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精霊石調査、炎火

大丈夫。

綺麗に微笑んで相手に、そして自分自身に嘘をついた。

困らせたくなくて嘘をつき続けた幼い自分がそこにいて、思い出した感情が息を詰まらせた。




「あらあら、随分と鬱陶しい様子ですわね」


やや間延びして聞こえる緩い調子の声と穏やかな表情で開口一発毒を吐き出しやがった水天使に俺は苛立つことも反論もしなかった。そんな気力がなかったと言い換えた方がいいのだろう。否定すら口にせず言われるがままなのは鬱陶しいと言われた通りの状態だからだ。

どんよりと澱んだ陰鬱な空気を発生させている俺が俯いたままで溜息以外を発さないことに毒を吐いたレミィも流石におかしいと思ったのか様子を窺う素振りが見えた。


「反論も否定もなさらず不満も文句も窘めすら出てこないのは流石に異常ですわね。どうなさいましたのイルファ?マリエルが調理した危険物でも口にしましたの?」


ちょっとそこに直れ、見た目のみおっとりの腹ドス黒口調丁寧中身毒舌それの何が悪いと言い切る詐欺天使。俺へのどうかと思う印象もさることながら関係ないのに貶められたマリエルが不憫だ。

……調理の腕については俺も否定はしてやれないが。


「そうでなければ、ディルが危険視するほど愛でているおちびちゃん関係ですわね」


ん~なんて態とらしい間を空けて続けた予測を装った発言にどういう意味だと問いかけたが、その言葉が紡がれることはなかった。


「っぐ!」


がしりとたおやかな手が俺の細くはない首を掴み、整えられた爪が皮膚に食い込む。

たっぷり五歩以上開いていた距離を一瞬で詰められた突然の行動は、本能的に回避しようとした俺を遅いとなじるかのように容赦なく咽喉を鷲掴みにし、俯いていた顔を強制的に上へと向けさせる。

そうして見えたレミィの顔は笑っていなかった。


「何があったかなんて聞いてあげませんわ。凹んだあなたを上向かせるのは私の役割ではありませんもの。ですが、文句は言いますわよ」


淡い緑の目を冷ややかに鋭く細めたレミィの周囲、広がる冷気が語らずともその感情を物語る。


「凹むのは結構ですが何の為にそうなったのかを忘れないでくださいます?他者にいちいち指摘されずとも己の位が意味する責務をわかっているのがあなたでしょう、イルファ」


「…っ!」


楽器演奏でもしている方が様になるこの手の一体何処にそんな力があるのかと不思議に思うほど見た目にそぐわぬ握力で苛立ちを訴えられ、きっと聞こえてはならないだろうぎちりと軋む音が聞こえ、確実に気道が狭められ物理的に息が詰められていることを嫌でも知る。

絞め殺す気かと訴える代わりに掴んだ細い手首へ力を籠めて手を外そうとすれば、それまでの力強さは何だったのかと思う程あっさりと絞めてというか握り込んでいた喉元を解放され、急速に流れてきた空気にむせ込む。


「私と肩を並べる近接者が腑抜けた様を晒しているからですわよ。無様な怪我以上の悲劇を未然に防げてよかったですわね。お礼はいりませんから仕事をなさってください」


背を丸めて結構真面目にむせ込んでいるってのに出てくるのは耳に痛くきつい言葉ばかりで泣けてくるが、言っていることは正論でぐうの音も出ない当然。反論の余地は言葉ではなく最初に手が出てくる行動くらいだが、それを告げる権利はない。


何の為に凹むことになったのかなんて指摘を受けるまでもないこと。四大位を拝命する火天使として命の危険もあり得る場での職務を果たす為だ。その為に幼い頃自分が負った痛みをリトに強いたというのに、こんなにも容易く己が命を危ぶませる体たらく。仕事の為にリトを傷つけたのにその肝心な仕事を疎かにするなとレミィが苛立つのは仕方のないことで、向かう場が場だけに命に関わる危険を回避してくれようとした行動は……やや乱暴かつ荒い点に目を伏せれば、確かに礼が必要になるものだ。そんなものいらないから働けと言われているんだがな。


