四大地悪魔による補足
別視点での補足。
肩に乗せられた重みが……正直、くすぐったい。
「……」
抱える重みに変化があると同時にすぅっと気配が薄れ、パネルを叩いていた手を止めた。
視線を向けた先にあるのは白い塊を抱いて眠りに落ちた……異常としか例えようのない髪を持ち得たちびが一匹。先刻大泣きさせた為に目元がやや赤みを帯びているのが肌色の所為か目につく。
まあ、俺が何もしなくとも世話焼き加護精共が自発的に目元に張り付いているようだから心配はいらないだろう。
本当は気にするべきなのだろうが、それよりも気になるものが多すぎてどう考えたものか。
何度か見て感じてはいるが、常に顕現している翼の所為で力が周囲に駄々漏れ、隠れようにも隠れられない新生位特有とも言える存在主張が驚くほどに薄いちび。主原因はその翼が何らかの不具合で他の新生位と異なり常に顕現していないからなんだろうが……それにしても気配が薄い。
姿を目視して認識していればいると感知できるが、していなければ簡単に見落とす。探すと意識して感知しなければ恐らく引っかからないだろう気配の無さ。生まれつきそういった傾向にある天魔もいるが、無意識下での気配の無さはこのちびが俺の知る中での最上位だ。
さらに、通常意識が落ちる、眠るなどの休眠状態になれば自己防衛が働いて気配が薄くなるものだが、こいつのは薄いを通り越して最早ないに等しい。元々薄い気配が眠りに落ちた瞬間に消え失せる。
意識喪失によって腕にかかる重みが存在を主張するのに相反して気配が失われる。この腕に抱えていなければ幻か何かと思っても仕方がないほどだ。
イルファが同じ室内にいても不安になるのはこれが一端だな。目印をつけたがるのもわからなくはない。
細い首を飾る紅いリボンは気配探知用の小さな印が縫い込まれてあり、損壊防止と破損時には周囲へと派手な警告をする補助式まで組み込まれてある。布地自体に火耐性が織り込み済みのなかなか質のいい品物だが、恐らくこれは急拵えの試作品だ。俺たちが使用しているもの以下の基準物を完全に溺愛しているちびに本採用する訳がない。間違いなく最上位の素材でこれでもかと守護を重ねがけしたとんでもない術式礼装をさも普通のもののようにして渡す。法の知識が乏しい内に間違えた過剰防衛を普通だと教え込む馬鹿の姿が鮮明に想像できていまから頭が痛い。
いや、いま一番頭が痛いのは何がどういう基準で俺がちびの人見知り枠から外されたのかの方だ。
説明と言う名の釈明タイミングを間違えれば昨日の二の舞だ。
一瞬で沸点寄りのキレ方をするなんて予想外もいいところだった。それが服の裾を掴んでいたからなんていうあまりにもしょうもない理由だったのがより危機感を煽る。
更につい先程、シェネレスの家を出る時には俺の手を拒んだちびの姿を見ているから余計にだ。
自分が不在の間に何をしたんだとあらぬ疑いをかけられて説明する間もなく本気の殺意を向けられる。
あいつの普段の圧の無さは性格にもよるだろうが、関心の無さによるものだ。意識の中に入って来ることすらない物事に配るものはない。歯牙にもかけないではなく、認識する気がない。
あるのは情報としての薄っぺらい存在だけだ。
興味のないものがどうなっていようが知ったことではない、その薄情を通り越した無関心さは自覚のある薄情な俺から見ても異様だ。そして反動のように懐に入れた者への情が厚い。いまその最上位にいるのが四日前に引き取ったばかりのオルテンシアのちびだ。
急に引き取り手になった時にも思ったが、日に日にではなく時間を追うごとにちびへと向ける感情が重くなっている。恐いのは本人にその自覚がないところだ。
執着している自覚はあるが、その執着が何処の何が由来のものかがわかってない。現在に至るまでそういった類のことに縁がなさ過ぎたのが原因なのか、生い立ち故なのかは追究しないことにするが、見なかったことには流石にできない。
生まれて四日のちびがそういう対象になっているなんて気が付きたくなかった。将来的には気にかけることもない瑣末事だろうが、現時点でははっきり異常者だ。長年の友人が道を踏み外すのを見たくないのは当然、…………本当に珍しく奇特なことにあのリフォルドでもマリエルでもなく、どうしてか俺に懐いた人と感覚がずれているこのちびが、選択肢も与えられずに囚われていくのは忍びない。
