にしないで続けてください。

非常に嫌だと訴えているけれど、問いに答えるのがではなく、あの野郎の話題を耳にするのが嫌な気持ちになるだけなので気にしないで頂きたい。


「…………その、新生担当にあるまじき暴言じゃなくて、好意的なことを卵の誰かに向けたりしたことはあったかな?」


本来命令系で答えろと言ってもいい四大位が、新生相手にご機嫌を窺いながら物凄く言い辛そうに問う必要はないと思う。

もしかするとボクの背後に怒らせてはならないイルファの存在が見えているのかもしれないが、気にしすぎであると私は言いたい。

私は別に虐められている訳でもないし、理不尽な責め苦に曝されている訳でもない。

むしろ残念な現状を改善する為に必要な情報提供を求められているのだから、例え問われる内容が腹に据えかねるあの野郎のことであっても「嫌な気分にさせられたの」とか「私を虐めたあの人を許さないで」とか、何処かのあったま悪い悲劇のヒロイン気取りのお嬢様みたいに縋り付いてとち狂ったことも言いませんから安心してくださいよ先輩。

まあ……万が一、理不尽で許されない行為である、なんてことを行われればあり得るかもしれないが。


可能性の話は放り投げて、好意的なことでしたっけ。あの下種が、どう控えめに見ても蔑んでるとしか表現しようがない態度でしか現れたことがないアレが、好意的?

はんっと鼻で笑ってしまった私の態度がとてもとても上から位を数えた方が早い四大位に対するものではないとわかっていても我慢できませんでしたすみません。


「うわぁ、文字にされなくてもわかりやすい答えだね」


「馬鹿馬鹿しいことを聞いたと非常にわかりやすく示してくれているねえ」


苦笑するマリエルとうんうん頷いて楽しそうにも見えるアシスの指摘にはっとなって慌てて人差し指を働かせる。


< 失礼致しました。蔑み虐げ貶めること以外の言葉は生憎聞いたことがありません。他の子たちの話にもそういった話はなかったと思います >


後半を断定できないのはボク自身が誕生できるかできないかの瀬戸際でパニック起こしかけていた時があるからです。

悪意の言葉は本能で拾い上げられてもそれ以外の言葉は焦ってくると認識し辛くなっていましてね。

例えそれがテレパシーみたいに頭に直接声を放り込まれる心声であっても、自分へと向けられた言葉すら認識できたか怪しい状態で周囲の話に反応できていたかは記憶が定かではない。


はっきりしない答えで申し訳なく思っているのに、ナヴァは問う時の高位者なのに下から窺うような様子でも、答えに不満そうでも、困っているわけでもない。


「やっぱりない、か」


ただ確認できた内容を静かに咀嚼している様子に、情報のすり合わせと言われた言葉が思い出された。

そうだ、私に求められているのは新たな事実ではなく、先に聞いている他の新生位達の言葉と差異があるのかないのかの確認だ。

異なっていてもよし、合致していてもよし。そうすることで見えて来るものを求めているのだナヴァは。


「じゃあ、暴言を吐くとき言葉に詰まったり、迷ったり、誰かに言わされているみたいに思われる様子や、自分の発言に罪悪感を覚えている、なんて様子はあった?」


……ちょっと、引っかかる発言が放り込まれている気がしてならない。いくらすり合わせる必要があるといってもだ、問われていることの内情にまで思考が及ばない同期のおちびちゃんたちと私では事情が異なる。