「…けほっ……っほ…、悪い」


それでもそう告げれば、いいから行くぞとでも返ってきそうなものなのに一体何に目を奪われたのか驚きにぱちりとたれ目を持ち上げたレミィがあらと笑った。


「綺麗に手形がついてますわよ。絞め過ぎましたわね」


「オイこら流石にその間違えた力加減は謝罪しろよ」


「すぐに消えますからいいじゃありませんの。近接者はそういう点で便利な構造していますわよね」


確かに自然治癒能力が他に比べて高い近接者なら手形なんて放っておいてもすぐに治るだろうが、絞めた側が言うな。うふふじゃない。

爪が食い込んで恐らくはっきり手形が浮かんでいるだろう喉元を撫でながら溜息を吐く俺を見て、冷ややかな空気を払拭したレミィはおっとりな見た目に似合う笑みを浮かべた。


「調子が戻りましたなら参りましょう」


が、一瞬後に肉食系へと変貌するのを知っているからさっきまでとは違う意味の溜息を吐いてやろうじゃないか。


「さあ、楽しい狩りの始まりですわ」


近距離格闘型ここにあり、だ。

溜息ばかりが出てきそうな今回のことの始まりは昨夜に遡る。




うとうとと眠りに落ちそうなリトを先にベッドへと寝かせていると通信を知らせる音がして、ベッドに腰を下ろし端末を開いた。


―「あまりよくない知らせだが聞け」


画面表示されるなり一方的な会話だなディル。


「聞かない選択肢はないんだな」


呆れながらも一応聞いてみれば、


―「ないな」


そんな即答なのだから諦めるしかないだろう。


「はいはい。どんなよくない知らせだ?」


どんな内容であれまずは聞くしかないので別の作業をしながら聞くかと端末を膝上へと乗せ、ベッドサイドから作りかけの装飾を取り出すと手早く縫い始める。形を決めるための試作品なので大した作業じゃない。話し終える頃には終わっているかもしれないな。


―「明日の朝一でレミィと炎火と水霧に直行だ」


淡々と告げられた予想外過ぎる内容に勢い余って針がぷすりと指に刺さった。痛みはほとんどないが滅多にやらないことなので反射的に手を跳ね上げて驚いてしまう。


―「…刺したのか?珍しい」


画面越しにしっかり目撃されたらしくディルが瞬いていた。ぷくりと浮いた雫を舐め取れば、こんな小さな傷とも呼べないものは瞬く間に消えてしまうが…。


「不意打ちにも程がある。いきなり何なんだ」


普段なら話しながらできる簡単な作業なのに、いまは話の内容によっては同じ失敗を犯しそうなので話に専念することにして元の位置へと仕舞い込む。どうにも冒頭に告げられた通りよくなさそうな話だからな。

微量とはいえリトの眠る場で血の臭いは御免だ。


―「アシスが回収した物体の解析が多少終ったらしく途中経過が報告されてるが、見てないだろう」


「そういえば後回しにしたな。ちょっと待ってくれ」


端末を持って寝室にある機器の前へと移動し、起動させて未読の通知枠に届いているアシスからの送信物を開く。リトを寝かせる前にリビングで気が付いたものだ。振られている題名が“途中経過”だったから後にしたんだが、急ぐ急がないの表示をして欲しいところだ。見落とすところだった。

さてと、回収というと今日の午前中に水霧でレミィに根絶やしにされた例の物体か。途中経過を出したってことは意見を求めてるのか、問題があったか。今回は後者だな。何せ俺とレミィに直行指示が出ているから。