せめてそういったことへの自由意思くらいは持たせてやれよと俺の真っ当な部分が訴えている。
中途半端に育っていると感じる中身を持つ幼子の危うい均衡を崩してしまわないように見守らないと、なんて考えているあたりで俺自身も駄目な気はしている。
表情に乏しいくせに目だけはくるくると感情豊かで偽りを知らない純粋さを持った……けれど、他者に怯える手負いの獣のような安定しない中身。
何で俺なんかに気を許す気になったのか問い質したい意味不明さに思い切り振り回されているのに、何で懐かれたって苛立ち以上のものをぶつけられるだろう今日中に訪れる理不尽な未来に悲観しか浮かばない。
いっそちびを懐柔して俺を庇わせるようにしてみるか?……いや、その場だけ取り繕って後で倍になって回って来る。なしだ。
ああ、実に面倒で悩ましい事態だ。そういった事柄をどちらかといえば避けている傾向がある四大の面々から、状況を理解した上での援護射撃を期待するのは難しい。だが、諦めたら冗談ではなく終焉を迎える。
本気でどうするべきか。
かなり本格的に命と精神の安全の為に頭を捻る俺と、俺に身を委ねて寝落ちしているちびの図はなかなかに違和感がある。
「気配がしないと思ったら寝ちゃってるよおちびちゃん」
隣の机からアシスが奇妙な顔をしてこっちを見ていた。驚いているのは言われなくともわかっているが、その何かを堪えるような気持ちの悪い面は何だ。そう問うべきかと口を開きかけてやめた。
「たかだが千年程度の年齢差、見た目なんて嬉し恥ずかしお子ちゃまと生まれて間もない幼児の差。それなのに恐い怖いと次々ベイビーズに泣き叫ばれた抱腹絶倒の新生担当時代を知っている身としては感動で涙が出てきそう…っ」
代わりに机に備え付けているメモ用紙を一枚千切ってぐしゃりと握り潰す。確認の為に椅子の背に腕を乗せ、そこに眉間と目頭に力を入れて皺を製造している顔面を乗せた間抜けを目の端に映す。
その際視界に入るちびの細すぎて聞き逃しそうな大きさの呼吸音が耳に届いて、生きているなとほっとすると同時に大丈夫かこいつと不安が湧き起こるが、それを考えるのは少しだけ後にする。
先にやることをやらなければ面倒が起きる。
掌に握り込んだ小さな紙の塊にそっと力を注ぐ。量は僅かだ。求めているのはほんの少しの強度だけで他はどうでもいい。何より使い切りだ。
静かに準備を整えた俺に気が付かない間抜けは、伏せていた顔を持ち上げて思い切り持ち上がっている口角で自らの首を絞めた。
「思い出すだけでおかしいぃっ!?」
けたけたけたと耳障りな音を紡ぎ出す前に強度を上げた紙の塊を指先で弾いてやった。
……顔の位置が想定よりちょっと高かったか。額じゃなく鼻に当たって悶絶しているアシス。
なかなかいい働きをしたじゃないか誤差。
「口は災いの元という言葉を覚えて有意義に使え、間抜け」
俺の反応を予測すれば起こらないとわかっているのに、考えずにやる、考えてもやるこの間抜け。
愉快犯が正確な言い表し方かもしれんな。
そのまましばらく黙っていればいいんだが……呻いていられるのも煩い。だが、流石に法を紡ぐとなればちびの目元に張り付いてる過保護に見咎められそうだ。仕方ない、今回は我慢するか。
「っっったいなあ!鼻はないでしょ、は・な・はぁ!」
ああ煩い。ちびがいるから耳も塞げない。いっそちびへの安眠妨害と威嚇してくれればいい、なんてのは望み過ぎだな。ただ眠っているだけのちびの側に出てきて干渉いるのも加護精として十分過剰な行為だ。
「煩い」
「かっちーん!そーゆー可愛くない態度を取るんだそーなんだー。だったらあたしにだって考えがあるもんねー」
こいつ本当に俺より先に生まれたんだろうか。四大の最年長のはずなんだが、最年少のナヴァの方が余程精神的に落ち着いている。
呆れて溜息を吐いた俺に気付いているのか気付いていないのか、亜空間に手を突っ込んでいるアシスを無視して仕事をしていたが、無視できない事態が発生した。
「“おちびちゃんを抱っこして仕事するディル”って静止画をイルファの端末に送ってあげよう」
「やった瞬間に俺はお前を縊り殺す」
頭の悪すぎる発想に気が遠くなる。冗談で済む範囲を軽く超えてるんだよ馬鹿が。
間髪を容れず、その即答に込めた本気に通信端末を掲げているアシスがきょとんと瞬き、ゆっくりちびへと視線を落とす。
「………………あれ、そこまでまずい内容なの?」