内情を知っている訳ではないが、言われていることの内容を考え、その裏に隠されている意味合いを合っているかどうかは別として、追いかけることが私にはできる。

そしてそれはここまでのやりとりで十分理解されているはずである。


質問である以上答えが必要で、その答えを返す為に私が考えることもわかっているのに、その問いを口にしなければいけない。

そこに含まれる意味を、思考から弾く。それは、私に求められていることじゃない。


< 卵に暴言を吐け、といった誰かからの言葉があったかどうかは私には判別がつきません。ですが、あの言葉は言わされて出て来るものではない >


躊躇いなどなく、当然のように死を求める言葉が誕生を待ち望み期待に胸を膨らませ、希望に心躍らせる幼い卵の子へと吐き出される異様な光景。

卵の中にいた私には見ることの叶わない視覚の情報だが、聞こえる聴覚と、雰囲気を感じ取る触覚としての感覚だけでも十分だと言える。


< 行動に移す一押しがあったかも知れなくても、あの言葉は本心からの言葉でしょう。自分は正しいことを言って行っていると信じて疑わない愚かしさは感じ取れても、幼子を死に至らしめることを悔いる罪悪感など、微塵もない >


満足そうに、ひどく愉しそうに、消えてしまった命を確認して嗤ったことはあっても、悔いたことなんて一度たりともない。

ぎりっと無意識に噛み締めた奥歯が音を立てるが、長くは続かなかった。

ぽむぽむと頭に与えられた感触が、感情によって圧をかけられた場所から力を奪っていく。


「落ち着け」


淡々と、けれど言葉通りの音を含んだその声に促され、頭に上った熱を冷ます心地よいひんやりとした空気を感じ、小さな唇から吐息が漏れた。

案じるように私の周囲を流れる冷たい空気はきっと加護精霊さんなのだろう。感情的になると過保護さんは顔を出してしまうのでしたね。


「大丈夫だ。気付いたからにはそのままになんてさせない。生まれてくる命を奪わせることを俺たちは許さない」


言葉と同じように頭に触れた手が、そのまま髪を撫で梳く。子供の癇癪を宥める為のその場限りの言葉でも、偽りでもない言葉を告げる凪いだ空色に別の意味を伴って顔に熱が集まる気がした。


「よく守ってくれた。ここからは任せろ」


鼻の奥がつんと痛むような独特の感覚、滲みそうになる視界を一度きつく閉ざすことでそれをこらえる。

いくらちびっ子の涙腺が活動しやすいとはいえど、そう何度も働かれては中身が幼くない私としては困りますです。

目頭に力を入れて、それでも滲んだ目で言葉を待ってくれた空色へと震えそうになる唇を歪ませながら動かした。

ただ一言、「はい」と。


目を、口元をほんの少し緩ませて微笑みを浮かべたその人が、最初のぎこちなさが抜けたやさしい力加減でなでなでと頭を撫でてくれるのに、じわりと浮かび上がった雫を掌で拭って誤魔化した。


「ちびっ子に泣き叫ばれないディルってだけでも珍しいのに、まさかのいいお兄ちゃんみたいに見えるこの光景が、あたしには夢幻のようで信じ難い。ねえマリエル、痛い?」


「痛いよっ!なんで僕の頬を摘んで確認するのっ自分の頬でやってよ!」


「え~この後で痛いのが確定してるからやだ~」


「僕だってやだよ!っていうか後で痛いってわかってるならこの確認いらないでしょうっ」


むぎゅっと摘まれて即座にぱちんと弾かれる。

そうして始まるぷちコント、そんな軽い空気に間近で零れる溜息一つ。


「真面目が続かない職場だな本当に」


そういいながらも、ちょっと口角が上がっておりますよお師匠さん。

ボクの口角も同じように持ち上がっている感じがあります。自然と笑みが零れる職場とか、理想ですよ?


「悩まされることも多々あるけれど、こういうところがアシスのいいところだよね。いろいろ思い出させてごめんね、おちびさん。最後にもう一つだけ聞かせてくれる?」


苦笑しながら私へ向けられた赤桃色にも謝罪が見えて、同じく苦笑する。

まあ、顔には出てくれていないのでしょうけれど。

どうぞお聞きください先輩。私に答えられることであれば、答えてみせましょう。


「変なことを聞くんだけれど……」

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