途中にしてはしっかりとした報告内容にざっと目を通していると目につくのはこの二つだ。


「属性吸収に濃縮、ね」


どう考えても碌でもないものしか想像できない単語だよな、コレ。


―「植物らしき形状を取っているのは吸い上げの為の足場作りと構造が都合よく適用できるからだろうとあるが、意見は?」


息を吐きながらの呟きが聞こえたのか、それとも途中経過を読み終えたと判断したのか。問いかけられるのに浮かんだことを述べることにする。


「地中深くまで根を張り、その土地の属性を吸い上げる維管束の構造、途中に不純物を濾過する部位があるなら植物の形状は確かに都合がいいな。それならあの濃度も納得いく」


いくら反属性であり反発が強く抵抗力が弱いとはいえ、一点特化地の属性恩恵を受けただけの水にしてはやけに濃度が濃いと思うわけだ。枯渇せよとでも言わんばかりの勢いと量を吸い上げただけでなく、その純度を上げているなんて性質が悪いことだ。ただ土地の水を放出したにしては随分しつこい水だったのにそんな理由があったとはな。

不快な痛みを思い出して意味もなく二の腕を撫でた俺の反応に、一つ小さく頷いて何かに納得するディルが返したのは肯定だ。


―「レミィも同意見だった。ものは違うがタルージャと炎火で回収した物体にも同じような構造があったらしい」


「ああ、あの危険物の犠牲第一号か」


レミィの兄君が危険物と呼んだ中和薬のない正真正銘の劇物指定品、そのあまりにもあんまりな凶悪さを思い出すと背筋に寒いものが感じられる。

凄まじい怒り具合だったからな、とか思っているとディルもその一端を垣間見…いや、調合依頼がかかったから知らない訳がないか。むしろそれを必要としていた時こそ怒りの絶頂期と言える。

……なかなかにきついものがあるな、ソレ。


―「それは言うな」


「……悪い」


渋い顔だった。

直前想像通りと言えばいいのか、それともそれ以上と言えばいいのか悩むところだが、取りあえず詫びておく。思い出させて悪かった。


―「とにかく何を目的としたものかは定かじゃないが、吸収と濃縮の結果が炎火と水霧にある可能性が出た。万が一に備えて近接かつ補助と探知に優れた双方の属性に強い者の選出結果だ」


吸収してそれを濃縮する。つまり不純物が取り除かれた先に残るのは属性の力の塊、それ即ち精霊石。

それも一点特化地のものを純度上げしているってことは個々人が生成する年月を経て作り上げるものに匹敵するか、それ以上になる可能性がある。


それの何が問題なのかと言えば、俺もアシスもレミィも、誰もそんな高純度の精霊石を認識していなければ回収もしていないことだ。

ただ純度を上げていただけ、なんてことはないだろう。意味がなければそんな機能は必要ないし、例の物体が自然物ではない以上意図してその機能をつけているからには必ず目的が存在する。その目的が精霊石を生成することなのであれば、俺たちはそれを見落としているかもしれないってことに繋がる。


もしも精霊石が生成されているとすれば、石の在り処が大問題だ。可能性としては、あの物体を生み出した何処かの誰かが回収している、もしくは生成された精霊石をあの土地の面倒な生き物が糧として持ち去った、か。

一番性質が悪いのはアシスが微塵に切り刻んだ折に石まで切り刻み、周辺に撒き散らされたそれを宿した生き物が強力な魔物化することだろう。通常と異なる種は自己を守るために他を排する傾向がある所為で、生態系が狂う。石が馴染んで活性化する前に片をつけておきたいと思うのは場所が場所だからだな。


水と火の一点特化地ゆえに生まれる生物の大半が土地と同属性の耐性持ち、なのに有効な反属性は土地由来の強制半減効果付き。嫌がらせの域を越えた仕打ちだな本当に。

そこに狂暴化や凶悪化した魔物が現出とか脅威以外の何ものでもない。単体でも厄介なのが複数だとか考えるのも嫌過ぎる。

土地由来の強制半減効果があるのにどうして俺とレミィなのかはディルの言う通り、水霧の生物に対し有効な反属性の火属性を扱える高位火属性、炎火の生物に対し有効な反属性の水属性を扱える高位水属性だから。更に狂暴凶悪化している魔物の戦闘型が遠中近距離のどれであろうと俺とレミィなら対応できるからでもある。