失念していた。昨日の目撃者は俺とマリエルとカーリィ、さらにちび本人の四人だけだった。
「服の裾を自発的に掴んでいただけでほとんど即ギレだ。認識不可速度で詰められて胸の上を指先で触れられてみろ。生きた心地なんぞ刹那で燃え尽きる」
あれは久々に死んだと思った。
四大の近接はレミィが最優だが、怒っている時という前提条件が付けばそのレミィですらイルファには敵わない。
いつもは手加減しているということではなく、倫理観や尊厳、敬意なんかで普段は無意識にストップがかかっているイルファ自身にもどうにもならないものだ。その所為で頑張っても精々八割が限界なのだが、怒りでそういった諸々を考慮しなくなった時にだけ、正真正銘の本気が顔を出す。
最優先事項が怒りの発生源を消すことになる為、普段なら絶対にやらないことだって平気でやる。
それこそ意味のない殺戮だって顔色一つ変えず、何の感慨も抱くことなくやり遂げるだろう。
怒りが振り切れている時のイルファに常識なんてものはない。
それでも救いようがあるのはそれが起き得るのが、イルファが想う誰かを守るためであることだ。
尤もちびの存在で最優先順位に変動が起きて、前提条件は大きく揺らいで崩壊寸前だと思われる。
そのため今後どうなるかは未知数だ。
「両王様方は例外。さて、俺はどうなる?」
自発的に抱き上げろと手を伸ばされて、拒絶されることなく、泣かせたことが要因の寝落ちではあるが現在その身を預けられて眠りにつかれている俺は、例外になるのか否か。
「……………………………………………」
顔面蒼白の暑くもないのに滲む汗に引きつりまくった表情が答えだ。
冷めきった目で見つめる俺のいま現在の心境を慮れお調子者め。
「釈明もさせて貰えず最期を迎えるのは流石になしだ。冗談は選べ」
「…………ソウスルヨ。ち、因みにカーリィはこのことを御存じで?」
「目撃者だ」
「おー……それは、災難だけどセーフ」
「お前の様子を見る限り、タルージャとナヴァにも伝える必要があるな」
あいつらはアシスやカーリィみたいに過剰なおふざけは口にしないが、今回はイルファがわかりやすく常と違う。その反応を面白がってうっかりからかって地雷を踏む、どころか踏み抜く可能性が気付いていなければ俺たち全員にある。
四大位以外となれば、位と実力の関係で側近以上には余程のことがない限り喧嘩をふっかけることはないだろうから、起きた時は仕方のない事態だったということだ。
運が悪かったで済ませる。そのくらいの責任は自己で負って支払え。
「レミィは今日一緒だもんね。……先に通信でにおわせとこう。あたしみたいなことはしないだろうけれど念には念を入れよう。おちびちゃん関係でイルファをいじる時は細心の注意をって」
そこで諦めないところに感心する。だからこそのムードメイカーでもあるか。
「ところで」
まったく会話に入ってこないどころか反応すら見せないあの馬鹿は一体何してるんだ?
「いつまで固まってるんだあの阿呆は」
俺がちびを抱き上げた時から固まったまま微動だにしていないマリエルを一瞥して無駄と思いつつも聞くだけ聞いておく。あわよくばどうにかしろと暗に示して。
「ん~大丈夫、強制起動かかるよ。ディル、おちびちゃん隠して。招かれざるお客様だ」
ガランガランと錆びついた音が室内に響いて、アシスの宣言通り強制起動を終えたマリエルが顔を上げた。
入室許可を求める知らせの音だが、音にはいくつかパターンが設定してある。
下級位、中級位、上級位と位で大きく分け、司令、四大、側近、王、などの特定の位でも分かれる。
いま鳴ったどう聞いても不快な音のこれは、元老及び元老配下、それも要注意の印付きにのみ鳴る音。
元老関係が来るとなれば休憩室へ下がるわけにもいかない、か。おかしな言いがかりをつけてくる面倒極まりない態度ばかりがでかい勘違い共が多いんだよ元老及びその配下は。変に居座られず可能な限り穏便に出て行って貰うため、仕方なく眠っているちびを我ながらどうかと思うが、運んで来たバスケットの中にそっと下ろし、悪いと思いながら蓋をする。寝入ったばかりだ、しばらくは起きないだろう。
そしてこの状態のちびを認識するのは空間特化でもない限りは難しい為、見つけられる危険性は薄い。
「誰?」
「ん~、マヌセイン配下…の、あん?こいつナヴァが謹慎くらわせた問題児じゃないか、何しにきやがったの?」