近距離格闘型の中でも近接戦闘に重きを置くレミィの法の傾向は攻勢特化で、同じ近接戦闘に属しているが、俺の法の傾向はどちらかといえば補助寄り。その為どの相手でも足の速さと補助を駆使して懐へと入り込むことができ、自分たちが最も得意とする戦闘状況下に持って行くことができる。

中距離万能型のディルの方が個人としてのバランスは良いが、近距離に特化された相手には後手に回ってしまうことがあり、遠距離には防御面でやや難あり。

近距離の方が遠距離とは相性が良くないと思うだろうが、それを補う足の速さがある。近距離格闘型は他の型に比べて皆足が速い傾向にあり、その足を使って懐に入り込み撃破、不利な時はそのまま離脱することが可能なので、万が一の時確実に情報を持ち帰ることができる。生存確率が高く突発事態に強いのが自身も属する近距離格闘型なのだ。

そういった効率と適性の関係で、自身も含めて選出方法が妥当であると言わざるを得ない結論と急ぐ必要があるとも示されているが故に、どれだけ内心で否と不満を叫んでいたとしてもどうしようもないと納得させなくてはいけない。


「吸収と濃縮の結果である産物の有無確認及び回収か……了解」


複雑な顔をしているだろう俺から承諾の言葉を引き出すディルが正直憎たらしかった。




思い出すだけで気が滅入る、けっと持て余しそうな感情を吐き捨てたくなるほどに腹立たしいけれど仕方がないと納得させるしかないお仕事の事情で、心底げんなりしている自分と何やらやる気満々なレミィとの落差に短く息を吐き出し、気を取り直して上げた視界に広がるのは広大な荒野、炎火の地。


砂漠とは異なる乾燥した空気はこの地の最深部にある火山が吐き出す細かな灰を巻き上げて黒く煙り、視界を遮る。とはいえ現在地は外周も外周、炎火の地の最も端に位置する場所なので多少灰が風に舞っているが視界は良好だ。

常時霧深い水霧の地と正反対の性質を持つ炎火の地は火属性一点特化地、火属性者に有利で水属性者に圧倒的不利を余儀なくする水属性者の鬼門。

土地は火山灰や溶岩が流れて固まったもので構成されている所為かごつごつしていたかと思えば平坦な部分もある凸凹加減。植物は乾燥した環境の為に多くはなくちらほらと存在している程度だが、代わりのように点在する洞穴から良質の鉱石が取れるのがこの地の特徴と言えば特徴だろう。

後は土地の起伏がある為に風が局所的に強く、巻き上げられる灰は深部へ近づく程に濃くなり、視界と共に呼吸に難が出てくるのが厄介なところだな。


そんな炎火の地の淵沿いをレミィの先導で進むのには訳がある。レミィの手により水霧の地で消滅させられた……凶悪な除草剤の被害者二号、その一号がこの炎火の地にあったからだ。

まだ詳細がわかっていない得体の知れない物体の置き土産がないかどうかの確認調査の為に訪れたんだが、厄介なのはそれが本当にあるのかどうかすらも定かじゃないってところなんだよな。お陰で四大室にいつ戻れるかもわからなくてリトにすぐに戻ると約束をしてやれなかった。

……やめよう。考え出すと意識が根こそぎ持って行かれるから仕事に支障をきたす。

レミィなら二度目は良くて本気で絞め落とし、そうでなければ物理的なものによる強制退場だ。

それにいくら外周で危険が比較的少ないとはいえ、心ここに在らずが通じるほど属性一点特化地は甘くない。


「炎火では水霧と違って外周側にありましたのよ」


そっと意識を切り替えれば迷いなく歩いていた足を止め、ここだと一点を示すレミィの指の先には荒野の地面しかない。そこに何かがあった形跡、水霧で俺とアシスが見た見上げるほど巨大だった得体の知れないものが存在したと思わせる形跡は何処にも見当たらない。ここだと言い切れるレミィの方に疑問を覚えるくらいだが……怒髪天を衝くご様子だったからな。間違える訳はないだろう。


「……普通だな。何がおかしくて目についたんだ?」


「炭が生えてましたのよ」


「炭?」


言われた意味が分からずにレミィを見返したが、ふざけている様子はなくむしろ問い返したいまの俺と同じで意味が分からないと言いたそうな様子が見て取れた。


「五十センチもありませんでしたわね。細い幹に枝が二本の枯れ木に似た見た目でしたけれど、何処をどう見ても炭にしか見えませんでしたの」


五十センチに満たない枝分かれした炭が地面に生えている光景か…妙ではある。


「中層域あたりなら炭化した植物のなれの果てと考えられるが」


「生憎ここは外周、火属性一点特化地であるとはいえ最も影響の薄い場所ですのよ。自然に植物が炭化する程の熱量はここにはありませんわ」


その通り。中・上層域ならば場所によって植物が育てる環境があり、そこに深部で発生した溶岩が流れ出すことで熱に触れ、燃え尽きて炭化することはよくある。だが、ここはそういった影響から最も遠い外周部分で土地の影響としては乾燥がすごいな程度だ。ちょっと遠くへと目を向ければ植物が点在しているのが見て取れ、そこに自然炭化する要素は何処にも見当たらない。さらに現物を見てはいないがレミィが告げる見た目通りのものであったとするならば、おかしな点が浮上する。


「そもそも炎火に存在する植物は主に乾燥地域に適応したもので樹木に該当するものは外部から持ち込まなければ存在しませんわ」


この地に自生する植物は所謂サボテンの類で多くの水を必要とする樹木はほぼ存在しない。あるとすれば何かの実験で他の地から持ち込んだもので、それも特殊な土地故に管理をされている為、調べれば実験中実験後関係なく何処で何をしたかは記録されている。


「当然そんな記録はなかったってことだな」


「影も形もありませんでしたわね。下層域で何かの幼生を飼育中というのはありましたけれど……何だったのか忘れてしまいましたわ」


「絶滅危惧種でなければ炎火で適応できるのかの実験もしくは素材としての飼育だろうな」


「危惧種でなければよろしいのですけれど。もしも巻き込まれていましたら手を焼きそうですもの」


ふうと息を吐いてはいるが本気では思ってないんだろうなこの戦闘脳。今回の問題に危惧種が巻き込まれてうっかり戦闘なんかになれば、通常は傷つけることを気遣わなくてはいけないが、そんな心配せずに全力で狩りに行っていい大義名分があるとノリノリでぶちのめしそうだ。

悲しいほど鮮明に想像できる勘弁願いたい予想に何も言わず胡乱気に見つめてみたが何の反応も見せない。

これは気が付いたうえで無視したと思われる。碌でもないことが起きないことを祈る。


「アレを発見できたのは偶然ですわね。別件でタルージャと出ていてふと目に留まっただけ、見落とさなくて良かったとは思っていますわ」


後半に剣呑な調子が声に混ざったのは気の所為にしておく。これから気力も体力も使うのが確定しているのに、いまこの場で色々なものを消費したくはない。


「属性吸収に濃縮、行きつく先が予想通り精霊石の生成なら発見が早かったことは喜ばしいことだな。探知できるか?」


水霧と違い同属性地である為俺でも探知は可能だが、レミィと比べられるとその精度はどうしても劣る。

見落としましたではすまないものを探す故に反属性地で負担を強いるが、二人とも疲弊するより効率的な為レミィを頼ることになる。

昨日のアシスの時と違い、事前の役割分担などはしてない。けれど同じ戦闘型故か、幼い頃からの慣れ故か、組むことが多い俺とレミィは互いが行うべきことを心得ている。その為能力制限がかかる炎火での探知に何も言うことなく目を伏せたレミィはあるかどうかすら定かではない精霊石を探し始める。


が、


「あらあら、困りましたわね」


十秒にも満たぬ時間目を伏せていたレミィが淡い緑の目をゆっくりと開いて口にしたのは、あまりよろしいとは言えない単語だった。一体どういう意味の困ったなのかがわからず問い返そうとしたが、足元へ何かが飛び出してきたのを躱して納得した。