険しい声で問うマリエルに同じく険しく答えていたアシスが眉を吊り上げる。
「尤もな疑問だがその問題児以外の誰も知る訳がないだろう。マリエル」
「ナヴァに一報入れとく」
ナヴァがこいつを泳がせているならそれでいいが、意図せぬ事なら面倒事以外の何ものでもないはずだ。
さて、どうなることやら。
「んじゃ、通すよー」
アシスが入室許可を出せば入り口を通り、通路を抜けてここへとたどりつく。
ちびのことで新生担当に問題ありと耳に入ってから俺も一応情報として最低限の確認は取っているが、子供に好かれないため用もないのに態々新生周辺へは近付かない。そのため俺に直接の面識はない。
四大で面識があるとすれば、マリエルが新生への歌の関係、ナヴァは妹が新生担当、アシスは弟が中級位で出入りありと、可能性的にこの三人だけだろう。
名前はマイア・ゼラ・クフェト、金髪に薄い茶の目、中級位プルヴァの風天使で元老マヌセイン配下の新生担当。
俺、マリエル、レミィの三人がどうしてもイルファ寄りの配置になる為、対応するのはナヴァ、ヘルプに入るアシス、カーリィ、タルージャの四人だけだと思っていたんだが……。
取りあえず、入室記録として残る正規通りに四大室の扉を潜った噂の問題児を拝むことにするか。
待った時間は数秒もなく、タンッと自己主張する足音に胸を張って歩く……良く言ってやれば堂々とした様子の年若い天使は、きつい印象を与える釣り上がった目を四大室に走らせた。
「プルヴァ風天使、マイア・ゼラ・クフェト。ナヴァリエル様へ書類の提出に参りました」
…………ああ、言われなくてもわかる問題児だこいつは。
情報として知り得た碌でもない人となりに新生担当として適性なしの太鼓判を押せる判定を出した印象そのまま以上の態度の悪さに眉間に皺が寄るのがわかった。
力の保有量としては必死で頑張れば上級位に手が届くもので、戦闘型は中距離支援型の特段目立つことも優れているところもないよくいる中級位といったもの。
妙にプライドが高く、潜在能力ではなく現時点で己以下の相手に対して傍若無人、そうでなくとも常に上から目線と不遜に無礼のいい度胸をしている態度のクソガキ。意味不明な基準で相手を推し量って見下すと誰が評価したかは知らないが、的確な評価だ。
二千にも満たない中級位風情が四大位三人を見下すとは、余程早死にしたいらしい。
フンッと鼻で嗤う音を含んだ名乗りに年少者の相手に慣れているアシスとマリエルも無言で険を纏った。
「それはご苦労様。生憎ナヴァリエルは不在だからそれは僕が預かるよ」
多少の失礼なら窘めるマリエルも修正する気が起きない、か。疑う余地もない典型的な屑配下、とっととお帰り願った方が健全だ。互いの為に。
「提出日を指定されていたのに不在ですか。お忙しいのですね、四大位は」
あからさまに売られた喧嘩にどう答えるべきかとそれぞれが無言になったところ、何を勘違いしたのかマリエルへと厚みのない書類を渡し終え、さっさと帰ればいいのに蔑み目線で続ける命知らず。
「そういえば、例の天使を引き取られたのも四大位の方でしたか。いつ見ても訳の分からない騒音を周囲に撒き散らしていた問題行動は改善されたのでしょうか?やはりご自宅で心声を使えないようにして閉じ込めていらっしゃるのでしょうか?いくら力が強く、将来性があってもアレでは躾けるのは大変でしょうね」
今日、この時間、この場にイルファがいないのは天の采配だったのかもしれない。
もしもいまの思い上がった台詞をイルファが聞いていたとすれば、この救う気も起きない新生担当失格は瞬く間もなく最期を迎えていたことだろう。
……いや、一息でなんてある意味やさしい真似はないかもしれないな。逆鱗どころじゃない。
「手に負えないのであれば私が」
「口を慎みなさい、新生担当中級位風天使」
寒風吹き荒ぶ、か。常に春風を纏っている印象を与える能天気の青が冬の色を乗せるのはいつ以来だったか。
喉まで出かけていた辛辣を通り越した直球の言葉を仕方なく呑み込んだ俺と、飛び出し準備万端なアシスは、最初に我慢の限度を超えたマリエルの様子を眺めることにした。
当然、いつでも援護射撃できる準備をしたままで。
「新たな命を見守り育む新生担当にあるまじき言動を直ちに改めなさい。ナヴァリエルが命じた謹慎期間では足りないというのであれば」