火属性()につられて来たのか」


不格好になった跳躍から地面を鋭い爪で引っ掻き、砂塵を散らせて荒れ地へと着地したのは、俺に襲いかかろうとして失敗した掌大くらいの大きさの火蜥蜴だ。周囲の色に溶け込めるよう擬態した体色は灰茶の斑で、別に火蜥蜴という名から連想する明るい体色でも体に火を纏っている訳でもないごくごく普通の蜥蜴の姿をしている。そもそもそういう派手なものとは種族が違う。

何処の地に生息する個体にも共通するものなのだが、力が弱い個体はより多くの属性を体に取り込もうとして己よりも強い属性の気配がするものへと向かって行く。取り込んだ属性の力を体に馴染ませて、所謂進化をする為だ。


この場合、火蜥蜴にとっての強い火属性を持った獲物は俺になるんだが……ちょーっと冷静に考えてみて欲しいんだがな蜥蜴。俺はこれでも高位火天使で、掌大の碌に火も吐けない火蜥蜴とは名ばかりの蜥蜴ちゃんに、獲物扱いされる謂れはないんだよ。本能でより強い火属性へと向かって行くのはわかるが、同時にその本能でわかれよ。どう足掻いても勝てる訳ないだろう。流石に呆れるぞ。

そんな感想を抱きながら体勢を整え直している火蜥蜴を冷めた目で見下ろしていると、それを見ていたレミィがふふっと笑った。


「イルファは普段威圧的なものを纏っていませんから仕方のないことかもしれませんわね。どちらかといえば控えめで、一見するとちょろそうですもの」


朗らかに言い切られた。間違いない、真理だ、とでも言い切れそうな当然さすら醸し出しながら、人様のことをちょろそうだと言い切りやがったこの水天使。

スイッチが入ればとんだ戦闘狂のレミィからの喧嘩なんて余程の理由がない限り頼まれても買わない。

跳ね返してもそこから別の方向へと派生することがあるので本気で避けたいときは受け流した上で埋め立てる。


「…………」


だから何も言わずに心の中で容易に抜け出せない規模の落とし穴に落とし、その上から大量の土を放り込んで埋め立てしているが、引っ掛かりを覚えない訳じゃない。

ちょろそうってどういうことだ。ついさっき自身と比肩すると言った口で貶しやがったが一体全体どういうつもりだ。と思いはすれど聞かないのは、それが自分自身のことまで下に見られる意味で言っている訳ではない、つまり俺のことも別段下に見ている訳ではないと知っているからだ。

だったらどういうつもりなのか。……挑発以外の何ものでもないんだよ、レミィの場合は。


カァッと口を大きく開いて攻撃的な姿勢を取り、再び跳びかかろうと身構えている火蜥蜴を無視、というか見向きもせずに無言で息を吐いただけの反応しか返さなかった俺に残念そうにするレミィ。


「つれないですわね。偶には遊んでくれてもよろしいではありませんの。ノリが悪いですわよ」


「遊びで済まない限りなく実戦に近い手合せは御免だ。他をあたれ」


一息も挟まぬ即答で断れば、残念から不満へと表情を変化させたレミィが自然な動作で右足の踵を浮かせた。次の瞬間、パンッと音が耳に届く。

その音は耳元ではなく足元で発生したもので、再び俺へと向かって跳びかかってきた火蜥蜴を何でもない仕草で蹴ったことによって生じた音だが、打撃による衝撃音より破裂音と表現するのが正しい音だった。

どうしてそんな表現になるのかと問われれば、火蜥蜴の体が綺麗にはじけ飛んだからだと答えよう。

弾き飛ばされたでも、吹き飛んだでもない。はじけて、飛んだ、だ。


蹴り上げられた部位、腹からの凄まじい衝撃が中身を直撃しただけでは済まず、そのまま背中側へと貫通。

腹から背へと抜けた蹴撃の威力は勢いを全く殺されず、背中の筋肉と皮膚を引き裂いてしまい、まるで背中側へ包丁でも入れて開いたかのようにパックリと中に詰めている内臓を外気に晒した。だけではなく、すでに衝撃に晒されていた中身は、見事なまでに引き裂かれた背中から解き放たれて空中へと飛び散った。

その様子は紙吹雪を入れた風船が弾けるみたいであったかもしれない。方向が定まっているので辺り一面にではなく一方向へと放物線を描いてだが、なかなかの衝撃映像であることは間違いないだろう。


すらりと伸びる長く細い脚?いやいや華奢に見えても近距離格闘型、触れれば折れるのは不用意に手を伸ばしたこちらの手、見た目に騙されては地獄を見る羽目になる。

どんなに細く頼りなく見えたとしても近い距離で戦うことを最も得意とする身なのだから柔らかそうにしか見えない表面の下には鋼の筋肉があると思うのが正しい。身体強化に力を回していない純粋な自前の肉体能力だけでも、外周にいるような外皮の柔らかい生物のペラペラ装甲を抜くくらい訳ない。

大抵のものが一、二発で臓物大破、三、四発で威力貫通臓物もろともはじけ飛び、五から七発ともなれば下級の法並みの威力となり蹴撃は斬撃へと変化、切れ味よろしくスパンと一閃、下手な刃物より余程よく切れる。高位の格闘型ともなればその方向を定めて意図的に対象物を一刀両断することすら可能と脅威の切れ味。因みに、いまのは二発だ。


ふわりと柔らかい布地のスカートの裾が一点の染みもなく元の位置へと戻り、中身をぶちまけて背中から開きにされた火蜥蜴は、蹴られた勢いが消えきれずに三メートル近く宙を飛んで静かに地面へと落ちた。

一瞬にして亡骸直行便に乗る羽目になった火蜥蜴の体は、別の生物の糧として消費されるか大気に解かれ世界へと還元されるかのどちらかをたどる。

素材として使用したり、世界に解け消えるのに時間がかかる個体でもない限り、手を加えたり処理することはせず自然に任せ放置する。力の弱い個体は解かれていくのも早い為、グロテスクな惨状は少しばかり目を背けていれば綺麗さっぱり元通り。その為何の迷いも躊躇いも容赦もなく、軽い動作で蹴り飛ばしたレミィは見向きもしない。


……別に命を軽視している訳じゃない。どちらかといえば弱肉強食の自然の摂理に近い考え方だと思う。

食うか食われるかの対話を放り投げた本能のままに生きる世界に踏み込んで、話し合いで解決なんてものが成立する訳がない。そもそも高い知能を持つものや人型の種族でもなければ意思の疎通が成り立たない。

そして天魔が主に活動する三世界で意思の疎通が可能な天魔以外の種族は皆無に等しい。

よって自然とそういう考え方寄りになるものが多くなる。レミィがそうだとは言い切れないが、少なくとも命を軽んじる奴じゃないことは確かだ。


「あたれる他に限りがありますのよ。下手に高位の方々へお願いしますとなかなか痛々しいことになりますもの。その点イルファでしたら慣れとほぼ拮抗する力量のお陰で適度で済みますわ」


……命は軽んじないが死なない程度の怪我なら軽視する。生きているなら何とかなるって考え方で己の怪我もそれ以外の怪我も判断する。

ギリギリの見極めができているから何とかなっているが、掛け値なしのギリギリ、生死の境界線上と知ってまだイケるなんて嬉々として駆けて行く考えを是非とも改めて欲しい。そしてその基準を同じ戦闘型故に泣く泣く補助に走らされる俺にまで適用しないで欲しい。俺はお前ほど頑丈にできてないんだよ。


胸の前で手を合わせ、にっこり笑って再提案してくるレミィを溜息の代わりに半眼で見下ろす。

どこら辺が適度で済むのか懇切丁寧に教えて欲しいんだがな戦闘狂の暴走者。前回渋々付き合った時に左腕と肋三本に骨折寸前の罅、更に全身のあちこちに大小様々な裂傷をつけてくれたことを俺は忘れてないぞ。