恐らくナヴァが謹慎期間中に己が問題行動に関する報告及び釈明、その反省文書の作成を命じていたのだろうが、代わりに受け取った明らかに何の意味も持たないただの紙屑を指先で弾いたマリエルの周囲には、雪が見えてもおかしくない温度の風が漂っている。
「いまこの場で、四大風天使の権限を持って先より長い謹慎を命じましょうか?」
「――――っ」
普段の気が抜けきった間抜けな印象のない圧力を伴ったマリエルに遅すぎる危機感が仕事を始めたようだが、役には立たないだろうな。無意識に圧を抑えているイルファと違ってこいつは意図して圧を消している陥れる系のちょろさ演出だ。遠距離支援・法術型、治癒に特化しているが、これでも四大位。
「それとも、位を剥奪してあげましょうか?」
ちょろい訳など無い。
「っ私は元老配下の」
「職務を放棄する愚か者の処罰を求める権利は全天魔にある」
問題児の言葉を遮ったのはマリエルではない。
四大室の扉を潜って入室を果たした入室許可の要らないもの。
「そしてプルヴァの風天使である君の上位者、四大風天使のマリエルには下位者を管理する権限がある。それは元老配下、両王直属、官位を持たぬ天魔、何処に属していようと等しく作用する」
四大地天使ナヴァリエル・クラッジア・セイルノール。
この問題児及びその背景を調べ上げている途中の四大位最年少。
属性バランスが見事な六角形を作る中距離万能型で、特異性を持っているがバランサーの役割を果たす髪は短い。それ即ち、髪での補助が必要ない制御力を持ち合わせているということだ。俺と同じ戦闘型で属性だが、その制御能力は比べられては困る程に差がある見本みたいな万能型、それがナヴァだ。
「つまり、行使する必要があると判断されたならば、君はいまこの瞬間に新生担当に不適任だと官位を剥奪されることになる。申し開きと不服申し立ては自宅でゆっくり行うことをお進めする。が、選択肢があることに感謝すべきだね君は」
寒風を纏ったマリエルへと近付き、冬色を宿した青に赤桃色の目を合わせたナヴァは、同時に掌を差し出す。その行為が意味するのは、代わりに受け取ったものを渡せといったところだ。
むっと眉間に皺を寄せながら、無言で受け取った書類を本来の受け取り手へと渡したマリエルはそのままじとりとナヴァを見据えている。
能天気にしては珍しく不満が駄々漏れだ。気持ちは分からなくもないが、ナヴァが困っているから後にしてやれ。
「さて、確かに報告書を提出しろとは命じたけれど、僕は司令に提出しろといったはずだ。何がどうなって四大に直接提出だなんて面白おかしいことになったのか、参考程度に聞いておきたいところだけど……」
「?」
言葉を区切ってちらりと視線を走らせた先にいるのは、俺?
別に腹は立てても先に行動を起こしたマリエルに先手を譲っている。状況が変わるまでは口出しもしな……いや、違うな。空間能力に優れているナヴァがこっちを見たってことは、そういうことだ。
「……」
視線を動かさず足元に置いたものへと意識を向ければ、ついさっきまでないと認識するレベルだったものが、薄いに変化していることに気が付く。
事前に知らせていないこれに気が付けるとは流石としか言いようがない。
「生憎今日は急用が入って立て込んでいるんだ。運が良かったと喜びながら心の底から反省しつつ、直ちに出て行け。そして三度目はないとしっかり刻み付けておくことだ」
「っ!」
どちらかといえばおとなしい物言いを選ぶナヴァにしては直球で包まぬ言い様に、かっと顔に熱を集めた問題児。こいつの実力で気が付くことはないだろうが、流石にこの静かな場に不審な音が鳴れば見つかる。
なので当初の予定通りとっととお帰り願おう。
タンッとキーボードを叩き四大室の扉を開けば、意図を察して動いた俺を見ずにナヴァがにっこりと笑って出入り口を示す。
「謹慎もしくは位の剥奪を求めるならこのまま残るといい。そうでなければ出口はあちらだ。ああ、追加の反省文は今度こそ司令に提出するように」
「っ失礼致しました!」
怒りを隠さず吐き捨てて出て行く問題児を全員無言で見送った。
自動で閉じられた扉に向かって溜息を吐いたナヴァ、そのナヴァを不満たっぷりに見ているマリエル、飛び出し準備が不発に終わり椅子に背を預けたアシス。
「…………」
そして、足元の蓋をしたバスケットをそろそろと開いた俺。
ぱっちりと開いた両目が、視点を定めずに黒と蒼を揺らめかせているのに思わず手が止まったのは仕方のないことだと思う。