「名案だと言わんばかりのイイ笑顔を引っ込めろ。お断りだ。そんなことより探知の結果はどうなった」


パンッと背後から跳びかかって来ていた別の火蜥蜴を避け、後ろ回し蹴りで払い飛ばしながら肝心なことを口にしないレミィへと話を切り出す。


「技能向上に日々の鍛錬は大切ですわよ」


「レミィ」


不満と訴えているのを無視して話を進めろと三匹目を蹴り飛ばし、やや語気を強めて名を呼べば、仕方がないなと聞こえてきそうな様子で肩を竦められた。

お前がとっていい動作と態度じゃないだろう。思っても突っ込みを入れないのは話がまた脱線するからだ。

何のためにここに居るのかを俺が示せなくなったら何も為せずに今日が終わる。

それは駄目だ。でき得る限り早く四大室へと帰りたい、帰らなければならない。


「周辺一帯に異常反応は見られませんわ」


足元へと視線を向け、ようやく真面目に答えたレミィに音のない息を吐いていると、「ただ」と言葉が追加された。


「地中五から十メートルの位置に外周には珍しい大型種が通った道がありますわ。元々は小型種のものだったみたいですが……無理矢理通って拡張された感じですわね」


足元を見ていた視線がつぅっと線をたどるように炎火の中心側へと流れて行くのは、その大型種とやらが外周から少なくとも下層域へと向かっていることを示している。軽く探知をしてみれば、確かに外周にはそぐわない大きさの何かが通った道ができている。

何かはわからないが道の直径から体長を推測すると、俺たちを丸呑みできるサイズになりそうだ。

炎火は爬虫類系の種族が多く生息しているから油断しているとぱっくりとか本気であり得る。


「追えるか?」


「道を追うのは簡単ですが、本体を追うとなれば地中では少々厳しいですわね。下層域の中程までが確実性の限度ですわ。それ以上は生物か否かの差ぐらいしか判別できそうにありませんわ」


流石に反属性地、強制的な能力制限で普段ならできることができないことに眉を顰めるレミィの肩をぽんぽんと軽く叩いておく。意味合いは落ち着け、だ。


「充分だろう。現場に石はなく、代わりに外周にない大型種の痕跡となれば、痕跡の主は石を取り込んで突然変異した可能性が高い。そうなれば追うべきはこの大型種で、生物反応さえ感知できていれば探知の必要性もない。炎火での感知ならレミィより俺の方が適任だ」


気配を感じる感知と目的のものを探す探知は音の響きこそ似ているが全くの別物だ。

火属性の力を凝縮された精霊石、いくら強い力を籠められていようと無機物でしかない石は目視できない場所にあるならば発見には探知が必須だが、生物に取り込まれてしまえば話は変わる。

より強い属性を取り込み進化する生物に属性の塊である精霊石は極上の餌。取り込めば相応の個体へと進化をし、その力は当然取り込んだ力に比例し強くなる。

精霊石は生物に取り込まれても石の形状を保っていることもあれば、完全に取り込まれてしまっていることもある。そうなれば取り込んだ生物自体が精霊石であるとも言える。

つまり、取り込んだ生物の気配をたどれば精霊石にたどりつけるので、探知ではなく感知でも十分に発見することが可能で、感知であれば同属性の俺の方が土地自体のものなのか生物のものなのかの判別がつけ易い。


今回の仕事はできているのかも定かではない精霊石の回収だが、石としての形状を保っていない場合は回収ではなく処分することになっている。


「つーわけで、討伐になった時は適度な範囲での活躍を期待する」


「……ええ、期待に応えて見せますわよ」


苛立ちが消え浮かべられた笑みは好戦的なもので、強調して告げた適度の言葉を都合よく聞き流されている気がした。突発事態に備えて気を緩ませようとしたが、墓穴を掘った気がしてならない。

頼むから何事もなく調査が終わりますようにと願いながら、七匹目の火蜥蜴を払い飛ばした。

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